第四話 学園
「・・・『生命エネルギーたる鬼力を常に自由に循環させる事で支援術であるスキルの任意的発動が可能となる』、という理由によるものです」
「ふむ、見事だソァーヴェ嬢・・・入学して1ヶ月も経たないのにここまで完璧に暗記しているとは・・・全員彼女を見習うように!これにて授業を終える」
カヴァルカント学園、今から10年ほど前に大陸の向こうから招いたエーゼスキル学園の教授が学長となり建設された学園。理鬼学を中心としたカリキュラムが組み込まれている。
私は国王陛下の命でこのカヴァルカント学園に一年間の一般教養を交えた普通科生としての在席となった。
通常なら三年間の学習を経て学園を卒業し仕官する事になるけど、私は王太子妃候補だからと短い時間で理鬼学の学習をする事になった。卒業後は晴れて王太子アルカンジェロ殿下と結婚する予定だ。
念のためにと学園側から出されたテスト―理鬼学を除く一般教養の問題―も卒なくこなす事が出来たので受講しない二年間分の単位も特別に与えられた。
陛下曰く「王太子妃の勉強はほぼ合格」との事だったけどそのまま学園の勉強にも役立つとは思わなかった。私とは違って騎士科の在籍となったアルカンジェロ殿下も成績優秀との事だ。
学園での勉学は順調だ。全て実践の上で成り立つ知識だから身に付きやすい。その上今まで受けてきた王太子妃教育での勉学方法が役に立っている。
「ソァーヴェ令嬢、相変わらずのご活躍ですこと」
「さすがに王太子妃候補の方はご優秀で・・・」
「そんな方がよもや戦闘の支援術たる理鬼学に堪能とは意外な事ですわ」
この3名のご令嬢はクラスメイトの方々。どうも私が気に食わないようだ。公爵令嬢だから?王太子妃候補だから?理鬼学の成績が良いから?
ともかく次の用事に向わないと。
「お誉めに預かりまして光栄でございます、申し訳ありませんが所用がありますので失礼致します」
「なっ!何よその態度は公爵令嬢のクセに!!」
「ぉ、王太子妃候補だからって!!」
「理鬼学なんて野蛮な事、貴族のやるものではないのに!!」
後ろで騒いでいるご令嬢方を放置してこの場を後にする。確かに公爵家令嬢だし王太子妃候補だけど、理鬼学が野蛮ならこの学園には何を学びに来られているのかしら?
「相変わらず幅を利かせているわね、お姉様」
「王太子殿下、ご機嫌麗しく存じます・・・ラウレッタも」
廊下を歩いているとまたもや声を掛けてきたのは・・・義妹のラウレッタ、顔をしかめている。その横にはアルカンジェロ王太子殿下がいる。
殿下とラウレッタは学園の生徒会のメンバーだ。生徒会は学園の生徒達の意見をまとめ上げてよりよい学園生活を運営するのがその役目。
殿下は王太子という地位を期待されてか生徒会長の役職に推薦され、ラウレッタは生徒会の資料や決算報告書などの書類をまとめる書記。彼女は治療専科―戦時中に兵士を治療する衛生兵の育成機関―で私よりも先だってこの学園で活躍している。
やはり私には目を合わせて下さらないまま殿下が話し始める。
「おい、また今日も研究室か?」
「はい・・・仰る通りです」
研究室、教授達の要望で未整理の文献を整理する役を仰せつかっている。常に座学で首席の成績を修めている私に白羽の矢が当たったとの事。
あろう事かラウレッタは王太子殿下の手を取って気安く話しかける。
「アルク様ぁ、つまらないお姉様なんかほっといて生徒会室へ行きましょう?みんな待っていますわ」
「・・・・・・」
ラウレッタの不躾な物の言いようと態度に思わず口を出してしまう。
「控えなさいラウレッタ、気安く殿下に触れるだけでなく勝手に名前呼びどころか愛称呼びなど不敬ですよ?」
「どうして?婚約者がお姉様ならアルク様は私にとってもお兄様なんだから、それにここは平民も貴族も関係ない学園でしょ?だったら私もお姉様もアルク様もいち生徒なんだから問題ないわ、そうですよねアルク様?」
彼女のあからさまに礼儀作法を無視した発言に言葉を失う。私が王城にいた3年間お父様はこの娘にはマナー教育をしなかったのかしら?仮にも公爵令嬢の身分なのに。
殿下は妹の無礼な物言いに対して手を振りほどいてから私に顔を向けて一言。
「・・・教授達に気に入られているからと言っておだてられるな、苦しむのはお前なんだからな?・・・いくぞソァーヴェ嬢」
「あん、名前で呼んで下さいよぉアルク様ぁ!」
殿下はそう言い捨てて足早に去りラウレッタが後を追いかけていく。殿下も私と同時に入学したのに生徒会でラウレッタと親しげにしているなんて・・・殿方はラウレッタのような自由奔放な性格を好まれるのかしら?
