侍アンティーク喫茶ささらの薔薇姫特製(略)さらみつマンゴーカレー:ベヒもん極限ハンティングエディション・厨房裏(仕込み編)


 龍皇が住まう龍宮御所は清浄の宮殿とも呼ばれている。

 御影石の床は常に掃き清められており、塵一つ、髪の毛一本さえ落ちていない。龍の体組織は膨大な魔力を帯びており毛筋一つさえ世界を滅ぼす劫火の種となる。万が一外へ持ちだそうとすればその者は大罪人と見なされサムライに即処断されるであろう。

 ゆえに宮内を清めておくのは無用な問題を生まないための処置。


「刺激はより過剰な刺激を求める欲を育てやがては破滅の災禍ともなる。よって過分な刺激を取り除くのは人世に平穏をもたらすためである――と。なるほど。道理ではあります」

 男の話をひとしきり聞き終えた龍皇は納得とも落胆ともつかない声でそう評価を下した。

 面会相手は魔法使い。のちに<瓦礫の魔人>と呼ばれる魔導師、名はビルダ・デストラクタ。

 龍皇は菖蒲色の銀髪をもつことから紫龍の女神とあざなされている。黄銅色の瞳に浮かぶ有隣種めいた縦一筋の瞳孔は深く黒く、穏やかな光をたたえて煌めく。姿こそ人だが内奥に秘めた知性と魂の色はまったくの異形。人理を超越した存在なのだとメイカはまみえて実感した。


 龍皇はすっと腕を伸ばし、ビルダの額に向かって手のひらを広げる。そのほうが言葉で伝えるよりもずっと早いと。

 龍の英知は海よりも深淵かつ、広がり続ける宇宙のごとく果てがない。三千世界を超えたはるか先まで見通すとされる。くわえてその心持ちは寛容で慈悲深い。


 残酷すぎるほどに。


「ホッ、ホホ……! フッ、フヒヒッ……。アヒャーアハハハハハッ!」

「おっ、お師さん!?」

 唐突に高笑いをあげた師の奇行にメイカは戸惑った。おそらく龍皇になんらかのヴィジョンを見せられたのだ。

 ビルダはくつくつと肩をゆらして笑い、

「クヒッ、これは実に愉快。痛快、明快、超欣快――――ッ! 

 だがッ、だがッ――!!」

 湧き上がった感情を押し殺すよう、ぎりと歯を噛みしめる。


「魔法使いの究極は全ての原点である『零』へと至ること。所詮、私ごとの夢を叶えるなどただの過程、我が侭。だがただの我が侭ではない。私にとって生涯をかけた事業なのだ。ここで止まることなど大論外。アリエナイないのですヨォー」

 己の道に殉じるのが人のサガ。行き着く先がなんであれ自ら選択したのなら納得できる。魔法使いの揺らがない意志を見取り、龍皇は憂うよう目を閉じた。

 たおやかに自身の髪を手に取って結び、指で削ぎ落とし……。


 紫の銀糸が謁見の間にふわと舞う。


 微動だにせず側で控えていたコノエ・サムライたちがぞろとざわめき立ったが、待てと制する侍従長の手に足を止めた。


「あなたの夢がどのような結実を迎えるか、未来へと進み確かめてみるがよいでしょう。ただし貴方の我が侭、通そうとするなら我が守人もりとたちが試練となって立ちはだかりましょうが」

