宣伝ニンジャー・ハヤブサ ~インターネット・ジークンドーの脅威~
侍アンティーク喫茶ささらの薔薇姫特製さらさら濃厚スパイシーはちみつ三牧神垣上リンゴご飯がごまんと満足ミキャキュヌマンゴーカレー:ベヒもん極限ハンティングエディション・一皿目
侍アンティーク喫茶ささらの薔薇姫特製さらさら濃厚スパイシーはちみつ三牧神垣上リンゴご飯がごまんと満足ミキャキュヌマンゴーカレー:ベヒもん極限ハンティングエディション・一皿目
『お茶、軽食』『熊葛に来たら一度は』『驚きとインパクトの』『街並み変われどなじみの味』『ジ・えんであスタイル』『創業一二〇年』『洋食がおいしい』『己を試す』『めいど』。
そんなコピーが記されたのぼりが店舗の周りにでんでんと並んでいる。お店のなかにはショドー掛け軸やら模造刀、中世武者アーマーをはじめ、たくさんのサムライ的オブジェがあちこちずらりでアンティーク感満載。まるで武家屋敷の一角を切り取ったかのよう。そして神棚にはアニメ【機道武者ヴェルザム】の機道具足プラモとフィギュアがずらずらり。
ここは熊葛のローカル喫茶チェーン『侍アンティーク喫茶ささら』一号店。
期間限定メニューにイベント、ささら特製グッズ。リピート客いわく、たまに行くとなにかやっているのでつい足が向いてしまう良さがあるという。こういう多彩さは資本力のあるチェーン店ならではだろう。
「宣伝マンの目から見てどうですか、ささらは」
小腹に何か入れようかなとメニューを睨んで悩んでいたところ「軽く食べるならクロノワールというデニッシュパンケーキがおすすめですよ」と見本写真を指され、薦められるままほいほいオーダーしたらホールケーキみたいなデカイやつが出てきてその大きさに軽く絶望して俺に地獄を見せてくれた当のミミリにそうカラッとした笑顔でお店のレビューを求められ、
「うん、そうだね。熊葛は外国からの観光客が多い。サムライ要素を前面に押し出した店構えは外国人ウケする。それにこれでもかって神棚にずらりと並んだヴェルザムのプラモ。ヴェルザムファンなら一度はささらに来ようって思うはずだ。いわゆる聖地戦略だな。そしてメニューはボリュームたっぷり、ネットでの映えと口コミで話題になることを意識して特徴的にデザイン、盛り付けされている。しかし――」
「しかし?」
「侍とアンティーク。古物どうしでかぶっていやしないか?」
なんて呟いたらはす向かいどころか全方位のお客さんにスゴイ目で睨まれた。どうやら触れてはいけない点だったようだ。ちょっと命の危険を感じるんだけど……。
「お店のことはあまり言わないほうがいいですよ。常連のほとんどは信奉者ばかりですから」
「信奉者?」
「ええ、それはですね。ああ、噂をすれば」
おお、とあたりから小さいざわめきが起こった。
ふわりと漂ってきた甘い薔薇の香りに鼻孔をくすぐられ、思わずはっと面をあげる。
凜とした空気を纏い、歩いてくる少女がいた。
切れ長の双眸。すっと上向きにのびた長いまつげ。怜悧という言葉をそのまま体現したかのような女の子だった。涼し気で端麗な細面の顔立ちはまるでたおやかな薔薇の擬人化。歌劇団のスタァか歌舞伎の女形かといった風体の引き締まった色気を醸す美形とでもいおうか。
「いらっしゃいませ。ようこそ、ささらへ」
彼女はロングのワンピーススカートのすそを持ち上げ、すっと会釈。
緩めのウェーブをかけたミディアムヘア。右に七、左に三で分けた斜め揃いの前髪。髪色はミミリと同じマゼンタブロンドだが少々赤の色が薄めで柔らかに感じる。
くどすぎず主張せずフレーバー程度に纏わせたプリムロゼシプレーの香り。これがまた鼻に心地良い。対面する相手を気遣い、かつ自身の人柄と格をそこはかとなくアピールしていくという彼女のスタンスが窺い知れる。
「紹介します。妹のペシェリです」
ミミリからペシェリと呼ばれた少女は深くお辞儀してから名刺を取り出し、
「初めまして、隼さま。獅子堂ペシェリです。喫茶ささらの経営をさせていただいております」
雅で直立整然とした流れるような動き、これは躰道か……!
ミミリにも劣らない見事な、いや超一流ビジネスマン顔負けの洗練されたお辞儀所作。
この少女……できる。そして、美しい……。
はわわっ、心奪われている場合ではない。このままでは喉をスラッシュされてしまう。
素早く対名刺スラッシュ姿勢を取り、互いに名刺交換に移る。
優れたビジネスマンを前にニンジャーとして挑まずにはいられない。ビジネスソルジャーの血がふつと滾る。
(貴女のウデマエ、確かめさせてもらうッ!)
