宣伝ニンジャーの俺がイマイチ人望の薄いお姫さまのカテキョになったので近況をかいていく
隼レンキは宣伝マンである。そしてニンジャーである。
どうもこんにちは。そうでない人は初めまして。隼です。
今回の仕事は獅子堂ミミリの『教育』。先日面談した獅子堂家家老、鷹宮イワオ氏いわく。
「単刀直入に申す。ミミリ様にPR術をご教授差し上げて欲しい。主に人心掌握の術やら演説のスキルなどですな。何故かというと、いま獅子堂家は跡取り選びに難儀しておりましてな。
『さっさと決めて上様とお目見えを済ませないと取り潰すぞ☆』
と幕府の老中方にせっつかれるくらい難航しておる有様で。
次期当主はもちろんミミリ様。しかし姫様の評判が家中で今ひとつ良くない。
ミミリ様は優しくも勇敢で武芸達者なお方。地域振興にも自ら進んで熱心でいらっしゃる。が、少々呑気で軟弱な面が玉に瑕で子供にもイジられる始末でのう。
家臣の間では頭脳明晰で商才に長けた双子の妹君、ペシェリ様に家督を継がせるべきではとの声も強い。
これではミミリ様が家督を継いだとしても我が家は今後一枚岩といかぬのは明白。遺恨を残さぬためにもミミリ様の求心力を高めたいのですじゃ。
身内の恥をさらすようで申し訳ないが、一流の宣伝マンと名高い貴殿の腕でもって何卒、何卒お頼み申し上げる」
――とのこと。
つまりミミリ姫をリーダーにふさわしい人物にしてやれということだ。
おまかせあれ。朝飯ビフォアー案件だ。
隼家は忍者の家系。忍者は世を忍ぶ草の者、いわば
かつて忍者は情報を操る技術によって影ながら世界を動かしてきた。
つまり現代の情報を扱う仕事の原点は忍者にあるといっていい。
情報を商品とし、武器とし、惑わせ、欺く。スパイもサラリーマンもみんな忍者の技術を受け継ぐ子孫だ。ビジネスマンの礼儀作法のなかに織り込まれた動きのルーツが、実は攻防一体を兼ねたニンジャーマーシャルアーツのスタンスであることを知る者は少ない。
隼家は宣伝工作に特化した忍の一族、表向きは広告会社を経営している。大企業として世間での通りも良い。情報に精通した忍者が広告会社だなんて……と思うだろうが『木の葉を隠すならゼッタイ樹海』というニンジャーロジックだ。露骨すぎて逆に誰も疑わない。
一族の秘技を受け継ぐ俺は宣伝の技に通じたその道のプロだ。若いが実績はある。プロパガンダ一つで世論をまとめあげ、コピー一行でバカ売れヒット連発、俺が考案したワードを有名人が口にすればほぼ流行語大賞にノミネートされる程度の実力……だとはいっておこう。
まあ経緯は省くが、なんやかんやあって俺は会社の仕事でミミリ姫の教師を引き受けることになったというわけで。
まずは姫が通う武士士官養成学校に教官として入り込み、情報を集める傍ら彼女のトレーニングと評判を上げる手助けをする。そういう手はずだ。
その下準備にと遠目に観察していたのだが――
「なんで俺はいま留置所にいるんだろう?」
「さらりとストーカー行為を自白したわね。やっぱ変態だったか」
「うわっ! 声に出してた!?」
「わりとね」
なにいってんだかと肩をすくめる翠玉ギャル子。じとりとした目つき。瞳の奥には呆れを通り越し同情を寄せる気配すらある。俺はかわいそうな生き物かなにかか。
それはさておき。
目の前に人がいるにも関わらずあらいざらい吐いてしまっていたとは……。ニンジャーにあるまじき失態。
もはやこれまで。
ゲバラ(陰腹(辞職の意)の略)切ってニンジャーやめるしかない。みじめ、明日から俺はローニンジャーだ。
「そうか。俺はどうなるんだ……」
「釈放よ」
「へ?」
思わずすっとんきょうな声が出てしまう。厳しい裁きを予想していたのだがどういうことなの。マジで大丈夫、獅子堂家。ゆるすぎない?