いけない、学園ではどうあれ私は殿下の婚約者なのだから毅然と振る舞わないと陛下や王妃様からの期待にも背いてしまう。
暗い気持ちを振り払って研究室へ向かう事に。
◇◇◇
書物の匂いが充満する研究室。ようやく目の前の膨大な書類を整理し終えた。
私の隣に立っている眼鏡をかけた赤毛の青年、ルカーノ・ビアジーニ教授がつぶやく。
「ふう・・・ようやく終わったか、感謝致しますソァーヴェ嬢」
「恐縮です、教授こそお疲れ様でした」
何でも大陸の向こうにあるエーゼスキル学園から送られてきた理鬼学の研究結果だけど途中で一度盗難に遭ってしまったとか。盗んだ盗賊からすれば貴重なものでもなかった事から幸いにも遠くない場所で資料が欠損する事なく打ち捨てていたらしい。
順序がバラバラになった資料を内容と照らし合わせながら整理する必要があったため私が手伝う事に。確認のために目を通していると効率の良い鬼力の伝達法やスキル発生の条件など先取りして学ばせてもらった気分だ。
「ソァーヴェ嬢、お茶を用意しますので」
「そ、そんな!教授にそんな事をさせては!」
「勝手知ったる研究室、ここは僕に任せて下さい」
そう言ってビアジーニ教授は控室に向かわれた。その穏やかな顔と年の若さからは想像出来ないけど、教授はイラツァーサ出身ながらエーゼスキル学園の首席卒業生。優秀な方だから王国の士官でも文官でも思うままに就けるにも関わらずこの学園の教授をされている。
「ご令嬢のお口に合うものかどうか自信はありませんが・・・異国のホウジチャと呼ばれる茶葉です」
目の前に出されたティーカップからは焦がしたような香ばしい香りが漂い鼻をくすぐる。貴族家や王宮では嗅いだことのない匂いだ。
「頂きます・・・香ばしくて口の中が引き締まるような渋みが美味しいですわ」
「それは良かった、ソァーヴェ嬢のお陰でエーゼスキル学園での最新研究結果ももれなくこのカヴァルカントで活かせそうです・・・僭越ながら教授達を代表してお礼申し上げます」
教授は椅子から立ち上がって一礼する。その礼儀に私も慌てて立ち上がる。
「恐縮です、私も先取りして学習させて頂いたようなものですから」
「王太子殿下の婚約者を学園の私用で扱い、また貴女のようなお若い方の貴重な時間を使わせてしまって申し訳ない限り・・・お困りの事があれば僕が相談に、というか成績優秀なソァーヴェ嬢には余計なお世話ですね?」
「とんでもない、そう言って頂けると心強いです」
正直書類の整理整頓は楽な仕事ではないけど、ビアジーニ教授はいち生徒の私にも真摯に接して下さるので苦にはならない。
「すみません、明日は治療専科での実習訓練がありますのでそろそろ・・・」
「これは僕とした事がうかつだった!つい引きとめてしまいました・・・学生寮の近くまでお送りしましょう」
「申し訳ありません・・・私は王太子殿下との婚約中の身分、異性の方と共にする訳に参りませんし、あらぬ疑いを掛けられては教授にまでご迷惑をお掛けしますので」
「そう言われると面目ない、それではどうかお気をつけて・・・明日の実習訓練では力を出し過ぎない様、貴女のお力は凄まじ過ぎる・・・無理をしては元も子もありませんので」
「お言葉、有り難く頂戴致します・・・それでは失礼致します」
研究室を引き取り学生寮に向かう。
ビアジーニ教授は限りなくお優しい。今までお父様や国王陛下、それに王太子殿下からもこういう扱いを受けた事がないので自分の立場を忘れてしまいそうだ。
思わず甘えたくなる気持ちを急いで消す。私の未熟な行動で王太子殿下だけでなく前途有望な教授にまで迷惑を掛ける訳にはいかない。
◇◇◇
治療専科の実習訓練が始まる。
実技訓練を終えた騎士科の負傷者を治療するのが実習内容。
本来私は普通科生なので専門外だけど、私が治療スキルを持っている事から担当教授に出席を求められている。
「さぁ治療スキルを使うわよ、袖をまくるからね!」
「あ・・・す、すまなぃ」
そんな中でラウレッタは臆することなく男子の袖をまくって治療スキルを使い始める。自分の義妹ながら手際の良さに感心してしまう。
負傷者が次々とラウレッタの元へ集まる。
「こっちも治してくれぇ・・・」
「いてぇよぉ・・・早く!」
「ちょっと待ちなさいよ!こっちがまだ終わってないんだから・・・そこのアンタ達もサボってないで手伝いなさいよ!」
ラウレッタのはしたない言葉が他の治療専科生に飛ぶ。しかし多くの生徒が男子達のケガを見て怯えていて動けない。
治療専科の多くは貴族令嬢で占められているので血を見た事がない方々ばかりだ。私もガストーニ砦に行くまではあの方達と同じだったからよく分かる。
見兼ねた私は負傷者に近づく。
「私が致します、さぁこちらに」
「ぅぐ・・・もう剣が握れねぇ・・・」
ケガの具合を見ると右手首が青くなって腫れている。この程度なら少ない鬼力で。
「ああ・・・ありがとう!傷みどころか腫れまで無くなったよ!!」
「無理はなさらないでくださいね?さぁ次の方・・・」
理鬼学を習っている今なら鬼力をコントロール出来るので、軽傷者なら一人ひとりに全力を出さずに対処出来る。これも学園に入学させて頂いた陛下のお蔭だ。
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