くらえっ!『
殺すつもりで放ったがあえなくお辞儀でかわされ不発。ペシェリ姫は技にまったく勘付かず。無難に名刺交換を終えお互いニッコリ。
ところがスラッシュから生じた真空波によって壁に掛けられていた額縁が横から真っ二つに。それを見た常連さんたちから「キャーッ、会長(創業社長の肖像画が)ー!」と痛ましい悲鳴が上がるも、俺は驚きのあまり気に留めるどころではなく声を詰まらせてしまっていた。
「ジェニスタHD……CEO兼社長!?」
ジェニスタグループといえば観光避暑地である熊葛のリゾートから飲食、中卸し、不動産、清掃など地元に根差したビジネスを展開している企業体だ。熊葛の経済を裏から表から支える大黒柱。ローカル企業とは侮れない力を持っている。
それらの経営を一手に取り仕切るリーダーが彼女というわけだ。
ビジネスに才があるとは聞いていたがこれほどの傑物とは。
「すごいですね、その年でですか」
「いえ、そんな。年相応に泥臭く、先輩方からお叱りを受けながらといった感じで。自分などまだまだ若輩だと痛み感じ入るばかりです。なのでビジネスのご先輩として隼さまからも勉強させていただければと」
「いやいや、そんな。もったいないお言葉です、社長。こちらこそ是非に」
「ふふ、奥ゆかしいのですね。相当なヤリ手だとお婆様からお聞きました。隼さまは爪の隠し方もお上手でいらっしゃるようで。兵法にも造詣が深いとは恐れ入りますわ」
「いやいや、そんな」「いえいえ」「いやいや、そんな」「いやいや、またまた」とビジネスマン流謙遜の皮を着た牽制合戦にちょいと花が咲く。
しかし甘い声だ。ひと昔まえおジャマで紫な魔女っ娘の声を当てていた某アイドルのようなロリータボイス。おっとりと飾り気がなく清楚、それでいてちょっと舌足らずで子供っぽい感じが可愛いらしい。ペシェリの大人びた態度はそのギャップの埋め合わせか、それとも……。
「ペシェはすごいんですよー。十一歳から事業を始めてこの六年でベンチャーを一つ。その後二つの会社の経営を歴任してきたシンシンキエーの若手事業家なんですからー」
「もう、よしてください姉さん。人様の前でそんな。正直、恥ずかしいです」
「えー、ほんとのことじゃないですかー。謙遜は逆にイヤミですよー」
「そんな、姉さんに比べたら私なんて。世界を救うなんて偉業、正直どんなビジネスをしたってできはしません。姉さんは熊葛の星です」
かぶりを振るペシェリに、ミミリはニッと口元に笑みを浮かべ、
「なにを言ってるんですか。私が最後まで戦えたのはペシェのおかげなんですよ」
「え?」
「ペシェがプロダクションの社長をやってくれたから〈J-Mina〉は成功できたし、興業で稼いだお金で物資に不自由することなくフォールインと戦うことができたんです。私一人じゃ決して届かなかった。二人だからこそ成し遂げられたんです」
「姉さん……。そんな風に言ってもらえて、ペシェ……ペシェは感激です」
「ペシェ……!」
「姉さん……!」
と、うるうるキャイキャイしだす獅子堂姉妹。おやおや、仲がよろしいですねー。周囲のお客さんたちもほっこりした顔でシスターズのやりとりを眺めている。中には手を合わせて涙している人もちらほら。大丈夫かな、この店の客層……。
まあそれはともかく。
「あれ? あのー、ところで二人は双子なんだよね」
「「はい。そうですよ」」
ハモってお返事ありがとうございます。
「それにしてはあまり似てないように見えるけど」
「ええ、二卵性なんですよ。ペシェはお父様似で、私は若いころのお婆様にそっくりだとよく言われます。たぶん隔世遺伝なんでしょうね」
「へぇー」
リリリ様が……。少女時代はミミリみたいにぽわっとキュートでのほほんなルックスだったとか想像つかないなあ。やだ、なんか寒気が……。
「ああ、そうでした。お二人とも今日はお忙しいなか来ていただきありがとうございます。改めて、ささらの期間限定メニュー特別試食会へようこそ。ぜひお楽しみください。良きひと時となりますよう」
「今回はどんなお料理なんですか、ペシェ」
「ふふ、なんとあの『ベヒもん』を使った料理です。正直、期待してもらっていいですよ」
「ええっ! あの、『ベヒもん』を!?」
先日ミミリのお宅にお邪魔したときキングベヒもんがどうとかそんなことをリリリ様がおっしゃっていたが。それと関係あるのだろうか。
ニンジャーとして疑問を放ってはおけない。
「あのー、盛り上がってるところ悪いんだけど。『ベヒもん』というのは?」
「ああ、隼さんは知らないのも当然ですよね。ベヒもんというのは龍皇さまを狙って今から四百年前に異界より降りてきた〈瓦礫の魔人〉が召喚した魔獣でして……」
ミミリはジェスチャーをしながら、
「頭には雄牛の角、獅子の
のちに調べたところ、かの魔獣が跋扈した出来事は『神州崩壊戦役』として記録されており、激戦のすえ<瓦礫の魔人>は十四人のブレイバーサムライによって討たれたと伝えられている。
魔人はサンドボックスゲームじみたノリで破壊と殺戮を愉しみ、モンスターの軍勢を率いて緑豊かな秋津の大地と荘厳な町並みをわずか六日で荒涼たる瓦礫の山に変えたという。
なお戦役で使われた武具、遺物はいまも帝都皇国戦史博物館に展示されている。当時を語る物言わぬ証人として……。
「いまは全然いないよな。なんでだ?」
「生き残ったベヒもんは野山に住み着いて土地を荒らしましたけど、サムライとハンターでガンガンやっつけましたからね。そのせいか彼らも秋津人を恐れて滅多に人里へ降りてくることはなくなりましたし、多くの個体は本州最北のノースシーロードへ逃げていったのもあります。それに狂暴な性質が仇となって仲間同士で殺し合うわ、エサになる動物もぜんぶ食べて土地から消してしまうわで飢餓に陥り、年々個体数を減らしつつあるというのが現状です。私たちが狩らなくても絶滅するのは時間の問題でしょう」
ミミリのあとを引き継ぐようペシェリが言う。
「魔獣というのは魔の者が世界の破壊を目的に生み出した存在です。世界を壊すのが存在理由である彼らは種の存続を目的とせず、それゆえ生命が持つ進化の仕組みを持っていません。使役者が目的を達したあと処分の手間を省くため勝手に滅びるよう設計したのでしょうね」
「デザインされた自滅ってワケか。はた迷惑だけどよく出来てるもんだ。というか、ベヒもんってどれくらい危険なんだ。かなり強そうだけど」
「うーん、ホモサピのレベルでいうならヒグマに遭遇する程度には。秋津人ではステゴロで狩れる猛者もいますが、基本的に武器がないと太刀打ちできませんね」
「ふうん。ところでたびたび来るのか、そういう魔人とか物騒なやつらは。聞いた感じけっこうヤバそうな連中だが」
「ええ、大なり小なり割と。龍の体は髪の毛一本、皮一枚でさえ膨大な魔力を宿していて強力な魔具を作る素材になります。そのせいで龍皇さまは魔人・魔女といった魔法使い、果ては邪神の眷属などから常につけ狙われていまして。まあ〈瓦礫の魔人〉クラスの大物はまれで、数百年に来るか来ないかですけど」
