風がふいて

 税関でヒドイ目にあった……。

 ニンジャーにとって必要不可欠な『アレ』を没収されるなんて……!

 急だったとはいえちゃんとやっておいてくれよ総務。

 これからの多難を示しているようで不安がつのる。

 いかんいかん。気持ちを切り換えて今回のターゲットの経歴を再確認しよう。


 熊葛の獅子姫こと、獅子堂ミミリ。


 帝である龍皇を守護するサムライというナイト集団が支配するこの国――秋津ノ国で偉大なる彼女の名を知らぬ者はいない。

 彼女は多くの称号を持っている。

 百年に一度の天才剣士。貞淑な暴れん坊タイラント。三十三秒のインスタントヒーロー。今は解散した人気アイドルユニット<J-Minaジェミナ>のリーダー、ミミリ・N・フリージア。名君と名高いシアノ藩藩主、獅子堂ユーリウス公の娘、つまりは武家のお姫さま。

 そして、世界をある脅威から救った風の勇者。

 実績も実力も申し分ない、押しも押されもせぬ大英雄。


 のはずなのだが。


「いやぁぁ~~やめてぇぇ~~!!」


学校の帰り道、小学生たちに絡まれてパンツ盗られそうになっていた。


「ぼえへぇぇ~~ッ!」


 もうその情けない姿は獅子というより子犬ちゃんである。

「う~やめてー、やめてくだしゃい~。おパンツ、とらないでぇ~(>A<;)」


 事件です。


 隼、すごい場面に出くわしちゃいました。


 相手は子供、とはいえ女の子が乱暴されているのを黙って見過ごすわけにもいかない。

「こらっやめないか!」

「うわっやべっ! 逃げろッ!」

 悪ガキの一人が逃げざま何かを放り投げた。

 反射的に受け取めてしまいふと違和感を覚える。

 ……あれ、柔らかい? しっとりとしててスベスベ。これは――。

 そんなわけがないと確かめる。

「――!?」

 どうみても、あれだった。

 人を人たらしめるあれ、尊厳を守るあれ。身を雨風から守るあれ。人の恥の部分を覆い隠すためのあれ。


 そう、あれ。あれだ。


 パンツ。


 これは由々しき事態である。

「ぶえぇぇ~~……」

 ガチ泣きの女の子。そのそばでパンツをおっ広げてまじまじと鑑賞している不審な男。

 どうみても……事件です。

(まずいぞ。これは、非常にまずいッッ……! こんなところ、誰かに見られたりしたら――)

 証拠隠滅の時間、もとい安全を確認しなくてはと周囲を見渡したところだ。

 一人のギャル子と目が合ってしまった。

 南国の海を想わせる翠玉色の髪。獅子姫とおそらく同年代。シュシュで結った波打つサイドテールがとってもキュート。一転、釣りぎみの目は凛々しく内に秘めた気性の激しさが透けてみえる。それを差し引いてもアイドルとして通用するほどの美少女だ。

 ただし派手目なギャルメイクファッションがいまいちコントラスト高すぎのような……。うーん、素材がいいのにもったいない。

 が、いまその表情は険しい。まあ、こんな状況を前にしては当然のことだろう。

 翠玉のギャル子は押し黙ったまま身構えこちらを睨んでいる。

 これはきっと下手な言動は命取りになりかねない。一言えば十返す、絶対に引かないタイプだと俺のニンジャー直感力が告げている。

 気まずい雰囲気のなか、この窮地を切り抜ける方法はないかと思案を巡らす。

 とりあえず、時間稼ぎが必要だ。

 ニンジャーのビジネスで培われた口車テクニック、見せてくれよう。


 いくぞっ! テクニックその一!

『最初に結論から話す』


 見だし効果だ。こうすることで今から何を話すか聞き手は理解しやすくなる。心理学の用語でメンタルモデルを作るともいう。

「お嬢さん、落ち着いて聞いてほしい。違うんだ。俺は犯人じゃあない。今からそれを説明しよう」

 待ってくれとジェスチェーするもパンツの両端が伸びてみよんみよんする。……あれ?

