サムライ・インタビュー:食らってコラえて
かつていた星々を喰らう人類の天敵――古き神々、フォールイン。
フォールインを倒すには手続きがいる。決まった時間、場所、呪文、儀式。条件的な手続きだ。これを満たさない限り彼らを完全に倒すことはできない。肉体を砕いても魂は残る。そこから復活する。同じ力を持つセーバだけがフォールインを完全に滅殺さしめることができた。
セーバは星の海を渡り、あるいは襲来するフォールインをことごとく討ち滅ぼした。
最後に残ったのは最強最悪と名高いティターンの一族。
ティターンは天を衝くほどの巨躯を誇る巨人。無敵の軍勢。彼らを滅ぼす条件はかつて世界から失われたという三つの魔法、その一つ『第三の魔法』を発動させること。
それは絶対に発動不可能と言われた魔法だった。奇跡でも起こらない限り、絶対に。
ゆえに討滅は叶わず、永らく封印するしかなかった。
ながい年月がたちティターンたちは封印を破り帰還した。
行く手の全てを薙ぎ払い、踏みならし、蹂躙した。人類に止める術はなかった。
が、奇跡は起こる。
いや、それは人の願いと執念が成した行動の結果だったのか。
獅子堂ミミリは失われた魔法を発動させた。そしてティターンを統べる首魁を討ち取った。
三百年にわたり続いた人類とフォールインの戦いはここに終結する……。
のちになって世界中の誰しもが語る。
最後の戦いのさなか優しくあたたかな風が吹いていたと。
その出来事にちなみ、獅子堂ミミリは風の勇者とあだ名されるようになったという。
それから二年。
世界を救った英雄は、地元でなめられていた。
「ギャー! やめてくだちゃいー! おパンツとらないでぇ~~!」
タックルからのマウントコンボがキレイに決まった。倒れたところにキッズたちが飛びかかる。伸びる無数の手。パンツを守ろうと涙目で必死な抵抗をみせるミミリ。
かつて英雄だった少女は小学生たちに絡まれてパンツ盗られそうになっていた。
いつもの日常(?)。熊葛は今日も平和です。
ニンジャーとは忍者とレンジャーの技術を併せもつ最強のビジネスソルジャーである。
俺は隼レンキ。表の顔は宣伝マン、裏の顔はニンジャー。世にはびこる悪を倒し、言葉の魔法で世界を動かす正義のニンジャー。宣伝ニンジャーと人は呼ぶ。
今回の仕事の舞台は東の最果てに浮かぶ島国、秋津ノ国。
この国では帝である龍皇を守護する<近衛大将軍>である千龍家をトップに、七十八人のデューク・サムライが各地方を統治していた。すなわち藩である。
そのうちがひとつ。
シアノ藩を治める大藩主、獅子堂家はいま二人の後継者を巡り分裂していた。
武勇に優れたミミリ姫。才知に長けるその双子の妹、ペシェリ姫。どちらを跡継ぎにするか。
獅子堂家に依頼され、俺はミミリ姫の教師を引き受けることになったわけだが――。
さて。
さきほど言った通りミミリは世界を救った英雄。実力もネームバリューも折り紙つき。子供になめられてパンツ盗られちゃったりしてるけど家臣たちからの信頼も厚い……はず。
百聞は一見にしかず。実態のほどを確かめるべく、ご家来の皆様にインタビューしてみた。
獅子堂家中、蜂熊兄弟(兄・トビイチ、弟・ショウ)。チャラさと太刀筋の速さに定評のあるパリピサムライ。お勤めから直で能ダンスサークルの飲みパに行ってオール明けのところ、ウコンテンションドリンクをキメているお二人に話をうかがった。
「ええー、獅子姫ぇー?」
「まー、ヤバイよねぇー。な、弟者」
「うん、マジやばい」
えーと、そのへん詳しくきいても?
「みため大人しくてきゃわたんな感じだけど、めっちゃ暴れん坊だよねー。な、弟者」
「おーん。ナラづー(ならず者の意)みかけるとすぐやっつけるようとするし。まー、そこまでなら正義の味方って感じでカッコイイんだけどさ。ああ、話だったよね。かなり前のことなんだけど、麓の町で銀行強盗があってその現場に姫さまいたわけよー。で、犯人たちボッコボコにしたわけ。そんで連中たまらずテル巻き(しっぽ巻いての意)って車で逃げたのさ。で、その結果ショッピングモールが火の海。なんでそうなったかって? 投げナイフでタイヤパンクさせちゃったのよ。走ってる車に当てるとかマジヤバたに芸(ヤバすぎる芸当の意)でしょ? んで車は暴走してそのままモールにずさーっ、どかーん。大惨事。あははは、ウケルっしょ」
あはははは。いや、全然笑えないですよ……。
「結局そのモール、獅子堂家がまるごと買い取って弁償したんだよねー。だしょ、兄者?」
「だ。まー、以前から獅子堂家がモールの経営権の一部を買い取るって話はあってさ。それが姫さまのせいというかおかげというか棚ぼたでまるごと権利が手に入ったのよ。でも姫さまが動くよう裏で仕組んだんじゃないかってオーナー会社にマッチポンプを疑われていま係争の真っ最中ってわけ、超泥沼! うあっはっはっは! ウェーイ、弟者ー」
「ウェーイ、兄者ー。隼さんもエナドリ飲んでテンアゲーしてこー。ウェーイ!」
ウェーイ!
