第一話 婚約
「父様、きょうはリラと一緒にお花を採ってきたのー」
「ははは、よくやったな!ラウレッタの摘んできた花で部屋が明るくなったぞ!」
「うふふ、本当ね・・・リラにお礼をしないと!」
自分の部屋での夕食をとっていると、下の階の食堂から楽し気な声が聞こえてくる。私はあの中に入れない。
ここにいるのはシスティナ・ソァーヴェ、ソァーヴェ家の令嬢であって家族ではないもの。
父ルビカント・ドゥーカ=ソァーヴェはイラツァーサ王国で公爵位を持つ貴族。この父と前妻フランカとの間に生まれたのが私。
お母様のフランカは物静かな人だったけれど私が9歳の時に流行り病で亡くなってしまった。お父様は私に涙を見せるのが嫌なのかよく家を空けていた。食事や身の回りの世話はメイドや執事達がしてくれているので問題はなかった。
母が亡くなって3ヶ月もしない内に現在の義母パトリツィアとその連れ子である義妹のラウレッタを屋敷に引き入れた。
「システィナ、今日から私達の新しいお母さん『パトリツィア』と妹となってくれる『ラウレッタ』だ・・・挨拶しなさい」
お父様、そして義母となるパトリツィアに義妹ラウレッタ・・・3人ともぎこちない顔をしている。
「し・・・システィナさん・・・これからよろしくね?」
「お、お姉さまぁ」
「はい・・・宜しくお願いします」
挨拶は返したものの、私は突然やってきた義母と義妹にどう接していいのか分からずお互いに距離を置いていた。会話も必要最低限のものだ。
更に今までソァーヴェ家に代々仕えてくれていたメイド達使用人に家令までが全員退職させられてしまった。私の養育係だったボナおばさんまで追い出されていてショックだった。
お父様曰く「私の言う事に逆らったから」という事らしいけどよく分からない。せめてみんなとのお別れの挨拶ぐらいはさせて欲しかった。
新しく入ったメイド達も不親切ではなかったけど、どこか私に遠慮しているような態度だった。
◇
ある日私は母と同じ流行り病に罹ってしまう。そんな時もお父様は様子を見に来て下さらない。私の看護はメイドと往診してくれたお医者様だけだった。
幸いにして重病にまでは至らず5~6日で快復する事が出来た。しかしこの日を境に私の食事はメイド達が運んでくれるようになり一階の食堂に降りる事は無くなった。
お父様は私の身体を心配して下さるのだから悪く取ってはいけない・・・そう思いながら一人の食事を3年間も続ける事となった。
私の何がいけなかったんだろう?義母にも義妹にも特別仲良くはなれなかったけど嫌がらせをした記憶はない。
それとも・・・母フランカを忘れる事が出来ないからダメだったのだろうか?お父様を責めるつもりはないけどそれだけは出来ない。だって私の本当のお母様だから。
その代わりそれ以外の事ならお父様の言う事を何でも聞こう。そうすればお父様も私に目を向けてくれるはず。
部屋の壁に掛けている肖像画はお母様フランカのもの。髪が真っ黒なのと目が青くて細いのは私と良く似ているそうだ。
これは私が小さい頃の記憶を頼りに絵具を使って描きあげた。絵を描く事は今では私のただ一つの趣味になっている。
一方お父様は私と同じ碧眼だけど茶色の髪。義母パトリツィアと義妹ラウレッタも同じ・・・一人だけ黒髪を持つ私が家族と疎外感を感じる理由の一つだ。
◇◇◇
12歳の誕生日、食堂に呼ばれる事になった。義母と義妹は来てないようで私とお父様だけだ。
「システィナ・・・誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、お父様」
2人きりの誕生パーティーだけど祝ってくれるので嬉しい!普段はたくさん食べないから用意してくれたご馳走とケーキは食べ切れなかった。お腹を落ち着かせているとお父様が一言。
「システィナにはプレゼントがある・・・お前はこの国のアルカンジェロ王子殿下と結婚する事になったぞ」
「え・・・?」
「アルカンジェロ殿下も来年は立太子にて王太子となられる、その伴侶として私がお前を推挙したんだ・・・嬉しかろう!」
「は、はぁ・・・」
貴族は結婚が大事、それは分かってるけどこんなに早くしていいのかな?私はまだ12歳なのに。
