第九話 忠告
「ふぅ、これで今日の日課は終り・・・後は」
普通科の授業を終えて教室を出る。ガストーニ砦で倒れて以来理鬼学の実戦訓練には参加していない。理由はアルカンジェロ殿下の言いつけを守っているから。
殿下は砦の医務室にて私の具合を確認して部屋を出た後、学園に戻って教授達に私―システィナ・ソァーヴェ―の理鬼学実習の禁止を命じたらしい。それほど私が治療スキルで倒れた事が殿下の不評に繋がったのだろうか。そう考えると申し訳ない思いでいっぱいだ。
また私の勝手な都合でカリキュラムを変更させられる教授達にも随分迷惑を掛けたと思う。
元々カヴァルカント学園に入学したのは国王陛下のご意向。それに応えるため少しでも理鬼学を上達させたいけど、殿下に禁じられている以上勝手に訓練する事も気が引けてしまう。
「あら、お姉様・・・生徒会室にどんな御用かしら?もしかして・・・治療に失敗したから今度は生徒会に入れてもらいたいの??」
気がつくと目の前にラウレッタが立ちはだかっている。その横には渋い顔を作っているアルカンジェロ殿下がいた。
考えながら歩いているといつの間にか生徒会室の前まで来ていたようだ。
ラウレッタはこうしてガストーニ砦の件以来事あるごとに私の失態を煽ってくる。ここは適度に受け流しておこう。
「いいえ、それより貴方がちゃんと生徒会に参加しているようで安心したわ」
「くっ・・・当たり前じゃない!もう治療に失敗したお姉様になんか生徒会の場所はあげないんだから!!」
真っ赤な顔になって怒るラウレッタ。はしたない彼女を下がらせて殿下が言う。
「おい、調子はどうなんだ?勝手にスキルを使ってないだろうな?」
「殿下、ご機嫌麗しく・・・お言いつけ通り普通科生として勉学しています」
いつも通り微笑を作りながら答えるとまたもや殿下はそっぽを向けられる。
「っ、じゃなくてだな・・・もういい、とにかく治療術は使うな!これは命令だ・・・俺はもう行くぞラウレッタ嬢」
「ああ、殿下ったら呼び捨てにして下さいよぉ!私も行きますから一緒に・・・」
ラウレッタは殿下の後を追って見せつけるかのように右腕に抱きつく。
殿下はあの娘の事をラウレッタ呼びしている、あの娘に話す時はしかめた顔もされていない・・・もうそこまで仲良くなっているのかしら?もしかして王太子妃をラウレッタに・・・。
頭によぎった考えを追い出す。ラウレッタは私の失態で聖女の評判を保っているけど、理鬼学以外の勉強の成績が悪いのは相変わらずだ。これ以上に覚える事の多い王太子妃教育にあの娘がついていけるとは到底思えない。もっと気を強く持たなきゃ。
「これはソァーヴェ嬢、ご領地ではお世話になりました」
「ご機嫌麗しく存じます、ビアジーニ教授」
校舎を出る途中でビアジーニ教授と出会う。そう言えば理鬼学の書類整理が終わったのでお会いするのはソァーヴェ領の丘以来だ。
「先日のガストーニ砦では大変でしたね、ご体調は大丈夫ですか?」
「問題ありません、しかし殿下からは治療スキルの使用を禁じられましたので・・・」
ビアジーニ教授の前だと言うのに弱音を吐いてしまう。しかし教授の口から出た言葉は。
「恐れながら・・・今回の王太子殿下のご意見に僕は賛成です、王太子とは言えいち生徒が学園で言いたい放題されるのは御免こうむりたいものですが・・・」
やっぱり私の失態は学園でも問題になっていたか。
「そう、ですか・・・私の事で教授の方々までご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「いえ、そういう意味ではありません!えぇっと・・・立ち話も何です、ご用事が無ければ研究室にお寄り下さい」
「用はありませんが書類整理の終わった今いち生徒が研究室に入るのは・・・」
「これは僕がうかつでした、どうも貴女に誤解をさせてしまった様子・・・それを解いておかないと僕の責任となりますので、いきましょう」
「承知致しました・・・」
教授の後に続く。途中で教授は
「取りに行くものがあるので・・・後から向かいますので先に入っていて下さい」
と仰ったので一人で研究室に向かいドアを開ける。
「失礼し・・・あ!!どうして・・・」
なんとそこにはビアジーニ教授が机に向かい書類に目を通していた。私と別れてからそれほど時間は経っていないハズ。それにしても一心不乱に書類に向かうその姿はなぜか神々しく輝く一方で鬼気迫るものがあって
「お待たせしました、ソァーヴェ嬢」
「ぇ・・・きゃあああああっ!」
後ろを振り返るとティーセットを抱えたビアジーニ教授が入ってきた?!あり得ない事に驚いた私の口からはしたない声が出てしまう。どうみても教授が二人いらっしゃる??一体どうして・・・。
「失礼、驚かせて申し訳ない・・・実はコレ、僕の偽物なんですよ」
