侍アンティーク喫茶ささらの薔薇姫特製(略)さらみつマンゴーカレー:ベヒもん極限ハンティングエディション・おかわり(狩猟編)

「恐怖のミケネコベヒもん事件で世間を騒がせたごくキングベヒもんを討ち斃した伝説のマタギ、狩王かのうサバキ。その息子オロシ。歴戦のベテランハンター親子が来てくれたとは心強い」

「宝良木殿のお呼びとあらばいつでも駆けつけますよ。

 それに地元の危機とあっちゃあね」


 老年のハンターは浅黒く日焼けした無骨な顔に笑みを浮かべ、水臭そうに鼻頭をこすった。これから危険な魔獣と一戦交えようというのに気負った様子は微塵もない。どんな事態も培った経験と技術でしのいでみせるという職人の気概を感じる。

 狩りに挑むのは選び抜かれたサムライ十数名と狩王親子二人と犬になったミミリ一匹。誰も彼も地元の山を知り尽くした古豪ばかり。大した苦労もなく終わるだろうと指揮をとるペシェリは余裕の顔であった。


「おやペシェリ様、そのワンコちゃんは? 猟犬には見えねえっすけど」

 オロシにそう訊かれ、一瞬びくりと肩が跳ねた。

「えっ、ええ、探知犬です。追跡の役に立つかと思いまして」

「名前はなんつーんです?」


 ささらを出る直前、宝良木に釘を刺されたことを思い出す。

『ミミリ様が犬になったことはご内密に。知られれば混乱を招きます。みなさまどうか他言無用のほど』

 名前とかそんな設定まで考えてない。助けを求めて宝良木に視線を送るとウィンクばっちん。


『他言無用ですぞ』


 救いの船を失ってペシェリは目を泳がせながら頭をフルドライブ。茶飲みトークのノリでとってつけたような底の浅いことを言えばお家は大混乱だ。

「えーっとその、この子は……そう、『ネーサン号』です。将来は麻薬捜査犬か検疫犬かという血統証つきのエリートなんですよ。とても鼻が利くんです」

「へぇー。なんていうか、なんというかな感じだけど。呑気な顔して優秀なんだなあお前」

「わふっ」

 吠えてニッコリと獅子姫。どこか誇らしげだ。


「ところでお前、自分の名前についてどう思う?」

「うー、わふぅー」

「『茶飲みトークのノリでつけたような名前でがっかりです』だって」

「そ、そんなぁ……」




 立ち入った野獣の森は不気味すぎるほど静かだった。獣の気配を微塵も感じない。突如現れた凶悪な来訪者を恐れ、森の外へと逃げた鳥たちのさえずりが遠巻きに聞こえるだけ。サムライたちが事態を収めてくれることを祈り、見守っているかのようにも感じる。

 森の最奥から泥のようにまとわりつく粘っこい気が山の涼しい空気と混ざり流れてきた。それと相対すれば一瞬で屠られるという悪寒が走り、がくと指先が震えた。

 奴は、この先にいる。


 ペシェリに誘われ見学気分でついて来たが、やはりやめておけば良かったかもしれない。勝手の分からない俺がいてはいざというとき足手まといになってしまう。

 ようやく手元に届いた変身ベルトもある。エグゾスーツを装備すれば自分の身ぐらいは守れるだろうが……。


「死の森だな」


 誰にいうでもなくサバキが独りごちた。

 ベヒもんがのさばれば山はきっとこうなる。生態系は破壊し尽くされ草木は枯れ果て、何者も住まうことのない静寂が木霊する荒れ野と化すのだ。

 地を這うよう匂いを追っていたミミリが顔をあげ、ペシェリのほうを一瞥。ぺたんとその場に伏せて止まった。


 発見のサイン。獲物に悟られぬよう、薔薇姫はささやくよう報せる。

「います。前方、三十メートル」

 茂みの向こうに標的の存在を認め、全員の顔に緊張が走った。まるで死地へ赴く決死の表情。

 互いに矛を交えれば山を更地に変えるほどの超Z級バトルをする秋津人にこれほどの顔をさせる。ベヒもんとは一体どれほどの化け物なのか。


 ニンジャー望遠アイで確認。

 頭に短い二本角が生えた、黒毛のレッサーパンダに似た生き物が小さな手で木の枝を掴みがじがじと噛んでいた。あれがベヒもんなのか。

 まだ足が座っているのかベヒもんは枝に遊ばれるよう寝転がって右へ左へころころ。大きさは大人の熊ほどあるが黒い瞳はまん丸とつぶらで愛くるしい。


 こいつは……!


