ニンジャー襲来(飛び込み営業)

 とんでもない茶会だった。

 三百万ドルのキッチンを吹っ飛ばして用意されたスイーツに、国が動くレベルの謀略が絡んだ事件のすえ作られたバリスタマシンで淹れられた抹茶ラテ。

 湯水のごとく金を使った、世界で一番贅沢で血のニオイ漂うおやつティータイムだった。

「最後はぜんぜん味がしなかった……。針を口に突っこまれているようだったなあ……」

 なんか思い出しただけで胃腸が痛くなってきた。いま用を足したばかりなのにまた戻りたくなってきたぞ。

 イーガ最強のAAAクラスニンジャーである俺がこうも度肝を抜かれるとは。獅子堂家、おそるべし。うーん、世界は広い。

「…………」

 違和感を覚えた。

「妙だ……」

 しんと静まりかえった空気。

 屋敷から人の活気が、消えている……?

「まさか……ッ!?」

 陽炎も残さぬニンジャー速度で庭へと飛びでる。


「ウファーアハハハハハハハ!」


 虚空に響く高笑い。


 そこに、『奴ら』はいた。


 家の屋根づたいにずらりと居並ぶ、赤錆色のニンジャービジネススーツに身を包んだ男達。ネクタイ鉢がね付きメンポの目だしからのぞく冷血動物じみた鋭い目つきからは感情らしきものは読み取れず、静かなプレッシャーだけが滲み出ている。

 間違いない。こいつらは我らイーガの宿敵、コーガのニンジャー軍団……!

 ちなみに酔っ払ったサラリーマンが額にネクタイを巻くのは、ニンジャーが被るネクタイ鉢がね付きメンポを起源としている。つまり彼らは酔った勢いでニンジャーのコスプレをしてイキっているのだ。これだけはどうしても真実を伝えておきたかった。

 それはともかく気配を殺し、死角から様子をうかがう。

 どうやらとっくに事態は始まっているようで。


 ミミリにリリリ様、それとツツジが睨みつけるよう屋根のほうを見上げている。

 固く張り詰めた空気。ふとした切っ掛けでいつ戦端が開かれてもおかしくはない。

 リーダー格とおぼしきコーガニンジャーにリリリ様が問いを飛ばす。

「なにものか、お前達は」

 言葉の代わりに飛んできたメーシカードをひらりと腕を振ってキャッチ。常人では技の起こりさえ見えない絶技を片手でいとも容易くいなす。

「これは失礼、紹介が遅れました。我々は<カイタタキ・トレーディングカンパニー>に属するコーガニンジャー。本日はお日柄も良く、営業の挨拶まわりにうかがった次第でございます。私は第二営業部係長のリュウジ=カワサミと申す者。以後お見知りおきを」

 恭しくお辞儀をするカワサミ。その両手には『獅子堂リリリ』と銘打たれたメーシカードが。

 奴がメーシを飛ばすと同時にリリリ様も投げていたのだ。なんたる達人のやりとりか。

 商談前のメーシ交換は社会人のマナーであり、交渉死合うに足る相手かを測るテストだ。ここはカワサミに両手を使わせたリリリ様に軍配が上がった形だが……。


「ふむ。なにやらコソコソと蚊が飛び回っているかと思えば。お前達だったのですね。どうやって邸内まで。警備のものがいたはず」

「フフ。安心めされよ。血の雨シャワーでスゴイことになっている詰め所で寝ているだけだ」

「なんてこと……!」

「いやしかし、さすがは戦のエリートと名高い秋津のサムライ。挨殺の名刺スラッシュをいなすだけの教養とスキルは見事。データに違わぬ実力といえましょう。だが控える二の太刀――応接間で笑顔とともに鞄から取り出した『暗器忍法:プレゼン資料シュリケン』までは読めていなかったようだ。武人としてはプロでもビジネスマンとしては三流、いや素人同然の三下揃いとは正直がっかりしたぞ。部下の再教育を箴言いたしますぞリリリ殿。つきましては我が社の『誰でもなれる! 一週間ニンジャーワークショップお泊まり合宿』でご家来さまのスキルアップを計ってみてはいかがでしょう」

「結構。知識ならあなたがたをトーチングしてその頭蓋から吸い出せばよいこと。我が家臣を侮辱する無礼者に教わることなどなにもありません。屍となって帰るがいい」


「それは残念。次の機会をお待ちしております。まあ次があれば、だが」

 カワサミの瞳にゆらりと邪悪な気配が宿る。

 仕掛けてくるか……と踏むも、奴はあたりに視線を走らせ、

「ところで隼レンキはいずこに? ここへ来たのは調べがついている。我らが用あるのは彼奴のみ。教えていただければ手荒なマネはせず大人しく引き揚げよう」

 紳士的な和平提案。

 そこらの日和見ビジネスマンならほいほい二つ返事で交渉に応じるだろう。

 が、ニンジャー相手にそれはハチミツよりも甘い考え。

 一つ許せば十踏み込んでいくのがコーガのやり口。植毛するためサンプルにと毛を一本、また一本と頂戴し、最後はケツの毛どころか頭皮までむしってカツラの材料。希望を持たせて絶望へ突き落とすのだ。


 ところがは連中のそんな愉悦根性はあけすけだったようで。

 ツツジが拳銃を差し向け啖呵をきる。

「ったぁく、もんじゃーだかニンジャーだかしんないけど人様んちの敷地に土足で上がり込んできて失礼なやつらね。つーかアンタ達でしょ、ここ最近飛び込み営業かけてる商社マンって。ぶっとばしてやるから一人ずつ降りてきなさいよ。身内のおとしまえツケさせてやるから。それともニンジャーってのはタイマンもはれないチキンの集まりなのかしらー?」

 そこはまとめてかかってこいじゃないんだな……。


 数の不利をさけるため、挑発を織り交ぜ相手を自分の土俵に引き込もうとするしたたかさ。一見けんかっ早いヤンキーギャルサムライにみえるツツジだがそのじつ賢明な策士のようだ。

 ただし奴らを相手にその考えは危うすぎる。

「よせっ、ツツジ!」

 とっさに飛び出て銃把を握るその手を抑えこんだ。

「あによ」

「ニンジャーを甘く見るな。二十四時間、三六五日働き続けられないこともない無限に近いスタミナ。下請けにカスな値段で発注をおろすのを屁とも思わない冷酷かつ合理的な判断をくだす明晰な頭脳。そしてあらゆる拷問、ハラスメントを受けてもわりと折れない鋼のメンタル。そこに戦闘兵器としてのレンジャー技能を備えたハイブリッドビジネスソルジャー、それがニンジャーだ。ニンジャーは商売、戦の両面において地上最強。ビジネスで培われたその狡知は一滴で三百万人を殺すヤドクガエルの毒がごとく最凶の武器。正面切って戦うのは自殺行為だ」

「そ、そう? なんか色々穴だらけでチョロそうな気がするんだけど……」


「ウファハハハ」

 カワサミが哄笑をあげる。罠にかかった獲物をどう料理してやるかというふうに。

「誰かと思えば隼ではないか。クライアントの危機にたまらずまろびでてきおったか。探す手間が省けたというものよ」

「俺一人のためこんな東の果てまで営業とはご苦労なことだ。さぞマイレージがたまったことだろう。エコノミークラスの固い椅子でケツがこったに違いない。柔軟体操が必要か?」

「気遣い痛み入る。ビジネスクラスだ。イーガの貧乏ニンジャーと違い、我らコーガはリッチなのだ。儲けているからな」

「へ、へぇー、そう。お、俺だってビジネスクラスできたもんねー(最後の乗り換えでだけだけど……)」


「なにつまんないことで張り合ってんだか」

「大人のマウント合戦ってイケてないですよねー」

 う、子供に呆れられてしまった……。情けない、ゲバラしよう。

「ウファハハハ。ところで隼よ、休みは取れたのか?」

「なに?」

「クファファファ。その様子だと有給を却下されて仕事に送り込まれたとみえる。どうだ、隼どの。そんな労働者の権利もまともに行使できないコンプライアンス意識の低い会社は辞めて、我々の側につくというのは。確実な年収アップと福利厚生の充実を約束しよう。人員は潤沢、有給だって普通にとれるぞ」

 ぐっ、割とというかかなり魅力的な提案だ。有給は欲しい。ゲームしたいし、積んでるプラモだって山ほどある。時は金より貴重。喉から手が出るほど、ほしい。

 ……いかんいかん。


「なるほど、そうやってモモチ叔父もほだしたというわけか。だが俺は誇りある正義のニンジャー、貴様らの軍門には下らない。有給がまともに取れるのは素晴らしい。しかし貴様は俺のクライアントに手を出した。この隼、依頼主には媚びるが悪党には決して媚びはせん! お前たちの無法な押し売り、許しておくものかッ! 年貢を徴収するぞ、覚悟しろ!」

「おろかな……。正義だけでビジネスはできないと学ばなかったか。ならば隼、有給も取れぬ憐れな貴様に死という休暇をくれてやろう。ゆけいっ、ゲニンジャーたちよ。きゃつらを血祭りにあげるのだ!」

「「「ニンジャーッ!!」」」

古来よりのニンジャー流お返事を一斉にあげ、ゲニンジャーたちが襲い掛かってきた。

 襲い掛かってきた。

 襲い掛かって……あれ?


