第29話 山谷琥太郎

ある日、ボクはお髭先生にお魚を貰った後お昼寝をしていたんだ。

すると、どこかから音楽が聞こえてきたんだ。


ボクは耳をピクピクと動かしてその音楽を聞いていたんだ。

学校の音楽室から聞こえてくる楽器の音とは違って、なんとも優しい音色が空気を揺らしながらボクの耳に届いてくる。


『にゃー。』

(どこから聞こえるのだろうか。)

ボクは気になって探しに行くことにした。


ゆっくりと立ち上がり、耳をピンと立てて音が聞こえてくる方角を探した。

(こっちかなー。)

ボクはお髭先生のお部屋から、庭にピョンと飛び降りた。


そして、その綺麗な音が聞こえてくる方角に向かって歩いて行ったんだ。

キョロキョロしながら、音が揺らす空気を辿りながら。


パサパサ、パサパサ。

ボクは枯れ葉の落ちている庭にたどり着いたようだ。


『にゃ。』

(あ、この音だ!)


山谷さんちの縁側に座っている琥太郎さんが楽器を弾いていた。

この優しくて寂しくて切なくて透き通った音は、のら猫のボクでさえも、釘付けになる。


そういえば、山谷さんちの息子の琥太郎さんがしばらく帰って来ていると、島で噂になっていたなぁ。


琥太郎さんが弾いている楽器は、弦が2本あって、それを弓のような細い棒を動かして音を出している。


ボクはパサパサと音がする庭の中に入って、琥太郎さんから少し離れた所に座った。

なんの曲かはわからないけれど、すーっと透き通った音は山谷さんちのお庭からお空の方へと広がっていく。


ボクはのんびりとしたくなって、お腹を地面にくっつけた。

そんなボクの事を見つけて琥太郎さんが微笑みながら声をかけてくれた。


『こんにちわ。のらちゃん、演奏を聴いてくれてるのかい?』


どうやらボクのここでの名前は(のらちゃん)のようだ。

琥太郎さんは耳の横の髪の毛を刈り上げていて、それより上の髪の毛はとても長いんだ。

そしてその長い髪の毛は頭の後ろで一つに纏めて結ばれている。


『にゃーん。』

(素敵な音だね。)

ボクはくねっと曲がったしっぽを数回ふりんふりんとゆっくり振った。


『のらちゃん、これはね、二胡ってゆう楽器なんだよ。同じ二胡でも種類があってね、これは紅木の方なんだ。もう一種類、黒壇っていう種類があって音が少し違うんだよ!そして、こうやって持ってね、この・・・・・』

って熱心に説明してくれてるのだけれど。

ボクは猫だからよくわからない。

少し困って、毛繕いを始めたんだ。


『ははっ、ごめんな。のらちゃんには何の事かわからないよね。まぁ、のんびりしていってね!』

って、笑ってくれた。

そして足を組み換えて座り直すと、琥太郎さんはまたその二胡っていう楽器を弾き始めた。


ボクは毛繕いを辞めてまたお腹を地面にくっつけた。

琥太郎さんが弾く二胡という楽器の音色をボクはとても気に入った。


(ん?何だか聞いた事がある曲だ。)

どこできいたのかなぁー、とボクは思いを巡らせた。


(学校だ!)

お散歩をしていると、よく音楽室から聞こえてくるみんなの合唱。あの曲だ!


『うーさーぎおーいし かのやーまぁー

こーぶーなつーりし かーのーかぁわぁー』


学校から聞こえてくるみんなの合唱の声もボクは大好きなんだ。


でも琥太郎さんの二胡の音もとても好きだ。

琥太郎さんは片方の膝に二胡を乗せて左手で握っている。右手に棒を持って左や右に動かして音を響かせていた。そして二胡を持つ左手を時々動かすと、聞こえてくる音が空気を揺らしながらボクの所にやってくるんだ。


『にゃ。』

(んー、いい気持ち。)

ボクはしばらくのんびりと琥太郎さんの二胡の音色に酔いしれていた。

顎もペタンと土の上に乗せて。

ボクはうとうとと目をつむりながら、優しくて寂しくて切なくて透き通った音に包まれていた。


琥太郎さんが島にいる時は毎日二胡の音が聞こえてきた。

ボクは毎日琥太郎さんのそばで二胡の音を聞いていたんだ。

ある日、琥太郎さんが言ったんだ。


『のらちゃん、毎日来てくれてありがとう。お客様が聞きにきてくれて嬉しかったよ!でも、ボクはこの二胡を持って色んな所へ旅をしてまわってるんだ。だから、明日また旅に出るんだよ。たまに帰ってくるから、また遊びに来てね!』

と言ってボクの頭をクシュクシュと撫でてくれた。


『にゃ。』

(うん、知っていたよ。琥太郎さんが心の中で呟いていたから。)


琥太郎さんの手は優しくて温かかったなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る