カエルがかえる

物部がたり

カエルがかえる

 冬にカエルが起きていた。

 カエルなどの両生類や爬虫類は変温動物であり、外気温に左右される動物である。動物園やペットショップで飼われているカエルならともかく、野生のカエルが冬に起きていることはまずありえない。

 ほっておけば冬眠するだろうと思って数日間様子をうかがっていたが、一向に冬眠する気配はない。

 餌などどうしているのだろう? カエルも生き物の端くれ、地球外蛙でないのなら食べなければ生命活動を維持できないはずである。

 れいは、このカエルに愛着が湧いていたので、ペットショップに売ってあるカエルのエサを買って与えてみることにした。


 カエルは活餌、つまり生きた餌しか食べないらしく、わざわざお金を出して虫を買った。しばらく観察していると粘着性のある舌が目にもとまらぬ早業で伸び虫を飲み込んだ。

「このまま野外にほっておくと凍え死にはしないだろうか」

 れいはカエルを飼ってみることにした。ネットでカエルの飼育方法を調べると、カエルは温度・湿度管理が大切で乾燥は天敵であるらしいことを知ったので、昔使っていた水槽を引っ張り出して水を張り、野生環境を再現してみた。


 温度は二十四~八度の間を保ち、湿度にも注意する。

 今までたかがカエルと気に留めたこともなかったが、飼ってみるとされどカエル。愛着が湧くもので、カエルにも個体差があることがよくわかった。

 体の模様や、顔や体格の微妙な差異。れいはカエルに軍曹という名前を付け、猫や犬と同じくらい愛情をもってお世話した。

 それから一冬の間、れいは軍曹と共に過ごし、雪が溶けて、新緑が芽吹き、軍曹の仲間たちが地上に再び姿を表す季節になっていた。


 すると、今まで鳴かなかった軍曹が、ゲロゲロとけったいな声で鳴くようになった。耳に響く高い周波数の声だった。軍曹は来る日も来る日も鳴き、いや泣き続けていた。

「どうした軍曹……。何が悲しいんだ」

 ケロ、ゲロ、ケゲッロゲーロ、ゲ~コと軍曹はれいの顔を見上げて泣いた。

「そうか……そうだよな……」

 軍曹の言葉がわかるようになっていたれいは、「わかった。神のものは神に、カエルのものはカエルにだよな」といって軍曹と別れることを決めた。

 という経緯で軍曹をカエルのオーディション会場に連れて来た。

「軍曹、いい彼女見つけるんだぞ。おまえなら大丈夫だ。イケメンカエルだからな」

 ちなみにカエルの優劣は顔ではなく、鳴き声で決まるらしい。

「ゲ~コ、ゲ~コ、ゲロ!」

 軍曹は一冬のお礼を告げて、仲間が待っている池に飛び込んだ。

 古池や蛙飛びこむ水の音――。

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