秋津チャドースタンス・フィロソフィー
居間に入るなり飛び込んできた二つの掛け軸に描かれた絵画的な文字。
そこにはこうある。
『和洋折衷(ワヨーセッチュー)』
『ザ・スピリット・オブ・フュージョン。ザ・マインド・オブ・フュージョン』
これぞ秋津ノ国のコアフィロソフィー。
進歩を厭わず恐れず。異なる思想、文化を取り入れ、独自のものへと昇華させる。
西亜モダンデザインのリビングの片隅に畳が敷かれた茶の間があるのもこの哲学によるもの。部屋の一角にちょこんと儚く存在をアピールしているところにワビサビの味がある。天井には淡い光をぽうと放つ提灯シャングリラ、これもワビサビ。
この素晴らしい文化融合の背景を語るにあたり、まず秋津人の特徴を解説せねばなるまい。
平均的な秋津人は顔の彫りが深く、鼻は高い。体つきは筋肉質で高身長。ネイティブには茶、シルバー、ゴールドの毛髪。眼は碧、琥珀色の特徴が見られる。秀でたチームワークと強い好奇心で地平を切り開く勇敢な民族だ。その高い能力でかつては世界の三割を掌中に収めていた。
海を隔てて隣り合う西大陸の西亜人はその逆。顔は平たく、鼻は低い。筋肉量、身長ともに秋津人の平均を下回るが俊敏性に長けており手先が器用。エネルギッシュで勤勉、職人気質な人が多い。ネイティブ秋津人には見られない艶のある黒髪も特徴だ。
秋津ノ国の文化は地政学的に西亜の影響を色濃く受けている。大陸から流れてきた移民も多く混血が進んだ結果、近世の秋津人は西亜的特徴をもつようになった。
ミミリなどはその典型といえよう。晴れ空のように深く澄んだ青い瞳。紅く輝くマゼンタブロンドの髪。顔の輪郭は細く、理想的なタマゴ型。まるで精巧に作られた西亜フィギュアのようにカワイイ。
だがしかし。
今その顔はシンズ地方の名峰、ヒー・ダイアン山脈のごとく険しいことになっていた。
「ごきげんようミミリさん。お邪魔させてもらっていますよ」
「えうわわわわ。お、お婆様。ごげ……ごげげんうるしゅしゅーござじゃいましゅ……」
噛んでる、噛んでる。小刻みに震えてるし。雪空で凍える子犬かよ。
いろりの前で正座を組んで佇む着物姿のご婦人。ポンパドールにした桜色の髪。装いは飾り気のない銀地の小紋。秋津的な融合精神を体現したコーディネイトといえる。
お婆様というわりにはずっと妙齢に見えるが……。
「め、珍しいですね。今日はどんなご用向きで私の小宅などに……?」
「ほほほ。こりもせず童に下着を盗られたという地元の英雄の顔を見に来たのですよ」
戯れなのだろう。が、全くそのように聞こえない。声が形を成すのならそれは剣のような鋭さ。武士が決闘を始める前にかわす問答かのよう剣呑なきらいがある。
「ねえねえ。あの方、一体どなたなの?」
こそりとツツジに耳打ち。
「ミミリのお祖母様。ご隠居の獅子堂リリリ御大。見ての通りミミリはリリリ様が超にがて」
「というのは冗談ですが」
言葉とともに発せられた気によって、ライフル弾をも防ぐアラミド合成障子紙が悲鳴をあげるよう破れて裂けた。
冗談に聞こえない怖さです、御大。
「そこにいらっしゃる隼さまにご挨拶に伺ったのがひとつ。――こほん。紹介が遅れました。初めまして隼さま。隠居の獅子堂リリリと申します。これから孫が面倒をおかけすると思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
佇まいを正面に直し、三つ指を揃えて深々と。さすが秋津大名五百五十五家門を束ねる千龍将軍家の一番槍――武門の棟梁と謳われる獅子堂家を取り仕切ってきた古豪のサムライクィーン。挨拶にさえ重さがある。
「はっ。恐れ入ります御大殿。この隼レンキ、今回の仕事一所懸命に務めさせていただきます」
