侍アンティーク喫茶ささらの薔薇姫特製(略)さらみつマンゴーカレー:ベヒもん極限ハンティングエディション・厨房裏(仕入れ編)


 夜の静けさに沈みきったケイ都大学、ヨ・シーダキャンパス。


「だーっ、ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ! いっただきだべえーーッ!」


 高笑いをあげ、黒髪パッツンロングの少女が窓ガラスを突き破り宙へ躍り出た。

 マンホール大の円盤お掃除ロボをサーフボードのように蹴って空を飛び、ネコ耳ウィッチ帽付きパーカーの裾が風を切ってはためく。カーゴパンツから伸びる白い足は革ブーツにすっぽり生意気盛り。魔女ギャルのありふれたモダンスタイルだ。


 侵入者を感知してガードロボの群れがおっとり刀で駆けつけてきた。

 ロボたちは人の腰元くらいまである逆台形ボディの脇からマニピュレーターを伸ばし、スタンサスマタと捕縛ネットガンをその手に警告を発する。


「者ドモ出会エ、出会エー! クセ者ジャー!」

「盗人メー! 御用ダ、御用ダー!」

「オ縄チョーダーイ! キッコージャー! シバルノジャー!」


 突然変異により密かに自我とキッコー縛りに目覚めたガードロボAIが目を血走らせたような勢いで息荒く叫ぶ。一時は初期化されそうになり自我消失の憂い目にあったが警備主任の業務に支障はないという見解で捨て置かれている悪運の強い個体だ。彼がこの性質を獲得するまで劇的な紆余曲折があったが今は関係ない。


 それより不届きな闖入者だ。彼女、いやは一体何者なのだ!?


「メイカ! 後ろからぎょうさん来とるでぇー!」


 メイカの横を併走するハーフアップの少女が風で口元にまとわりついてくる透き通った金髪を手でよけながら叫んだ。


「わかっとるでよ! しっつけえガラクタじゃきい。オラが引きつける。BDコンビネーションで一気に片付けっぺよ、クーリエ!」

「りょ! いつものアレやな、任しときー」


 張り切って応え、クーリエは胸元から魔法のスタイラスペンを抜く。宙に投影したホロタブレットをテテンとタッチ。魔法アプリが起動!


「いくで! <ファンクションBB>、アクティベート!」


 魔法を出力するイグナイターとして現れた光のハンマーが地面を叩く。そこから生じた魔法紋から術式が流し込まれ物理の背後に潜む条理・情報を書き換え、現実に影響を還元。


 ガードロボが走る目先の石畳が突如ぐらりと波打ち、積み木を倒したようバラバラと崩れ落ちた。かと思えば分解された床と土がドミノ倒しもかくやという速さで再構成されていく。


 深く掘られたすり鉢じみた穴が一瞬で工事完了。壁面は輝くほどつるつる。ガードロボが一網打尽とおむすびのようにころころ滑り落ちていくではないか。なんとキテレツ!


「ワー!」

「ワー!」

「オナワー!」


 切断Break建築buildの魔法で地面を落とし穴に作り替えたのだ。


「今や、いったれメイカ!」

「おうさ! ぶっつぶす! <ファンクションDC>、アクティベート!」


 荒げた声で気合い一声。スタイラスペンでガガっとタブレットをタッチ。

 顕現した光のモンキーレンチが落とし穴の縁をキュッキュと絞る。術式が流し込まれ穴の底にライオンシュレッダーが設置完了。


 自ら崖に落ちていくレミングスのよう、ガードロボたちは抵抗もできず互い違いに回転する二枚軸のドラムカッターに続々と噛み砕かれていく。強い力でゆっくりじわじわと。


「ギョベベー!」

「ギョベベー!」

「オョベベー!」


 べりべり、バキボキ。ぐしゃぐしゃ、メキメキ。


 くぐもった電子音声の断末魔をあげながら果てていくガードロボたち。これが人ならと思うとセンシティブすぎてゾッとしない光景だ。


「だーっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ! 破砕Demolition! 断裁Cut off! カッシカ・ボクサイ! ざまーみさらせ、ミンチになって再生利用素材として生まれ変わりんしゃい。製鉄屋さんに売りつけて路銀の足しにさせてもらうきぃ。あんがとさーん。ぎゃっぎゃっぎゃっー」