「そうした龍皇さまを害する輩を排しお守りするのが我らサムライの使命というわけです。訪れる危機にそなえ策を練り、技を鍛え、次の世代に伝える。平和はそのための猶予にすぎません。脅威は常にそばにあるのですから」
ペシェリの唱えに共鳴するよう店にいるサムライたちの目に欄と光りが宿った。
科学の信仰が神を殺し、ネットの光が世界を覆った現代だがこの国では今も神話の時代が続いているようだ。文明の灯のもと人目につかなくなっただけで、彼らは昔と変わることなく世の裏で魔の存在を討ち続けているのだろう。闇で生きる俺たちニンジャーと同じく。
「あっ、そうそう。姉さん」ペシェリは思い出したようぱんと軽く手を打ち、
「その前差し入れに持ってきてくれたリンゴムースプリン、すごくおいしかったです。社員の皆さんも絶賛してました」
「おっ。いやあ、ムースは初めて作ったんですけど。よかったあ、お口にあったみたいで」
ほう、お菓子作りの話題か。お姫様とはいえやはり二人とも女の子なんだなあ。
「ホメラギ課長さんなんて『オイシくて体がとろけちゃう~』ってゲル状になってましたよ」
「えー、ウッソー、マジですかー。ヤバイですね。新手の呪いでしょうか」
「最近、幕府のデビルバスターたちが動いているそうですし。魔法使いの仕業かも……」
「魔法使いだとしたら大変ですね。見つけしだい脳みそ砕いてぶっ殺さないと」
「そうですね。えん髄抜いてモツ取って生皮剥いで、吊るして燃やさないと」
変哲のない女子トークが一変スプラッターに。どこまで本当で冗談なんだろう……。
「ああ、いけない。ついお話に夢中になってしまいました。では準備して参りますね。皆さま、しばしご歓談のほどお待ちを」
ぺこりと会釈し、ペシェリはせわしい足取りで厨房に入っていった。
彼女がフロアから去ったあと客席のほうぼうから、ほぅと蕩けたため息があがる。
「はぁ、ペシェリ様。今日も美しく可憐でいらっしゃる。あの美貌ならゼニと財宝も惹かれて向こうからやってくるというものでござろう」
「姉君のミミリ様が勇猛果敢で獅子姫とあざ名されるなら、ペシェリ様は
「ペシェリ姫のお姿を拝見するためだけに熊葛へ来る価値があるというもんですばい。はぁー、眼福眼福。幸せで目がつぶれてしまうわいー」
と恋する少年のように頬を赤らめて言うチビ、メガネ、ゴリマッチョのサムライ三人組。
ペシェリより一回り以上年上の屈強な男たちが羨望の目を向け、尊敬の念を抱き、称賛を口にする。
確かにそうだろう。
美少女で商売上手、くわえて頭脳明晰。大勢の社員を率いて導く強いリーダーシップ。天恵ともいえる才能がもたらす圧倒的なカリスマ性。これだけの濃ゆく甘い魅力、信奉者が出てくるのも無理はない。
獅子堂家はミミリ派とペシェリ派の二つに割れているというが、人気と実業のスキルにおいてペシェリのほうが家臣からの信用が厚いのではなかろうか。
なんて考えを巡らせていたところ、無意識下に走らせていた俺のニンジャー
メガネが本屋でセンシティブな本をレジに持って行けずにいる少年のようそわそわした様子で眼鏡のブリッジをクイクイさせながらこう切り出した。
「いやぁー、なんか、ところでアレですなぁ。ただこう待っているのも退屈というか。ちょっと息苦しくって、深呼吸でもしたくなりますなぁ。スーハー」
「同感ですのう。それがし、こう時間を持て余すと稽古の虫が騒ぎだしますわい。どれ、ここはひとつ、スーハー、ドローイングでもどうであろうメガ橋殿(仮名)、スーハー」
「いやはや奇遇ですなぁ、ゴリ松殿(仮名)。拙者も、スーハー、そう思っていたところ、スーハー、でございますよー」
「こらこらメガ橋殿(仮名)、ゴリ松殿(仮名)。喫茶店でドローイングなどして。器具なしで出来る鍛錬とはいえ、ここはジムではないでござるよ。TPOを弁えるべきでしょう。スーハー」
「ハハハ。そういう、スーハー、チビ沢殿(仮名)こそー、スーハー、しておるではないですか」
「はっ、いつの間に。スーハー、これは、スーハー、一本取られ申したな!」
ウワハハ! スーハー。と和気あいあいにスーハーしだす三人組。彼らに釣られて他のお客さんたちもこぞってスーハー。喫茶ささらスーハー祭りだ。
出来過ぎに揃い過ぎた一体感。ちょっと異様な光景に戸惑いを覚えてしまう。
「獅子姫様、なにをなさっているんでしょうか。あの方たちは……」
「
「ほう。スキマ時間を無駄にせずトレーニングに活かすとは。こういう小さな積み重ねがどんな敵にも打ち勝つという秋津サムライの強さを作っているというワケか」
「いや。あれは単に
ガンびきなんだけど。ちょっとスゴイなって思った俺の気持ち、返してください。
そんなサムライたちの堂に入った上級者ぶりをみせつけられ、そういえばと思い出す。
「しかし残念だったなツツジ。試食会、来れなくて」
「入院じゃ仕方ありませんよね。全治一週間ですし。ちょっと骨にヒビが入ったけど安静にしていれば大丈夫とは言ってましたが」
バトルのあと石みたいに固まって動かなかったのであわやと思ったがただの疲労だったようだ。特殊な訓練を積んだアイススケーターならともかく、素人が急にトリプルアクセルなどすればたちまち体力を奪われ昏倒し意識を失う、無理もない。
「しかし変身したセーバにあそこまでの傷を負わせるなんて……。コーガのニンジャー恐るべし、ですね。あんな達人が世に知られることなく今まで潜んでいたとは。ううむ」
「忍んで邪悪を働く、ゆえに
驚愕の事実だったのかミミリは声をうわずらせ、
「えええっ! じゃ、じゃあ近年ハーブリバーランド租界で成立したお遊戯禁止条例や、製造業とかで安全基準を鉛筆ペロって売ってしまう不祥事があとを絶たないのも……」
「ああ。組織内に潜むニンジャー、またはニンジャーの息がかかった者の仕業だろう」
「なんのためにそんなことを。どう考えてもおかしいことじゃないですか」
「支配のためだ。子供から知育と発想力を養うお遊戯を取り上げるのは物考えぬロボット人間にするため。そうすれば学校で彼らの良き僕になるための教育を刷り込める。無茶な安全基準を課すのは会社の利益構造にヒビを入れて力を削ぐため。そうすれば会社のほうから規制を緩めてもらおうとニンジャーと繋がる与党政治家にすりよってくれるし、みかじめに票と献金も寄越してくれる。もしも資金繰りに困れば彼らの銀行から金を借り自らすすんで影響下にも入ってくれる。どれも人々を永遠の奴隷にするニンジャータクティクスだ。全ての点は糸でつながっている」
「そうなんですね……。なんて恐ろしい。世の影から人を操り社会を支配する組織など……。ニンジャーなんて都市伝説かオトギファタンジーの存在だと思っていました」
「ニンジャー本人から聞いたなんて言うなよ? 頭のおかしい奴扱いされるのオチだ」
俺たちのやりとり聞いていたのか、はす向かいの藩士二人組が俺たちのほう見て微笑ましい視線を送っている。ヒソヒソ言っているがニンジャー聴力で丸聞こえ。「おやおや、オカルトトークとはこれはまた」「これ、口さがのない。姫様もお年頃であるからな。『病』というやつよ。ふふふ」などなど。すまないミミリ、君の株を下げるような話に巻き込んでしまって。