「ふふ。どうぞリラックスなさいませ。少々肩の力が入りすぎているようですわね」
「ははは……。お孫さまにもさっき同じ事を言われました。この国に来るのは初めてなもので、どうも舞い上がっているのかもしれません」
「あら。お名前からして彼の国のかただと思っていたのですが、違うのですね。あの国は我が国と文化が近いと聞きます。てっきり馴染みがあるとばかり」
「フフフ。コードネームです。わたくし、ニンジャーですので」
「なるほど、まさか隼さまがあのニンジャーだとは。オトギファンタジーの存在が実在していたとは驚きですわ。おほほほほ」
「ははははは。ファンタジーじゃありません。証明に忍アーツをご覧にいれましょうか?」
談笑する俺とリリリ隠居をよそにミミリはおろおろと困惑の様子。何かあり得ないことが目の前で起こっている。そんな顔だ。
「あー、おかしい。こんなに笑ったのは久しぶりだわ。失礼、少々席を外しますわね」
満足そうに言ってリビングを出て行くリリリ隠居。どうやら堪能していただけたようだ。
彼女の気配が失せるなり、ミミリは心底疲れた様子でぐったりとうな垂れて。
「ふう……。心臓が止まるかと思いましたよ。隼さん、命知らずだって言われません?」
「いや、自分ではその逆だと思っているけど。それが?」
「お婆様もずいぶん丸くなったものです。十年前だったらあんな口きいたら目からビームでしたよ」
「目から、ビーム……?」
「奥義を極めた秋津のレジェンダリー・サムライはそれくらいできます。
真っ二つです」
あの、人類が理解できる言いかたでお願いします。
それでも真面目に言っているところを見るにそれが秋津人にとっての常識らしい。
いや、ないだろ。
巧みなドッキリジョークの線を捨てきれず確認してみる。
「またまた。何も知らないからって俺をかつごうとしてるんだろー」
ところがミミリは正気を疑うような目でこちらを見返し、
「これは冗談ではありません。本気です。ビームで畳のシミになりたくなければちゃんと聞いて下さい。命に関わることなので」
「あ、ハイ」
迫力に圧されて思わず正座ステート。
「秋津のサムライは特殊な技術を使えます。それがスタンスアーツ。構えから超常の力を引き出す武の極致。例えばツツジは電気をあやつれます。その原理は至極単純。ジークンドーマスター、ドラゴン・Bいわく、『破壊力ある優れたパンチは正しいスタンスによってもたらされる』。このことからわかるようにスタンスが正しければ電気だって目からビームだって出せるんです。大事なのはスタンスなんですよ」
確かに。スタンスは大事だ。ニンジャーマーシャルアーツもそれは同じ。
しかしなるほど。
ツツジに見舞われたあの電撃。その正体はスタンスアーツによるものだったのか。
秋津ノ国のサムライ、おそるべし。あんな少女さえあのような魔法的パワーを扱えるとは。それが達人クラスともなればその威力は天地を揺るがすレベルなのは自明の理。
「そうか。目からビームか……」
「そうです。目からビームです」
実は地獄の綱渡りをしていたとは。己の不明を恥じるばかりである。
いや、ないだろ。
ちょうどリリリ様が戻ってきた。目から何か知らんがどうせ与太話だろう。
どれ、たしかめてやろうじゃないか。
「お待たせしました隼さま」
「いえ、とんでもない。ずいぶん早いものだと感心したくらいです」
「……? なんのことです」
「いやぁ。『用事』を済ますのに適当な時間だったなと思ったもので」
ぴしり、と何かが凍りつく。
横ではミミリが顔を青どころか白くさせ、対面ではツツジが「バカなの死ぬの!?」と口を作ってあわあわさせている。
あれ……? これは……選択肢ミスったっぽい感じです?
