第八話 失態

 長期休暇が終わってカヴァルカント学園での授業が始まる。生徒達は長い休暇を過ごしてリフレッシュしていたようでやる気を漲らせている。

 私も後数カ月の卒業だから単位をとるべく座学に勤しむ事に。理鬼学の勉強も順調だ。


 学園で再会したラウレッタは私を無視していた。私が王城で過ごしていたのがそんなに気に入らなかったのだろうか?家にいればお父様達と一緒になって私を遠ざけているのに。


「だからちゃんと仕事しなさいよ!貴方は生徒会でしょ?」

「与えられた役目を放棄して遊んでるなんて・・・いいご身分ですこと!」

「ぅるさい!アルク様が用事で休んでる生徒会なんてつまらないんだから!そんなのアンタ達だけで・・・ぁ」


 またもや廊下を歩いていると二人の女生徒とラウレッタが言い争っている。相手に食ってかかっているラウレッタと目が合ってしまった。

 それも今度は同じ生徒会のメンバー同士で仲違いを起こしている。ラウレッタは治療術の成績だけで生徒会に推薦されたらしくその業務はお粗末なようだ。


 ラウレッタを助けてもまた曲解したお父様に叱られる始末なので正直放置しておきたいところだ。でもそれでトラブルが起きて我がソァーヴェ家の評判が下がる事を考えるとそれも許されない。


「皆さま、ごきげんよう・・・ラウレッタが何か致しましたかしら?」

「し、システィナ様・・・お聞き下さい!彼女ったら生徒会の業務をサボるんです!」

「多くの生徒達から選ばれた生徒会メンバーとして自覚を持って頂かないと!」

「あ、アンタ達!お姉様に余計な事告げ口しないでよ!!」


 生徒会のメンバーは口々にラウレッタの怠慢ぶりを語る。ラウレッタが言い返しても否定しないところを見ると事実のようだ。

 それゆえにお二方が感情的になっているとはいえ仰る事には反論できない。私は二人に向かって深々と頭を下げる。


「申し訳ありません、それでは僭越ながら私が義妹の代役を致しますわ・・・何でも仰って下さい」

「そ、それはあまりにも・・・」

「システィナ様に恐れ多くて・・・」


 生徒会メンバーのお二人は謙遜される。しかし当のラウレッタは彼女達に噛みつく。


「何よ何よ!どうしてお姉様が相手だったらそこまで卑屈になれるのよ!私の時と全然違うじゃない!!お姉様も私の役目を取らないで!!!」


「だったらきちんと自分の義務を果たしなさい・・・貴方が自分勝手に振る舞うと困るのはお父様と義母様なのよ?」

「いつもいつもいつもそうやって私を見下して・・・勝手にやればいいでしょ!私、もう帰るんだから!!」


 そう言い捨ててラウレッタは走り去る。あれだけあの娘にはマナー教育が不足していると言ったのにお父様は聞いては下さらなかったのね。


「皆さん、義妹が失礼を致しました・・・さぁ参りましょう」

「ぃ、いえ・・・では恐れながら生徒会室へ」

「・・・システィナ様にご面倒掛けて申し訳ありません」


 生徒会室にて書類の整理をする。理鬼学の研究成果よりも内容が分かりやすいので物の三十分程度で作業を終えた。


 こんな簡単な仕事を放棄するところを見ると・・・ラウレッタが優れているのは本当に理鬼学の治療術だけという事になる。


 私は王太子妃となるからあの家を出るのでソァーヴェ家の後継者はあの娘だけ。お父様達もラウレッタには優しく接するだけでなく、時には心を鬼にして頂きたいものね。



◇◇◇



 一ヵ月後、ガストーニ砦。ここも学園に入学して以来の再訪となる。


 今日はここで治療専科を対象とした実戦訓練だ。本来私は国王陛下の計らいで負担が掛からない様どの専科にも属さない普通科だが、鬼力訓練で見せた治療術が評価されたので参加する事となった。


「よし、開門!負傷者を全員運びこめ!!待機している兵は外側の防備にあたれ!!」

「急げ!こっちは血塗れだ!!はやく止血を!!」

「棒と包帯だ!骨折してやがるから添え木にしてやる!」


 外から運び込まれてきた数多くの負傷兵達が怪我で苦しんでいる。相変わらず治療専科の生徒達はその様に怖がっていて見動きすらできない。


「私に任せてちょうだい、いくわよ!」


 ラウレッタはその様に怯むことなく鬼力をこめて負傷兵の怪我を治していく。彼女の力は骨折や止血に向いているようだ。次々と鮮やかに治療していく。その働きはまさに聖女の二つ名に相応しい。これで礼儀作法を学べば怖いモノなどないというのに。


「くそっ・・・ヤベぇ、コイツぁ何とかしないと死んじまう!」


 突然響く声。目を向けると四人の兵士が倒れていた。手足は千切れていて中には身体じゅうの至る箇所に肉をえぐられる深手を負っている兵士もいる。重傷者を集めているようだ。