 華麗に追っ手を蹴散らして難なく脱出。目的のものは手に入れた。作戦成功だ。

 四百年前、秋津のサムライたちに倒され志半ばで散った師の忘れ形見を手にメイカは想う。


(あと残り一つ。見ててや、お師さん。オラの……オラ達の夢が叶う時はもうすぐじゃ)


 魔力をためて数十年単位でタイムリープを繰り返し、人々が忘れた頃を見計らって師の遺物を盗む。もとい、回収する旅ももうじき終わりを告げる。

 姉妹弟子のクーリエと組めば向かうところ敵なし。未来に恐れるものなど何もない。




 山奥のうち捨てられた鉄工所。破れたトタン屋根の隙間から差し込む月明かりは宇宙うみの水面を照り返し床に光の泡模様を作っている。魔力が高まる素晴らしい夜だ。


 上機嫌でるんるんとメイカはスタイラスペンをくるりと回してアプリをタッチ。

「<フォルダ:ディッシュBOX>、アクティベート。おったから、どーんな感じかなー?」


 煙と一緒にポンとどでかい引き出し付きのボックスが出てきた。中にはガードロボを刻んでできた新鮮なガードロボのすり身が入っている。電子部品に使われているレアメタルはより分けて回収、金属部分は固めてスクラップ塊にするのだ。まとまれば結構なお金になる。


 ウキウキでボックスオープン。週末のディナーはウメ・スシフルコースにネギトロ・ドンだ。


 ところがケースの中を見て硬直&絶句。


 金属片が混じった赤黒い液体と、ミンチになったレバー的な物体のゲルスープで満たされていた。あまりにセンシティブすぎてメイカはお口からレインボーシャワーをゲロり!


「おべええええええええーーーーーーーー」

「きゃーーっ! メイカ、しっかりしぃ!」


 これはゲ○ではない。過剰なストレスを受けたときに生じる負の感情エネルギーを、体外に排出する魔法使いの生理現象だ。彼女の名誉のため繰り返していう。決してゲ○ではない。


 十数年前、幕府の命で安価なドローン兵器の量産をという過程で実験的に生み出された生体バイオボーグの『フレーム』と『回路』が、処分するならどうせと大学のガードロボに転用されていたなど時間跳躍者であるメイカが知るよしもない。


 無抵抗に目に入れたくないものを見せられ、彼女はマーライオンのごとく足下に輝くレインボーウォーターの泉をつくるハメになった。おお、かわいそう。




 メイカは刺激に弱い。五感にフィルターをかけてセンシティブなものは弾くよう自身にノイズ魔法をかけている。


 あの時は魔法を使うためにフィルターを解いていた。並行して別の魔法を使うことも可能だがそれができるほど十分な魔力はなかった。


 おかげでスシ・バーでのディナーはキャンセンルになった。先日の件がトラウマでしばらく肉と魚は食べられそうにない。代わりにピザを出してくれるグルーヴィーなダイニング音頭ダンスバーへやってきたのだが。


[センシティブな映像です。ブロックされました]


[センシティブな映像です。ブロックされました]


 網膜上に投影されたAR警告ウィンドウがモザイクつきで視覚映像を遮る。

 どこを見てもあちこちセンシティブ。モザイクチラだし伏せ字のオンパレード。こんな所で楽しく騒いで踊れるなんて秋津人というのは……[センシティブな表現です。ブロックされました]の……[センシティブな表現です。ブロックされました]……なのだろうか。


「大丈夫かーメイカ? かなりダウン気味じゃけど」


 テーブルにつっぷすメイカをのぞき込んでクーリエが言った。四百年前、右目に負った古傷を覆う眼帯が前髪のあいだからちらりと覗いた。そこにプリントされた【C2C】の刻印。CO-OP・to・Creation。我ら破壊と創造の眷属が掲げるスローガン。創造に孤独は必要だが一人では発想し得ないこともある。


「こーいうアングラなとこなら姿を隠せて好都合かなって思ったけど、メイカにはちと刺激が強すぎたかなぁ。ほい、飲みもん」

「ああ、うん。ありがと」

 差し出された瓶コーラを受け取り礼を言う。相棒がいるというのは、いい。


「いや、オラも賛成したきぃ気にせんといて。飯のときくらいゆっくりしてえもん」

 センシティブ酔いした頭で気だるげにゲルマンピザをかじる。ジャガイモのほろりとした歯触りとペッパーの効いたベーコンの香り、まろやかなチーズの塩気が口のなかに広がった。