「カカリチョー」

「なんだね、アフマドくん」

「お祈りの時間なので、チョットはずしてもよろしデショカー?」

「おお、それはすまない。私もセインクルシス教徒の身、お祈りの大切さはわかる。契約で認められた権利だ。存分にしてきたまえ」

「ありがとごザマース」

 ゲニンジャーの半数がそろそろと屋根から降りてお祈りを始める。個々の権利を尊重し、多様性と文化を認める社風。俺の祖国の企業とは正反対だ。

 そんなふうに感心していたが。


「「「ウワバ――――――ッッ!」」」


 祈っているゲニンジャーたちをロケット弾が直撃ストライク。爆炎に巻かれ、さながらボーリングピンのようにふっとんだ。ヒドイ! 誰だこんな外道なマネをするのは!

「な、なにをする翠玉のギャルっ子めっ、鬼か貴様は! 文化に対する寛容さはないのかー!」

「うっさい、しらんわ。バトルの最中に隙みせるとかナメてんの?」

 ちっ、と舌をならし肩に担いだ無反動砲をだるそうに投げ捨てる冷血非情のギャル子。

 いや、これに関してはツツジがまったく正しい。油断すると死ぬ。戦に情けは無用だ。


「むむぅ……、いきなり戦力が半分になってしまったが数ではこちらがまだまだ有利。ひと思いに蹂躙してくれるわ。改めて、ゆけいっ、ゲニンジャーたちよ!」

「「「ニンジャーッ!!」」」

 今度こそ襲い掛かってきた。


 スリーマンセルがニンジャー集団バトルの基本。

 後衛の二人がクナイ・ダートで牽制。相手の動きを止め、アタッカーが仕留める。

 そんな一糸乱れぬ教本通りの美しいコンビネーションがミミリを襲う。

 飛んできたクナイをさらりとかわし、読んでいたとばかりに二本目を刀で弾く。

 迎撃によってわずかに生じた隙。それこそがゲニンジャーたちの狙いだった。

 クナイは獲物の意識をそらす目くらまし。味方の援護で死角に潜り込んでいたアタッカーが、ニンジャー・カタナをミミリの脇腹めがけ突きたてる!

 彼女のピンチだがここで温故知新、先人の知識を紐解いてみよう。


 かの思想家ニットベイ・サンダーソンいわく、


【秋津人、その性、犬のように忠義深く、ゴリラのように温和で知性的。

 その勇気、獅子にケンカを売るラーテルよりも恐れ知らず。

 そのパワー、ゴリラ以上にゴリラ。マジゴリラ(ウホ、ウホウホ)】


 と『アキツ武士道イズム』にある。

 そんな秋津人の特徴を知らず挑みかかったゲニンジャーは、身をもってそのオーバーゴリラパワーの洗礼を受けるはめになった。

 不意をつくも、あっさり剣の先で払われる。ゲニンジャーの胴ががら空きに。

 普通なら反応できないはずなのに、なぜ――?

 彼は間違いなくそんな驚きを覚えたであろう。


「ハァ――ッ!」

 ミミリの反撃。気合い一声のもと放たれた超速の突きがノーガードの腹に突きささる。

 ずばん、と空気のはぜる音が響き渡り――


「ウバアアアアア――ッッ!」


 ゲニンジャーは末期の叫びをあげ、山の向こうがわまで吹っ飛んでいった。かわいそう。

 ついでに後衛に控えるゲニンジャー二人を、刀を振ったソニックブームで吹っ飛ばす。


「「ウバアアアア――ッッ!」」


 庭のお池にドボン。たちまち食欲旺盛なアキツニシキゴイのエサに。かわいそう。

 あまりの呆気なさに獅子姫はきょとんと小首をかしげ。

「あれ? 思ったより弱っちいですね、この人たち」

「な、ぬぁにぃ――――!?」

 目が飛びでそうな勢いで驚くカワサミ。

「デ、データと違うぞ! 秋津人がこんなデタラメなパワーをもっているなんて!」

 対戦相手のリサーチもせずバトルを挑む愚か者はいない。当然、カワサミらも秋津人のことを調べたうえでここに来ている。勝利の確信をもって。

 ところがデータと事実が食い違っている。これは一体、どういうことなのか。


「ほほほ。ニセデータを本物と信じてまんまとピクニックに来たようですわね」

「はっ、リリリ様! ニセデータとは……?」

「ことば通りの意味ですわ。世間に出回っているデータは嘘。秋津人は超つよい、それが真実。我ら秋津の民は神代のころより龍神であらせられる龍皇陛下をお護りする大狼(おおかみ)の一族。パンチで岩を土くれのように砕き、アーツで山を更地に変えるなど朝飯まえの日常茶飯事。ホモサピとは生物としての格が違うのです。それゆえ戦では本来の力の十%もだしてはおりません」


「つまり、あまりの強さゆえ本来の力を出せば連戦連勝。そんなことをすれば諸外国に警戒されるのは当然だし対策もされる。敵愾心をいたずらに煽るだけで得策ではない。だから本来の実力を隠し、人間に合わせてわざと手加減していた……と」

「おほほ。さすが隼さま、お察しが良い。そのとおりですわ。いわば敵を欺くための偽装宣伝。戦略的にわざと負けるなんていうこともざらにやっておりましてよ。そう、わざと負けるなんていうことも……」


 俺達のやりとりをニンジャー聴力で拾っていたようだ。カワサミが苦渋に眉をゆがめる。

「ぐうっ! ということは衛士どもが簡単にやられたのも我らを油断させるための罠だったということか……!」

「おほほ! またしてもその通りですわ、コーガのニンジャーよ。お前達がこそこそと裏山から隼さまを探っていたのもおやつティータイムの時からまるっとお見通し。実力を伏せていた私たちが本来の力をみせた。この意味、聡明なお前ならおわかりですね?」

 出会い頭、御大がカワサミに浴びせた言葉を思い出す。


 ――屍となって帰るがいい。


 メタレベルでリリリ様の真意を理解したカワサミの顔がみるみる青ざめていく。

「くっそおおおおっ! 化け物の胃袋にまんまと誘い込まれたというわけか! 貴様らのほうがよほど狡知に長けたケダモノではないか、秋津のサムライどもめ!!」

 そうしているあいだにもゲニンジャーたちは二人のサムライガールに蹂躙されていく。

 ツツジが銃と電撃でひるませ、そこをミミリが討ち取る。二人の見事な連携の前に超人であるはずのニンジャーが翻弄され手も足も出ない。もはや一方的なリンチショウと化していた。


「お、おのーれぇ、なんというイカレた強さか! 小娘でもやはり秋津人、常人ばなれしておる。こうなれば奥の手だ。ゲニンジャーたちよ、ニンジャー・エグゾスーツを装着するのだ。お遊びはこれまで。我らの真の力、みせてくれようぞ!」

「「「ニンジャー!」」」

 ゲニンジャーがベルトのバックルをフリック。瞬く間に全身を赤銅のメタルスーツが覆う。

 このニンジャー・エグゾスーツにより、ニンジャーの戦闘力は通常の十億倍(当社比)にはね上がる。こうなればニンジャーを止められるのは同じニンジャー・エグゾスーツを装備できるニンジャーしかいない。