ニンジャーを信じる奴などパラノイア。これが真実を知らない者の当然の反応だ。
聡い姫君は早くも裏に潜むカラクリに気づいたようでううむと唸り、
「それほど情報操作と人々への洗脳が完璧なんですね」
「そういうことだ。ニンジャーはメンタリストでもあるからな。お手のものさ」
「けどやはり人のやること。痕跡を完全に消すことなんてできないはず。証拠を集めて世間に真実を公表しようとした人もいたはずでしょう」
「もちろんいた。だから出来ないようにする。嫌がらせや御用メディアによるバッシングは序の口。すねに傷のないクリーンな奴にはパソコンにセンシティブエッ○な画像を仕込んで通報、ぶち込んで前科者にする。それでも屈しないガッツのある奴は医療ミスやら交通事故、エクストリーム自殺などの『不審死』に見せかけて消す。一般人がニンジャーに関わればまともな最後は迎えられない。俺たちニンジャーは人類が生んだルールの暗黒面そのもの、不変不動の
「世界が極端なほうに傾かないようにするのがニンジャーのお仕事ということですか」
「そのとおり。俺たちニンジャーはただの番人にすぎない。課された使命は俺たちイーガもコーガも同じだからな」
「イーガとコーガ……。ニンジャーには二つの勢力があるんですね」
「そうだ。イーガは公平を、コーガは悪徳を司る。両者のせめぎ合いによって世界の秩序は保たれていた。そう……かつては、そうだった」
「かつては……?」
「近代に入り銀行業を始めたコーガは金の魔力に取り憑かれ、欲望のままに力を振るうニンジャーダークサイドに堕ちた。今や手段を目的とするただの無法者だ。事故を装って重機で家を潰して地上げするのは序の口、返済が楽ですよとリボ払いとカードローンを勧めて一生利子を吸い上げる養分にするのは当然。必要とあらば戦争特需を作るため仕込みのテロだってやる。全ては金のため。モラルも良心のカケラもない拝金主義の悪魔どもだ。そんな奴らの行き過ぎを咎めるのが我らイーガニンジャーの役目というわけさ。でも――」
「でも?」
「お休みとれないくらい激務なんで少しヒマになってくれないかなーって。積んでるプラモやゲームいっぱいあるし、仕事はサビ残するのが当たり前の量だし、有給申請しても却下されるし……。俺が遊び倒して満足するまでコーガの連中もお休みしてくれればいいのに……」
「ニンジャーって大変なんですね……」
「ふっ、すまない。愚痴をこぼしてしまったな」
ああそうだとミミリは急に神妙な顔つきになり、
「ところで話は変わるのですが、『K』の件は」
「沈黙を通している。忠義を通したいそうだ。経験上あの手の『堅い物件』は落とすのが難しい。すまないがもうしばらく時間をいただきたい」
隠喩を用いているのは盗聴対策だ。どこでコーガのエージェントが聞き耳を立てているわからない。先日の襲撃に関わることは表現をぼやかしてやりとりしようと事前に決めてある。
「いえ、お気になさらず。一筋縄でいかない相手だというのはよく理解しています。この件はじっくりやっていきましょう」
「ッッ!? ……いや、じっくりは危険だ。急がないとますます状況は悪くなる」
獅子堂ミミリともあろう者が何を日和見なことを。
連中は危険だ。彼女にはよく言って聞かせなければならない、奴らの恐ろしさを。
だから焦りと恐れから反射的にそう言ってしまった。
俺の表情から事態の深刻さを汲み取ってか、穏やかだった獅子姫の顔に険が走る。
「やはり急がないとダメでしょうか」
「ああ、非常に危険だ。早急に手を打たないと命に関わる」
「それほど深刻だと」
「ああ、マズイ。真っ黒だ。なんであんなになるまで放っておいたんだ……」
「確かに不覚でした。あんな凶悪な輩に付け狙われていたことに気がつかなかったなんて」
「隠れて事を進めるのが奴らの手口だ。気がついただけマシというものだろう。元通りは無理でもこれから気をつければ被害を拡大させずに済む。壊れたらもう二度と元には戻らないんだからな」
言わんとする真意にたどり着いたのか彼女は静かにうんと強く頷き、
ぐっと拳を握りしめ――
「そうですよね。私の認識が甘かったようです。すぐにでも手を打つよう、どうかよしなに。今あるものを壊さぬようともに守っていきましょう!(熊葛の平和を)」
「ああ、その意気だ。ともに守っていこう!」
二人息を合わせてえいえいおー。俺たちは通じ合っている。俺たちは同志だ!
そう、後悔する時はいつも失ったあと。そうなる前に手を打ち、惨劇の未来を回避しなければならない。
だからこそあいつらは駆逐せねばいけない。
あいつら――虫歯は!
健康な食生活を邪魔するどころか治療で時間も金も奪っていく。虫歯がもたらす口臭のせいで「このおじちゃんお口くちゃーい」と取引先の娘さんに言われて契約が破談になった例は星の数。仕事にも悪影響を及ぼすビジネスマンの大敵。
虫歯は人生は狂わせる。まさに悪魔だ!
見つめ合う目からひしひしとシンパンシーを感じる。
ところがふっとミミリの目に哀しみの色が落ちた。
「報告書は読みました。饒舌に尽くしがたい内容で……。彼もまた犠牲者だったのですね」
「ああ……。奴のような犠牲者をこれ以上出すわけにはいかない」
敵とはいえカワサミには同情する。まさか五本も虫歯あるなんて。うっ、かわいそう。
奴は孤独に戦い続けてきた。だが俺は独りじゃない。立ち向かう仲間をここに得た。
めっちゃうれしい。よーし、テンションあがって来ちゃったぞー。
「それで具体的なプランは?」
「今以上に掘って掘って掘りまくる(虫歯を)!」
「なるほど、根掘り葉掘りですね(吐かすため徹底的にしごく的な意味で)!」
「そうだ。徹底的に(患部を)掘り尽くして殺す(菌を)! そして(医療用)セメントで埋める!」
「ええっ、殺したうえにセメントで埋める!? 残酷すぎませんか犯罪ですよ!」
「いいや犯罪じゃない」
「犯罪じゃない!? 正気ですか!」
「大丈夫、上手くやる。俺はこの手のことにはちょっとうるさいんだ」
「ですよね、職業柄そうですよねっ! いやぁ、普段からこだわっていそうですもんね」
「ああ。自慢じゃないが同人誌を出すくらいのマニアだからね俺は」
「ええっ!? そんなネタ、堂々と本にしていいんですか!? セルフ暴露本じゃないですか!」
「ハハハ、大げさだなあ。趣味でやってるだけだし暴露っていうほどのもんじゃないさ。けど警察の人にも大好評だったよ。すごく勉強になったって」
「勉強になったってそのお巡りさんかなりヤバイ人ですね色々と! い、いくら握らせたんですか……」
「握らせるなんてとんでもない。むしろ払ってくれたよ」
「払ってくれたんですか!? えっ、えええー……。で、その、一体、おいくらで?」
「うん? 五百円だけど?」
「ワンコイン!? ネタに対してすごいリーズナブル! 二人ともオカシイですよ! お互いに安く売り買いしすぎでしょうとんでもないネタを!」
「そうかなあ。その界隈じゃ当たり前の値段なんだけど」
「当たり……前……!?」
白目をむいて絶句の獅子姫。
さっきからやたらリアクションが驚きの連続だな。何かおかしな事を言っているのか俺は?