「きゃっ、きゃわいい……」

「魔獣だって赤ちゃんのころは天使のようにカワイイものです。ですがそれは見た目だけ。正直、本性は破壊の権化そのものです」

「ええー、ほんとぉー? あんなにカワイイのにぃー?」

「すぐにわかりますよ」

 すっかり骨抜きになってしまった俺に、ペシェリは説得を諦めた目で投げやりに言った。

 秋津人には動物を愛でる心はないのだろうか。あんなキュートなベヒもんベビーをやっつけようだなんて。愛護団体が見たら発狂もんだよ、これ。


 内心浮き足立っている俺とは対照的に、狩王親子は淡々と最後の準備と装備の確認を進めている。一服ついて煙草を吸うようなリラックスした手つき。数分後には生死の行方も知れないのに慣れたものだ。


「やるぞ。いいか」

 ライフルに弾を込め終え、サバキは息子に呼びかける。

「おう。いつでもよ」

 応じながらオロシは大小様々なナイフを納めたベルトを腰に巻き、身の丈ほどある太刀を背にかつぐとやんわり親指を立てて見せた。


『捕らえたりはしないんですか? その、無力化してからよそに移すとか』

 初めて挨拶を交わした時、親子にそんな質問をしたのを思い返す。

『竜巻を起こして隕石を降らせるような奴です。閉じ込めておける檻なんてありゃしませんよ。それにここから追い出してもどこかで暴れる。同じように』

『そんで最後は人里に降りて人を襲う。人に追い詰められて混乱して、山の戻り方を忘れて暴れ続ける。そうなったら手遅れなんすよ。だから討つしかない。被害を出さないためにね』


 共存などあり得ない。それが秋津人と魔獣の間に引かれた唯一の答えだった。


「では。行って参ります」

 目だしフード付きのクロークを羽織ると二人は静かに歩き出した。

 足音は聞こえない。ベヒもんベビーもぽきゅぽきゅ鳴きながら一人遊びに夢中で接近に気がついていない様子。クロークに存在を隠す術がかけられているのだ。

 手負いのベヒもんは空から流星を落とす大魔法を唱え反撃してくる。そうなれば辺り一帯はクレーターだらけの焦土と化し景観は台無し、地価は大暴落。観光が主産業の熊葛でそれはなんとしても避けたい事態だ。


 ゆえに仕留めるなら一撃必殺。

 ライフルに装填された弾丸にはベヒもんの生命活動を停止させるスタンス術式が付与されている。これを扱えるのはライセンスを持つハンターだけ。ぞろいるサムライたちが助勢せず控えに立っているのは、弾丸が機能しなかった場合に備えてのこと。万が一失敗しても帝京ドーム二個分の面積が吹き飛ぶ程度の被害で処理してくれる。隙のないリスクフローだ。


 相手からは見えずこちらからは射線が通る場所へ移動。ベヒもんベビーは遊びに夢中で地面をごろごろ夢ごこち。

 護衛兼スポッターについたオロシが周囲の安全を確認すると、親父に手信号で合図を送った。

 サバキが安全装置を外し、狙いを定めてトリガーを引こうとした時だ。


「ぽきゅー?」


 目の前でベヒもんベビーが不思議そうに小首を傾げていた。


 どんな超スピード!?


 一体いつどうやって! 幻でも見せられていたのか!? 俺もサムライもハンター親子も、みんな揃って頭が真っ白、目が点に。

 驚きの声を出すのもそっちのけで、サバキは身についた反射で銃を構え直す。この至近距離、外しようもない。

 勝負あった。


「ぽきゅーん☆」


 ところがベヒもんベビー、なんとあざとく上目づかいに手を合わせておねだりポーズ。

 するとサバキはあろうことかライフルを放り捨て、ふらふらとおぼつかない足取りでベヒもんベビーに近づいていった。まさかハンドファイトを挑むのか!?


