第34話 大杉さんちの庭

まだ風は冷たい。

『にゃぁぉー。』

ボクは大杉さんちの庭にやって来た。


大杉さんちの庭には白い小さなまぁるいお花が咲く木があるんだ。


ボクがゆっくり歩いていくと、大杉さんがちょうどお庭を綺麗にしていた。

落ち葉を箒で集めたり、花壇に新しいお花を植えていたんだ。


『にゃーん。』

(おじゃまします。)


大杉さんが振り返ってボクに気づいた。

『おぅっ、ネコ吉かぁ。』


ここでのボクの名前は(ネコ吉)。

大杉さんは、だいたいボク達のようなのら猫を(ネコ吉)と呼んでいた。

最初は名前をつけていたけど、わかんなくなっちゃうんだって。


『ネコ吉、そろそろ梅の花が咲いてきたど。ほれっ、見てみ!』

と、ボクに声をかけた。


『にゃーん。』

(そっか、これは桜じゃないんだ。)

ボクは大杉さんが指を指す方を見上げた。


ちょっと眩しくて目を細めたけど。

白っぽくてまぁるい可愛いいお花だ。


『ネコ吉ー、この梅の木はなぁ、実がなるんだよ。こーんな緑色の丸いやつ。』

って、親指と人差し指で丸を作って見せてくれるんだ。


『にゃん。』

(美味しいの?)


大杉さんは、かき集めた落ち葉をゴミ袋に入れながら梅の花を見つめている。


(母ちゃんが好きだったんだよなぁ、梅の花。)

大杉さんの心の声が聞こえてきたよ。


『にゃん。』

(よく、ここで眺めてたよね。)


大杉さんのお母さんは、この梅の花をお部屋から見るのが好きだったんだ。

去年、梅の花が満開の日に天国ってところにいっちゃったんだ。

大杉さんと大杉さんの奥さんは泣きながら笑っていたっけなぁ。

『お母ちゃんは、最高の景色を見ていけたね』って。


『なぁ、ネコ吉!今年は梅の実がなったら、ネコ吉も食べるか?』


『にゃん。』

(美味しいならね。)


すると、部屋から声が聞こえてきた。

『ちょっとあんた、なぁにネコ吉としゃべってんの!あんた、梅干しは酸っぱいからって食べないやないの。』

『今年は食べて見ようかなぁて、ちと思ったべさ。』

『お母さん、大好きやったもんなぁー。』

『おーん、だべなぁ。』

『もう1年かぁー、早いなぁ。』

大杉さん夫婦は梅の花を愛おしそうに見つめている。


『にゃーん。』

(綺麗だねぇ。)


『お、母ちゃん。ネコ吉さ、なんかあるかいな。』

『あぁ、カリカリ買ってあっどー。』

『ネコ吉ー、カリカリ食うか。』


そう言って、大杉さんは台所へカリカリを取りに行った。


ボクは梅の花が一番綺麗に見える場所で、座って大杉さんが戻って来るのを待つことにした。


ふわりと優しい風が吹いて、梅の花びらが一枚ひらりとボクの足元に落ちてきた。

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