……って聞いてられるかこんな話っ! ナシよりのナシだわ、ガンビキなんだけど。
とりま次、次!
しばらく歩くと第二村人もとい二人組の家中関係者発見。さっそくインタビュー。
「あー、獅子姫ぇ?」
と、ちょっと気だるそうに答えてくれたのはツツジの弟さん、
「アホだよアホ。アホで呑気なあっぺれぺー。アホすぎてうちの姉上にいつもどつかれてるし。ガキ共にパンツ盗られたってヘラヘラして怒りゃしねぇの。マジだせぇ」
そうなんだー。そんなミミリ姫について知ってる話を聞かせてもらえないかな。
「あるよーアホエピソード。去年の学院祭で古代の戦神降ろしてプチラグナロク起こした話、しちゃうー?」
おお。いいねー。って、プチラグナロク……?
「なんでそうなったかっていうと長いんだけど。まー、ミミ姉の提案でクラスの出し物でダンスやることになったんだ。でもただのダンスじゃないよ。だってあのミミ姉だからね。姉上からやる演目きいた瞬間、耳を疑ったよ。ロリータ能ダンスパラパラだよ、ロリータ能ダンスパラパラ」
ロリータ能ダンスパラパラ? ロリータファッションで能ダンス+パラパラってことか。なにそのジャンルのせのせ欲張りセット。超先鋭的すぎる。
「そう。普通そうなるよね、『んん?』って。俺も『んん?』だったよ。実際見てみて案の定お客さんもみんな『んん?』だったよ。スローで地味な能と派手な動きのパラパラの組み合わせってどう考えてミスマッチじゃん。ユーリウス様はなんか『あっぱれ! さすミミ(さすがミミリの略)! 能とパラパラ、異質な二つの舞のコラボレーション。この父、その非凡な発想に感服したぞ! みなもそう思うであろう? うん? うん?』とか拍手喝采で大絶賛してたけど家臣一同みんな苦笑いだったからね」
殿……親バカすぎる。
「でもなんか観てるうちにみんな目がキマってきちゃってさ。トランス状態ってやつ? 一緒に踊り出しちゃって。いやあ、それがまずかったんだろうなー。降霊術としてスタンスが成立しちゃったみたいで、なんとミミ姉の体を依り代に古代の戦神――終末の炎の化身<グレンヴァンティ・プレアネス>が降臨しちまったんだよ。そんで大暴れ!」
ミミリの体にすごくヤバイ神さまが憑依……。聞いただけでも大惨事になったというのはわかる。能は異界と交信し神を降ろす儀式。さもありなんといったところか。いや、さもあっちゃだめだろ。
「大惨事なんてもんじゃねぇよ。龍皇さまが世界の危機だと認めた時にしか戦に出ることを許されない<紫龍の秘剣>と号される九人のレジェンダリー・サムライのうち六人が出動する異例の緊急事態にまで発展したんだから。ていうか世界がプチ終わりかけたよ。あ、レジェンダリー・サムライっていうのは龍皇さま直属のサムライで文字通り伝説に残るクラスの超強いサムライさま達のことね。しかしあれで死人が出なかったのが不幸中の幸いというか、凄まじい出来事だったなあ……。お兄さんも能ダンスを鑑賞するときはキマらないよう気をつけてな」
うん。ああ、ありがとう。気をつけるよ。能ダンス……キマる……アブナイ。メモメモ。
後で調べてわかったがその事件を機にロリータ能ダンスパラパラは幕府の令によって即刻禁止、封印文化財に指定されたそう。世界がプチ終わりかけたのだ当然の措置だろう。
あー、他にはなんかないかな? うーん、なるべく常識の範囲でわかる話がいいなー。
そう言ってリクエストに答えてくれたのはデフォ顔がいつも眠そうなツレのシゲルくん。
「ある。一人で外に出掛けると三分で道に迷う。家臣のあいだでも評判。致命的な方向音痴。その前も麓の町で迷子になってうちの父さん捜索に駆り出されてた。しかも休日。家族でデスティニーランドいく約束してたのに。おのれ獅子姫。ゆるさん」
「シゲぇ、それなー。ったく地図も読めねぇのに外出歩くなっつんだよ。あの調子じゃてめぇの人生さえ踏み外して路頭に迷っちまうんじゃねえか。人生の道によぉー?」
「言い得て妙。だれウマで草www」
「だろーw ったく、世界を救った英雄とか言われてるけど、あんなあっぺれぺーがユーリウス様の後継いだらウチの藩は終わりだよ、終わり。ペシェリ様に家督譲って鞄持ちでもしてたほうがいいってもんだぜ」
「カズ。獅子姫じゃ鞄持ちしてもどっかに忘れるからムリだと思う。アホだから」
「それな! アホだからなー! うわはははは!」
「「うわははは!」」
「うわはははは!」
「「はっ!?」」
二人のとも違う異質な高笑いが背後から。びくりとなって振り返ろうとするカズシを制するようその肩に手が置かれた。
「こんにちは。いやぁ、そんなアホで呑気なあっぺれぺーのお姫さまが後を継ぐかもなんてヤバイですね。我が藩の未来は」
まさかのご本人登場。ディスられていた当のミミリは満面のアルカイックスマイル。イキっていた二人の顔から一気に血の気が引いていく。
「そ、そっすね……。い、いや、ぜぜん、そんなこと……ないっす」
「ないっす……。モゴォーっ!?」
唐突にくぐもった叫びをあげてシゲルくんがノックダウン。一体何ごとか!?
