第二話 覚醒
私が王城で王太子妃教育を受けて3年が経った。
国境近くのガストーニ砦、ここでは日々町や村に侵入してくるモンスターを撃退するために兵士を駐屯しているらしい。
今日は国王陛下と王子、いえ
砦の監視塔に上がらせてもらうと久しぶりに外の空気を肌で感じられる。来る日も来る日も座学で神経の疲れていた私には何気ないそよ風も心地よく感じられる。
変わらずに物を仰らない殿下だけどこのご配慮には感謝しかない。
こんな時は風景を写生したかったのだけど絵具とキャンバスがないのが残念だ。家を出てから長い間描いていないから腕が鈍っているだろうな。
そういえばあれから家はどうなっているのだろうか?お父様、それに義母や義妹ラウレッタは元気に過ごしているのだろうか?王太子妃教育の間は家に帰る事は許されなかった私には知る事が出来ない。
アルカンジェロ殿下がぶっきらぼうに声を掛けてくる。
「おい、こんなところに突っ立ってても何もないぞ?そろそろ部屋に戻るぞ」
「はい、承知しました殿か」
『開門!負傷兵が出た!早くしないと死んじまう!!』
突然外から響き渡る怒号。思わず身構えしてしまう。
「負傷兵か・・・よし、俺も手伝いに行こう!お前は部屋に戻っていろ!」
そう言われた殿下は走って階段を下りていく。私はこの砦には詳しくないので何も考えずに殿下の後を追う。
「まずは血止めが先だ!」
「おぅ、こっちは傷薬だ!!」
「傷口に泥水かぶってやがる!水持ってこい!!」
門の内側の広場で負傷兵と世話をする兵士達でごった返していた。屋外なのにむせ返りそうになる血の匂い。
「あぐ・・・もう目が見えねぇ・・・こんなトコで終わりかよ、くそっ・・・」
私のそばから不意に聞こえてきた弱弱しい声、包帯でぐるぐる巻きにされた負傷兵だけど右腕が・・・無い?
次の瞬間私の頭から力が抜け身体が揺れる。
「っと!何やってんだお前!部屋に戻ってろって言ったのにこんなトコに来て・・・女が見るモンじゃないぞ!!」
気が付くと殿下が私を抱えてくれていた。びっくりした私は身を離して、
「ご、ごめんなさい!私お部屋がどこにあるか分からなかったから殿下の後を・・・」
「っ・・・仕方ない、とりあえず邪魔にならんように隅っこにでも下がれ!」
殿下の言われるままに広場の隅に行こうとする。でも先程の重傷者から目が離せなくなっている、考えただけでも怖いのに。
そしてこの場にいる人たちは誰もこの人を手当しようとしない・・・つまりこの人はもう助からないという事なのだろうか?
この国、この世界にはどこからかくるモンスターの襲撃に晒されている。私達のような女子供が何も知らずに生活できるのは命懸けでモンスターと戦っているここにいる人達のお蔭。そう思うと居ても立ってもいられない。
勇気を奮い起こして右腕を失った重傷者のそばで両膝をつく。私には何も出来ないけどせめて安らかになってもらえるよう祈ろう。
「在りし日の姿のまま・・・安らかに」
両手を組みうつむいて目を閉じ祈りの言葉を唱えていると周りの空気から不思議な感触を感じる。更に私の力が抜けて良くようだ。意識が薄れる中で声が聞こえる。
『な、これは!』
『あいつ!・・・腕が!!!』
『違う、他のケガまで・・・』
◇◇◇
「ぅ・・・ここは・・・ベッド?」
目が覚めるとベッドの上にいた。あの負傷者の方を祈っていたら急に力が抜けて倒れるなんて。
私が起きたのと同時に部屋にいる若い兵士が声を掛けてくる。
「ぉ、お目覚めですか!今王太子様を呼んできます!!」
「え?あ、あのっ」
私の問いかけにも答えず横っ飛びで部屋から出て行った。また殿下にご迷惑をお掛けしてしまった。
数分後、ノックの音とともに入って来たのは殿下と・・・陛下???