「聖女の嬢ちゃん、こっちにゃ死にかけのヤツラがいる!早く来てくれ!!」

「ちょ、ちょっと、こっちも手が離せないの!!あんなグチャグチャな傷なんて治せないんだから!」


 軽傷者の治療を行っているラウレッタは兵士の嘆願を断っている。確かに深手過ぎるとあの娘の治療術も間に合わないのだろうけど、もう少し言い方に気を配って欲しいもの。

 ここは私が治療するしかない。ラウレッタから離れて毒づいている兵士に声を掛ける。


「なんだあの嬢ちゃんは・・・あれでも学園一の聖女なのか・・・ん?どうしたんだお嬢さん?」

「私が処置致します」

「アンタも治療専科なのか!死に掛けのヤツラなんだ!早く頼む!!」


 その兵士に案内してもらい重傷者達の治療にあたる。気を失いそうになる血生臭い光景だけど、以前一度見た光景と良く似ていたので冷静に対処できる。


 身体中の鬼力を循環させ負傷していた箇所に集中。左足を失った兵士は見事に欠損が復元されていく。


「す、すげ・・・無くなった足が生えてきやがったぜ・・・こんなの見た事ねェ」


 続いて右手首を失った兵士、両腕がズタズタになった兵士と3人目まで治した時に私の頭がふらつく。鬼力を使い過ぎたのかも?

 様子を見ていた兵士が私の肩を掴んで問いかけてくる。


「お嬢さん、大丈夫かい?無理はすんじゃねぇ」

「はぁはぁ・・・問題ありません」


 私を止めようとする腕を振りほどいて再度治療にあたる。

 最後の方は胸から大量に出血し左腹部がえぐられている兵士だ。今までで一番深手の重症者だ。一刻の猶予も許されない。

 少なくなった鬼力を振りしぼると胴体の深手の箇所が復元されていく。しかし兵士は目が覚めない。他の三名はすでに起き上がっているのに。


「ぁ・・・まだ治療が・・・あぅっ」

「おい!お嬢さん、しっかりしろ!!だれか・・・!!!」


 辺りが暗くなり意識を失う。だめだ、まだあの方の治療が・・・。



―――



 目が覚めるとベッドの上、この見覚えのある天井は・・・砦の医務室か、またここに運ばれてしまった。


「目が覚めたか・・・気分はどうだ?」


 聞き覚えのあるこの声はアルカンジェロ殿下?起き上がろうとするも身体から力が抜けて向きを変える事しかできない。


 扉のそばに殿下だけでなくラウレッタもいた。


「す、すみません・・・ご心配をお掛けして・・・」

「もうしばらく寝ていろ、いいか?これだけ周りの人間に心配かけたんだ・・・以後、治療術を使う事は許さん・・・いいな?」


 え?今殿下は何を言って??

 私が考えている間に殿下は部屋を出て行かれた。残っているラウレッタが私を見降ろしながら語りかけてくる。


「お姉様、治療中に倒れて皆に心配させるなんて・・・見損なったわ、私にあれだけ偉そうに言っててこの様?」

「ご、ごめんなさい・・・それであの・・・私が治療していた兵士の方はどうなったの?」


「・・・死んだわよ」

「そ、そんな・・・確かにケガは治して・・・」

「知らないわよ!私、アルク様を追いかけないといけないんだからその辺の兵士達に聞けばいいじゃない!もうお根様の言う事なんか聞けないんだから!」


 そう言って出て行ったラウレッタの顔は・・・怒っていた言葉とは逆に笑っていたような気がする。姉として不甲斐ないところを見せてしまったわね。




「あいつは死んだよ、でもそれはお嬢さんのせいじゃねぇ・・・むしろアンタはよく頑張ってくれたんだ、気に病むこたぁねぇよ」


 砦の兵士達をまとめている隊長―私を重傷者のもとに案内してくれた兵士―に聞くと最後に治していた方だけが亡くなっていた。怪我や身体の欠損は完璧に復元できていたハズなのに息を引き取っていたらしい。

 つまりは私の治療が遅すぎた、という事か。


「それにあっちを見てみろよ、あの三人はお陰さんでピンピンしてらぁ」


 隊長の指さす方を見ると治し終わっていた三人の兵士たちは何事もなかったように元気に過ごしている。私のした事は無駄ではなかったようでホっとする。

 でも重傷者とは言え3人を治すのが限界だと治療士としては役立たずだ。


「兵士様、どうか安らかにお眠りを・・・」


 亡くなった兵士の遺体が安置されている場所に案内してもらい、布で包まれた遺体に向かって手を合わせる。鬼力をこめないまま祈りの言葉を捧げる。


 殿下の仰るように学園に入ってから座学で優秀だと褒められてのぼせあがっていたのだろうか?それともラウレッタに対してはマナーを教えるつもりが偉そうに接してしまったのか?

 そういった心が慢心となってあの兵士を死なせてしまったのかも知れない。


 もう一度初めからやり直すつもりで勉強しよう。今度こそ私の油断で誰も死なせる事の無いように。

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