「ああ……。なるほど。おほほほ。それもニンジャージョークというわけですのね」
微笑む細い目の奥で激しいエネルギーが膨れあがっていくのを感じる。
間を置かず光の渦に呑まれ畳のシミになるイメージが走馬燈速度で脳裏をよぎった。
あ、ヤバイ。
死んだわ、これ。
熱が過ぎ去ったとたん目の前が真っ白になり――
大地と空が、揺れていた。
遅れてやってきた衝撃波が耳をつんざきビリビリと肌を突きさす。
ギギギギ、とおそるおそる背後を振りかえってみた。
山肌に赤々と滾るきのこ雲が立ち昇っていた。
赤銅に染まった空のもと山は黒煙に呑まれ燃えさかり、まるで地獄の誕生を祝うよう木々は荒ぶる暴渦に揺らされダンスを舞っている。
世界を焼き尽くす終末の火がそこにあった。
天地を切り裂く光の刃。サムライビームは実在したのだ。
放心してぼうぜんと立ちつくす俺の肩をリリリ様はぱっぱっとはらい。
「失礼、蚊がとまっていたもので。ええ。とってもおおきな蚊が」
それはわたくしがカトンボにも等しいカスだとおっしゃりたいのでしょうか。いや、じっさい肩がビームの熱でかすかに煤けてるし言葉どおりの意味なのかも……。
「どうも難儀なさっているようですわね」
「は……?」
「いえ、なんでも。ところで冗談も加減をあやまれば侮辱となる。老婆心ながらそう言わせていただきますわ」
「はい。身をもって思い知りました。いま、すごく……」
声は穏やかなのに目が全く笑ってない。恐すぎるよこの人。もうやだ、隼おうちに帰りたい。
「ま、まあまあ。色々ごたごたしちゃいましたけどお茶にでもしようじゃありませんか。我が家自慢の茶器、お客様に披露するせっかくの機会でもありますし。ね、ねぇお婆様」
「ふふ、そうね。武家の酔狂、異国からいらした隼さまにゆるりとご堪能いただきましょう」
「は、はい。では用意してまいりますので少々お待ちを」
シュタッと立ち上がり足早に茶の間を出て行くミミリ。
茶の湯はサムライの文化。本場の振るまい、どのようなものか期待が高まる。
しばらく三人で歓談していると。
ぼがしゃーん!
とうとつに響いてきた轟音にぎょっとなった。そこに混じってがんがんごろごろと重い金属どうしがぶつかって転がるような物々しい音も。
「な、なんだ!? 敵襲か!」
獅子堂家は秋津ノ国の対外安全保障戦略を政治、経済の面で支える家。近年ではPKO事業のスポンサーをしているともきく。テロ組織の掃討も任務の一つ、遠まわしに彼らから恨みを買う材料は多い。
巨木を倒すなら幹から。出資者である獅子堂家を狙った攻撃の可能性はおおいにありうる。
とっさに身構えるも。
「ああ、いつものことですわ」
「え? 『いつもの』?」
慣れたふうに言うリリリ様の落ち着いた態度に思わず毒気をぬかれる。
「そーそー。いつものこと。ミミリが厨房に入るとよくあるの。気にしないで」
「ツツジさんのいうとおり。あの子が調理などするとなんやかんや不運が重なってキッチンが吹っ飛ぶ。ただそれだけの他愛ない日常の一コマですわ」
そんなイレギュラーが日常であってたまるか。秋津サムライの常識はどうなっているんだ。
「さしでがましくも普通に異常事態だとおもうのですが……」
「おほほ。戦で命のやり取りを日常にしている我ら秋津サムライにとってキッチンが吹っ飛ぶなどそよ風が肌をなでるようなもの。ノースシーロードに生息する魔獣、キングベヒもんがメテオ召喚する事態にくらべれば全くの些事。あのキッチンだってせいぜい三百万くらいのものでしょう。たいしたことはありませんわ」
「は、はぁ……。なるほど」
さすがセレブ、器量が違うぜ。キングべひもんがメテオとかよくわからんけど。
「ちなみに秋津円ではなく連邦ドルで、ですが」
ほんと、器量が違うぜ……。
「どうも、おまたせいたしました」
とミミリが脇取盆をかかえて戻ってきた。朗らかとのんきそうだが全身灰にすすけ、髪はぼんと毛先はくるんとはね上がっている。戦場から帰ってきた兵士でもこうはならない。キッチンで一体なにがあったというのか……。