 増大したプレッシャーを前に、ミミリとツツジは身を固くする。

「変身した!?」

「見かけだおし……、ってワケでもなさそうね」

「気をつけろ二人とも! あのニンジャー・エグゾスーツを装備したニンジャーは……」

「「ニンジャーは?」」

 二人して固唾を呑む。


「……かなりめちゃヤバイッッ!」


「説明ざっつ! 間を持たせてなんなのよ、ふわっとしすぎでしょ! もうちょっとこうあるでしょ、解説的なアレが!」

「時間がないから言葉を選んでる! それにスーツのことはニンジャー共通の企業秘密。ニンジャー以外の人間に伝えることは固く禁じられている。本当に、本当にすまない」

「妙なところで律儀な……。じゃあ、一緒に戦ってくんない? アンタもニンジャーなら持ってるんでしょ、そのなんとかスーツってやつ」

「しぅ……された……」

「は?」

「来たとき税関で没収されたの! 会社が持ち込めるよう根回ししてくれなかったから!」

「はあああぁーー!?」

 なんてやりとりをしていたらゲニンジャーがもう目の前に。先ほどとは比べものにならないスピードだ。さすが当社比十億倍。俺はツツジに放り投げられて植え込みにズボン。いても足手まといだから仕方ない。


「キエエエエエエ!」

 ゲニンジャーの一人が猿叫をあげながら跳び上がった。

 拳を握って直滑降に落下。打ち下ろされた拳によって地面がひび割れ隆起する。鋭い槍と化した大地がミミリ達に襲いかかる。『アースクラッシュ忍法:土遁グレイヴ』だ!

 噴き上がる土砂。バラバラに吹っ飛ぶ石灯籠。お池はこっぱ微塵。住処を追われてアキツニシキゴイは宙で滝登り。落下地点にいたゲニンジャーを何人か巻き込んでビタンビタン。

「ぎゃーっ! お庭がーー!」

 変わり果てていく庭を見てお顔真っ青で絶ぶ獅子姫。バトルが終わったあとリフォームを思い立ったに違いない。異変はそれだけでは終わらず。

「ぎゃーっ! 地面がー!」

 足下がもりもりと迫り上がりグレイヴがにょっきり。たちまち屋根を超える高さに。さっさと降りたいところだが、足を踏み出すたび次々と大地が隆起してくる。

 二人は波打つ地面から突き出てくるグレイヴの上をぴょんぴょこと八艘飛び。

 ところがゲニンジャーたちはものともしていない。蜘蛛じみた動きでするすると針山の斜面を駆け上がってくるではないか。


「げぇ! マジかっ!」目を剥くツツジ。

 驚く間も許さず、ゲニンジャーたちがプレゼン資料シュリケンを投擲。すかっと頬を紙一重でかすめていく。少しでも足運びを間違えばたちまちスライスだ!

 追い立てるよう次々と飛んでくるシュリケンに二人ともてんやわんや。ヤバイ!

「ウファハハ。足を踏み外せば大ケガのグレイヴの上で戦うなど普通は自殺行為。しかし日ごろ大都会の人混みをするするとかいくぐる術に長けたコーガニンジャーには目を瞑りながらでもできる芸当よ。覚悟せい小娘ども。貴様らの血でスーツをデコってくれる」

 さすがニンジャー・エグゾスーツは十億倍。カワサミが自信満々に啖呵を切るだけあってその性能はとてつもなくヤバイ。


「わーっ! ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ! ツツじー、ヤバイ!」

 グレイヴの谷間に潜んで飛びかかってきたゲニンジャーをミミリが突きでズバン。

「ウワバーッ!」

「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ! わっ、ヤバッ! 後ろっ、来てるミミリ!」

「マジですか! ヤバイ、バイ、バイ、バイ、バイヤーー!」

 カキン、コン、カン、キン。払って突きでズバン。

「ウワバーッ!」

 やばすぎて思考もマッハで語彙力がヤバイ! どさくさに紛れて二人倒したがそれでも状況は変わらずヤバイ!

「わっ、わっ、わっ!」

「げぇっ! マジでマジでマジでマジでー! おっつかないんだけど!」

 怒濤の速さで連携攻撃を仕掛けてくるゲニンジャーに二人は次第に押し込まれていく。スーツを着たニンジャーと対等に渡り合っているのはさすがだがやはり数の暴力には勝てない。

 ミミリがグレイヴを渡りきって着地した直後――

 とうとうその時はやってきた。


「かかりよったわ。今だ、ゲニンジャーたちよ!」

「「「ニンジャー!」」」

「しまった!」

 包囲陣形から交差軌道を描いて強襲するクロスフォーメーションアタック。冷酷非情な着地狩り。前後左右から息つく暇も与えぬ波状攻撃にさらされミミリの構えが揺らぐ。

 そんな乱戦のさなか、針穴程度の小さな射線が空くのを俺は見た。

 ゲニンジャーの神業的なスナイプが炸裂。刹那だが致命的。ニンジャー相手には心臓を掴まれたも当然の状況。忍術を弾として撃ち出すニンジャー・ブラスターガンが砲火をあげる。


 鍛えられたニンジャー動体視力で俺は弾丸の正体をすぐさま見抜いた。

「まずい! あれはくらえば大炎上の炎遁ブラスター弾!」

 が、そこはさすがの獅子姫。獣じみた直感で火線を回避。

 だがしかし、ブラスターが果樹に直撃。たちまち燃え広がりリンゴ畑が火の海に!

「わーっ! リンゴがーーーっ! めっちゃ丹精込めて育ててきたのにぃぃぃーー」

 叫びの最中、樹に込められた様々な想い出がよぎったに違いない。

「ウファハハハ。そんなに大事なら身を挺して防げばよかったろうにのぉー! ならばそぉれ、未練も遺さぬよう灰にしてやろう。畑の肥にもなって一石二鳥、費用はタダで勉強しますぞ」

「「「ニンジャー!」」」

 上司の意向を忖度してゲニンジャーたちがリンゴの木に追いファイアー。ますます大炎上。


 燃え朽ちていくリンゴを唖然と見つめ、ミミリはがくりと地に膝をつく。

「な、なんていうことを……。あの木にどんな願いが込められているのかも知らずに。あの戦いから立ち直って、頑張っていこうと、皆で植えて、育ててきた木なのに……」

「ファハハ。なるほど、記念碑か。再起の意志、未来への願い。ふっ、くだらぬ。そんな想いなどいずれ日常に忙殺されはかなく霧散するわ。人は愚かよ。忘れるからな」

 嘲笑うカワサミに続くようゲニンジャー達もケタケタとおかしそうに肩をゆらす。感傷よりもロジックで動くのがニンジャーの習わし。当然の反応といえる。



 それが、虎の尾を踏むこととも知らずに。



 ブチンと何かが切れるような音が聞こえた。


「忘れもしましょう。しかしそれこそ日常を取り戻せたことの証。あなた達はのしたことは日々を戦う人々の想いを踏みにじったも同然の行為。そんな人の道から外れた悪いことする人は、――ぶっとばして、お星にしてやりますッッ!」

 業務上過失にサービスの押し売り、それと器物損壊のトリプル役満。さすがのミミリも怒りが限界突破の無限カンスト。すさまじい闘気の放出に大気が震える。

「セーバの力、もう二度と使うことはないと思ってたけど……。行きますよ、ツツジ!」

「おうよ!」


 言って二人は空高く手を掲げた。

 一陣の風が吹き荒び、ともに眩い閃光がぶわりと広がる。つぎに水の渦が巻き起こり、彼女達の体を瞬く間に覆った。

「そちらが変身ヒーローならこっちは魔法戦士、もとい魔法少女です!」

 女性アイドルがステージで着るブレザー衣装を模したようなバトルスーツ姿に変身。

 この間、0.0369秒ッ!

