第30話 裕子さんと石田さん

裕子さんにカリカリを貰った後、お店の前で遊んで貰っていた。

『クリリン、それ気になるの?ふふっ。』

って、裕子さんは笑ってボクの事を見ている。裕子さんがお店の前に植えたプランターのお花がたくさん咲いていて、ボクは前足の先でチョンチョンとつついていた。

つつくと、お花が揺れて面白くて。

ボクは夢中になって遊んでいたんだ。


『こんにちわ!』

『あら、石田さん!いらっしゃい。』

『あら、ましろちゃん!』

石田さんはボクを見て言った。


ここでのボクの名前は(ましろちゃん)。

石田さんは、いつもボクの事をそう呼ぶんだ。

『へぇー、石田さんはましろちゃんって呼んでるのぉ?』

『最初はホクロに気づかなくって。真っ白だと思っててさぁー。』

石田さんは、くしゅくしゅと指先でボクのおでこをくすぐった。

『にゃん。』

(いゃぁ、気持ちいい。)

ボクは目を細めてしまう。


『私とこはクリリンって呼んでるさぁ。ほれ、しっぽがくりんってなってるでしょ。』

『それも、可愛い名前さぁね。』

石田さんは、ボクの顔を覗き込みながら優しく撫でてくれる。


『にゃーん。』

(ボクはどっちでもかまわないよ。)

みんな優しくしてくれるし。



そんな石田さんを見て、裕子さんが声をかけた。

『石田さん、今日はどうするべ?クリリンも一緒どう?』

『あ、いいの?カットとカラーお願いしょっと。』

と、ボクはひょいと抱き上げられて石田さんと一緒にお店の中に入った。



『ほじゃ、そこ座って!』

と、石田さんは少しゆったりとした椅子に座った。

そして、ピンク色の大きなマントをひらりと広げて石田さんの首に巻かれた。


(なんだ?)

ボクはちょっとびっくりしたけれど、すぐに石田さんが大きなマントを捲ってボクをその上に乗せてくれたんだ。


ボクはキョロキョロと暫く見ていたんだけど。

石田さんの膝の上で丸くなった。

石田さんはゆっくりと優しくボクの体を撫でてくれている。


『石田さん、今回はどんな色にする?こないだの色もきれかったけんどねぇ。』

『こないだの色がいいわぁ。ばぁーちゃんも誉めてくれたさぁ。』

『あ、そう!ほぃじゃ、こないだの色にしよか。』


と、二人は会話をしている。

裕子さんはおしゃべりしながら、小さな入れ物の中にクリームみたいなのを入れて混ぜている。


『にゃ。』

(なんだ、この匂い。)

ボクの鼻はムズムズとする。

でも、石田さんに撫でられていて気持ちがいいので我慢する事にした。


『ほじゃ、塗ってくねぇ。』

石田さんの頭に大きなブラシでクリームが塗られていく。


ボクはチラリと上を見ていたが、石田さんは何も気にしていないようだ。


『そうそう、こないだのドラマ!』

『あー、面白いっしょ?』

『あの俳優さん、イケメンやねぇ。』

『やっぱり?私も好きよぉ。』

『裕子さんに教えて貰って良かった!うちは・・・・・』

『なはははは!』


裕子さんも石田さんもとっても楽しそうだ。

ボクは体をずーっと撫でて貰っているから、とっても気持ちが良くてそのままうとうととしていた。


『そーそーそー!』

『ほんでぇ、旦那がね・・・・』

『アハハハハハ!』


『にゃ。』

(良くお喋りが続きますねぇ。)


何だかドラマの話で凄く盛り上がっていても、裕子さんの手はずっと動いていて、石田さんはサランラップを頭に乗せられた。


『ほじゃ、少し温めるねぇー。』

裕子さんは片付けをしながらも、ずーっと石田さんとお話をしている。

石田さんはずーっとボクの体を撫でてくれている。


(あぁ、気持ちがいいなぁ。)

ボクはだらしなく石田さんの膝の上で横になった。

(あぁ、眠い。気持ち良くて眠い。)


裕子さんと石田さんの話し声が、子守唄のように遠くで聞こえてとても心地よかった。




『チーーーーン!!!』

突然、大きな音がしてボクはびっくりして目を開けたんだ。

あまりにもびっくりしすぎて逃げるのも忘れるくらいだったよぉ。



『にゃーん。』

(あー、びっくりしたー。裕子さん、教えてよぉー。)


『あら、ましろちゃんが起きちゃった!』

『アハハ、気持ち良く寝てたのに、ゴメンゴメン!いつもは飛び上がって逃げるのになぁ。アハハ!』


『にゃ。』

(笑い事じやないよー。)


石田さんの膝の上からぴょんと降りて、体をブルブルと震わせた。


『にゃー。』

(良く寝たー。)

大きな音がなければ、もっとゆっくり眠れたのに。


ボクは伸びをして、座布団が置いてある別の椅子に座った。


『あらら、あっちに行っちゃった。』

石田さんは残念そうだったけど。


ボクは丸くなって、もう一度目を瞑った。

裕子さんと石田さんの子守唄のような会話はそれから暫く続いていた。

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