「菓子にりんごのカスタードタルトをご用意しました。私の手製で恐縮ですがみなさまのお口に合えば幸いです。どうぞお召し上がり下さい」
茶会の主催者――亭主(この席ではミミリ)に言われてから菓子をいただくのが茶道のマナー。茶菓子ではなくスイーツなのが秋津流。ここは予習してきたのでバッチリだ。
カスタードクリームとシナモンの甘い香りが鼻に心地よい。タルトの上に円を描いて並ぶ飴色に染まったりんごのコンポートの照りもこれまたみごと。丁寧な仕事が行き届いた一皿だ。
さすが獅子姫。剣術だけではなくスイーツ作りも達者とは。できる。
早く口にほおばり味わいたいところだがここで慌ててはいけない。
「お先に」
リリリ様へ向かい会釈。
他のお客にことわりをひとつ入れてから頂くのがマナー。礼儀しらずはいやしんぼの烙印を押されコミュ掲示板でさらされる。次回以降の茶会には恥ずかしくてこれないだろう。
それはさておき。
「はっ……! こ、これは!」
なんということだ……。魔法にでもかかってしまったというのか。
フォークで三つにわけ、一切れ口に入れたかと思ったらもうなくなっていた。
バニラが利いたほどよい甘さのカスタードクリームと、酸味ある甘いリンゴがしゃきしゃきと口のなかで躍る。噛むたびにリンゴの果汁があふれカスタードのなかに溶け込み、また違う味わいを醸しだす。
もっともっとと欲するあまり夢中におぼれ、あっというまに完食してしまったのだ。
楽しい時間はすぐ終わってしまう。ああ、このときが永遠に続けばいいのに。
そんな想いが顔に出ていたのだろう。
「おかわりもありますよ」
察した目でミミリはニッコリ笑顔。うーん、お恥ずかしい。俺はいやしんぼです。
「うん、うまい。絶品だよこれは。控えめなクリームの甘さが口に優しい。リンゴの味、食感も最高。何個だっていけそうだよ」
「えへへ、ありがとうございます。庭園のリンゴを使ってるんですよ。幼少から趣味のかたわら地元のリンゴ農家さんといっしょに品種改良を重ねてきた木なんです」
「へぇ、趣味でリンゴの栽培を。それはすごい。庭園の木はぜんぶ君が?」
「いえ、半分以上は町のみなさんとの共有財産です。最後のフォールインとの戦いで世界は大きな被害を被ったのは周知のところ。この熊葛も。その復興記念として植えたものがほとんどなんです。手間のかかるリンゴのように長く辛抱づよく、この町を盛り立てていこうって」
「ふうん、なるほど。みんなの願いと想いがこもっているんだな」
はて、と疑問がわく。
ミミリが持ってきた盆のうえには菓子皿や茶器一式こそあったが肝心の茶釜がない。
「あの、不躾なのだけれど、茶はいったいどこに?」
「ふふ、いい質問ですね。しばしお待ちください、ご覧にいれましょう我が家の名物を」
と彼女は不敵な笑みを浮かべ、リリリ様のほうをちらと見やり。
「お婆様、久しぶりに『アレ』を使わせてもらいます」
「ええ、よくってよ」
承認を得るなり、いずこから取り出したリモコンのボタンをぽちり。
なんと。
いろりの底が開き、奥から何かが迫り上がって来るではないか。
でんどん、でんどん、でんどん、でんどん。
でーっでれ、でーれれー、でっでーでん――
はて、俺の幻聴なのだろうか。
これまたどこからともなく宇宙で怪獣をバスターする黒くてでかいマシンが登場しそうなジングルが鳴り響いてくるではないか。ついでにスモークもたかれてなんか仰々しい。
そんな勿体ぶった演出のなか登場したそれは――
「ご覧くださいませ。これぞ我が獅子堂家がほこる最強のバリスタマシン。世界最高峰のバリスタにこいつが量産された暁には全バリスタが絶滅する(失業的な意味で)と言わせしめた、その名も<バリスタバスター7号>です!」
高級感あふれるツヤ消し加工が施されたモダンブラックのカラーリング。スペースを圧迫しないよう考慮されたコンパクトなサイズの筐体。水面を泳ぐ白鳥を模したそのデザインはインテリア的な美しさと実用性が一心同体となっている。とてもアメイジングなマシンだ。
それはいいとして。
「え、バリスタマシン……? 茶道なのに、コーヒー?」
茶といえば抹茶じゃないの? どういうこと?
