第七話 ラウレッタ・ソァーヴェ

「ラウレッタ、今日から私達はお貴族様になれるのよ?」


 私が8歳になった頃に聞いた母さんの言葉だ。


 今までいることすら知らなかった父様はなんと貴族のソァーヴェ家の人らしい。小さかった頃から母さんの働いている居酒屋の掃除をしたり手伝いばかりしていたのが、これから貴族になるからもうしなくていいのだそうだ。


 それどころか大きなお屋敷に住めるし毎日おいしいものを食べられたりすてきなドレスもたくさん着れるし・・・何より父様と一緒に暮らせるんだって!


 屋敷に着くと父様が自分の娘、私の一歳違いのお姉様を紹介してくれた。


「システィナ、今日から私達の新しいお母さん『パトリツィア』と妹となってくれる『ラウレッタ』だ・・・挨拶しなさい」

「し・・・システィナさん・・・これからよろしくね?」

「お、お姉さまぁ」

「はい・・・宜しくお願いします」


 初めて会ったシスティナお姉様は物静かな女の子だった。生まれた時から貴族だからもっと偉そうにしているのかと思ってたけどほとんど喋らない女の子だった。だからお姉様とはどんなお話をしていいのかどんなことをして遊んでいいのか全く分からない。


 おまけにゴハンを食べる時もものすごく静かに丁寧に食べる。そんなお行儀のいい食べ方を見ていると自由に食べていた私や母さんまでが喉を詰まらせそうだった。


 ある日お姉様が流行り病で寝込む事になった。その病気にはもうお薬が出来ているので大丈夫だけど、病気が移ってはいけないのでお姉様のお見舞いにも行けなかった。


 その間は父様と母さんの三人でゴハンを食べる事に。お姉様がいないから寂しいかと思っていたけど自由にお腹いっぱいに食べられて幸せだ。父様もそんな私達を見てると楽しそうだ。

 それからのゴハンは三人だけで食べる事になった。



―――



「父様ぁ、あの先生いやー!」

「おお、そうかそうか!もっと優しい先生を探してやろう!!だから泣くな!」


 三年後、お姉様がこのイラツァーサの王子様と結婚するのでこの家を出た。だから父様からお姉様のドレスやアクセサリーをお下がりでもらったけどあんまり可愛いのはなかった。つまんない。


 そしてお姉様がいなくなったこの家の子供は私だけになったので貴族として勉強する事になった。でも私には勉強なんて出来ない。それにマナーなんてなくても生活できるじゃない。今までずっとそんなもの無しで生きてきたんだから。


 家庭教師の先生は私が平民出身だからか誰もが厳しかった。その上私にやる気がないので教え方が余計に酷くなる。その度に父様に言いつけて先生を変えてもらって十回以上。そうなったところで父様は私に家庭教師を付ける事を諦めたようだ。


 堅苦しいお姉様が家を出ておいしいものが自由に食べられたり、難しい勉強もやらなくなって色々遊べるようになった。でもどうしてか毎日がつまらない。


 母さんにしても最初は父様からドレスやアクセサリーをもらってウキウキしていたけど、買い物に行ったり友達としゃべったりが出来なくなって不自由そうだ。父様が参加するパーティーには私も母さんも貴族のマナーが苦手なので連れてってもらえない。



 そんな時に家に来たのが・・・王子様?名前はアルカンジェロっていうんだって。金髪で瞳がブルーのカッコイイ王子様だ!お姉様はこんな人と結婚するのかぁ。うらやましくなっちゃう。

 父様が慌てて挨拶してお茶の準備をメイド達に指示していたので母さんと私がお相手することになった。平民だったから王子様とお話なんてドキドキしてしまう。この機会に仲良くなればお姉様の代わりに私が王子様と結婚できるかも!


「・・・よくわかった、ありがとう・・・また話を聞かせてくれ」


 2時間ほど過ごしてから王子様は帰った。話の内容は・・・つまらなかった。事あるごとにお姉様の事を聞いてくるんだもの。いくら姉って言っても目の前の女の子をそっちのけで違う子の話なんて聞きまくる??


 名前も長いし今度からは王子様を「アルク様」呼ばわりしよう!この方が呼びかけやすいし仲良くなったみたいだし。



◇◇◇



 一年後、12歳となった私はカヴァルカント学園に入学する事になった。


「毎日家にばかりいると退屈だろう?ラウレッタを学園に行かせようと思う、家から通学させれば寂しくはないだろう」

「それはいい考えね!ラウレッタ、しっかり頑張りなさい!」

「ぅ、うん・・・」


 食べるには困らなくなったけど今ひとつ物足りない生活をしていた私を見兼ねて、父様からカヴァルカント学園へ行くように言われた。勉強なんて肌に合わないけどこの家でブラブラ過ごしているよりは退屈しなくていいかも。


 カヴァルカント学園は貴族と平民の生徒達が通い三年間勉強して卒業となる。貴族の子供達はその間に結婚相手を見つける必要もあるらしい。結婚なんて気に入った相手とすればいいんだから面倒だなぁ。