「はうーん、きゃわいー! よーしよしよし、いい子ちゃんでちゅねえぇーん」


 いや違う! なんと、ハグ! ハグして頬をすりすりしだしたではないか。何かの作戦か!?

 歴戦のハンターがすっかり骨抜きになって目がハートに。

 あっダメだ、ガチな奴だこれ。

 危ない! これでは鍋にダイブのカモネギ状態。焼いてヨシ、煮てヨシ、蒸してヨシだ!


 助けに入ろうとしても時すでに遅し。


「ぽきゅー☆」

「ぶげーっ!」

 ラブリーベヒもんハッグ! 締め上げられて背骨がバッキリ。殉職!


「お、親父ーッ! ちっくしょうこの魔獣野郎、タタキにして生鮮食品売り場に並べてやらあ」

 無惨にキュン死した父の姿を見てオロシは憤怒も露わにスタンスを取る。

 サムライたちの間にざわめきが起こった。

「むっ、あの構えは!?」

「しかり……! 狩りを極めたハンターのみが放てるという、あらゆる獣を一撃のもと討ち斃す狩猟スタンスアーツ『獣破絶生撃』。ベヒもんだろうと当たれば真っ二つの必殺剣よ!」

「凄まじいオーラだ、身震いが止まらぬ。これはもはや勝ち確、ひとっ風呂浴びてくる!」


「うおおおおおおおーーーーッッ!」


 放たれる必殺の一撃!


「ぽきゅーん☆」


 カウンターおねだり。オロシさん、太刀をほうり投げてすーりすり。

「はうーん、きゃわいー! よーしよしよし、いい子ちゃんでちゅねえぇーん」

「ぽきゅー☆」

「ぶげーっ!」

 ラブリーベヒもんビンタ! 頬をはたかれ首がボッキリ。殉職!


「伝説のマタギー!」


 歴戦のベテランハンター親子が揃って瞬殺。なんということだ!

 凶悪すぎる強さにみんな青ざめて鼻水たらり。カワイイと暴力の凄惨極まるコラボレーションにガクブル。全員の顔から秒で余裕が消え失せた。


「バカな、魅了の魔法だとでも!? ベヒもんがそんな術を使うなんて!」

 想定の斜め上を行く展開だったのだろう。ペシェリが動揺に口を震わせる。反面、傍で付き添う宝良木は参謀らしく落ち着いた様子で短観を述べた。

「おそらくカワイイ見た目と仕草で心を惑わすスタンスアーツかと。これは前代未聞ですぞ」

「確かに。そんなベヒもん今まで聞いたこともない。特殊な個体なのでしょうか」

「ふうむ。普通なら魔獣は変異せず、進化をしないもの。ですが目の前にいるベヒもんは尋常ではない。姫様の慧眼、そう考えるのが妥当でありましょうが……」

 判断を下すには情報が足りないと口すぼみになる。


 ベヒもんは動かない親子二人をつついてきょとんとした顔。ややあって気まずそうにおたおたしだした。もしかして殺す気はなくてじゃれついただけだったとか……?

「くっ、死体で遊んでいやがる……」

「ちくしょう、なんて邪悪な奴だ……!」

 悔しそうに歯噛みするサムライたちを横に双眼鏡で様子を追いかけていると、


「ぽきゅー?」


 目が合ってしまった。


 全身に怖気が走る。気配を消しているのにこちらを捉えている。なんてやつだ!

 奴は新しいおもちゃを見つけたとばかりキラキラした目で喉をならした。動かないといけないと分かっていても体がずしりと重く足が踏み出せない。恐怖が足かせになっていた。


 気がつくとベヒもんがぽてぽてと走り寄ってきていた。


「おわあああっ、きたああああーー!」

 カワイイ、こわい! カワイイ、こわい!

 俺も奴の術にかかってしまっているのか、愛でたい気持ちと逃げたい気持ちが混ざり合わさって思考がぐるぐるのマーブル模様。脳が矛盾状態に陥って押すも引くもできない。腰に巻いた変身ベルトもこうなってはただのアクセサリーだ。

 抵抗もできずこのままベヒもんのオモチャにされてしまうのか!?