 ミミリはマゼンタ、ツツジはエメラルド。それぞれのイメージを表したパーソナルカラー。肩袖と腰回りには飛行装置を兼ねた白色のエクステンドアーマーがマウントされている。金属であるはずなのに視覚的な質感は布生地のそれ。不思議な素材で編まれたスーツだ。

 オーラだとでもいうのか。立ち姿から光り輝く神々しさを感じる。

 あれこそセーバのみが纏うことを許された魔法の鎧、<アクエリアス>。その最大パワーはワンパンで星をも砕くという対フォールイン用に造られた恐るべき決戦兵器。比喩でもなんでもなく人なんてデコピン一発でお星にされてしまう。

 映像でみたことはあるが実物をみるのはこれが初めてだ。

 感動……だったが、それを上回る衝撃に俺は口を開いてしまっていた。

「き、君は<J-Mina>の片翼……ツツジ・C・ロードデンドロン!?」

「なに、いまさら気がついたの?」

 変身したことでギャルメイクが落ちたのだ。

 なんということだろう。同じ名前、既視感のある顔。なぜわからなかったのか……。

「ファンです。でもなんでギャルに……。正直まえのほうが好きだった」

「どんな格好しようがアタシの勝手でしょうがよ。ったく、いま言うことかしらね……。ま、でもありがと。あとでぶん殴るわ」

 おしおきを約束されてしまった。ありがとうございます。いやいや、俺にそんな趣味はないぞ。

「ありがとうございます」

「本音が口にでてるわよ……。くっ、推しをディスって巧みにサド行為を引き出すなんて。とんだくわせものの超上級者ね。やられた、まんまと口車に乗せられたってわけね」

「うん。そこまで妄想こじらせられる君のほうがやっぱ超上級者だとおもももももッ!」

 と言い終わらないうちに電撃が飛んできてビリビリビリ。予期せず口車に乗せることに成功して先刻のリベンジを果たす形になったが納得いかない。キレそう。

「ウファハハ、セーバがなにするものぞ。一気にたためいっ、ゲニンジャーたちよ!」

「「ニンジャー!」」

 八方向からゲニンジャーが襲い掛かる。濁流のごとく苛烈な連続攻撃をしかけるメイルシュトロームアタックだ。攻撃のあとには更地と瓦礫の山しか残らない凶悪な陣形攻撃。アクエリアスを装備した二人と言えどくらえば無事では済まない。ヤバイ!

 そんなヤバイ状況でツツジとミミリはすっと空を指さし何かぶつぶつ言っている。諦めて我が人生に一片の悔いなし的な遺言でもつぶやいているのだろうか。


 いや、違う。

 よく聞けば呪文だ。呪文を唱えている。これは魔法を使うためのスタンスアーツだ!


「雷光の星姫。其は光と矢弾の担い手。招雷と落ちて顕現せよ!」

「うつろいの風。其は森羅万象を運ぶ御手の影。此方に集い爆ぜて広がれ!」


 空に稲光を抱える雷雲が生まれ、ごうと旋風が巻き起こる。


「「凄雷旋波せいらいせんは――」」


 二つの呪文を掛け合わせた合成魔法が発動!

「「アストライア・テンペスト!!」」


 轟音とともに空から一筋の稲妻が落ちてきた。

 雷を纏った巨大な竜巻が生まれ、唸りを上げてゲニンジャーたちを襲う。雷撃に打ちのめされ、あるいは気流に呑まれ空へと舞い上げられていく。

 あっという間に戦力の七割が壊滅。

「うわっち!」

 服の中で何かが弾けて火を噴いていた。反射的にそれを投げ捨てる。携帯端末スマホだった。

 竜巻から迸った高圧電流にやられて電子機器がおじゃん。あたり一帯は大停電。俺の端末もめでたく天寿をまっとうした。買い替えたばかりなのにお金返して。

「ウワバー!」

「ウワバー!」

「ウワバー!」

 ゲニンジャー達が続々と空から落ちてきて地面にボトボトン。ひっくり返ったカエルみたいになって気を失った。

 電流にやられたのかエグゾスーツからは煙が出ている。あれではサウナ状態だろう。汗もいっぱいかけて老廃物もいっぱい出る。日ごろ溜まった疲れをリフレッシュできて彼らも幸せに違いない。古来よりのニンジャー格言、『死ぬなら畳の上ではなく茹だったエグゾスーツの中で健康的に』だ。


「これは全力のほんの一%です。今ならごめんなさいして帰れば許してあげますよ」

「ウファハハ。それしきで優位に立ったつもりで降伏勧告か。お優しいことだな姫よ。ところで会社から要求された仕事を達成できない者を何と言うかご存じか? ファファファ。無能と言うのだよ。私は無能ではない。仕事は完遂する!」

「なるほど、それがあなたの矜持ですか。でも少々働き過ぎのようですね。疲れて正常な判断ができなくなっている。星の海で疲れを癒やしてくるがよいでしょう」

 秋津サムライ流、ウィットに富んだぶっ殺す宣言。覚悟を決めた相手に対する最上の礼儀でもある。カワサミもミミリも人に休暇を薦めるあたり優しい。永眠間違いなしだが。

 夕陽が沈むなか風が凪ぐ。

 ミミリとカワサミはともに互いを見据えてピタリと動かない。ゲニンジャーたちも同じく。

 達人どうしの死合いでしばしば見受けられる夢想のなかでのつばぜり合い。イマジネーションをふくらませ機が訪れるのを待っているのだ。

 焼け焦げた木の枝からリンゴの実がぽてりと落ちた。

 静まりかえった庭園に木霊の波が立つ。

 それを合図に睨み合っていた両者の姿がこつぜんとかき消えた。


「ウワバーーーーーーーーーーーー!」


 かとおもいきやゲニンジャーが一人、二人、十人と空から降ってきたではないか。そのまま勢い良く地面に突き刺さって犬神家。自らを墓石としたヒューマン墓標の出来上がり。実にエコで無駄がない。

 そんな感心に気を取られていたが、遠くの山にクレーターができているのにはたと気づく。

 ニンジャー望遠力で拡大。なんと、失神したゲニンジャーたちがジェンガのよう折り重なり山積みになっているではないか……! 雑伎団もびっくりの超絶バランスだ。


 刹那のあいだに一体何が起こったというのか……!?

 まず一般人が見たらそのように思うはず。

 そんな諸兄がたにも分かりやすいよう、俺がニンジャー動体視力で捉えていた事の一部始終をお届けしよう。


 プレイバック開始だ。


 まず先手を打ち、不意をついたのはミミリだった。

「あっ! あんなところに宇宙クジラが!」

「「「えっ!? ウッソー!」」」

 こんな子供だましな手に……と思うだろうが宇宙(そら)の深海に棲息する宇宙クジラが肉眼で確認できるほど地球のそばまで降りてくることは実に稀なことで、その目撃映像には宇宙海洋生物学会から莫大な懸賞金がかかっている。

 映像を撮れば懸賞金ゲットでウハウハ、ミンスタにアップすれば百万いいね♡は手堅い。予期せず到来したビッグボーナスチャンスとあってはさすがの訓練されたニンジャーも色めき立たずにはいられないというもの。大卒出のインテリ社畜ニンジャーは小金に弱いのだ。

 みんなこぞって端末を空に向けて撮影会。戦いのなかでこれは致命的。実によくない!

 どこかデジャヴを感じていたが。


「「「ウワバ――ッ!」」」


 ゲニンジャーたちをレールガンが直撃ストライク。着弾のエネルギーによって生じた火柱とともに、むきエビみたいなポーズで打ち上げられ空の彼方に消えていった。

「だーかーらー! バ・ト・ル・の・最・ちゅ・うッ!」

 呆れのまじったキレ顔でずだんとレールキャノンを地べたに叩きつけるツツジ。学習能力のない輩に当然の反応だ。

 初手であっという間に十人あまりを撃破。欲に目が眩んで我を忘れるという人間の習性をたくみについた見事な知略。さすがは獅子姫、武家の嫡女だけあって戦が上手い。

 戦果を喜びたいところだがツツジの言う通りまだバトルの最中。

「シニシャラッセー、ボッケガァーッッ!」

 古めかしい鉄砲玉シャウトをあげ、ゲニンジャーがミミリに突撃してきた。

 ニンジャーカタナを腰だめに構えたヤクザチャージ。

 一見楽にさばけそうだが油断してはならない。これはフェイクだ。

 その背後にはステルス忍法で気配を殺した何人ものゲニンジャーが潜んでいる。先頭の一人を迎え撃った直後、背から凶器を携えた腕が千手観音めいて弧を描きゆらりと襲ってくるのだ。あまりの神秘的な光景に心奪われ、相手はそこに悟りと極楽浄土ビジョンを見出すことだろう。

 そうなったが最後、背後のゲニンジャーたちが一斉に取り囲んでなます切り。標的は生きながらミンチにされハンバーグの種と化す。

 これぞ幾人もの猛者を屠ってきたコーガニンジャーの隠し手、

『幻惑忍法:エグザイルチューチュー千手観音ミキサー』!


