プロローグ

 もう色が見えない・・・目に映る全ての色がセピア色。かろうじて濃淡は見えるけど、これじゃ大好きだった絵画も描けない。


 私の周りには夥しい量の灰と粉々になった建物の残骸。そして100人ほどの兵士達が力尽き倒れている。


「ば、ばけもの・・・」

「ぐ、ぐるじぃ・・・」

「足が・・・立たない」


 私を捕えに来たであろう兵士がうめき声を出している。かつての私ならすぐに治してあげたものだけど。何気なく近づいてみる。


「ぁ・・・あぐっ」

「ぅ・・・あぅ・・・」

「はぁはぁ・・・ぅ」


 3人の兵士から生気が感じられなくなった。それにも関わらず苦しみ抜いたものではなく力の抜けた顔だった・・・こんな状況を見ても心は動かない。


 いつ私の世界は色を失ってしまったのだろう。


 彼女いもうとをいじめることで、周囲から嘲笑われるようになってから?

 あるいは学園に入るずっと前から、私の世界に色なんてものはなかったのかもしれない。

 いじめることも、公爵令嬢として結婚することも、全て社会の望むままに生きてきた。



「システィナ・・・この親不孝者がぁぁぁぁぁぁ!!」



 私の名を呼ぶ声、以前はどれ程この声を待っていた事だろう。しかし今の私にはもう不快な音声でしかない。


「今すぐ抵抗を止めて大人しくするんだ!王国に逆らうとは不敬な・・・私はお前をそんな風に育てた覚えはないぞっ!!」


 気が付くと私を遠巻きにして大勢の兵士達が取り囲んでいた。その中央にいるのが父・・・いえ、イラツァーサ王国の公爵当主ルビカント・ドゥーカ=ソァーヴェ。

 私一人を捕えるのにこんな大軍の兵士を指揮しているのかと思えば兵士2人に剣を突き付けられている?その横には。


「アンタのせいで私達まで殺されちゃうじゃない!私は王国の聖女様になるのにアンタとは関係ない!」

「お願い!貴女が捕まれば私達家族は釈放されてご褒美も頂けるの!いい娘だから今まで通り何もしないで頂戴!!」


 ソァーヴェ公に続いてみっともなく喚き散らす二人の女性、ラウレッタ・ソァーヴェ嬢とパトリツィア・ソァーヴェ夫人・・・私の血のつながりを持たない義妹と義母。この2人ももれなく兵士に拘束されている。


 3人の更に後ろから声が聞こえる。国王のアルジェント・リ=イラツァーサ陛下。王城で見た時よりも目が怯え切っている。


「し、システィナ・ソァーヴェ嬢・・・そなたの力は誠に素晴らしい!まさに我が国の英雄たるものの力だ!そなたが望むのなら家族を・・・いや、不快に思うのなら手を汚す事のないよう逃げ出した愚息ごとこちらで処刑してやってもよい!!」


「へ、陛下!それは約束が違」

「はぁ?何で?何で私が処刑されなきゃならないのよ!私を聖女だって認めてくれたのは王太子様なんだから!!!」

「わ、わたしは主人と娘とは違い貴族の血を受け継いではおりません!!私には関係ございません!!」


「えぇい見苦しいぞ!その方達が家族であるはずのシスティナ嬢を虐げていた事は報告に上がっておる!さ、さぁシスティナ嬢!わが王城へ迎えようではないか!!そなたがわが国の力となってくれれば周辺諸国がこぞって侵略しようが物の数ではない!!」


 不快だ、今の私には色が見えない。その上に不快な音声を聞かされると余計に色が失われていくようだ。もういい、全ての色を無くしてあげる。


 息を大きく吸い込んで右手を高々とあげる・・・身体に残っている鬼力きりょくを解放する。


「がぁ・・・システィ・・・」

「わ、わたしがせいじょなのに・・・」

「いまからでも・・・ママと」

「くそ・・・あのバカ者めが・・・こんな逸材をうしな・・・」


 さっきまで不快な音声を奏でていたモノが静まり返った。これでようやく失った私の色を探しに行ける。



 遠くに見える高く聳えるサダンと横幅の長いダグラド、低いバィワの三つの山・・・山肌がむき出しになりあれ程濃い色を描き出していた緑はもう見る影も無い。


 あの様子では動物どころか国民達に被害を与えていたモンスターまで住めないだろう。色を感じられなくなった今の私にもそれがはっきりと分かる程だ。



 そう思った時、世界が回り・・・いつの間にか地面が頭を叩いていた。私の真下には大空が広がっている。とうとう世界までがおかしくなってしまったか。


 不思議な事に遠くから光が見えてくる・・・色は見えないのに光を感じるなんておかしいよね?


 その光は間違いなく私の方に向かってくる。どうしてかは分からないけど私が本当に求めていた光のような気がする。


 私は躊躇うことなくその光に手を差し伸べた。

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