第26話 山内のおじさん

『おーい、由紀恵ーーー!』

今日もまた、奥さんを呼ぶ大きな声が聞こえてきた。


役場で働いている山内のおじさん。

役場でお仕事をしていても、島の人のところに手続きのお手伝いにまわっている時も、いつも大きな声で喋るんだ。


丸くて大きな体に、四角い顔。

そして、目は細い。

(ちゃんと見えてるのかなぁ?)

ってボクは時々思うのだけど。


そう言えば、この前通りかかった「助ちゃん」という立呑屋でも、同じような会話をしていたっけな。

お酒を飲んで、みんな赤い顔をして。

その時ボクはお店の横に置いてあるビールケースの所で寝ていたんだけど。


『こらぁー、山内ー、人の話はちゃーんと目を開けて聞くもんだべ!』

って、酔っ払った先輩に言われてたっけ。

『いや、坂田さん!俺、目は開いてますから、ね!何回も言ってるさぁ。しっかり開いてます、ほら、見てみぃさ!ほれっ!』

と、指で目を大きく開いて見せていた。


(さっきから、おんなじ話ばっかりだなー)

って、ボクは丸くなって寝たっけな。




そんな山内のおじさんの家の前をゆっくり歩いていると、また大きな声が聞こえてきた。

『おーい、由紀恵ーーー!』

『なんねぇ、さっきから何回も。そんなに大きな声で呼ばんでも、聞こえるさぁね、こんな小さな家なんだから!』

と、由紀恵さんの声も大きくてお外まで聞こえてきた。


ボクは山内さんのお家の塀にピョンってジャンプして飛び乗ったんだ。

山内さんの家の入り口には金木犀の木が植えてあって、塀に登ると甘い匂いがする時があるんだ。

鼻がムズムズとしちゃうけど。

ボクはここがまぁまぁ気に入っている。


『あぁー、あのー俺の眼鏡どこさいった?』

『んなもん、私に聞かれてもわからんさ。そのでっかい声で呼んでみぃさ、そのうち返信してくれるわぁー!』

アハハハハハ!と、由紀恵さんは笑っている。

『んなもん、はーーい!ここですよぉーて、眼鏡が返事するんかぁ?』

『だから、試しに呼んでみぃさー。』



(由紀恵さんはとっても面白い人なんだ。)

この前、今みたいに塀に登って日向ぼっこをしていたんだ。

『あら、ポンちゃん?』

『にゃ。』

(んー?そんな名前だったかなぁ?)

とボクは思ったけど。


『あら、違うかぁー?アハハ?なんでもいいかぁー!』

と笑っていた。

『にゃ。』

(まぁ、何でもボクはかまわないけど。)


そして、金木犀の花をちぎってボクのおでこに乗せたんだ。


『にゃ。』

(ん?何?)

ってボクが両目でおでこを見つめてたんだけど。

『アハハハハハ!ちと、そんまま!』

って、エプロンのポケットから携帯電話を取り出してボクの写真を撮ったんだ。

『ほら、見てみぃーさ、あんたの顔!』

と写真を見せられたんだけど。

猫の目がおでこに乗せられた花を見ている。

『にゃ。』

(変な顔!)

『アハハハハハ!可愛いいのぉー。』

って、大笑いしてたっけ?


ボクはプルプルって、顔を振ってそのお花を落としてプイッと歩いて違う場所に移動した。

(まぁ、喜んで貰えるのはありがたいが、知らない猫の写真を目せられてもなぁ。。。)




そして、まだ山内家では大きな声が聞こえいる。

『だからー、俺の眼鏡!なぁー由紀恵!』

『んもー、だから、呼んでみれーって。こーゆー新聞の下とかから返事すっどー!』

と言いながら、テーブルに広げてある新聞をめくった。

そこに眼鏡があったようだ。

『ほらぁー、あるさぁー、眼鏡!』

『アハハ!あったわ!』

『ちゃーんと、目を開いといてぇ!』

『あー、目は開いてますけどぉ。』

と、山内のおじさんは眼鏡をかけて、座って新聞を読み始めた。


しばらくすると、

『ぶぃーーーん!』

と言いながら、寛太くんが帰ってきた。

『ただいまーーーー!』

寛太君が脱いだ靴は転がってひっくり返っている。


『こらぁ、寛太、靴を揃えてぇよ!』

『ぶぃーーーん!』

寛太君は何かになりきっているようだ。


すると、山内のおじさんは読んでいた新聞を置いて、寛太君に声をかけている。

『寛太ー!ちょっとここさ、なんか付いてないか見てくれるかぁ?』

とお尻を向けた。


そう言われて寛太くんは見てあげたようだ。

『なぁにぃ?とぉちゃん、何もついと。。。ぅわっ、くっせーーーー!!』

『かぁーちゃーん、とぉちゃんにやられたわぁーーーーー!』

『アハハハハハ!』

山内のおじさんの笑い声が聞こえる。


『なぁにぃ?あんたら、ふたりとも大きな声でぇー、ぅわっ!くっさぁーーーー!

何食べたらそんなオナラでるんかいのぉー!』


『アハハハハハ!!』

山内のおじさんの大きな笑い声がまた聞こえてくる。


ボクはオナラの匂いがしないうちに、ぴょんっと塀を降りて違う場所に向かって歩きだした。

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