 ところが納刀。正面から構える獅子姫。

 なにを考えているのか。抵抗もせずただ刺されようというのか!

 だがそう考えるのは早計というもの。

 直後、地を蹴って吶喊。空気が弾け、どんっと衝撃波が走る。

 自身を弾丸とした超音速の体当たり。

 それによって生じた大気の渦がゲニンジャーを飲み込んだ。たまらずたたらを踏んでしまい動きが止まる。立っていることさえままならない強烈な猛風!

「ハワワバー!? スッゴイカミカゼ! ……ハッ!」

「はあああああああッッ!」

 気合い一声。完全に無防備となったゲニンジャーの胸に背を重ね当てた。

暴渦撃進ぼうかげきしん――」追い風によって爆発的加速を得た鉄山靠。


 その名は、


「ラファーガノート!!」


「「「ウワバーーーーッッ!」」」

 背後にいたゲニンジャーたちごと重ねたパンケーキめいてみんな吹っ飛んでいった。遠くの山に落ちてずんだか積まれてジェンガタワー。再起不能!

直後、空からゲニンジャーたちが火の玉になって降ってきた。レールガンでやられた連中だ。あとは説明するまでもない。大地にそびえ立つY字型のモニュメントになって一丁上がり。


 プレイバック終了。時は現在にもどる。


 この間、わずか二・九八秒。人類が爆速でエビフライを作り上げた記録よりもちょっと早い。ゲニンジャー三秒クッキングであった。

 誰がどうみても壊滅判定。五十人あまりいたゲニンジャーたちも今や数えるばかり。

「ファ……ア……ア、ウァ……」

 圧倒的な力の差を見せつけられたせいか、カワサミは愕然と目を見開き固まっている。

「ファハ…………ハ、ハ……、ウファーハハハハハハハッ!」

 かに見えたが余裕の高笑い! やはり仕事のしすぎで頭がおかしくなっているのか!

 いや――。

「なかなかやるな、セーバのこわっぱサムライどもよ。ならばこれはどうかな?」

 不敵に笑い、すらりとニンジャーバックルから取り出したるは一振りのステッキ。先端には手のひらを象った大きめのパネル板が取り付けられている。裏面には十字架に磔された半裸男のレリーフが。

 あの得物からどのような攻撃を繰り出そうというのか。

「ファハハハ……」

 妖しく微笑みステッキをゆらゆらと振り動かすカワサミ。その運びはどこかぎこちない。心なしかステッキのほうが意志をもって動いているかのよう。まるでこっくりさんだ。

 やがてステッキはゲニンジャーの一人をびしりと指して止まった。

「ほほう。なるほど……。デモンストレーションにはちょうど良いか」

「ヒッ、ヒェッ……!」

 ご指名されたゲニンジャーはひどく怯えた様子で狼狽している。それほど恐ろしいことをあのステッキでしようというのか!?

「ア……ア……アビエェェ――ッ!」

 突如として発狂じみて絶叫。その後しばらく目をグルグルさせていた彼だったが、落ち着きを取り戻すとカワサミに向かって自らおしりを突きだした。そう、突きだしたのだ!

 いい歳した大の男が上司に向かっておしりを突きだしている。この異様で異聞な光景を前に俺はおろかこの場にいる全員が呆気にとらわれ凍っている。一体我々はこれから何を見せられようというのか……。

 そんな不安とどん引きムードのなか、ゲニンジャーの彼はおしりを突きだしたポーズでとうとうと語り始めた。

「カカリチョー……。実は、お話しなくてはならない重大な事実が、アリマース」

「なんだね……。アフマドくん」

 ごくりとつばを飲み下すカワサミ。

「先日、財務のベナジマが十億横領して自主した事件、アリましたよネ」

「うむ、会社に対する背任行為。あってはならないショッキングな事件だった」

「アレには、実は黒幕がいたのデース」

「なん……だと」

「その黒幕とは営業課のとある男。彼は以前からベナジマの実にけしからんプライベートの秘密を握ってマシタ。表に出せば会社はまずクビ、社会的にも死亡確実な趣味デース。さらにベナジマが取引業者とチョメチョメしてピンハネしていることも。そこでとある男は限定フィギュア箱買い欲しさに、これはチャンスと悪魔的なアイディアを思いついたのデス。そのネタを舎弟のヤクザに流してゆすらせ、闇のアブナイ仕事をさせて絞りに絞りとってやろうと……!」

「ほほう。してそのスキームは?」

「ハイ。男はヤクザを通して仕事をベナジマに下請けさせる。ベナジマが任務達成すれば手柄と報酬はまるっと男のもの。ヤツはネタを出せば終わり、仕事を失敗しても終わり。ボロゾウキンなるまで使いこんで最後はビルから飛び降りてオワルよう選ばせる。ヤクザは裏切ったら粉砕器にかけて魚の餌にすればイイ。スキのない完璧なスキームでした」

「確かに完璧なスキームだ。我が社のニンジャーチームに迎えたいほど悪知恵が働く男よ」

「そうスベテは完璧だたデス。シノギを隼に狙われチビったヤクザがワタシの依頼とウソついてベナジマを差し向けるマデは……。そこでスキームは破綻。ベナジマは隼に敗れたことで改心し、今までの悪事を全部当局にゲロっちまったのデース! あ、ヤクザは海に撒きました」

「ということはベナジマの腕があれば実現したというあのプロジェクトが頓挫したのは……」

「そう、とある男とはこのワタシ……。実質ワタシが戦犯といっても過言ナシなのデース! カカリチョー、ワタシ会社の利益に反したトテモ悪い子デース。ぜひともおしりを、そのステッキでおしりをパンパンしてクダセイませーーッッ!」

「ヌフォオオオッ! 貴様のせいだったのかー! なんというとっても悪い子ちゃんだ。だが自ら罪を告白したことはとってもベネッ! その素直さに免じ我らが主神セインクルシスゴッドもお許しくださることだろう。では懺悔が終わったところで望み通りおしりパンパンしてくれよう! いくぞーッ! ピュリフィケーションターイムッ!」

「ニ、ニンジャーッッ!」

 お返事をあげるアフマドくん。どこか涙目だ!


「そぉーれッ、おしり☆パンパーー――ンッッ!!」


 かけ声とともに上半身の筋肉が肥大化。鬼の形相となったカワサミがステッキを振り下ろす。

 勢い良くしなった手のひらパネルがアフマドくんのおしりをジャストミート。

 おしりがドパーーーーンッ! 

 巨大な水風船が弾けるに似た爆音とともに、彼の姿が一瞬のうちにかき消えた。

 飛んだ軌跡さえ見えない。凄まじい速さだったのだろう。

 直後、赤く生ぬるい雨がぽつぽつと顔を打った。きっとトマトジュースかなにかに違いない。アフマドくんは新天地に向かって旅立ったのだ。彼の武運長久、ご活躍をお祈りしよう。

「これぞ秘技、『懺悔忍法:おしりパンパン棒の術』。人は生きている限り罪を犯すもの。やましい罪悪感をいだく者は自らおしりを突き出しパンパン棒による懺悔を望むのだ。バイブルいわく、『右のケツを叩いたら左のケツも叩いてブチこめ』。罪には罰を、罰には償いを。償いによって罪は浄化されるであろう。レッツ、ピュリフィケーションッ!」


 罪悪感を利用して相手を催眠にかける術ということか。なんと恐ろしい技だ。

 あれなら相手がどんなに強かろうと関係無い。人は誰もが利己的。自分の利益のため大なり小なり過ちを犯したことのない人間などいない。いともたやすく術にかけ籠絡できる。

 それが最適解と考えるなら、今ここにいる最大戦力……獅子堂ミミリにこの術をかけない手はない……!