「……は? 何が?」

 冷たい声で吐き捨てる翠玉ギャル子。ますます警戒されるハメに。

 しまった、なんたる失念。

 考えることに夢中なあまりパンツを持ったままでいるのを忘れていた。

 これで違うと言って納得するほうがどうかしている。しかも堂々とパンツ戦利品をみよんみよん広げて見せびらかしてしまった。アクションによる見事な見だし効果。うん、今の俺は説明するまでもなくまごうことなき変態だ。

「ははあん、なるほど。自分は変態じゃなくて盗ったパンツを人に見せて喜ぶ高度な変態なんだといいたかったワケね。オーケー、オーケー。……警察いこっか」

 やばい。口車に乗せるどころか白黒ツートンカラーの車に乗せられて前科一犯の危機。

 ビジネスマンに黒い過去は許されない。ニンジャー頭脳をフル回転させ逆転の活路を見出す。


 思いつきのテクニックその二!

『相手の立場になって考える』


 こういうとき下手に誤魔化したり反論すれば事態はますます悪化する。相手の言い分を認めたうえでこちらも主張する。対話はキャッチボール、独りよがりな剛速球はダメなのだ。


 そうしたらテクニックその三!

『価値観の共有』

 会話のなかで共通の認識・話題をさぐり関係を築く。

 ラブコメだってそこから物語が始まる。つまり人心掌握の王道パターン。人は共通点を持つ相手には親近感を覚えるもの。上手く運べば彼女とドキドキな仲になれる可能性だってゼロじゃないかも。


 とか考えていたらギャル子が携帯端末を取り出しポチポチ。やばい、これは通報好機!

「いやいや、本当に違うんだ! 携帯しまって! 落ち着いて、落ち着いて聞いてください!」

「うん、アンタがね……」

 あたわたと手を振り回してパンツが乱舞。通行人が不審に思ってヒソヒソするほど大目だち。

 はっと気がついてはわわと手振りをやめる。

「そんなにアピールしてよっぽどぶち込まれたいようね。OK、望みに通りにしてあげる」

 タタンと超高速でキーを叩いて通報しようとするギャル子さん。ギャースッ!

「だあああはああっ! やめてっ、誤解だ、俺は本当に犯人じゃない! そんな趣味もない。証明にパンツだってほら、返すし。よーしよしごめんねー、怖かったよねー」

 なだめながら獅子姫に差し出すも。


「びょええええええ――――!!」


 さらにガン泣きが加速で受け取り拒否。あるぇー?

「……うわぁ、なに、アレなの? 俺が触ったパンツを履けば微粒子細胞レベルで実質タッチとかそーいうアレか。盗ったパンツを持ち主に返して、一粒で二度おいしく楽しむ超上級者だったとはね」

 ななめ上のレスを返されて彼女の俺への不信が青天井。キレそう。

 出だしからプランが破綻。さらばラブコメ。

 ぐおおーっ、すべての返球が剛速球どころか魔球すぎてキャッチボールが成立しないんだがぁー!? 対話の入り口にすら立たせてくれないこの状況。相手を思いやったのにナンデ!?

 なので隼、高まる怒りと絶望をメンタルリセットしてこう言ってやった。

「そんな発想できる君のほうがよほど超上級者だよね?」

「なっ!? ったぁく、超上級者に超上級者よばわりされたかないわよ失礼な超上級者ね!」

 本質を鋭く突きすぎたのか逆ギレされた。キレそう。でもマウントを取り返して内心ちょっとニッタリ。

 と愉悦に浸ったのもつかのま。チュイィーンッ! と何かが足下を跳ねて飛んだ。俺のニンジャー視力はソレを捉えていた。弾丸だった。

 ギャル子は笑っていない目でうすら笑いを浮かべ、すっと銃口を差し向ける。

「もういい加減無礼討ちでいいかしらね。こう見えてアタシも武家の嫡女でサムライなの。無礼な態度にはそれ相応の礼をさせてもらうわ。まー安心して、峰打ちで済ますから」

 へぇー、銃弾に峰があったとは驚きの新事実です。人類史始まって以来の大発見では?