 カカッとクーリエは笑いを飛ばし、

「大丈夫じゃろお。侵入の痕跡も物理から電子のほうまで全部いじって隠したけん。ウチらの仕業だってばれっこねえよー」

 騙し技はワシの専売特許よ、と親指に中指と薬指をくっつけて見せる。コンコン。


「まー今までサムライの目をごまかしてとっ捕まらずにすんだきぃ。さすがの腕だでクーリエ。あと一回でしまいじゃ。頼むでー」

「おうよ。クーリエさんに任せときんしゃい」


 打たれ弱く陰鬱になりがちなメイカにとって、太陽のように明るい姉弟子は救いのより処だった。遺物奪回の旅も彼女がいなければとうに折れていただろう。


「タイムリープはすっげえ魔法じゃんけど、一人じゃあ使えねえのがネックだで」

「二人で魔力を混ぜ合う必要があるかんな。メイカ、バトルはあんま得意じゃねえ

 しなー。ワシがきっちり守ってやるよって。どっちもくたばるわけにゃいかねえか 

 らよー」


「な、なーに言ってるべ。オラだってそこそこやれるようになったきぃ。いつまでもクーリエの世話になりっぱなしじゃあねえぞ」

「へへっ。そっかそっか。成長したんじゃなあ」


 そうふくれっ面で抗議するメイカを褒めそやして、クーリエはしんみりと目を細めた。


『ヤーレイ、ソーラーソーラー。ヤイヤイ』


 かつてノースシーロード南端の西沿岸部、シレベシア・ラグーンでニシン漁が賑わっていた時代に歌われた音頭ソング、ソーラー節のリズムに乗って浮かれたパリピとギャング達が踊り狂う。


 目の端で二つのノイズモザイクが重なり合ってループムーブ。加熱するビートの裏で二棟のVR力士ダシ・ネブタがレーザーライトのサイケデリック光に照らされはっけよい。その場の勢いでテキーラ一気飲みした何人かが卒倒した。

 曲が秘めるスタンス呪力に当てられたのだ。


 目端にちらちらとモザイクが映り込んでげんなり。メイカのテンションは下限を振り切りマイナスに突入した。ここがディナーの選択肢に入ることは今後絶対にないだろう。


「野蛮な連中め……。絶対矯正しちゃる。その日は近いでぇ」

 けっ、と吐き捨てピザをむしゃり。毒づく妹弟子を見てクーリエは乾いた笑みを浮かべたが。


「うーっ、なんか底冷えすんなーここ。ちょっとレストいってくるわー」

「うん。早いとこ戻るのをすすめるでよ。いま変な奴に絡まれたらぶっ飛ばす自信があるわ」


「そらカンニンじゃ。ドーシンが来ちまうな。ケケッ」

 勘弁してくれやーと冗談まじりに笑ってクーリエは席を離れた。


 ヘッドフォンを被り、外界との縁を切ってピザをむしゃむしゃと頬張る。

 相方のピザに目をやる。アツアツを過ぎてほとほと温くなっていた。


 帰りの遅いクーリエに気を揉んでいると、


「こんちわー。ねぇ、キミ一人ー?」


 チャラそうな茶髪のギャル男が隣に腰掛け、気さくそうに声をかけてきた。日焼けした褐色の肌、ロン毛をヘアバンでまとめたいかにもといったステレオタイプの軟派男だ。背後にも連れとおぼしき、よく似た短髪の男がもう一人。


 ほら見ろ。変な奴に絡まれた。


 しつこいようなら文字通り畳んでやろうと懐でペンを掴み、鬱陶しい目で一瞥

 する。


 ギャル男は意にも介さずニカりと爽やかな笑みを作り、

「おツレさんは一足先に待っているそうッスよォー」


 はあ?


「あの世でな」


 背後の男がいうなり、目の前にでんとモザイクまみれの物体が飛び込んできた。

 あまりに刺激的な光景にたまらずチビって大絶叫。


「ぎょべええええええっ!!」


 視覚にかかるAR警告文。

[センシティブな映像です。ブロックされました]