まあいいや。
「脱線したな。話を戻そう。しかし、殺したあとが一番問題だ」
「はい。そうですよね。一番頭を悩ませるところですもんね」
「うん。だけど奴らは殺してもダメだ。消毒してから埋めないと何度でも蘇る」
「なんですって……! いや、まあ埋める前に消毒は必要ですよね
(証拠隠滅のため死体を燃やす的な意味で)」
「その後のアフターケアも大切だ。厳しく監視しなければならない(術後の経過を)」
「ですね。ちょっとした油断が破滅につながりかねませんもんね。定期的にチェックしないと」
「ああ。面倒くさいが一番の敵だからな」
「ごもっともです。お婆さまにもお父様にも厳しく言われました。日頃の丁寧な掃除が大事だと(嗅ぎ回っている輩をつぶさに始末する的な意味で)」
お互い見やり、フッと笑みを浮かべる。クンフーを積んだ者どうしの機微がそこにあった。
「さすがだな。その道にも通じているとは感心するよ」
「いえいえ、そんな。武家者として当然の心得ですよ。しかし、死んでも蘇るなんてゾンビよりもしぶといんですね、ニンジャーというのは」
「そうだしぶといんだ、虫歯は。……って、え?」
「え?」
ちょっと違和感。お互いぷいっと小首を傾げて「んんー?」と腕組み。
「ところでー、あの……。これ、『K』(カワサミ氏)の話ですよね?」
「ああ、『K』の話だが?」
「洗いざらい吐かせたあと燃やして、灰をセメントに混ぜて海に埋めるって」
「そ、そんなヒドイことするわけないだろう! カワイイ顔して鬼畜だね君は! 発想がヤクザそのものだよ! こわっ、秋津のお武家様こわっ!」
「ええぇーっ!? じゃ、じゃあ今のは何の話だったんですか!」
「ええっ、虫歯でしょ!? 逆になんだと思ってたの!?」
「え、彼をどう始末するかという話かと」
「ええぇーっ!?」
「ええぇーっ!? って、隼さんともあろう方がなにを日和見なことを仰っているんですか。アレだけのことをしておいて虫歯治したくらいで帰すわけがないでしょう。あの人にはせめて腹切って自分のお肉と腸でソーセージ作ってワンちゃんに食わすぐらいしてもらわないと獅子堂家の沽券に関わるというものです。ニンジャーだってケジメは大事でしょう?」
「えっ、あ、ハイ。タシカニッ、ソウデスヨネー!」
龍皇陛下を守るためなら手段をいとわないという秋津のサムライだが実際は話以上に真っ黒だった。ニンジャー以上に冷酷非情なオトシマエ哲学。あんな少女がカラっとした顔であんなことを軽っと口走るなんて。ヤベー、ヤベえよ秋津のサムライ……。
顔面蒼白でガクブル。内心恐怖で二の句を継げずにいるを俺を不思議そうにみつめる獅子姫。
だったが。
「あの、お二人とも。公共の場でそういう話をするのは正直控えたほうがよろしいかと……」
いつからいたのかおずおずというペシェリにそう諭され、俺たちはくるりと辺りを窺った。
「ヒエエ……イッツ熊葛キョーフ・セージ」「獅子姫コワイー……」「アスハワガミダー」
みんな顔面蒼白でガクブル。話の内容がセンシティブすぎたのか外国人とおぼしきお客さんなんか恐怖のあまり泡を吹いて失神している始末。お騒がせしてすいません……。
閑話休題。
「皆様、お待たせしました」
ペシェリの挨拶と同時に、カーテンを引いたよう整然ずらりとメイドサムライたちがワゴンを押してフロアに参上。
ワゴンの上にはクローシュを被せたプレート皿が。あの下から一体どんな料理が飛び出すのか。皆の膨らむ期待を代弁するよう、「ああっ、はやく、はやく出してくれ。もう待ちきれないよ!」とその界隈では食通で通っているお兄さんが鼻息荒く目を輝かせて満面のスマイル。微笑ましくてみんなもニッコリスマイル。
「こちらが五月期の期間限定メニューです」
メイドサムライたちがクローシュを外す。そこから現れたのは――
「「「カレーライス!?」」」
皿から食欲をそそるブレンドスパイスの香りがあふれ出す。秋津人ならみんな大好きカレーライス。俺も大好き。鉄板中の鉄板だ!
しかしそれだけに店ならではの特色が出せなければ評判を得るのは難しい。ささらのカレーはどのような”色“をみせてくれるのだろう。
みんな揃って生唾ごくん。目を血走らせて息を荒くしている人も。どうやら内で暴れる食欲に正気を失いかけているようだ。
今にも皿めがけて飛びかかってきそうなお客さんたちを前にペシェリは凜と穏やかに語る。
「喫茶ささらの人気メニュー、<喫茶ささらのさらさら濃厚スパイシーはちみつ
なんだその早口言葉みたいな名前は……。
「その名も、<喫茶ささらの薔薇姫特製さらさら濃厚はちみつ三牧かみがみがみリンゴごまんががまんとみゃんぞくミキャくぬっ、くぬぬっ……ッ!?」
噛んだ……。
周囲も『まぁ、そうなるよね……』と気の毒そうな表情。
同情を寄せる視線のなか、ペシェリは気恥ずかしさを繕うようこほんと咳払いをひとつ。
「失礼しました。<喫茶さらさのさらさら濃厚薔薇姫……>じゃなくて、<喫茶ささらの薔薇姫特製濃厚ご飯――>うぅー、違うー。えー、えーっと、<喫茶ささらの特製薔薇姫みちみち濃厚ミミんゴがごはまとみきゃきゅん……>ってああん、もうっ長いっ、いいづらいっ!」
ミスによる精神的ショックからか、まさかの噛み三連発。これにはクールなペシェリも涙目になって素で毒づいてしまう始末。ああ、もう完全にグダグダだよ。
ペシェリは瞼を閉じてゆっくり深呼吸。
ややあって意を決し、刮目!