 なんて減らず口を叩いたら足元に弾を雨と撃たれタップダンスを踊るハメに。

 なんということだ。

 俺と彼女のあいだで変態の最上級詞が超上級者という共通の認識ができたものの心の溝は広がるばかり。人は共通点を持つ相手に親近感を覚えるという心理、アレはウソだったのか。


 誤解が誤解を呼ぶ負の連鎖。


 それでも俺は諦めない。言葉を尽くせばきっとわかってくれるはず。だって同じ人間だもの。

 俺は正義のニンジャー。人の良識を、信じる!

「お武家さまとはつゆ知らず大変失礼致しました。いやその、ちゃんと説明させてくれないか。あんなこと言っておいてなんだけど……いや、なんですけど」

「おう、謝るだけ上等じゃない。いいわよ、聞いてあげようじゃないの」

「ありがとう。はじめに、俺がパンツを持っているのとこの子が泣いているのは全く関係ない。俺はこの子に危害を加えていないし、むしろその逆なんだ。悪ガキから守ったんだ。信じてもらえないかも知れないけど俺はやましいことはしていない。パスタ・モンストル神に誓って」

 俺のそんな神への敬虔な態度が伝わったのか、ギャル子は周辺をつぶさに観察し、

「ふぅん……。つまりこういうことかしら? その子が悪ガキどもからパンツ盗られて困っているところにアンタが駆けつけて追い払った。で、なんかの拍子でたまたまパンツを手にとってしまい、そこでタイミング悪くアタシが現れた、と」

 おお。君はエスパーか。理解が早すぎるだろう。

 しかしこの流れに乗らない手はない。

「そう、そうなんだ。いやぁ、察しが良いね、さすがそのとおり。天才だよ。そうなんだ、間が悪かったんだ。俺は彼女を助けた。結果だけ見たらアレな状況だったけど。まぁなんですか、気を揉ませてしまったようで申し訳ない」

 乗ってはみたものの冤罪を晴らすのはすごく難しい。ギャル子は「ふーん」って感じでニコニコしているけどあれはきっと信じていない。

 これはあきらかな罠だ。友好的に接して俺にあらいざらい吐かせて言質を取ってやろうという算段に違いない。女子校生がこんな手で人をハメようとするなんて世も末すぎる。


 そう、分かっていたことだ。

 人はわかり合えない。わかろうとしても、受け入れようとしても猜疑心が邪魔をする。

 嘘をつきあわせて生きていくのが人の在り方。薄っぺらな嘘を重ねて理解したフリをする。

 そんなものだ。超人であるニンジャーの俺でさえ……。


 哀しい現実を噛みしめ、口を開こうとしたそのとき。



 ふわりと風がふいた。



「んー、いやぜんぜん。私のほうこそ勘違いしちゃって。ほんと、ごめんなさいね」

 あれ? 思いのほか、好感触……?

「えっ……。あー、いや、そんな。こちらこそ。分かってくれて嬉しいよ。あははは……」

「まったくアタシったらどうかしてるわね、早とちりするなんて。やー、頭回ってないわー。ごめんなさい、今日はちょっと色々あってね。親戚のこととかで。どうも疲れてたみたい」

「そ、そう。まー、あんな状況だったら誰だって勘違いするよ。無理もないさ。ははは……」

 熊葛には伝説がある。とある風がふくとき人々の心が一つに繋がり通じ合うという伝説が。

 今のようなちょうど温かく優しい風がふいたときそれは起こるという。

 もしかしたら、伝説は本当だったのかもしれない。

「ふふふ。そーよねー」

「あははは。そうさー」


 なんということだ。


 俺達はいま、完全に、わかり合えている。


「ふふふふふふふふふふ」

「はははははははははは」


「ふふふふふふふふふふふふふふふふ……」

「はははははははははははははははは……」


「「………………」」


 お互い察したよう見つめ合い、えへ、えへとニッカリスマイル。はい。



「――って、んな都合のいい話、信じるわきゃないでしょうがよおおお――ッッ!!」



「うわああああああああああああああやっぱですよねええええええ――――ッッ!?」



 風は、やんでいた。


 このあとドーシン・ポリスがやってきて見事に前科一犯。

 父さん、わかり合うには人はまだまだ幼すぎるようです。

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