第31話 坂田さんの家

島にある飲立呑屋(助ちゃん)の端っこで、珍しく坂田さんは静かにお酒を飲んでいる。


『気になるなら、お髭先生とこ行ってくればいいさぁー。』

と、助ちゃんは笑いながら坂田さんに話をしていた。



坂田さんの娘さんが赤ちゃんを産むために島に帰ってきているんだって。

そして、今、陣痛ってやつがきていて、お髭先生の病院で頑張ってるんだって。


坂田さんの奥さんはとーっても優しくって、ボクはよくお家で遊んでたんだ。


『愛ちゃん、おいでー。』


ここでのボクの名前は(愛ちゃん)。

昔一緒に住んでた猫の愛ちゃんにボクは似ているらしい。

『あー、愛ちゃんやわぁー。』

と涙ぐむ坂田さんの奥さんはボクの事を優しく抱っこしてくれた。


『にゃ。』

(泣かないで。)

それからボクはよくここにも巡回に来るんだ。



『愛ちゃん、今度ね典子に赤ちゃんが産まれるのよ。それも、この島に帰ってきてから出産する事に決まってさぁー。助産師さんも来てもろうて、お髭先生の所にお世話になるんやわぁ。』

と嬉しそうにお話をしてくれたんだ。


『にゃぁーん。』

(赤ちゃん?)

ボクにはよくわからなかったけど。

坂田さんの奥さんはとても嬉しそうな顔をしている。

ボクは坂田さんの奥さんにに抱っこされて、苦手な爪切りをされていた。


パチン。パチン。

(あぁ、懐かしいなぁ。愛ちゃんは爪を切ると暴れていたけどなぁ。)

って坂田さんの奥さん心の声が聞こえていた。


『にゃぁーぉ。』

(ボクだってホントは嫌なんだけど。)




『ほれっ!坂田さん!お髭先生のとこさ行ってあげれって。』

助ちゃんに背中を押されて、坂田さんはしぶしぶとお店を後にした。





『ほんぎゃー。ほんぎゃー。』


数日後、ボクは坂田さんのお家の庭にお邪魔していた。


『にゃ。』

(これが、赤ちゃんの声なのかなぁ?)


いつもはすぐにボクに気づいてくれる坂田さんの奥さんも、典子さんが大事そうに抱っこをしている赤ちゃんを必死で覗き混んでいる。

坂田さんは何もできずに、ただ目を細めて眺めている。


『ほんぎゃ。』

『可愛いいねぇ。ねぇ、お父さん?』

『んぁー、そりゃ可愛いいさぁ。』

幸せそうな坂田さん達だ。


ボクはお庭の花をツンツンしたり、クンクンしたりして遊んでいた。


(あー、私を可愛がってくれたおばあちゃんにも会わせてあげたかったなぁー。)

典子さんの心の声がボクには届いた。


ボクはお空を見上げた。


『にゃーん。』

(アハハ。)


『あれぇ、愛ちゃん!遊びに来てくれてたの?ほれぇ、典子の赤ちゃんだよぉー。』

って、坂田さんの奥さんはボクに声をかけてくれた。


ボクは少し近づいて、首を伸ばしてみる。

優しくて甘い匂いがしている。


『にゃぁ。』

(お空を見て!)

ボクは伝えてみたけれど。


『愛ちゃんが、可愛いいねって言ってくれてるみたいだね。』

って皆で楽しそうに笑っていたから。

ボクはくねっと曲がったしっぽをふりんふりんと振って見つめていた。



典子さんが抱っこしている赤ちゃんはお空を見上げてニコッてしてたんだ。


『にゃぁーん。』

(良かったねー。)


赤ちゃんにも見えたのかなぁ。

典子さんのおばあちゃんが、お空の上から目を細めて嬉しそうに微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る