「隼さまが! ――宝良木!」

「はっ! 銃だ。接近戦はやられる。奴の注意をこちらに引け!」


 予感した通り足手まといになってしまった。お手間をかけて大変申し訳ございません!


 ベヒもんを囲うよう扇状に展開したサムライ達がライフルを一斉射。通常の弾だが足止めくらいはできる。

 そう。当時は、そんな風に思っていました。


 弾丸は障壁に阻まれ、あるいは逸らされあさってのほうへ。何発かは反射されて持ち主へご返却。リフレクションされた弾をくらって何人かが負傷した。

 近づけばおねだり、飛び道具は跳ね返す。何者の干渉をも許さない。奴は要塞か!?


 ただしペシェリにはそれで良かった。

 銃撃に紛れて手投げアロー弾を投擲。射手の呪力で遠隔操作された矢は自在に軌道を描きベヒもんの横面を突く。やはり障壁に阻まれたが

 接触したと同時にアローの先端から紋様が浮き出る。紋を目にしたベヒもんは重そうにまぶたを閉じてフラフラ。たちまち倒れておねんねした。ぐうぐう。


「やりましたな」

「術の効果でしばらくは眠るはず。今のうちに」

「はっ」部下に手を振って号令を出す宝良木。

 確実に息の根を止めるため、心臓に一撃しようとサムライたちが近づこうとした時だ。


 ごうと、通り抜けた風が行く手を阻んだ。


 たちまち風は渦を巻いて竜巻となり、触れる全てを噛み砕く風のバリアと化す。

「なんと!」これではベヒもんに近づくどころではない。

 手も足も出ずいよいよ打つ手なしかと立ち尽くすなか、ごごろんと雷に似た音が響いてきた。

 空には雲一つないのに不思議がっていると、何かがボスンと地面に突き刺さった。


 石だった。


 サッカーボールぐらいはある赤く焼け焦げた大粒の岩石だった。

 妙に思い空を見上げると、火の尾を引いて落ちてくる流星が次々と。


「ぽきゅー。むにゃむにゃ……」

 眠りこけたベヒもんの角からぽうと淡い光が灯っている。


[お休みコメット]


 奴が召喚したのだ。本能的に外敵から身を守るため無意識、自動的に!


「退避! 退避ーー!」

 天から降り注ぐ隕石が一行を襲う。


「アブナーイ!」

「飛ぶんだー!」

「「「わあああああーー!」」」


 落下の衝撃で舞い上がった土砂と一緒に大の字バンザイ・ホリウッドダイブ。スタンスの効果でモーション中は完全無敵。危機一髪、難を逃れた。

 必死で逃げるサムライたちの悲鳴と怒号が飛び交う。穏やかだった野獣の森は今や阿鼻叫喚を煮詰めた地獄の闇鍋と化していた。


「くっ……。作戦中止、撤退します!」

「はっ!」

 指示を受けて早々と退却するサムライたち。こんな混沌とした状況でも統制が取れているとは。さすが戦に慣れた秋津のサムライといったところか。

 狩ろうとして狩られる側になるとは恥辱の極みであるが命あっての物種。戦力を温存して再起を図るというペシェリの判断は賢明といえる。


「くぅーん……」

 ミミリもすっかり戦意消失して尻尾が垂れてしまっている。いつも飄々泰然とした彼女をこうもさせるとは。やはりあのベヒもんの強さは異常なのだ。

 いや、まずこの場から逃れるのが先決。落ちたミミリのリードを拾おうとしたその時。


「ぽきゅー。むにゃきゅ~……」


[寝返りミールストーム]


 ベヒもんが竜巻を召喚。猛り狂う暴風の柱が一直線にミミリをさらい、飲み込んだ。

「わうっ――わうぅーーーーん!」

「ああっ! 姉さんっ、ねえさあああぁーーーーんっ!」

 救い出そうにも隕石が雨あられと行く手にすがってくる。

 巻き上げられ空へ昇っていく姉を、ペシェリはただ眺めて叫ぶことしかできなかった。

 なんてことだ! ミミリ! ミミリーー!


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