 悪い予感は当たる。俺の読み通り、カワサミはミミリに対し揺さぶりをかけてきた。

「ヌファー。姫さまも人の子。一見素直な良い子ちゃんに見えてやらかした悪いことの一つや二つ、十個くらいはおありでしょう」

「なにをいうんです。悪い人に懺悔することなんてありません!」

「そうよ! ミミリは悪いことなんてしたことしないんだから。自分より人のことを大事に考える優しい良い子なのよ!」

「つつじー!」

「それで料理してキッチンふっとばすとか道案内して自分が迷うとか、空回りしてトラブルを起こすけど基本的に悪いことができるほど深くものなんて考えてないの。ただのアホで脳天気なあっぺれぺーなんだから! そんな過大評価しないでよね!」

「つつじー……」


 フォローのふりしてディスるのはやめて差し上げてください。

 身内からの思わぬフレンドリーファイアーにメンタルを削られたミミリに、カワサミはねっとりと問いかける。

「ほほおう。なぁるほどぉ~。懺悔することなど、何一つないとぉ~?」

「当然です。カケラもありません」

 きっぱりと言い放つ。

 そこでカワサミは畏まって言った。ぺこりとお辞儀。

「ミミリさま。以前は我が社グループの商品CMにご出演いただき、ありがとうございました」

「え?」

「覚えておいででないですかな。朝から順調、絶好調の大成功、おダイズゼリー」

 フェイスマスクから覗くカワサミの目がニヤリと歪む。

「はっ……!」


 俺もはっとなって思い出した。

 当時おダイズゼリーのCMに出演していた流行りのアイドル、ミミちゃん。彼女がミミリであったことに!

「ウファハハハ。姫さまのCMのおかげで大ヒット。あれでかなり儲けさせていただきましたよ。おダイズゼリーは体を健康にする反面いちど食べたら最後、それなしには生活できなくなる激しい中毒性がありましてな。全世界の人々をおダイズゼリー中毒……もといヘヴィーユーザー化できるあと一歩手前というところで惜しくもそこの隼に邪魔をされましたが」

「そ、そんな……。私はしらずのうち悪事に荷担していたと……!?」

 自ら発した言葉が裏返る。穢れていないはずの自分がすでに穢れていた。信念と行いの矛盾を突きつけられ心に葛藤が生じる。純白のシーツが罪の汚泥にまみれていく。

 巧みすぎるブーメラン自爆トラップ。カワサミが意図する方に話が転ぶよう彼女は猿回しされていたのだ。さすがは営業マン、筆舌に尽くしがたいニンジャープレゼン術!


「聞くなミミリ! 罠だ! そいつの話に耳を貸すんじゃあないっ!」

 訴えるも時すでに遅し。

「ミミは……、ミミは悪い子ですっ! ぜひ、ぜひともそのおしりパンパン棒でおしりパンパンしてください、浄化してくださいいぃぃ――――!!」

 おめめぐるぐるガンギマリ。懺悔、完了です……。

「ああああああ、なんてことだあああ! ミミリが敵の術にかかってしまったあああッ!」

「やれやれ。ミミリさんは生まれつき呪術耐性が低く、素直な性格も災いしてかぽんぽん呪いや精神汚染にかかってしまうのが玉に瑕でして」

「レジストがペラいのは脳筋ファイターの宿命よねー」

「ちょっと、二人とも冷静に言ってる場合なんですかね……」

 というかいつの間にいたのリリリ様。


「むううっ、そう請われては仕方がない。私に子供のおしりをパンパンする趣味はないが、道を誤ってしまった青少年を更正させるのが大人のつとめ。迷える子羊を救わず放っておくことなど敬虔なセインクルシス教徒の身として慚愧に堪えぬ。そうっ、私におしりをパンパンする趣味などまったくないがこれも更生のため。心を鬼にしてパンパンしてしんぜようッ!」

「はううううっ、はやくっ、はやくおしりパンパンしてくだしゃいぃぃ~~」

「ムフファー。そう慌てるな、姫よ。私に味方しそこな隼を討ち取ったならば望みをかなえてさしあげよう」

「ま、任せてくださいっ(@▽@)ノ ミミがやったりますよ!」

 ガンギマリした目でこちらに刀を突きつけるレジストペラい系脳筋お姫さま。

 最強の味方が最凶の敵に。これはやっかいなことになってしまったぞ……。


「というわけで死ねいっ、隼レンキ! あの世でバケーションを楽しむがいい!」

「楽しませたりますよ!」やーっ、と拳を振り上げる獅子姫。

 力の差は歴然。これはシャレでもなんでもなくあの世で休暇を取らされてしまう。

「や、やるしかないのか……」

「ふむ。この婆も静観しているというわけにもいかぬようですわね」

 やれやれといった様子でたすきをかけて腕まくりするリリリ様。頼もしいがアクエリアスを装備したセーバと渡り合えるというのか。

「まさかあの状態のミミリを抑えられると?」

「ほほほ。アクエリアスで増すのは力だけ、オペレーターの技量までは変わりませぬ。つけいる隙もありましょう。まあかすり傷くらいは覚悟しておきますわ」

 マジかよ。すげえなレジェンダリー・サムライ。目からビーム出すだけはある。

 それでも決死行に変わりはない。が、覚悟はできた。勝てる見込みはある。イクゾー!

 イクゾー!

 イクゾー……あれ?

 来ない。

 それもそのはず。


 構える俺達そっちのけでミミリはゲニンジャーたちにりんごタルトを振る舞っていた。

「みなさん、お近づきの印にどうぞ。よろしければお召しあがりください。お茶もありますよ」

「オウ、トテモオイシソデスネー。イタダキマース」

「ニンジャー」

「ニンジャー」

 パクパクもぐもぐ。

「おかわりもありますよ。どうぞどうぞ」

「ワオ! アリガトゴザマース」

「ニンジャー」

「ニンジャー」

 パクパクもぐもぐ。

「まだまだありますからねー。どうぞどうぞ」

「オウ……。ド、ドモデース」

「ニンジャー……」

「ニンジャー……」

パクパク……もぐもぐ……。

 何個でもいけると評した彼女のりんごタルトだが胃袋にだって限界はある。

 ゲニンジャーたちの表情が喜びから苦悶に変わるのにそう時間はかからなかった。

「どうぞどうぞ」

「イヤァー、チョットー……」

「そんな遠慮なさらず。どうぞどうぞ」

「イヤァー、チョットー……」

「どうぞどうぞ」

「イヤアァーーーーッッ!」

 たまらず泣いて逃げ出すゲニンジャーたち。しかし満腹で思うように走れない。あっさり回り込まれてしまった。

「どうぞ」

「……ハイ、イタダキマス……」

 気迫に押されて土下座ステート。地獄のお茶会が再開された。

 空気を読まず平らげたそばからわんこそばじみたペースでお皿にタルトをじゃんじゃか載せていく。お口いっぱいでもお構いなし。ついには直接口に放り込む強硬手段に。はた目から見て殺人的な供給速度だ。

「ほらほら皆さん手が止まってますよー。ペースアゲげていきましょうねー。ベリーシロップをかけるとまた違ったテイストになっておいしいですよー」

 噛んでるお口のなかにシロップぶちゅー。ゲニンジャーの顔面がシロップまみれに。

「オゴ……モガ、ゴモモッ……(もうムリ。た、たすけて……)」

「あっ、そうですよね。すいません、気がつかなくって」

「モッ、モゴゴモモッ……!(わ、わかってくれたか!)」

「ずっと同じ味じゃ飽きちゃいますもんね。アレンジしてさしあげますねっ☆」

「モガーーッッ!(そうじゃなーーい!)」

 りんごタルトでみちみちにつまった口の中に追いりんごソース。さらにホイップクリームと各種デザートで盛りつけデコレーション。お口をグラスに見立てたゴージャスマウンテンりんごタルトパフェが完成した。

「アバッ……ワバ……ッッ! ゴワバッ……。ワバーーッッ!」

「ワバーッッ!」

「ワバーッッ!」

 あまりの甘ったるさに血糖値が急上昇。腎機能に一生残る深刻なダメージを負い、ゲニンジャーたちは白目を剥いて失神した。

 誰彼構わずりんごタルトをじゃんじゃん振る舞うミミリ。あちこち阿鼻叫喚の地獄絵図。もう見境なしだ。獅子姫は混乱している!