 師は見つめ続けていた。床に散った毛筋をにらみ付けるよう見つめ続けていた。

 師はあのとき見たヴィジョンの内容を誰にも語らず、訊いても話してはくれなかった。

 ただ師が変節したのはあれが切っ掛けであったのは間違いない。無謀にも龍皇を倒すと宣言し、同志と門弟を従えサムライとの戦争に踏み切った。

 狂うままに狂い、運否天賦に任せ自らの運命を試すかのように……。


            ※


「ほれ、行ってこい」

 送り出すメイカの目を見返し、それは名残惜しそうな足取りで森の中へ消えていった。

 ハンターに追いかけ回され傷ついたのだろう。それの表情からは怯えと憔悴が見て取れた。手当をして、ちょっとした魔法をかけてやった。たくましく生きて欲しい。

 熊葛の南東に位置する隣町、オロシダ町。最後の標的はそこにある。正確にはその町の博物館に、だが。

 件の博物館、<マザマ・レガシーミュージアム>にて期間限定で師の遺物が展示されるという情報をゲットしたメイカは、決行の準備と休養を兼ねて熊葛に立ち寄っていた。

 和と洋を入れ混ぜたタイショー時代的建築が並ぶ、のどかで飾り気のない街並み。食べ物おいしい。スイーツうまい。山奥。すずしい。空気がうまい。のどか。

 センシティブなものとは無縁の、世界最後のノーセンシティブランドだ。素晴らしい、ここを終の住処にしよう。

 茶屋の露天席でかき氷を頬張り、ほっこりしていたところだ。


「ほぎゃーーっす!」

 唐突にショックから溢れた精神エネルギーによって目から出火! あわててかき氷をかぶって鎮火! シロップまみれになった代償に事なきを得る。

 いったい原因は何かとあたりをきょろきょろ。

 文字通り眼福で目が焼かれてしまうほど、とんでもない美少女がいた。

「ぬおお……。な、なんつーセンシティブなべっぴんさんだべ……」

 穂が立った切れ長の眉目に、女形めいた艶やかに色気立つすらりとした相貌。ホリウッド映画スターも彼女の前では有象無象のモブ同然。薔薇が人の姿をとったような女の子だ。刺激的すぎてフィルターが用をなさないのも無理はない。


 彼女はオープンカフェのテラスでスーツ姿の大人達と書類を睨みながらなにやら討論中。どこかのお偉いさんなのだろうか。

 他に目についたのは、それを遠巻きにうっとりと眺める強面な男たちの一団。

 メイカにはぴんと察しがついた。

「あんな美人さんだ。きっと男どもに色目で見られて毎日……[センシティブな表現です。ブロックされました]……な目に遭っているにちげえねえ。かわいそうに。正義の魔女メイカさんが救ってやらねば」


 お代を払ってささっと近くの物陰にハイドイン。

 ペンを取り出しアプリ起動、テテンとタッチで魔法発動。

でどろんと煙があがってメタモルフォーゼ。ペシェリの姿がジェリービーンズに手足が生えたようなつぶらな瞳のフォールで競うガイな風味に大変身!

「フォー!?」

 テナガザルじみた長い手に、ペンギンみたいな短いヨチヨチ足がとてもプリティ。カワイイ姿に変身して薔薇姫は大変驚きのご様子。変身した自分の格好を見て汗ぴよぴよだ。


「ぬわーッ姫様が妙チキリンなお姿にぃー!?」

「すわっ、呪いか!? 魔法使いの呪いかあーーッ!?」

 家臣と取り巻きの男衆も椅子から飛び跳ねる勢いでビックリ仰天。降ってわいたトラブルにおろおろする者もいれば、変わり果てたペシェリを見て無言で青ざめる者も。


「ぎゃっぎゃっぎゃー。男なんて綺麗な花に寄ってくるアブみてえなもんだげ。興味あんのは女の見てくれだけ。失望したろう。これであのお姫さんもうっとおしい思いをせずにすむってもんだべ」

 因果、時空、量子に干渉して錯覚を見せる。単純に言えば対象に着ぐるみを被せて、見た目も感触もそうであると誤認させるタイプの変化魔法なのだが効果はてきめんだ。敵組織の内部分裂を誘う工作として魔法使いはこの手をよく使う。

「ぎゃぎゃー、こりゃケッサクだあ。男どもの顔ったら。くくっ、みなドン引きしてるっぺよ」


「な、なんということだ……」

「こ、これは……」

「なんとも…………良き!」


 は?


「皆の衆、これは我らの姫様への忠義を試す天からの試練ぞ!」

「そうとも! 我らが慕うのはペシェリ様の威光、魂そのもの。どのようなお姿であろうとガチ忠勢の想いはみじんもブレぬッ、揺らがぬるうッ!」

「姫様ッ! ご安心めされいっ、たとえ余人がなんといおうが我ら命果てても御霊となりて貴殿のおそばでお仕えつかまつりまするぞ!」

「ソレガシは、むしろこちらのほうが断然……ッッ!」

「「「ペーシェ! ペーシェ! ペーシェ!」」」

「フォ、フォー!?」

 テンション昂ぶるシュプレヒコールにペシェリはますます汗ぴよぴよで困惑だ。


「な、なんなんだアイツら……」

 不信をまねくどころかますます沼の深みにはまっていく始末にドン引き。カルトの結束をコーティグ剤で補強する結果に。

 荒ぶる狂信者は生け贄を求めずにはいられない。

「むうっ、近くから魔力の残滓を感じまするぞ……ッ!」

「呪いをかけた魔法使いが近くにいるはずじゃあ。草の根分けて探し出せいッ!」

「我らのペシェリ様推しを狙うとは命をディスカウントしたい輩のようじゃのう、くくく……」

「おのれどこじゃあ! ユッケにしてゴマネギまぶして飯と一緒に食ろうてくれるわ!」

 サムライたちはギンギラと目を血走らせて周囲を捜索開始。捕まったら確実にユッケ丼どころか鍋の具にされてシメにうどんで美味しく頂かれてしまう。やりかねない勢いがある。食われてはたまらんとメイカはガクブルしながらそそくさと退散した。