「お前・・・あれは一体どういうことだ?!説明しろ!!」
「な、何を・・・」
突然険しい顔をして問い詰めてくる殿下に応答できない。陛下が殿下に声を掛ける。
「よさんかアルク、事態が事態だから興奮するのは分かるが婚約者にする態度ではないぞ?システィナ、その方は先程の事は覚えておらんのか?」
先程の事??
「わ、私はただ・・・負傷された方が安らかになるようお祈りを捧げただけです・・・そう言えばあの方は?」
「やはり記憶にないか・・・その者なら安らかになったよ、入るがいい」
陛下の呼びかけに一人の兵士が入って来た・・・大柄で角刈りの髪形のこの方は!
「うっす、アンタのお蔭で俺っち助かったぜ!ほれ、モンスターにちぎられた右腕は元通り生えてきたんだぜ!!」
そう言って右腕を振り回すこの方はさっきの負傷兵?でもどうして・・・あの時は右腕が無くなっていたのに!!
「俺っちもびっくらこいたっての!とにかくアンタは命の恩人だ、このアリキーノ様はご恩を死んでも忘れね・・・いたたたたた!」
「おい貴様!なんだその態度は・・・説明はもういいから部屋から出ろ!!」
まくし立ててしゃべる負傷兵の耳を引っ張って部屋から追い出したのは殿下?さっきよりも怒っているようだ。そばで見ていた陛下が殿下を諭す。
「落ち着け、一兵卒はマナーを知らなくて当然だ・・・それよりシスティナ、その方には
理鬼学?一体何の事やら・・・
「父上、王太子妃教育はともかくコイツは理鬼学なんて知りませんよ・・・いいか、理鬼学ってのはだな・・・」
いつもはぶっきらぼうで必要最低限の事しか話されない殿下が事細かく説明して下さる。今まで見た事のないお顔で新鮮さを覚えるほどだ。
理鬼学(りきがく)、相次ぐモンスターの襲撃に対抗するために編み出された戦闘への支援術で人体の生命エネルギーである「鬼力(きりょく)」を扱う技術である。
その内容は攻撃・防御力の増大、速度上昇などの人体への増強を目的とするものでモンスターと最前線で戦う兵士達にとっては必要不可欠の技術、らしい。
つまり戦闘に役立つ技術(スキル)という事だけど・・・それと負傷兵が元通りになった事とどういう関係があるのだろう?
首をかしげて考えていると何故かお顔が更に赤くなった殿下が目を合わせることなく語り掛けてくる。
「突然過ぎて理解し辛いだろうが・・・あの兵士の傷はお前の鬼力が治した、という事になる」
殿下の発言は私の想像を超えるものだった。
「そ、そんな!私はお祈りをしただけで・・・」
「我々だけでなくあの場にいた兵士達全員が見ているんだ、今更無かった事などにはできんぞ?」
問い詰めるような殿下の言葉に二の句を告げることが出来ない。そんな様子を見かねた陛下が一言。
「まったくお主という男は・・・婚約者にはもう少し言い方に配慮したらどうだ?ともかくシスティナよ、その方には理鬼学の才能がある事が分かった・・・そこでその方にはこれからカヴァルカント学園に通ってもらう事にしよう」
カヴァルカント・・・学園?確かあそこは貴族子女だけでなく平民も一緒になって兵学や国政に携わる勉学と様々な学問を学ぶ場所だったはず。私は王太子妃教育があるから通う事はなかったけれど。
「その方の力は余も今まで見た事のない素晴らしい力だ、ほっておくのは誠に惜しい上にその力を制御できなければ却って力に振り回される事になる・・・何、心配はいらぬ・・・その方と一緒にアルクも通わせるのでな?」
「な!父上、何を仰るのです!おれ、いや私には王太子教育が」
「そんなものは後回しで良い!それにシスティナの方は教育係達からはほぼ合格とのお墨付きだ、よって彼女にはこの機会に理鬼学を習得してもらおう!良いなシスティナよ」
厳しかった王太子妃教育だけど先生達からはそんな評価を受けていたなんて思ってもみなかった。でも今度は理鬼学の習得・・・私にそんな力があるのかは分からないけど陛下の言う事だから間違いはないんだろうな。
「・・・承知いたしました、陛下」
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