「ノファアアーッ! なんなのだこれは!? くっ、こんなはずでは……。ええーい、解印ッ!」

 慌てたカワサミが両手でシンボルを結ぶ。するとたちまち術が解けた。

「はっ……! 私はいったいなにを」

「正気にもどったか、ミミリ!」

「こ、これは……」

 あたりを見渡して絶句するミミリ。口に特盛りパフェを詰めこまれ泡を吹いて横たわるゲニンジャーたち。目にするのもはばかられる猟奇的な光景にぐぐと拳を握りしめる。

「ひどい、りんごタルトをこんなことに……。一体誰がこんなマネを!」

 おまえじゃい。

 みんな視線でそう言っていた。

 催眠で意識を奪われていたのだから覚えていないのも無理はない。真実は思い出のアルバムにそっとしまっておこう。

「ウファーーッキンシット! おのれい獅子姫ッ! 虫も殺さんような顔してとんだスイーツバーサーカーよ! ならばッッ――」

 ビシィとパンパン棒を突きつける。

「獅子堂リリリ! お国のためお家のため、獅子堂家元当主という立場からいくつもの謀略に手を染めてきたはずであろう! 今ここにその罪をさらけ出し懺悔するがいい!」

 実際カワサミの言う通り獅子堂家は秋津ノ国の外交戦略を一手に引き受けてきた家。裏で表沙汰にはできないダーティーなことをしてきたのもまた事実。

 そこを突けば確実に罪悪の虜。術にかからない道理はない。

「ダメだ! 聞いてはいけない、リリリ様ッ!」

「ウファーハハハ! 無駄だ隼、彼女はもはや我が術中よ!」

「あっ、あああああっ……!」

 頭を抱えて苦しみだすリリリ様。古強者である彼女がこうもあっさり落ちるとは。

「くそっ、やはりダメか……!」

「ふっ……ふふふふ」

 不敵に笑う彼女から黒く妖しいオーラが立ち昇る。どうみても洗脳、完了です……。

「わたくしは罪深い女……。おしりをパンパン……是非、是非とも……カワサミ様……」

「ウファファ。よーしよし。では奴らを倒したならばおしりパンパンしてしんぜよう。ゆけいっ、獅子堂リリリ。孫と血みどろの家族団らんを楽しんでくるがいい!」

 号を飛ばすが。

「……ん? どうしたのだ」

 無言のままリリリ様は動かない。

 不思議に思いカワサミが首をかしげた次の瞬間――

「そぉいッ!」

 リリリ様が奴の顔面にお皿たっぷりの生クリームパイをスマッシング!

 つかの間唖然としていたカワサミだったが、ぶっ、と鼻からクリームを噴き出して。

「な、なんなのだ……。完全に、術が入ったはずなのに……」

「ええ、入っていましたとも。三秒間たっぷりと」

「な、なんだと……」

「おほほ。わたくしの呪術耐性の高さをリサーチするべきでしたわね。下調べを面倒くさがって予断で行動するなと先輩がたに指導されませんでしたか、カワサミ氏」

 ビジネスで根拠もなく行動するのは非常にキケン。

 中世のエルダーニンジャー、ハゾウ・バートリーもこう教訓を遺している。

【マーケティングしないやつは自殺志願者】と。


「パンパン棒は罪の大きさに応じて効果が増す術……。くっ、貴女には罪の意識というものがないのかっ!?」

「たとえ悪と映ろうともすべては陛下と民を守る大義のため。秋津のサムライとして何を恥じることがありましょう」

「ヌフォオオ! こ、このっ龍皇の犬めッ! ぐるもんのサイコパスめがーッ!」

「痴れ者め、誰が犬でサイコパスかッ!」

「フォギャーーッッ!」

 目からビームで足元が大爆発。

 秋津人を犬呼ばわりしてはいけない、すごく怒られる。国際常識だ。

「ぬ、ぬぬぬう……。なら、ならば――」

 とツツジにパンパン棒を向けようとして、

「……いや、やめておこう。絶対ろくなことにならんだろうし……」

「ちょっと、どういう意味よ」

「そうですね。やめておいたほうがいいですよ。操られると無差別に攻撃してきますから」

「榴弾、レールガンときたら次はNC弾頭ミサイルでも降ってきそうだしビィイイイッ!」

 喋っているところに電撃がとんで来てバリバリっと理不尽。キレそう。

「ったく、失礼なオッサンね。矢と弾に類するものならなんでも召喚できるけど、さすがのアタシもNC弾頭なんてアブナイもん使わないわよ。環境にも悪いし。やってもエコに優しい衛生メテオ質量弾どまりだから」

 そっちも色々やばいので勘弁してください。舞った粉塵で地球寒冷化待ったなし。ひどいエコロジー詐欺です。

「ジェイヤー!」

 突然カワサミが気合いシャウトをあげ、お膝でパンパン棒をバッキリ破壊。なぜ!?

「もう小細工はやめだ。体一つでお相手しよう。ゆくぞっ、エグゾスーツフォームチェンジ。ムソーパワーフォーム!」

 取り出したニンジャー・メーシカードをバックルにスロットイン。マシンボイスが響く。

『ニンジャーエグゾスーツ、フォームチェーンジ。ムッソーパゥワァー!』

 するとたちまち赤黒い光を放つ粒子からエクステンド装甲が形成されスーツにジョイントされていく。

 ゴールド兜マスクの頭頂から垂れ下がる二股の羽根飾り。ブラック唐獅子模様の装甲色。その姿はまるで三国オトギ演武に出てくる西亜エンシェント武者そのものではないか!

「これぞかつて古の時代、大陸で史上最強と呼ばれた武将、ロフ・ホゼンのスタンスを再現したムソーパワー・フォーム。三国無双のリバイバル、とくと照覧せよ!」

「しゃらくさい!」

 言い終わるのを待たずツツジが拳銃を撃つ。不意を突いたウンヨー・クイックドロウ!

 当たった……かに見えた弾は空を切る。カワサミは一体どこへ……!?

 気が付いた時にはすでに遅い。黒い残影の尾を引き奴はツツジの懐に飛び込んでいた。

 あれこそ文字通り瞬間移動を可能にするニンジャー縮地!

「ジェイヤー!」

 バチーン! 双手からの掌打がツツジの腹を抉る。

 華奢な体が小石のよう宙にかっ飛んだ。木々をなぎ倒し土煙をあげながら一回、二回と地面をバウンドしてからの三回転トリプルアクセル。そこからずざざーと転がりフィニッシュ。止まった。

 ツツジは突っ伏したままピクリとも動かない。過酷なグラウンドスケーティングでスタミナを根こそぎ奪われたのだ。

「技術点一〇.五。まずまずか。よい速さだ。私より遅くなければな」

「ツツジ!」

「ウファハハ。安心せよ獅子姫。殺すのは私のお仕事ではない。だが手を抜けばお前もスケートをするハメになろう」

 セーバと互角……いや圧倒する強さ。ムソーパワーフォーム、超ヤバすぎる。それを制御するカワサミの技量も……。もしやAAAクラスの上、幻のSクラスニンジャーに届くのではなかろうか。

 ふっ、と奴の姿がかき消えた。縮地による奇襲がまた来る。

 現れた! 俺でも反応するのがやっとの速さ。ヤバイ、このままではミミリも――!

「ジェイヤー!」

 ジェイヤー! ……されなかった!

 ミミリは風に吹かれた笹の葉のようくるりと横に舞って回避。技後のフォロースルーを狙いカウンターの突きを繰り出す。奴の動きに合わせて、胸、頭、胴を狙い電光石火の三段突き!

 カワサミもやはり達人、瞬時にミミリの対応を見切る。回避、回避、手甲で弾く。

 状況はイーブンと見るや互いにバックステップ。

「戦で二度も同じ手が通じるなどとは思わないことです。秋津のサムライにはなおさら」

「で、あろうな。それなら工夫をこらすとしよう」

 余裕たっぷりに言って、インベントリーから転送したゲキ・ハルバードを構える。

そのほかにもサイ、ヌンチャク、オール、角材、マッチ、ガソリン。

 いくら手を隠し持っているというのか、あの男は。

 バトルにおいて手段は多いに越したことはないが……。


 かの大陸の偉大な兵法家ソン氏もこうおっしゃっている。

【おんめぇ手の内みせすぎっと泥仕合どろじぇになっちまうぞー】


 達人どうしのバトルは一瞬の判断ミス、一手の読み違えが致命傷となる。

 であれば狙うは初手必殺。意表を突いた奇襲の一撃でケリをつけたいところ。長期戦、再戦となれば手段を対策され互いに死のリスクを高めるだけ。命のやりとりにおいてリーズナブルではない。

「――などと、思っているであろう」

 言うなり、カワサミは縮地を繰り出す。

 急接近してからの薙ぎ払い。初めて見る武器のせいかリーチを見極められず、ミミリはとっさに刀身でガード。ゲキの重さとカワサミのパワーに耐えきれず、ずしりと体が傾ぐ。

「ジェイヤーーーーッ!」

 動きがとまったところにツキ、ツキ、ツキの猛連撃!