そう言って教授は指を弾いて鳴らすと机に向かっていた教授の姿はぼやけた。後に残ったのは人間と同じ大きさの人形―詰め物をした布で五体を組み上げた物―だった。
「な、何が起こって・・・」
「これは僕の鬼力を使った『遊び』です・・・まずはお掛け下さい、お茶を淹れましょう」
お茶を飲むと香ばしい香りが口の中に広がる。いつも淹れて下さる異国のホウジチャは美味しい。教授はそのまま話し始める。
「先ほどの手品を説明する前に・・・書類整理の際に読まれた文献を覚えていらっしゃいますか?人間の鬼力の波長には七つの種類があると・・・」
「はい、確か文面には・・・
『人体の生命エネルギーである「鬼力」を扱う技術がある。その力は光・電・火・風・水・土・念の7種類の属性に振り分けられる』
だったかと」
「さすがです、それぞれの力は文字通りの自然エネルギーとの波長が一致するのです・・・例えば」
教授の講義が続く。あまりの高度な内容に置いてけぼりにされそうだ。鬼力の属性についてまとめてみると、
・光、光のように粒と波の性質を合わせ持つ?鬼力
・電、電気のように細かい振動を与える鬼力
・火、火のように全てを溶かし分解させる鬼力
・風、空気のように拡散させる鬼力
・水、液体のような自由な形を操る鬼力
・土、個体のように固定・硬化させる鬼力
・念、他の六つの属性とは異なる性質の鬼力で詳細不明
という事のようだ。何気なく使っていた鬼力にこれだけの種類があるとは思っても見なかった。
「ではこの理論で考えると・・・止血や骨折を治す治療の鬼力は物を固定させる『土』なのでしょうか?また筋肉痛や病気を治すスキルの鬼力は血液の循環を促す『水』という事になりますわ」
「ご明察です、この理論を聞いた直後に本質を見極められるなんて・・・当然僕を含めた教授達や学園の生徒達にも鬼力の種類の区別が存在する、という事です」
「それでは教授の鬼力の属性は・・・人形を元にご自分の姿を投影・・・『光』ですね?」
「全く貴女という方は・・・仰る通り僕の属性は『光』です、それを言い当てるだけでなくトリックの種明かしまでされては僕の面目も丸潰れですよ」
「そ、それは申し訳ありませんっ」
「冗談ですよ、しかしこの理論は僕がエーゼスキル学園を卒業する一年前に確立された理論でして・・・残念ながらこのカヴァルカントでは教育カリキュラムには入ってはいないんですよ、だからここでの知識は他言無用でお願い致します」
「誓って口外致しません」
なるほど、それで「理鬼学のスキルというものは教えられて習得するものではない」のか。鬼力の属性はそれぞれ違うので、教える側の鬼力と教わる側の属性が違えばスキルを模倣する事すらできない。
だからこそカヴァルカント学園では普通科で入学し理鬼学のスキルを検証してから、改めて専門課程に変更する事が多いようだ。
今の理鬼学の学習方法は似通ったスキル―騎士科では戦闘スキル・治療専科では治療スキル―で互いに協力し合うに留まっている。
「ちなみに私の持つ鬼力の属性は何なのでしょう?恥ずかしながら自分の事が分からなくて・・・」
「それについてはまだ確定が出来ていません、何せ欠損した肉体部分を再生、というより完全復元するなんてスキルはエーゼスキル学園でも見なかった例です・・・当然使用する鬼力も半端なものではない、と言う事です・・・僕が何を言いたいのかご想像できますか?」
「・・・・・・いいえ」
「貴女のスキルは神のごとき力と言っても過言ではない、でも使用するごとに貴女の鬼力も膨大に消費するという事です・・・それこそ命を削るほどの」
!まさかそんな事が・・・治療スキルに鬼力が追い付いていないのはただの力量不足と思っていたのだけれど。
「貴女のような優秀な方が理鬼学に真剣に取り組んで下さるのは我々も嬉しいところ、しかし貴女のお役目は理鬼学に命を懸ける事ではないハズ・・・実習から解放された今どうぞよくお考え下さい」
一瞬どうしてかぶっきらぼうで時々お顔が赤くなるほど不機嫌になる殿下の顔を思い浮かべる。
「それでは・・・理鬼学の使用を禁止した殿下は」
「殿下のご意向をいち教授が憶測するのは不敬ですが・・・婚約者の貴女を危険な目に遭わせたくはない、と考えるのが自然です」
・・・あの方がそこまで私の事を考えて下さっていたなんて。
「教授、ご指導ありがとうごさいました・・・お言葉、しっかりと熟考させて頂きます・・・このあたりで失礼致します」
「誤解が解けて何よりです・・・長く引きとめて申し訳ありませんでした」
お互いに挨拶を交わして研究室を引き取る。さっきまではこれからの学園生活をどう過ごしていいのか分からなかったけど教授のお陰で少し理解できた。殿下のお気遣いを無駄にしないように頑張ろう。
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