 昔からいう。ショッキングなイベントはドミノ倒しのように連鎖すると。


 トラックに乗せられ食肉工場へと運ばれていくベヒもんを見てメイカは口をあんぐり。

 ここは地上最後のノーセンシティブランドではなかったのか。

 おいしく加工されたベヒもんミートの行方を追ってたどり着いたのは、侍アイテムとヴェルザムグッズにまみれた珍妙なアンティーク喫茶だった。

 メイドさんに話を伺うとなにやら期間限定メニューの試食会を催すとのこと。

 わくわくしながら待っていると、フィルターで防護していたにも関わらずニンジャーを自称するヤバイ兄ちゃんと虫も殺さないようなカワイイ顔した女の子が拷問してから殺して埋めるとかソーセージにして犬に食わすとか物騒な話をしていたのをもろに聞いてしまい泡吹いて気絶してしまったが、出されたカレーに使われている肉の正体を知って怒りと悲しみが溢れてレインボーシャワーをゲロりそうになってしまった。というかゲロった。


 便器にありったけをぶちまけぜぇぜぇと喘ぐ。

「ぐぎぎー。おのれぇ、秋津のサムライどもめー」

 秋津人のゲテモノ食いは有名だ。ネバネバの臭い豆やら木の根っこみたいな野

菜も食べる。魔法使いだって食べる(!?)。だからといってまさか魔獣まで食べるとは……!

「あんなにキュートなベヒもんをカレーの具にするなんて……。良心も品性の欠片ぁもにゃあ、どえれぇサイコパス蛮族どもだんべよー。どうにかやめさせられるいい方法はにゃあもんだかなぁ。ぬぬぬー」

 拳を握りしめてギリギリ。カレーは美味かった。美味かっただけになおさら悔しい。

 遺物も取りに行きたいがベヒもんも助けたい。クーリエがいてさえくれれば……。


「コーンコンコン。お困りのようですわねェェ」

 気配も無く現れたスーツ姿のメガネ美女にどっきんちょ。

「うぎゃあああっ! お、おみゃー一体なにもんだべー! いっきなし人の後ろからわいて出てきてからよー!? 心臓とまるかと思ったわぁ」

 背が高くグラマーながら肉食獣めいたしなやかさがある。しゃなりと雪原を優雅に歩くキツネじみた風体の女だった。


 女は糸じみた細い目をより細め、人なつこく微笑みながらメーシを取り出す。

「コホホホ。ああん、これは失礼ィィ。わたくしィ、こういうものでございましてェェ」

「デーマー・フェンPR社、広報コンサルタントのコウコ=キネヅ……さん、だべか?」

「ハイでございますゥゥー。売れないラーメン店を繁盛店にする宣伝の打ちかたから火のないところに煙を立てるプロパガンダ戦略まで、広報のことならなんでもフォローさせていただいておりますゥゥゥ」

「ノンノン、宣伝屋さんに用はねぇっぺよー。今のオラが必要なのは腕っこきの頼れるパートナーだで」


「おおっとォォーーン、『宣伝』ではございませんんー、『ピーアール』。PRとは公共機関などが社会を善くする考えを広く正しく世間のみなさまに知ってもらい理解を得ようという活動のことですウウ。つまり自分の考えに賛成してくれる仲間をいっぱい作ろう☆みたいなノリですねェェん。ところでお嬢様はベヒもんちゃんがカレーの具にされるのを止めたいと思いなのでしょオォー?」

「うん、ま、まあそうだべな。サムライのベヒもん狩りをやめさせたいって思っとるきぃ」


「ならばこそですウウウ。PRの専門家であるわたくしにそのお手伝い、させていただけないでしょうかァァー。このコウコ=キネヅ、なにを隠そう大のベヒもん好き。お嬢様のベヒもんちゃんに対する愛、怒りに震え悲しみ、心を痛めるお姿を見てぜひお力になりたいと思ったのですゥゥー」

「いやぁー、そりゃありがてぇけんども。オラ、あんまりお金もってねえよ。けっこう高ぇんだろ、依頼料」

「いえいえ、報酬などいりませェェん。ワタクシたちはベヒもんちゃんを愛する絆で結ばれた、いわば同志! 同志からなぜお金を頂くことができましょうかァァーッ」


 地獄に垂らされたワイヤーとはこのこと。メイカの目には彼女がホトケに見えた。

「キネヅさん……。アンタ、でらいい人だべなー。うっしゃ、んだば一つよろしく頼むで!」

「コウコで結構ですよォォー。

 お任せあれ、ともにベヒもんの未来を守りましょォォー」

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