「重ね重ね失礼しました。行きます。
えーっ……(めっちゃ早口で語気強くはっきりと一気に)<喫茶ささらの薔薇姫特製さらさら濃厚スパイシーはちみつ三牧神垣上リンゴご飯がごまんと満足ミキャキュヌマンゴーカレー:ベヒもん極限ハ・ン・テ・ィ・ン・グ・エ・デ・ィ・シ・ョ・ン>で・す!」
おおー、と静かな歓声が上がった。
当の本人は慣れないことをしたようでぜぇぜぇと息切らせてぐったり。お疲れ様でした……。
「めっちゃいいづらッ。誰なんだこんな名前つけたの……」
「あ、私です」カラっと嬉しそうに獅子姫。
思わず無言で直視してしまった。
「なぜこんなけったいな……いや、ユニークな名前を?」
「開発当時おいしいだけじゃ話題にならないだろうと思いまして、ネットでの口コミとメニューのイメージ浸透を狙って遊び心あふれるインパクトあるネーミングにしてはどうかと。変な名前だけどあのおいしいカレーだよね、って感じで広まるように。それを言ったらペシェも『さすが姉さん、素晴らしい着眼点です。これはもう採用以外あり得ません(暴走気味に)!』と必死で止めようとする社員のみなさんを物理的に振り切ってそれはもう即決で」
「そ、そう……」
俺たちのやり取りを知ってか知らずかペシェリはこちらを見やり、
「今では定番となったささらの略して<さらみつカレー>はそこにおります私の姉、獅子堂ミミリが名付け親となって発売され、皆様からご好評をいただき早くも三周年を迎えました。ありがとうございます。しかし驚きとインパクトがささらの信条でありますが、敬愛する姉のアイディアだからと発音に困るメニュー名を採用するのは金輪際やめようかと思います」
お客さんの間からドッと笑いが巻き起こる陰で、ミミリはガーンとショックを受けてテンション大暴落。残念だけど当然だよね。
「さて、記念と言えば今年は<神州崩壊戦役>から数えてちょうど四〇〇年目にあたります。月を通しての慰霊祭も行われます。それに合わせたふさわしい食材をさらみつカレーに加えようというわけで、かの戦役に縁深いベヒもんのお肉、その中からとりわけ厳選した良質のムネ、モモ肉を使いました。ところでお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、商品に私の名前が入っているのはメニューの企画開発・監修にあたり私自身も参加したからでありまして」
「なんと、ペシェリ様が企画して給仕……。これは実質、ペシェリ様の手料理なのでは……!?」
「メガ橋殿、おまんさん……。天才でごわんすか」
イェーッ! ピシガシ、グッグッ。ハンドタッチで熱い想いを確かめ合う男同志二人。ロマンは人を繋げる架け橋だ。
「さて、挨拶はここまでにして試食に移ろうかと思います。皆様もう待ちきれないと顔に書いてありますしね。ではどうぞ、お召し上がりください」
わーっとみんな一斉にスプーンを握って皿にかぶりつく。
「カレー! カレェエエエエー! ささらのカレエエエエ!」
「うえーいひひひひ! うめえええ、肉うめえよおおおっ!」
抑え続けた食欲を解放したせいでもう血眼だ。野獣のようにペロペロガツガツごっくんちょ。
俺もわーっとかぶりつきたいところだが、さきほど腹に入れたクロノワールのせいで彼らほど素直に熱狂することも狂喜に酔うこともできない。むしろこのカレーライスを冷静に食レポしてやろうというレビュアーの気概であった。
芳醇なスパイスの香りのなかに漂うリンゴとマンゴーの風味。ルーの大海にでんと寝転がる肉厚のビーフ。その隣に丸くこんもりと盛られたターメリックライス。見た目は普通のビーフカレーだが……。
眺めていても始まらない、まずは一口。
「むっ、このライスは……!」
確かめるようもうひと噛み。
「ザクっ、パリっとした歯ごたえ。炒めたのとも揚げたとも違う。これは……」
そうか……! 神髄みたり!
培った経験と蓄積された知識、ニンジャー直感力が即座に答えを導きだした。
「このライスは……インスタントだ!」
ミミリは驚いてスプーンに乗せたライスを見つめ。
「ええっインスタント!? こんなにおいしいターメリックライスが、ですか?」
「ああ。インスタントじゃなきゃ……いや、インスタントだからこそこの食感が出せるんだ」
「えっ、インスタントだからこそ? どういうことなんですか」
「うん。フリーズドライ製法は知っているかな」
「ええ、冷凍した食品を真空状態にし水分を一気に飛ばして乾燥させる、現代のインスタント食品の製造には欠かせない技術ですよね。それが?」
「そいつを調理したライスに使ったんだ。パサパサのドライライスに適量の水を吸わせることで半カタ、半ヤワの水気と堅さを両立させた状態にできる。それがこのセンベイのようなザクパリ食感の秘密だ。しかしこれはヤバイ……。ライスだけでこの美味さ。ルーと一緒に食べたら一体どうなってしまうんだ……」
期待と恐れに震えた。食べればきっと美味すぎて頭がハッピー汁まみれでイってしまう。そんな予感がこびりついてスプーンをつかむ手が一ミリも動かせない。
くっ、たかがカレーライスにこの俺がビビっているだと……!?
戦慄で心も体も凍て付きつつあったその時、師ウルズ・Dの春陽のごとく暖かな声が頭上から降り注いだ。どこにいても念話が可能なニンジャーテレパシーだ。
(隼……隼よ……)
はっ、師匠!
(ワシ、カレーはビーフよりもチキン派じゃ)
どうでもいい個人情報ありがとうございます師匠! 俺は断然ビーフ派です。
(フォーオホッホッ、これは戦争じゃのう。そして今のオヌシはチキン野郎じゃのう)
わざわざの煽りありがとうございます師匠! 切りますよ。
(これこれ、そう短気をおこすでない。このピンチを打ち破るのにぴったりなアドバイスを授けてやろうと思ったのにのう)
そういうことは先に言ってください師匠、ぜひしりとうございます!
して、それは?
(うむ。恐怖とは未知に対する無知が生み出す幻、濁った沼を眺めて勝手にビビるようなもの。ダイブしてこそのジークンドーよ)
(なるほど参考になりました。ところで師匠)
(うん?)
(メールでおっしゃっていたインターネット・ジークンドー。一体なんなのですか、インターネット・ジークンドーとは……!)
