第三話 ルビカント・ドゥーカ=ソァーヴェ
俺はルビカント・ドゥーカ=ソァーヴェ、天下の公爵様だ。王族以外なら最高位の爵位を持っている。領地も広大だが全てを把握してはいない。そんなものは家令や執事の仕事だ。高貴な貴族が直接手を下す事じゃない。
若かりし頃、親同士の縁談で決められた婚約者は代々続くドゥーカ(公爵)の爵位を持つ家のフランカ・ソァーヴェだった。目が青く髪は黒いありふれた顔立ちだ。
俺の実家は辺境の伯爵に過ぎず三男坊の身分としては破格の条件だった。入り婿ながら二つ返事で了承する。
しかし結婚してみて分かったが妻となったフランカは物静かな性格で面白みの無い女だった。教養が足りないのか話は長く続かず、暇があればハンカチに刺繍をしている。自然と同じ部屋にいる事も少なくなっていた。
そして俺との間に出来た子供は娘。この国で爵位を頂くには男子である事が必要なため、俺の時のように入り婿を取らなければならない。全く面倒な事になったものだ。
領地経営をソァーヴェ家に代々仕える家令に任せて王城で働くも、特に実績も無かったためか物資の搬送を行う兵站の仕事を仰せつかる事になった。
周辺諸国との諍いが続くこの国で軍の仕事に食いはぐれはない。しかし日の光は裏方作業をこなす役よりも敵を討って手柄を立てる人間に当たるものだ。
なぜ俺には兵站なんて端役しか仰せつけられないんだ?あまりに高い爵位を持つからか?同じ公爵位のヤツラは宰相や軍務卿など晴れがましい役職に就いているのに。
それともあれか、所詮は入り婿だからと軽く見られているのか??
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「ぷはぁぁぁ、全くどいつもコイツも頼りにならねェ・・・そう思わないか?」
「ぅふふ、旦那様はいい飲みっぷりですこと!さぁもう一杯飲んでイヤな事は忘れましょ!」
王城勤めを始めて一年経った頃、仕事が終わると町の居酒屋で一杯ひっかけるのが習慣となった。
家に帰っても面白みのない生真面目な妻と同じく大人しい娘が相手では憂さも晴れない。家ではハメを外すと奥ゆかしい妻が俺を糺す前に口うるさい家令がとんでくるので窮屈だ。
そこへ来るとこの居酒屋では気遣う事無く酒が飲める上にウェイトレスと夜の商売を務めるこの女との会話が楽しい。
コイツは俺に逆らう事が無く、かといって話を聞き流す訳ではなく俺の考えに合った意見を言ってくれる。女とはこうした包容力が必要なものだ。
俺はこの女・パトリツィアに溺れる事になった。
そんな生活を繰り返している内に妻フランカが流行り病で亡くなってしまっていた。さすがに家に目も向けず遊び過ぎた事が悔やまれる。
本来俺は入り婿だから実家の貴族籍に戻られなければならないが、ソァーヴェの血を引くシスティナはまだ成人前なのでソァーヴェ家の当主代理としての身分を与えられる事になる。ひとまずは安心だ。
しかしそれ以来真面目に家に帰っても非難めいた目をする家令や使用人達がいる。ますます家に帰るのが億劫になってしまう。
「ルビカント様、これが私と貴方様の娘・ラウレッタです」
「と、父様ぁ・・・」
三ヶ月ぶりにやけ酒を飲むべく居酒屋に入った俺を待っていたのはウェイトレスのパトリツィアとその娘だった。
風貌から見るに7~8歳ぐらいか。大きい瞳や顔立ちはパトリツィア似だが茶色の髪や鼻が少し高いのは俺と良く似ている。
俺との子供かどうかは正確には分からんが8年前の頃はよく通い詰めた上に夜通し過ごしていたからなぁ。今更責任を取らずに逃げる訳にもいかん、どうしたものか。
そうだ、今の家には娘のシスティナしかいないではないか!パトリツィアと再婚すれば母親の代わりになってくれるだろうし、ラウレッタも引き取る事が出来て一石二鳥じゃないか!!そして隠居した前ソァーヴェ公爵夫妻はすでに亡くなっている。俺に文句を言えるヤツは誰もいない。
その日は酒を飲むことなく家に帰り、翌朝パトリツィアとラウレッタを法務局に連れて行き婚姻承諾書を書く。2人とも俺と一緒に暮らす事が出来るのが嬉しいようで見ているこちらまで楽しくなってきた。
家に帰るとシスティナと2人を引き合わせる。
「システィナ、今日から私達の新しいお母さん『パトリツィア』と妹となってくれる『ラウレッタ』だ・・・挨拶しなさい」
「し・・・システィナさん・・・これからよろしくね?」
「お、お姉さまぁ」
「はい・・・宜しくお願いします」
システィナは予想通りわがままを言わず挨拶を返す。しかし寝る前に家令と使用人達がパトリツィアとの再婚に反対してきた。コイツらは前ソァーヴェ家からの家臣達だから新参者のパトリツィアが気にくわないのか。俺にとっては最高の妻なのに。