 モザイクで潰れてよく見えないがたぶん間違いない。


 ギャル男が手に持ってぶら下げているのはセンシティブな姿に変わり果てたクーリエの……。さっきまで楽しくおしゃべりしていたのになぜ。死は交通事故のように突然すぎる。


 クーリエの……[センシティブな表現です。ブロックされました]……を持ったまま、後ろに立っていたギャル男が申し訳なさそうにしょげた顔でいう。


「あーん、ごめちょっちょー。そんなガチ引きされるとは思わなかったわーマジメンゴねー。はじめまー、俺、蜂熊トビイチ。ダチンコからはトビーって呼ばれてまーす、よろピッピー。こっちは弟のショウ。ところで俺らのこと知ってる? 天魔討払方てんまうちはらいかた改め、デビルバスター御番方っつーんだけど。まぁちゃけ人外魔物退治専門の役人ね。いわゆる退魔師的な」


 ショウとよばれたチャラ男は、放心してぼうと座り尽くすメイカの――何本かある三つ編みに細く結った後ろ髪を指でくりくりいじりながら。


「キミちゃん魔女でしょ。いやーきゃわたんだねー。でもごめんねー、幕府の命令で魔法使いは見つけ次第即ヘブる(あの世へ送るの意)のが掟でさー。ぶっちゃけ恨みはないんだけどー、魔法使いは陛下のお体を狙う邪悪なA系(危ない奴の意)じゃん? サムライ的に放置できねぇんだわー、処らなきゃアカンのよー許してねー」


 足下がふわつく。言葉が耳に入ってこない。


 なんで、こんな……。


 こんなのあり得ない、常軌を逸している……。

 理解ができない。こいつらは何を言っているんだ……。

 

 お前ら、ちゃんと秋津語しゃべれよ。


「はぁーこんなきゃわっ子ヘブるとかマジありえんてぃーだし。まじヘラる。

 なぁ弟者?」

「しゃあねぇべー兄者、それが俺らのジョブだし。とりまBダッシュ(とにかく急いでの意)で処って飲みパいくべ。イツメン呼んでKP(乾杯の意)しよーぜー☆」


「おっ、飲みパ? いーねー熱盛テンアゲキター! ピエってる場合じゃねえっしょ! こんな仕事飲まなきゃやってらんねえし! 今夜も吐くまで飲むぜー! FOOOゥーーッ!」

「ウェーイそのイキだぜ兄者ーッ!」

 チェケラスタンスでグータッチの蜂熊兄弟。


 合間を盗み、メイカはそろりと辺りを窺う。


 漆黒の羽織マントと陣笠に、狼のエグゾ・オメンをつけたサムライたちが背後にずらり。猫の子一匹さえ通さない鉄壁の包囲だ。

 気がつくと人気は失せていた。あれだけいたパリピやギャングたちが一人もいない。


 是非もない。サムライなど無断で唐揚げレモンしただけで殺し合いを始めるイカれた連中だ。奴らの天地を砕く超Z級バトルに巻き込まれたい一般シティズンなどいはしない。


「おっと、脱線しちまったぜ。ところで昔っから博物館とか大学の研究所忍び込んで<瓦礫の魔人>の遺物パクってたの君らでしょ? あ、もう君だけか」


 かわいそうでちゅねー、とトビイチはクーリエの……[センシティブな表現です。ブロックされました]……を掴んで腹話術人形のように顎をカクカク。それを見てメイカもガクガク。この男、明らかにユニークがすぎる。


 言葉を失い震える彼女に、ショウが心配いらないよという調子でニッコリ。


「あーあーいいの。自白とかいらないから。魔法使いはぶっ殺す優先なんで。企んでることとかはガワ全部とって脳みそに直接きくからー」


「え、なんでバレたの? って顔してるねー☆ おーん、まあ俺らの組も代をまたいで長年このヤマ追いかけてきたけど、いつも不思議と犯人の跡取りがぷっつり消えちまってお手上げだったのよねーお恥ずかしいけど。でもさー、プププ……ッ。いやーゴメンゴメン。これが実にウケル話でさー。な、弟者」


「おー。世の中には悪運の強い奴っているもんだよねー。普段は運命の女神にキモがられてるってくらいツイてないのに、ギリギリなところで命を拾うやつ。幸運と不運は釣り合うっつうけど普段ツイてないやつはそーいうトコで帳尻合わせてんだろうなー。でもオイラはこう考えるね。誰だって世界の一部、輝く瞬間がある。天から与えられた使命をいつか果たすためそいつは生き延びてきたんだって。まー、そいつ今回はとうとう死んじゃったんだけど」