よく見たら……リンゴ! 口いっぱいにカットリンゴをほおばったまま泡を吹いて失神している!
尋常ならざる速さでお口にリンゴをダンクシュートされたのだ。誰の手によって? それは語るまでもないだろう。
友人の変わり果てた姿にカズシ少年は恐慌状態。お口をパクパクしながら顔面蒼白。
「あ。ところでカズシくん、リンゴ食べます?」
と言ってトートバッグからカットリンゴがパンパンに詰まったタッパーを取り出す。爪ようじを立てて差し出されたリンゴはとてもフレッシュでおいしそう。しかし微笑む顔の奥から濁った圧を感じるのは気のせいだろうか。
「え。あ、いやぁ……」
「いやいや、遠慮しなくていいんですよ。いっぱいありますから」
「ア、ハイ。いただきやっす……。モゴフぅーーッッ!」
お返事したとたん居合スラッシュじみた目にも止まらぬ速さでカットリンゴが三切れまとめてお口にダンクシューッ! 超、エキサイティンッ!
「おかわりもたくさんありますからねー。包苞道のお宅にお裾分けをと思っていたんですがカズシくんに会えてホント良かったですよー。今年のコーディネイト改造リンゴは実も大きいうえとても甘く美味しくできたんです。だから真っ先に味わってもらいたくって。ほら、ね? おいしいでしょう。おいしいですよね? ねっ?」
「おいし……モガッ、モゴゴッ……! で……ヴォェッ、ォゴッ……!」
噛み終わるのを待たず少年の口にずんどこカットリンゴが押し込まれていく。あっという間にゲキ盛りリンゴタワーが完成。カズシくんのお口キャパシティはとうに限界だ!
これでは呼吸も困難。このままではリンゴの詰めすぎでおぼれ死ぬ。
そんな状態であろうと少年には拒めない理由があった。
彼、包苞道カズシはツツジの弟。つまりミミリとは従兄弟の間柄で親戚にあたる。だがイエの関係上、包苞道家は獅子堂家に仕える家臣の立場。
武家の社会はヤクザ以上に真っ青の上が絶対ルールのタテ社会。たとえ腹いっぱいでも殿の娘のご相伴とあれば胃に穴を空けてでも食わなければならない。できねば暗黒の未来が待っている。命に代えてもやり遂げなければならないのだ。
「モゲッ……もぇっぐっぐっ……」
「おやおやペースが落ちてますよー? あとタッパー三つぶんありますからねー。じっくり噛まずゴクゴクいきましょうかー。リンゴは飲み物ですからねー」
あえていわせてもらおう。リンゴは断じて飲み物ではない。
カズシはとてもつらそうだ。それでもミミリはリンゴを運ぶ手を止めない。
そこには冷酷な論理が働いていた。
【無礼なディスリ野郎はおなかいっぱいにして帰すべし】
※『獅子堂エンペラースタディ・第二章<支配のアイアンルール>』より抜粋。
礼を失する輩には宴に招いてもてなすとみせかけたくさんご馳走して胃を破壊。相手は内臓とメンタルに深刻なダメージを負い一生通院生活を余儀なくされる。昔の人々は『獅子堂のパーティー行けばモツ腐る』とポエムを詠み、獅子堂武者の恐ろしさに震えてチビったという。
このようにして獅子堂の恐ろしさを世間にしらしめたのである。
ハートを掴む(命的な意味で)にはまず胃袋からの格言に倣った獅子堂家のドミナント哲学がここに見て取れる。恋も政争も勝利の鍵は食が握るというわけだ。
「ぼえんなふぁ……っ。もっ、もふっ、ゆふひてっ……」
「もうカズシくんたら。口にものを入れたまま喋るなんてお行儀がわるいですよー、あははは。というか何か悪いことでもしたんですか? 謝られるようなことをされた覚えなんてないんですけどねー、おかしなことをいいますねー面白いですねー、カズシくんは。あはははは」
昔日の歌人いわく。
【背にしのぶ ライオン知らず さがな口】。
往来では誰が聞いているかも分からないので軽はずみに人様の悪口など言うものではない。
諸兄らも人をディスってリンゴを口に詰められないよう気をつけられたし。その日が終末の裁きが下される怒りの日とならぬよう。かしこみかしこみ。ディエス・イレ。
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