「ふふ、あの国の文化を知る隼さんなら驚かれるのも当然ですよね。出す菓子によって飲み物を変えるのが秋津式チャドー・スタイルなんですよ」
さすがフュージョンマインドの国。ふところが深く柔軟な発想をする。
「なるほど。しかしこのマシン、みたことのないデザインだな。一体どこのメーカーの……?」
「メーカーものじゃありませんよ。ハンドメイドです」
「は……?」
「私とお婆様で作ったお手製です。DIYしたんです」
「はあッ!? マジで!? ウッソー!」
「おほほ。茶数寄が高じて、つい。ねぇ、ミミリさん」
「はい。ついやっちゃいましたね」
とんでもないことをけろりという。
このクオリティのものをついのノリで個人制作した、だと……!
秋津のサムライは愛刀を自らの手で打ち成人の証とするそうだが、バリスタマシンまでも作るとは器用の一線を超えている。正直、アタマがどうかしt(以下自粛)。
「……へぇぇ、DIY。部品を取り寄せて組み上げた、とか?」
「いえ、すべてのパーツを最高級の素材にこだわった最強のバリスタマシンがコンセプトでしたので。まずフレームを作るにあたり良質な鉄が手に入る土地を探すため地質調査から」
「DIYのレベルがちがう!」
君らはどっかの農家が本業のバンドアイドルか。
「色々やりましたよねお婆様。プラ部品つくるため油田ほったり、究極のゴムの木を求めて南国の秘境へ潜ったり」
「おほほ。そうね、その冒険譚だけで一冊三百ページ、全十二巻のお話をかけてしまうくらいには。しかし制御基盤に使うレアメタルの採掘権をめぐって合衆連邦の某大手商社とやりあったのは傑作でしたわね」
「そうですねー。でもまさか百年前のあの事件が絡んでいたとは思いもよりませんでしたよ。油田を掘ってた時にみつけたあの石版があれほどヤバイものだったとは。ううむ」
「油田の件からちょくちょく妙な横やりが入るようになってなにか変だとは思っていたのですが。どうやらついてはいけない藪をつついてしまったようで。表沙汰にはなっていませんが最後には我が幕府と連邦政府まで巻き込んだ実力紛争にまでなりまして、ほほほ。いや失礼、手前みそでお恥ずかしい」
「いえ。ははぁ……、それはまた大事件で」
「しかし仮面の赤いエグゾスーツの男、フル・アマメント……。彼は強敵でした」
「ふふ、ミミリさんをあそこまで一方的に追い詰める猛者がいるとは。さすがの婆もひさびさに肝を冷やしましてよ。
「殺した私心を大義の鎧で覆い隠した哀しい人でしたが、対話のなかで時と人の可能性を見た気がしましたね」
「な、なるほど……。すさまじい激戦だったんですね……」
バリスタマシン一台作るのにどうしてそんなことに。話の規模のでかさに頭がくらくらしてきたんだが。つっこんだことを訊くのはやめておこう。触れてはいけない話がポンポンでてきそうな気がする。
「へ、へえぇー……、しかしずいぶんお金かかったんじゃない、これ作るのー」
「いやいや、ぜんぜん。ぜんぶ自前でやったので実質0円です」
えっへん、とドヤるミミリ。
そこまでやってタダと言ってのけるスタンス、酔狂の域を超えて狂人がすぎる……。やっぱアタマおk(自主規制)。
「まぁ、お話はここまでにして。隼さんはどうやら抹茶が恋しいとお見受けしました。本日はあいだをとって抹茶ラテにしましょう」
「あ、ハイ。お気遣い、ドーモ」
国を巻き込んだ事件のすえ作られたいわくつきのバリスタマシン。出された抹茶ラテは甘くも苦く、どこか陰謀の味がした。
「あ、ところでいま抹茶を掬うのに使ったこの茶さじなんですが、じつは――」
やめて! お腹一杯です!
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