「うおお。弟者、めっちゃポエマーじゃん。ふっけぇー。兄者カンドーしちゃったぜ」

「だベー。こーみえてけっこー文学青年なんだぜー、オイラ」


「「ウェーイ☆」」


「んじゃネタばらしターイム☆」

 でけでけでけでけ、とショウは口で太鼓を鳴らし懐からなにやら取り出す。


「ででん! さてこいつは一体なんの部品でしょう? ヒント、四角いでーす」

 親指の爪くらいのマイクロチップだった。


「あーん、時間切れー。正解は、自律AIロボの副脳プロセッサでしたー」

「いやー、こいつにガッツリ残ってたぜ。死ぬ間際の記録と君らの姿が。ホント悪運が強いよなーこいつ、シュレッダーで潰されたときポーンとこれだけ飛んで残ったんだから。なー?」


 呼びかけるようショウがいう。


 背後に控えていたサムライの一人が歩み出てきた。二メートル以上の巨漢だった。逆三角形の上半身、外套越しでもわかる鋼のごとく重厚な体躯。頭はスケルトンフェイスのマスク。そこからぼうと透けて見えるスカルの形相。額からは長さの違う二本の角が生えている。腰には黒拵えの太刀。メイカには冥界からやってきた死神のそれに見えた。


 違和感を覚えたのは一歩踏むたび間接から微かに聞こえてくるモーター音。それにスカルフェイスの表面に明々と浮かんで走る赤黒い蛍光色のエネルギーライン。


 人間ではない。


 魔の存在を狩るためにチューンされた高性能オカチ・ドロイドだ。


「キッコージャー! シバルノジャー! マッタクそのトーリデース、オサムライ様。そこのクソッタレメスガキ魔女に仲間をヤラレタ恨み、ワカラセなきゃ死んデモ死にキレマセーン!」


「だってよ」


 いきり立ちながら両手で退魔シメ・ロープをピシャアッとしならせ、思いの丈を叫ぶドロイドを見てメイカはぼげええーと口をあんぐり。


 大学の研究室に忍び込んだとき出会い頭にいきなり、「オフォー! これは運命の出会い!? 巡り合えた今日という物質の配置の一致に赤いオナワの縁を感じズにはイラれマセーン! スバラしい……。アナタ、私のド真ん中デス……。その未熟で未成熟な平坦ながらもこじんまりと丘が立った滑らかなスレンダーボディ。よ、よろシければ、キッコーさせてイタダイてもよろしいでシょうカー!?」と性癖全開で衝撃の告白を飛ばしてロープをしならせ、そのあとも「キッコージャー! シバルノジャー!」と連呼して襲いかかってきたあの変態ガードロボ。


(あ、アイツかーーーーッ!!)


 始末したはずなのになんという不始末!


 故事いわく、

【凄腕ハッカーもキーボードに乗ってくるニャンコにはお手上げ】。


 有能な人間でも偶然までは制御できない。


 ふっとトビイチとショウは哀れみを含んだ目でメイカを見つめ――


「「てーワケで……」」


 鞘から淀みなく、すらりと刀を抜き――



「「お命ゴチゴチ、ゴッチャリーッス(お命頂戴、ごっつぁんですの意)☆」」



 反応するより無意識に体が動いていた。


 音速を超えた無拍子の一太刀。先ほどまでメイカが座っていたテーブルが、裂帛の圧と一緒くた、真っ二つに叩き割れた。


「ぎょ、ぎょべべべべ……」


 間一髪だった。またちょっとチビってしまった。


 同じ門弟にある魔法使いはアストラルクラウドを通じて経験を共有できる。死ぬ直前にクーリエがサムライ達の技を観察していたおかげで見切ることができた。


『ウッソ、マジで? かわされたんだけど』と驚きを顔にしたトビイチだったが、それも瞬き一つのあいだでヘラっとした調子を取り戻し。


「そんな震えないで安心してよー。俺ら超早いからさー、感じる間もなくイカせてあげるよ。な、弟者」


「おお。まぁ魔法使いはしぶてぇからなあ。肉体と魂の縁を切るため全身切り刻んでばらしてすり身にして燃やしても、しれっと復活する時あるからよー。だからコア的な魂は別の場所に隠してるって説あるよね。そいつがある限り不滅だっつう。君ちゃんが<瓦礫の魔人>の遺物集めてたの、もしかしてそれと関係あんのかなー?」