一向に聞き入れない使用人達を一斉に解雇してやった。新たな使用人達を雇い家を一掃する。こういう時は貴族同士のツテが役に立つというもの。王城務めもバカには出来んという事だ。
「貴方、システィナさん・・・にはどうすればいいのかしら?上手くは言えないけどあの子は近寄り難くって・・・」
「気にする事はない、時間が解決してくれるさ」
パトリツィアはシスティナにも愛情を向けようとしてくれるがどうも効き目がないようだ。まだ子供だから仕方がないにしてもこういう融通の利かないところは母親そっくりというか。
そうこうする内に今度は流行り病がシスティナを襲う。さすがに同じ病気で娘まで失うのは御免だ。王都から医者を呼びよせて慌てて部屋に入る。
「システィナ・・・っう!」
部屋には亡くなったハズの前妻フランカが俺を見降ろしていた。それも物凄く整った表情で。その眼差しは俺を警告しているようだった。俺は思わず目をそらしてしまう。
しかしよく見るとフランカは瞬きすらしない。これは・・・絵なのか?先に部屋に入って面倒を見ていたメイドに尋ねる。
「おい、これはシスティナが描いたものなのか?」
「は、はい・・・お嬢様は大変絵がお上手でいつもお描きになられていました」
知らなかった・・・まだ9歳の娘にこんな才能があったなんて。やはり実の母親を忘れる事は出来ないか。しかし見れば見るほどフランカに生き写しの絵だ。
同行していた医者に向かって一言。
「先生、システィナを・・・娘をどうか頼む」
「ご安心を、今となっては特効薬がございますので・・・」
その場を医者とメイドに任せて部屋を出る。システィナは治療の甲斐あって後遺症もなく助かったが、俺はこれ以降フランカのいるシスティナの部屋に入る事が出来なくなってしまった。なので見舞いにも行く事が出来ない。
「あ、わたしの好きな鴨肉のソテーだぁ!!」
「もぅラウレッタは・・・でもホントにおいしいわね?」
「ははは、二人とも遠慮しないで食べなさい!」
それからの食事はパトリツィアとラウレッタと取ることになっている。今まではマナーの完璧なシスティナがこの場にいたからか2人とも緊張していた。前妻フランカがマナーを教えていたようで俺から見ても教師いらずの出来だった。
しかし三人だけの食事は気兼ねなく楽しむ事が出来る。この幸せな雰囲気を壊したくないのでシスティナには自室に食事をとどけさせよう。我々と同じものを運ばせるんだから問題はない。
マナーを修得しているシスティナには勉学の家庭教師が就いている。教師曰くシスティナは優秀だそうな。さすがは俺の娘だ。
一方ラウレッタは幼いころから自由奔放に育っていたためマナー教育をさせた事がない。いづれ必要に応じて教育を受けさせればいいだろう。
◇◇◇
三年後、領地経営が立ち行かなくなってきた。新しい経営人達は広大なソァーヴェ領を前に勝手が分からず未だに悪戦苦闘している模様だ。しかしよく考えると代々続く経営人達を追い出したのは他ならない自分なのだからそれも当然か。
とは言え早急に手を打たないと生活にまで影響しそうだ。
王城の廊下を歩いているとこんな声が聞こえてくる。
「貴公はアルカンジェロ王子をご存知かな?先週の式典におでましになったとか」
「ああ、まだ幼いのになかなかご立派な方だ・・・陛下も優秀な跡取りがいてさぞ安泰であろう」
「ほぅ、それはそれは・・・是非ともお近づきになりたいところだが我が家にはむさい男子どもしかおらん・・・それも10歳も年上のな」
「ははは、私の家は娘ばかり・・・しかしどれもこれもすでに婚約済みよ、今更変更する訳にも参らん・・・上手くいかぬものよ」
アルカンジェロ王子か、諸外国と諍いを起こしてばかりいた戦争好きな国王陛下が待ちに待ち望んだ男子だったか。いくら優秀でも所詮はまだ子ど・・・そうだっ!
確か王子はまだ12歳だったと聞く。ならば来月に誕生日を迎えるシスティナとはちょうど良い年頃じゃないか!
我が家から王太子妃を出せば王族と外戚となり他の貴族とのつながりもより大きく増やせるハズ・・・これなら我が領地も立て直せるだろう。
おまけに外戚になれば新たな爵位を得られるかも知れない。ソァーヴェ家当主代理と言ういつ失うか分からない立場からも解放される!
よし、さっそく国王陛下にお願い申し上げよう!今の会話を聞いていると年頃の娘を用意できる家は少ないようだ。公爵の身分ならば多少のゴリ押しは利くハズ。
王家の外戚ソァーヴェ家の誕生だ!
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