「さっそく明日から王城で暮らすことになる、何せこれからは王太子妃の教育をしてもらわなければならないからな!勉強は大変だが頼むぞ?我がソァーヴェ家の命運が掛かっているんだからな!」
ああ、この一言で分かってしまった。お父様は私を追い出すおつもりなのか。食事を一緒にしないだけじゃダメなのね。
とは言え私のために国王陛下に掛け合って下さった事を考えればわがままを言う訳にはいかない。
「・・・承知しました、お父様」
◇◇◇
イラツァーサ王国王城。ここに来るのは初めてだ。こんな大きな場所で暮らす事になるなんてどうかなってしまいそう。
そして謁見の間ではなくプライベートルームでの会見。
目の前にいるのは国王アルジェント・リ=イラツァーサ陛下とその王妃メリッサ・リガリタ=イラツァーサ様、そしてアルカンジェロ・リガリタ=イラツァーサ王子殿下と宰相閣下と衛兵の5名だった。
家庭教師の指導のもと、幼少期から稽古してきたカーテシーにて挨拶をする。
「ルビカント・ドゥーカ=ソァーヴェの娘・システィナ・ソァーヴェでございます、どうぞ宜しくお願い致します」
ただでさえ人前に出る事は少なかった上に王族の前だと固くなってしまう。
金髪で口ひげを蓄えていらっしゃる陛下は厳しい目を持つお方だけど言葉を優しくして私に声を掛けて下さる。
「頭をあげてくれシスティナ、そうカタくならんでも良いぞ・・・なぁ王妃よ」
王妃様もにこやかな笑顔でお答えする。金髪を後ろに流しているヘアスタイルで切れ長の目の綺麗なお顔がはっきりと見える。
「ええ、これからは家族となるのですから・・・ねぇアルク?」
「・・・・・・・はい」
陛下と王妃様はにこやかにされていらっしゃるけどアルカンジェロ殿下は何故か口を引き締めたままだ。
ふとアルカンジェロ殿下と目が合ってしまった。少し眉をひそめていらっしゃるけど金髪で蒼い瞳を持ちハンサムで素敵な方だ。こんな私がこの方の婚約者になるなんて釣り合わないんじゃないかな?
そんな事を考えていると殿下は顔を赤くして突然部屋を出て行ってしまわれた。じっとお顔を見つめていたのが気に障ってしまったのだろうか?
「もうアルク!ごめんなさいねシスティナ・・・貴方が悪いのではないわ」
「ふむ、時間が経てば慣れてくるであろう・・・それよりもその方には今日から王宮にて王太子妃としての教育を受けてもらう事になった、学ぶことは多いが頑張ってほしい」
やっぱりお父様の仰る通りこれからはお城で暮らす事になるのか。お父様の、陛下や王妃様に王子様の期待を裏切らないよう頑張らないと。
「・・・承知いたしました、陛下」
◇◇◇
「わがイラツァーサは名貴族50家からなる国で・・・」
「いかなる時も背筋を伸ばし、口角をわずかにお上げなさいませ」
「諸国との均衡を保ちつつ我が国が主導権を握る事が肝要で・・・」
王宮の素晴らしさに見とれているヒマなんてなかった。
王太子妃教育は歴史書の暗記・王宮作法・諸外国の成り立ちと我が国との関係、はたまた3つの外国語と覚える事が山ほどあった。
家では家庭教師から様々な事を教わってきたからある程度勉強には自信があったけど、王城での学習はケタ違いだ。
あまりの勉強時間に泣きだしたくなる時も少なくなかった。私には身の回りを世話してくれる2人のメイドが付いているけど、王太子妃候補としての立場を考えると甘える訳にもいかない。
わずかな息抜きの時間にお城の庭を散策していると、
「お前、いっつも顔色よくないぞ?ほら、これ食べて元気出せ!」
アルカンジェロ王子様がお菓子の包みを渡してくれる。相変わらずぶっきらぼうで目を合わさず眉をひそめた顔をしている。
王子様に気を使わせているのが知られれば婚約者失格となり家に戻されるかも知れない。そうなればお父様は私に対して以前よりも冷やかにされるのは間違いない。
もう私の居場所はここだけだ・・・王太子妃教育を投げ出す訳にはいかない。
お父様に陛下、王妃様に王子様の期待に応えられるよう頑張っていこう。
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