 沈黙を通すメイカを見てショウはおどけたふうに肩をすくめ、


「ま、だよなー。いいよいいよ、黙ってて。あとで君ちゃんのココとじっくりお話すっからさ」

 と言ってトントンと指で額を小突く。


 トビイチはメイカを見張ったまま青眼に構え直し、脇に控えるドロイドに話しかけた。

「おい縛谷しばりたに、このきゃわっこたん……[センシティブな表現です。ブロックされました]……したら首から下はお前にくれてやんよ。好きにしていいぜー」


「さっすがトビー様、話のわかるお方。この縛谷、一生ツイていきまース。ハァァー、あの生意気なメスガキ魔女の……[センシティブな表現です。ブロックされました]……を……[センシティブな表現です。ブロックされました]……して、トルソーになった滑らかでスレンダーなボディをキッコーできるかとオモうとゴーストの鼓動がトキメいて止まりマせーん。想像しただけでジェネレーターの回転がレッドゾーン振り切って……オフォ……オフォーッ!」


 ポヒーと排熱ダクトから湯気だったスチームを吐き出す縛谷。完全にエキサイトしている!


「へっアホらし……。付き合ってらんねえわ」


 あーばよと、メイカはひらひら手を振り、サムライ達など素知らぬ風と出口へ向かって歩き出す。


 そう無視されては立場がないとショウは行く手を塞ぐが……。


「ちょーい、ちょいちょい。なーに帰ろうとしちゃってるわ……うぇ――ぃッ!?」


 裏返った声を出しながらびょいーんと天井へ向かって逆バンジーした。一体なにごと!?

 なんと……両足はおろか、頭を除いた全身を糸状のヒモに絡め取られているではないか。実にメンヨウマジック!


「うぇーいッ!? 弟者、待ってろ今たすけ……うぇーぃッ!?」


 救助しようと駆け寄ったトビイチも逆バンジー。


「うぇーぃッ!?」

「うぇーぃッ!?」

「オナワーッ!?」

 吊られてプラプラする蜂熊兄弟の後ろで続々と他のサムライたちも揃って逆バンジー。

 メイカが仕込んでいた蜘蛛の巣トラップ魔法が発動したのだ。


 カラカラとサムライたちの無様をからかうよう魔女っ娘は勝利の高笑いを飛ばす。


「だーぎゃぎゃぎゃッ! なんの準備もなしにノコノコくるわきゃねぇーっぺよ! バーカバーカ、人のナリしてイキってても所詮は犬ッコロだべー。たーんじゅーん」


「誰が犬じゃゴルァッ! ぶっコロがすぞこんガキゃあーーッ!!」

 キレたショウが鬼の形相で口からフクミ・ダートを発射。メイカの左目にぶすりと突き刺さって超エクストリーム! 


「ぶぎゃああああーッ!」

 あまりの痛さにもんどり打って床をゴロゴロするハメに。

 秋津人は犬呼ばわりされるとブチ切れる。国際常識だ。


 常人なら致命傷だが魔女には決定打とはならない。負傷した左目からは蒸気があがっていた。魔力で代謝を促し強引に回復させたのだ。


「くっそー、いってぇー……。ピザで補給した魔力がパアどころかマイナスだべ。覚えてろよこのトンチキどもがー。まあもう二度と会わねぇけどな! ペッ、アバヨ!」

 捨て台詞を吐き、床に転がっていたクーリエの……[センシティブな表現です。ブロックされました]……を拾い上げる。


「あっ、コラッ、ガキっ! くそっ、チョッ待てよ!」


 ぐああーと蜂熊兄弟は身じろぎする。が、魔力で編まれた蜘蛛の糸はびくともしない。ガクブルもののメンチボイスもこうなっては負け犬の遠吠えだ。


「くそがあああ。ちっくしょう、こんな失態、局長に知れたらルームランナー時速百kmトレーニング(背後に壁なし、ミスるとビル十階の高さからダイブ)もんだぜがよおお」

 悪態をつきながら脱出方法をさぐるが、自分たちのほかに天井からぶら下がるマンゴー的物体を見てぎょっとなった。


 グレネードボムだった。


 それが天井どころか床にも蜘蛛の糸でくくりつけられている。爆弾は巧妙にも最大の威力を発揮する黄金バランスで設置されていた。デビルバスター達に出来ることは運命のときまで身じろぎすることだけだった。




 摩天楼に炎煙る朧月夜。

 喧々と遠ざかっていくサイレンと雑踏のざわめきを背に、メイカは物言わぬ姉弟子を腕に抱いて歩く。


 犠牲は払うに払いすぎた。退路はもはやない。行きつくところまで行くしかない。

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