思わず前のめりになってしまった俺の問いに、師ウルズ・Bは短く間をおくと感心したかのよう喉を鳴らした。
(ふむ、インターネット・ジークンドーとはなにか……。それこそがインターネット・ジークンドーじゃ)
(……はぁ?)
(まあそんな感じじゃ。あとは脳に糖分つめて考えろ。ではグッバイ、アディオス、
肝心なところはボヤかして去っていく仙人ムーヴ! ちょっとフワッとしすぎじゃないですかね師匠ッ! 師匠ぉー!
むう……。まあさておき。
恐怖とは未知に対する無知が生み出す幻。
その通りだ。食べもせず悟った気でいるとは笑止。
思い切ってダイブして得るものも、ある……!
ナムサンッ!
ひと口、ふた口……。ひょいぱく、ひょいぱく、パクパクパクパクパク――ッ!
なんと、口に入れたとたんさっきまで動かなかった手がすいすい動くではないか!
「うおおおおっ! 匙が、匙がとまらないぃぃぃッ! スープのようさらさらと口に入っていくうううッ! ハチミツとリンゴ、マンゴー果肉の酸味が溶け込んだピリっとスパイシーなルーがサクサク食感のライスに絡んで、ジャストフィーーーーット!」
絶叫! 美味すぎるあまり昂ぶった感情エネルギーが目からビームとなって迸る。修復された会長の肖像画にビームが直撃。「キャー、会長ー!」とメイドさんたちも大絶叫。
体の奥からエネルギーが湧き出して賞賛と感動が止まらない。みんな天にも昇りそうな蕩けた表情で口々に絶賛を語りだす。
「食後感も素晴らしい。喉を通ったあとスッとした辛味が鼻から突き抜けていく清涼感。ギンギンに日照った夏のまっ昼間にキーンと冷えた水をあおったような、染み渡る爽やかさよ!」
「ハフッ、ハフゥッ! 果肉マリネ漬けされたベヒもん肉は香り高く上品な味わい。外は噛みごたえたっぷり、中はじゅんわりホロっと噛めば線維がほろはらりとほどける二重の食感。ポワレで閉じ込められたうま味が口の中で溶け広がっていくでござる……っ!」
「それでいてジビエのワイルドで野生的な素材のうま味を損なわず十二分に引き出してもすッッ……! 狩りで野山を駆け巡った原始の本能が呼び覚まされていくようじゃああ!」
「「「もう、ダメェ……ッ。我慢できないッ……!
たまらずっ、たまらずっ——」」」
「「「ケモノになっちゃううーーーーーっ!!」」」
恍惚の叫びとともに全員の体が光りだす! 店内に目も眩む閃光の嵐が吹き荒れた。
やがて光が収まり、閉じた目をそろそろと開く。
すると驚くべき光景が広がっていた。
「ワォーン!」「ワンワン」「クゥーン」「コーン」「フニャゴー!」
店中あちこち主に犬だらけ。なかには獣人みたく顔と体毛だけが動物のそれになった人も。
いつの間にサムライ喫茶からケモノカフェに鞍替えしたのか。
パニックになりかけた頭であたりを見渡すと、ミミリがいるはずの対面の席にはぺろんと垂れ下がった大きい耳が特徴の犬種、ラブラドール・レトリバー(白毛)の子犬がいた。
たまらずうわずりの声が出そうになって口から出たのは「キーッ!」という鳥みたいな……というより鳥そのものの鳴き声。
そんなバカなとふいに見た窓にハヤブサの姿が映り込んだ。って、これオレーー!?
一体なにが起こったというのか。そんな俺の疑問に応えてくれるよう、チャラそうなラフコリー犬顔のケモ男が芝居がかった調子で驚きを叫んだ。
「こ、これはあまりに美味な物を食べたとき発現するっつー、『
「『DURE』!? 兄者、そ、そりゃいったいナンなのだってYO!?」
というかいたのか、蜂熊兄弟……。
「料理バトルマンガでよくあるオーバなリアクション表現ってあるべ?」
「あ、ああ。服が破けたり、変身したり、とつぜん別の場所へ転移して小芝居しだしたりするアレっしょ?」
「そう、それよ。そいつを引き起こす不思議の正体がこの『DURE』っつーワケよ! 美味しい物を食べて爆発的に放出された感情エネルギーが物理にまで作用し現実さえ書き換える幻のスタンス術式。こんなところで見られるなんてよーッ! ザッツ、サティスファクション!」
な、なんだってー!
ということはカレーを食べたせいでみんな動物の姿になってしまったというのか……。
にわかには信じ難いことだが事実起こってしまっているので受け入れるしかない。
とりあえず正面にいる子犬に確認をとる。
「キッ、キィィー?(ええっと、そんな姿になってるけどミミリなんだよな?)」
「わうっ(そうですよ)。わふぅー(隼さんはハヤブサさんなんですねー、カワイイですよー)」
とニッコリ舌だしてヘッヘッと獅子姫。こんな状況なのに呑気だなあ。
「どうやらカレーを食べたリアクションの呪力によって動物に変身してしまったようですね。ジビエ料理だけにケモノの本能が刺激されて」
「な、なるほど……。しかし……」
これからどうやって生活していこうかと真剣に考え始めたところ、みんなの体がまた光りだしぽつぽつと元の姿に戻っていった。
俺も例外ではなく、
「おお、戻った。ふう、ずっとあのままかと思ったよ」
どうやら変身は一時的なものだったようだ。内心ほっとしてミミリのほうに目を向ける。
ころっと愛らしい白毛の子犬がまだそこにいた。
「って戻ってなーい!」
愕が外れそうな勢いで驚く俺に比べ、ミミリは「ぷう?」と首を傾げて事もなげ。数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼女にとってこれくらいは動揺に値しないということか。
どうしようもないのでミミリとお手したり撫でたり肉球ぷにぷにして遊んでいるとペシェリがバタバタと駆けつけてきて、
「ああ、姉さん。やっぱり」
がくりと嘆く彼女にオウム返しでたずねた。
「え、『やっぱり』って?」
「姉が魔法や術にかかりやすい体質だというのはご存じで?」
「ああ、それはリリリ様もおっしゃっていたね。精神汚染や呪いに弱いって。それが?」
「はい。それは今のような姿を変化させてしまう術にも当てはまることでして」
「うん」
「正直ひどいときは数週間は元に戻らないこともあって……」
「ええー……」
なんて難儀な……。
と思いつつミミリの顎をさすさすと撫でる。
そんな風に戯れる俺たちを見てペシェリは神妙に眉をひそめ。
「あの、ところで隼さま。先ほどからなにをなさっているのですか」
「ん、なにって。なにが?」
あっけらかんと返してミミリとのスキンシップに戻る。そこで薔薇姫がにこやかな顔のまま目尻をひくつかせたのを俺は見逃していた。
「ああ、すいません。主語が明確になっていなくて。先ほどから我が姉になにをなさっておいでなのでしょう。ずいぶん楽しげにペタペタとお触りになられているようですが」
「うん。すごくふわさらで触り心地がいいよね。ああ、ダブルコートの感触サイコー。それが?」
「女の子なんですよ」
「うん。メスの犬だよね」
言っておなかをなでなで。ミミリは背をのけぞらせてうっとりと気持ちよさそう。
それを見てペシェリの怒りゲージがリミットブレイク。ニコニコ笑顔がアイス的無表情に。だが残念、またしても俺の視界の外。愚鈍なニンジャーは終末の鐘が鳴っていることに全く気がついていない。
「年端のいかぬ少女の肌をそんな遠慮もなく不躾になで回して破廉恥だとは思わないんですか。犬になっているとはいえ仮にも一国の姫なのですけれども」
険を纏わせた声でずしりと言われ、俺はきょとんと真顔になってしまった。ミミリと二人揃って「ぷう?」と小首を傾げて不思議んちょ。
えーと。アレが、アレで、ああで、こうで。
「…………。……! …………!? ――――ッ!!!!」
ここ数分のことをプレイバックして事の重大さに気がつき、俺は湯気だった顔であたわたとミミリをばっと傍らに置いた。
「わぁっ! ごめんなさい!」
ペシェリは能面を崩し、頬杖をつきつつ心底残念そうにはあとため息。
「まったく、隼さまがまさかそのような方だとは思いませんでした。正直幻滅です」
犬の姿とはいえ武家の姫にくんずほぐれつボディタッチ。これは極刑案件では――!?