いや、話がうますぎる。なにか裏があるに違いない。えー、なんだろう。
「はっ、そうかわかったぞ! お前らこれをネタにスゴ腕ニンジャーである俺をゆすって悪いことさせる気なんだな!? バンクジョブか、暗殺か、潜入任務か、そんなアレなミッションインポッシブル系の無茶ブリさせる気だろう!」
「は?」
「現実を見ろ、あれはフィクションだ。脚本のイリュージョン。俺の何を調べたかはしらんがそれは君たちの思い込みだ。一人で悪と戦うスーパーヒーローなんて絵空ごとなの。普通にできません。映画のみすぎです」
「あのさ……」
「あーあー言わなくってもわかる。どうせ俺の家族とか恋人を人質にとってるとかだろ。でも残念でしたー。俺の家族は超強いしこんなへんぴな山奥イモサムライに負けるほどヤワじゃありませんー。そして俺に彼女はいない!」
「言ってて悲しくならない……?」
「ついでにいうと童貞だ!」
「ついでに知りたくもないわよそんな個人情報ッ!」
「それに俺は特殊な訓練を受けたニンジャーだ。お前らの手汗が染み込んだ黒光りするくっさいサムライソードになんて屈するものかギャー体を巡る電撃になんか目覚めそそそそそそ!!」
「うっさいだまれ、しらんわ。とりあえず落ち着いて話聞け、このチェリー忍者」
スタンガンか何かだろうか。ギャル子の手元で青い稲妻が弾けていた。
ともあれエキサイトしすぎていたようだ。
「む、むぅ……。し、失礼した。取り乱してすまない。どうぞ、続けてくれ」
「ありがと。まーアレよ。家老様から話はきいたわ。隼レンキさん、あなたの身柄は獅子堂家が引き取ります。そーいうワケなんで」
一緒に来てもらえる? と指クイするギャル子なのだった。
※
道すがら互いに自己紹介の挨拶を交わす。
「アンタが噂の先生だったとはね。アタシは
ミミリとは従姉妹なんだ。まー、よろしく」
「ああ、よろしく。……って、なんで距離をとるんだ?」
「未成年からパンツを盗って人に見せびらかす男とは握手しちゃダメって、我が家の家訓で」
「ピンポイントすぎない君んちの家訓!?」
「なに、そーいう性癖じゃなかったの?」
「違うから……」
「じゃあ個人的な趣味か」
「誤解だって言ってるでしょ!?」
「やぁねぇ冗談よ。ユーモアのセンスがあるか試したの。ごめんなさいね」
勘弁してくれ。いじられるのは好きじゃない。
いや。ちょっと待て……?
ふとした違和感が頭をよぎる。まじっとした俺の視線にツツジは首をかしげ、
「ん、なによぅ?」
彼女とは初対面ではないような気がする。いや、じっさい初めて会うのだが。よくきけば流星で超時空シンデレラな某アイドルによく似た特徴的な声。忘れるはずもないのだが、はて?
「や、すまない。ちょっと考え事をしていた。気にしないでくれ」
「ふーん、そ。けどアタシがタイプだからってあまりじろじろ見ないでくれるー。ったくアンタってクールな顔してムッツリ助蔵さんねー」
「ムッツリ助蔵……」
「どーしたの。もしかしてアタシのシャレ激ウケとか?」
「うん、ああ。そ、そうマジ激ウケー☆ あはははー」
父さん。なんか色々。ダメかもしんない。
滅入った気分をほぐそうと街並みを見渡す。和と洋を織り交ぜたタイショー時代建築が軒を連ねる獅子堂家のお膝元、熊葛の町。
ここが観光地だからというわけではない。
ある敵との三百年という長い世界戦争で市井が潤わなかったせいだ。民間が稼いだ金のほとんどは戦費として吸い上げられ、大儲けしたのは一部の政治家と利権に絡んだ財閥の関連企業だけ。戦時中彼らは特権階級として君臨し民衆を支配していた。勝利のため人の尊厳は軽んじられ倫理は地に堕ち、外法に手を染めることが常道だったのがかつての時代だ。戦争は悲しい。
おっと湿っぽくなってしまった。だけど戦いはすでに終わり世界は復興に向かっている。未来は明るいはずだ。
その証拠に町は賑わいを見せている。みんなニコニコ笑顔だ。
ところが茶屋の露天席でどんよりと沈み込んだ中年の紳士が。ちょっと待っててと断りを入れ、ツツジは紳士の元に駆け寄っていった。
「こんちは。どうしたのよ、
「あっ、ツツジお嬢様。実は……」
顔がどこかパグっぽいハクモト商店社長の泊本氏が言うに、飛び込みで営業にきた商社の人にこれから新規開発で需要が増えてウハウハできますよとにこやかにここだけの話と勧められ鉄鉱山やら油田などに出資したのだが不運にも事故や紛争が重なり操業が止まってしまったのだという。
「資産をほとんど突っ込んじゃいましてね。欲の皮が突っ張ったとはいえお恥ずかしい話で」
「……なるほど。そりゃあ穏やかじゃないわね」
「おかげで銀行に利子も返せませんや。ぱぐぅー……。こりゃもう蟹工船にでも乗るしかねえですかねえ。ハハハ……」
巡り合わせとはいえ気の毒な話だ。
なにやらここ最近、金持ちを相手に商社の売り込みがさかんだと泊本氏は語った。復興後の開発ラッシュを見据えて出資者を募っているとか。
うなずける話ではある。うーん、これはもしかして……。
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