 小刻みな横移動とバックステップを織り交ぜてかわす獅子姫。ゲキの間合いから逃れたいところだがカワサミの前進しながらの突きがそれを許さない。大きく横へ逃れようとすればたちまち薙ぎ払いの餌食。相手を捕らえて逃がさない奴の槍捌きはまるで牢獄だ!

 強い技は『スピードがある』、『リーチが長い』、『威力がある』。このうち二つも備えていれば十分強い技にあたる……が、カワサミのゲキコンビネーションはその全てを兼ね備えている。

 それに。

「槍三倍段。刀で槍を使う相手を制するには三倍以上の技量が必要といいます。それがスタンス術式として成立している……! あの男、少々スタンスアーツの心得があるようですわね」

「スタンス術式? それは一体どういうことなんですか、リリリ様」

「構えから技を放つだけがスタンスアーツではありません。状況、形式、環境など、特定の諸条件を満たすことで発動するアーツもあるのです。刀のミミリさんをカワサミ氏が槍で相手にしたことで槍三倍段の形式が整い、スタンス術式が発動。それにより彼は相対的に三倍の力を得た。急激にパワーアップしたと見えるのはそのせいです」

「なんだって……!」

 ということは今、ミミリは圧倒的に不利な状況ってことじゃないか!


「ファアハハハ! 相手をはるかに上回るパワーがあれば搦め手など必要ない! いまの私はロードローラー。獅子姫は子犬ちゃん。それほどのパワー差。ギャリギャリとすり潰してセンベイにしてくれるわ。そぉれ、それそれー!」

 カワサミが繰り出すツキはさしずめ巨象の地団駄。超重量から繰り出されるスタンプの連打に等しい。風圧の衝撃だけでも相当キツイはず。証拠に一撃のクリーンヒットも受けていないはずなのにミミリの表情には疲労が浮かんできている。

「ジェイヤーーッ!」

 彼女の動きが固まったと見て大きく横に薙ぎ払い。腰をネジめいて捻り、勢いを乗せたヘヴィーストライク。ガードしたとて大ダメージは必至。まずい!

 途端、「今です!」とばかりミミリの目が鋭く光った。

 身を屈めてするりと攻撃をかいくぐりカワサミの懐へ。必殺の好機。数秒後には奴は間違いなく刀の錆!

 ところが。

 ニンジャー視力でそれを認めた瞬間、ぬか喜びだったと気がつく。

 ミミリも同じくぬか喜びだったと気がつき驚愕に眼を見開く。

 なぜなら、桃色に淡く光る粒子が周囲に漂っていたからだ。

「ファハハー! かかりよったわ! イグニッション!」


 粒子が激しく煌めき、大爆発!


 連鎖的に爆発、爆発、爆ぁく発! ああ、なんてことだ!


 縮地で爆破の外に逃れたカワサミが告げる。

「これぞ『欺瞞トラップ忍法:パーティクル・ハッパーの術』! ゲキに仕込んでいたマイクロ粒子爆弾を攻撃に織り交ぜ仕掛けておいたのよ。力押しで行くという私の言にまんまと乗せられたようだな獅子姫よ。じつに浅慮、怠慢、未熟ゥッ! ウファーハハハッ!」

 ロジックと心理のスキをついて戦うのがニンジャーのバトルドクトリン。俺達ニンジャーにとって言葉は敵を欺くためのツール。鵜呑みにすべきではなかったのだ。

 巻き起こった爆煙が晴れ、予感していた結果は確信となった。


「ああっ! そっ、そんな……!」

 ミミリの姿が影も形もない。木っ端微塵に消し飛んでしまったというのか……。

「バ、バカな……」


 否。


「バカな、完全な初見殺しだったはず! どうして、どうやって!?」

 驚き、絶望するはめになったのはカワサミのほうだった。


 上だ。


 遙か上空に点と映り、落下してくる人影がいる。ミミリだ! 

 爆発に紛れて超ジャンプしていたのだ。

 ふむ、とリリリ様が感嘆をもらす。

「風には風を。逆方向の爆風を生み出し爆破の威力を相殺したとみえる。空気にまつわる術はミミリさんの得意とするところ。造作もないと言いたいところですがそのとっさの機転、あっぱれですわ!」


 風がふいた。


 最初は穏やかであったが次第に風の勢いは増していく。やがて早送りされた観測映像のよう、あまたの雲が凄まじい勢いでつむじを描きミミリの直上に集まってきた。

 なんと超常的な光景であろう。一人の人間の手によって空気が……大気が動いている!


「金輪を巡る風、風生みし母なる風、其は暁暗(ぎようあん)の女神。この手に剣と成れ!」


 降下しながら呪文を詠唱。脇構えのスタンス。その手に剣は握られていない。

 かわりに渦巻く空気が掌へと一手に集中。強烈なエネルギーが膨れあがっていく。風が剣の形を成していく。

 気圧される。全身が総毛立つ。本能が警鐘をならすが体が動かない。

 なぜか?

 人は未知の危険を前にするとまず一瞬だけ観察してから対処しようとする。深くは考えない。長考すると死ぬので即断だ。反射的に行動するといってもいい。

 だがその習性が仇となる。

 瞬時にいくつものパターンを想定してどうしようもないと悟ったとき人はどうするのか?


 居竦む。


 思考停止し、フリーズしてしまうのだ。

 実際俺もカワサミもそうなっていた。

 それともこれは今から放たれんとするスタンスアーツがもたらす呪力のせいか。



三千巡嵐さんぜんじゆんらん――」



 来る――。きっと人の身では抗い切れない必殺の一撃が。



「ヘイオス・ソーードッ!」



 思考停止の先、幾千、幾万回と体に染みこませた反射のみで動く無の境地に達したカワサミは知らずと縮地を繰り出していた。音をも超えるこの瞬間移動なら――


 瞬着だった。


 放たれた風の剣が一直線の巨大な竜巻と化す。

 大地を舐め、削り取り、逃走しようとするカワサミをあっという間に呑み込んだ。

 竜巻は奴を連れ去りながら天かける龍のごとく、いや、龍そのものとなって空を駆け登る。雲をやぶり、円と吹き散らす。

 あれだけあった空を閉ざすほどの分厚い大雲が、油の上に石けん水をぽつんと落としたよう瞬く間にぱっと広がり消え飛んだ。


 ことの行方を見守りながらリリリ様が言う。

「諸行無常はこの世の定め。風はその役目を担い森羅万象を運び縁と結ぶ。すなわち運命を司る御手。そのスタンスを体現した技こそあのヘイオス・ソード。この世の者である限り移ろいの宿命からは逃れられずただ運ばれるしかない。敗北という終点に。ゆえに絶対不可避の決着剣……ッ!」

 言葉の通り、抵抗虚しくカワサミは竜巻の中を転げ回るだけ。無力、ただ無力。地上で無双を誇ろうとも世界の理の前にはひどく、ひどく矮小。


 人間の、存在の非力さを証明するよう、


 風の龍は高く高く天を登り、やがて緩やかに、静かに、星の外へと去って行った。


 それはまさに呑み込んだもの全てをさらい、無慈悲に運び去る風の大津波だった。


 ややあって逆ドップラー音めいて叫び声が聞こえてきた。カワサミだ。

「ノファアアアーーーーッッ!」

 為す術なくずどんと地面に突き刺さって犬神家。そこに焼け落ちたリンゴの木がリベンジとばかり倒れかかってきて股間を直撃。

「(――――――――――ッッ!)」

 土中から声にならない苦悶の声が。おお、みじめ。かわいそう。


 勝負は決したようだ。

 空は晴れ、雲一つなく澄み切っていた。


 しかし横目に映るリリリ様の表情はまったくの反対で。


「とうとう来るべき時がきてしまったか……」


 納得とも悲観ともとれる色を瞳にたたえ、まっすぐに俺の目を見据えて言った。


「隼さま。今回の仕事とはべつに、私個人としてお頼みしたい事があります」



「あの子を、殺して欲しいのです」

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