「はうわわわ……。も、もしかして打ち首獄門エグゼキューション……。そ、それともハラキリ俳句スピーチですかかかかか……」
顔面蒼白でガクブル。大変にヘンタイで申し訳ございません。宣伝ニンジャー・ハヤブサの冒険はここでおしまいです。サヨウナラ、サヨウナラ。
死刑宣告が飛び出すのを覚悟したが、薔薇姫は面倒そうにかぶりを振るだけで。
「いつの時代ですか……。なにやら我が国に偏ったイメージをお持ちのようですね。安心して下さい、そんなことしませんから。これはただの訓戒です」
「すいません。以後気をつけます……」
ニンジャーともあろう者が深慮を欠いた行い。行楽気分で浮かれていたようだ。ここは異国、常識だと思っていたことが非常識であるということはままある。ペシェリもその点を鑑みて注意で済ませてくれたのだろう。もう二度と同じ轍は踏まないと堅く誓おう。
それはさておき、周囲の皆さんが遠巻きにキラキラした目でこちらを見てい
るのは気のせいだろうか。「ペシェリ様にあんな目で見られて……」「なんと
羨ましい……」「ありがたや、ありがたやー」とかなんやら。本当に大丈夫かな、
この店の客層……。
「わかって下されば結構です。それより、姉さん」
「ぷう?」
「少しは恥じらいというものを持って下さい。こんな姿とはいえ殿方にスナック感覚でほいほい体を開いて操を許すだなんて。武家の淑女としてあまりにも節操がなさすぎます! これでは決算前のセールブランド品みたいに……いいえ、年中クーポンでディスカウントしているウェルダネスバーガーのように安い女だと思われますよ!」
穏やかではないワードが薔薇姫の口から飛び出したのを聞き拾い、皆さん揃って何事かとこちらをガン注視。ちょっとペシェ様、言い方ァッ!
「獅子姫は節操なし……」
「年中バーゲンセール……」
「ファーストフード並に大安売り……」
などなどざわつきの中から混じって聞こえてくる。お姉さんを戒めるつもりがあらぬ誤解の風評を招いてますよー妹さーん!
予期せぬアクシデントで進行半ばでもたついてしまった試食会。ペシェリがマイクを手に再開の音頭を取ろうとした時だ。
「ペシェリ様、ペシェリ様はおられますか!」
ドアを勢いよくがしゃりと開け放ち、背の高い黒スーツの男が店内に飛び込んできた。
「ここに。どうしたのですか、
リィンリィンとまだ余韻を鳴らすドアチャイムと対照的に、ペシェリは静まった顔でいう。
突如乱入してきたこの初老の男性は宝良木シュウ。ペシェリが幼いころより側で仕えてきた教育世話役で、いまは側近として若き才媛を補佐している。獅子堂家中の経歴を把握するため左手で端末持ってソシャゲの団員クエ回しながらパソコンで動画見つつ、開いた手でプラモ組む合間にサムライ名鑑(ウェブ版)を眺めていたとき見た覚えがあるので間違いない。
宝良木氏はスーツと同色の――全力疾走でここまで来たらしく、ぱらっと乱れたオールバックの――黒い髪を手ぐしでさささっと整えてから。
「おお、そこにおられましたか我が君。一大事でございます」
「お前のその急ぎよう、ただ事ではなさそうですね。何があったのです」
二人のやりとりから風雲急を告げる匂いを感じ、店内にいるサムライたちの目に剣呑の色が差した。
「出たのです……」
「出た? 何が?」
差し迫る宝良木の声に、ペシェリは奇っ怪そうに眉をひそめた。
「野獣の森に、ベヒもんが……ッ!」
「なんですって!」
キィンと叫びに近い声がマイクを通してハウリングした。みんな鼓膜をつんざかれ「ぐおお……」と身もだえ。薔薇姫はしまったと口を押さえ、「あっ、ごめんなさい」と赤面して汗をぴよぴよ。うっかりさんだね。
気を取り直して。
かしこまって宝良木がいう。
「地元のハンターにはすでに声をかけて招集済みです。姫様も至急ご支度を」
「わかりました」
了解したと即応するペシェリにかしずく宝良木氏。ふと彼は店内を見渡し、確認するようそろりと訊ねた。
「ところでミミリ様はどちらに? 同席されていると伺いましたが。ご助力願えれば心強いのですが……」
災害級と格される凶悪な魔獣を相手にするのだ。熊葛指折りの戦士であるミミリがいれば鬼に金棒だろう。だが――
「ええと……、姉さんならここに」
申し訳なさそうに、ペシェリはひょいとラブラドールの子犬を抱き上げて見せた。
「は?」
飛躍した事態を飲み込めず目が点に。
「ここに」
「ワンっ!」
無垢に吠える獅子姫(犬)を唖然と見つめ、宝良木氏は点々と立ち尽くすのだった。
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