 一般教養の勉強はやっぱりつまらなかった。こんな事しなくてもお金の計算とか部屋の掃除ぐらいなら小さい頃から居酒屋の手伝いをやっていた私にだって出来る。貴族社会というのは本当に難しいんだから。



「こ、これは・・・すごい鬼力量とスキルだ!」

「この力・・・聖女となれるやも知れませんぞ!?」

「彼女は普通科ではなく治療専科に行かせるべきではありませんかな?」


 もう一つの授業で扱う「理鬼学りきがく」、難しい話だったけど身体のエネルギーを使って力を強くしたり速く走ったりする魔法みたいな技の事だ。

 鬼力の適性検査で調べたら私の力は人の傷を治すのに向いているらしい?学園の先生達に言われるままに「治療専科」に変更する事になった。


 そこで私はものすごく活躍する事となる。


 治療専科は戦う力を身に付ける「騎士科」の生徒達が受けた傷を治す事が仕事だ。私以外の生徒達は貴族のお嬢様が多く、男子生徒の受けた傷や血を見ただけで怖くなって動けなくなるので治療するなんてとても出来ない。


 小さい頃から手伝っていた居酒屋では客同士のケンカで店の床が血で汚れることもよくあった。そんな後始末をしていたので他人の血ぐらいでビビったりはしない。


 そうしていつの間にか私には「聖女」の二つ名がついていた。


「先日は傷を治して頂いてありがとうございました!よろしければ食堂でお茶でも」

「やはり高貴なご身分には素晴らしい才能が宿るものですね」

「ソァーヴェ嬢、私とご縁を結んで頂きたく・・・」


 私が傷を治してあげた男子生徒、それも貴族のお坊ちゃん達から褒められまくる。これはお屋敷にいた時には味わえなかった気分だ。最高に気持ちいい!


 家に帰ると学園から知らされていたようで父様と母さんも喜びまくりだ。そして次から次へと私との縁談が申し込まれている。モテる女はつらいよね。


「何あの娘?人の婚約者に色目を使って・・・はしたない」

「聖女と言っても理鬼学以外は最低成績のようですわよ」

「話では居酒屋で小間使いしていたとか・・・公爵家とは思えない下賤なご身分ね」


 一方反対に女生徒達からは目の敵にされている。「婚約者に手を出した」とか「治療のどさくさにまぎれてベタベタと触っている」と色々言ってくれるけど、公爵家の私には面と向かって文句を言える娘はいない。そんなに悔しければ自分の婚約者や恋人ぐらい頑張って治療すればいいじゃない。


 そして治療専科の活躍で生徒会の書記役員にも選ばれた。私の学園生活は絶好調!ところで書記って何するんだっけ??



◇◇◇



 最後の学年になった時、とんでもない知らせを聞くことになった。


 王太子のアルク様と婚約しているお姉様の二人が今更この学園に入学する事になった。お姉様は治療専科の私と違って普通科に入るようだけど、すごい治療スキルを持っていて怪我で無くなった手や足を生やす事が出来るらしい?私でも血を止めたり骨折を治すまでしか出来ないのにそんなのあり得ない!


 そして入学前のテストは全問正解をたたき出して一年間だけで卒業させてくれるらしい。いくら王太子妃候補だからってこんなのズルいじゃない!私達の三年間がお姉様には一年で済むとか認められないんですけど!!


「今度入学されるソァーヴェ嬢は気品があって素晴らしい方ですわね」

「そうそう、教養も高くてあれこそ本物の貴族というものですわ」

「聖女の世代交代もあるかも・・・でも一年だけの滞在なんて残念ね」


 女生徒達は私の耳に入るようにウワサ話を始める。遠巻きにしてお姉様と比べるなんてまったくムカつく連中ね。

 このままだとお姉様に私の持っているものを全部奪い取られるかも知れない・・・そんなことは絶対させないんだから!!



「え~この度我が生徒会にアルカンジェロ殿下が参加される事になりました!殿下、メンバーに御挨拶を」

「突然引っかき回すような事になって済まない、何分にも初めての事なので諸君には気兼ねなく御指導宜しく頼む」


 生徒会ではアルク様が生徒会長として推薦され参加する事になった。王太子の入学は学園始まっての事なので皆からの推薦を受けたらしい。


 しかし婚約者のお姉様は生徒会には入らないようだ。その理由は学園の教授達の手伝いをするそうだ。先生達の前で自分だけいい娘ちゃんになろうなんてこれだから頭でっかちは嫌いなのよ。


 でもこれはアルク様を・・・王太子妃候補をお姉様から奪うチャンスかも知れない。どう見ても彼はお姉様にぞっこんだけど、お姉様は自分の事には気付いていない鈍チンだ。


 お姉様が入って来ない生徒会の活動でアルク様と仲良くなっていけばいい。お姉様になんか王太子妃は勿体ないのよ!!

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