第2話 魔女と天使
4月2日。
入学式は恙なくとり行われた。新入生は成績順でA~Eクラスに振り分けられ、サトラ・アカツキのヒノミヤ、ヒモロギ地方からやってきた留学生獅堂穏奈(しどう・しずな)、サトラ・エッダのエギル同盟地帯からの留学生エフェメラ・サイオンは当然のごとくAクラスに編入される。しかしエフェメラは少々ご機嫌斜め、おかんむりだった。
「エフェメラさん、気にしない方が良いですよ?」
「……気にしてないけど? というか、なにを?」
「……ぅ……」
持ち前の正義感とおせっかいから優しい声をかけた穏奈は、エフェメラの予想以上にとげとげしい口調にたらりと冷や汗を垂らす。サトラ・アカツキから出てきた穏奈がサイオン家にホームステイしたのは半年前、よってつきあいが長いわけではないが、こういうときのエフェメラの不機嫌ぶりは重々承知している。
「いや、あの、……だから成績の事ですけど……」
「そうね。座学がすべてではないし。ペーパーテストの成績がすべてな頭でっかちに負けたとは思わないけど」
(あぁ~、すごい気にしてる……)
穏奈は頬を引きつらせ、内心でガクガク震える。エフェメラの成績を上回ったのは穏奈ではないが、自分がやってしまったような気分になってしまう。それにしても、才能にあふれたゆまぬ努力も欠かさないサイオン家の令嬢、エフェメラ・サイオンの上位を取ったのは何者か。張り出された名前はノエル・リウィウスとあった。
(ノエル・リウィウス……?)
聞き覚えのある名前だ。知り合いだったり芸能人の名前だったりするわけではなく、歴史上の有名人。2000年前の「祖帝」シーザリオンが最愛の女性ルクレツィアを失った後、周囲の勧めで皇妃に迎えることになった女性がリウィウス皇国のノエル・リウィウスだった。リウィウス皇国の第一公女は代々この名前を受け継ぐというが、まさか2000年が経ったいまの世の中にこの血統が残っているとは。庶民出身の穏奈としては貴族の血筋と言うものが、少々理解しがたい。
そのノエル公女は放課後になっても登校してこないわけで、潔癖かつ完璧主義のエフェメラとしてはさらにいらだちが募る。初登校初日で遅刻してくるような輩に負けたというのは彼女のプライド的に歯ぎしりしたいほどのものだ。
「と、とにかく。昨日の先生のところに行きましょう? ええと、カイン・ガラドリエル先生」
「利敵行為のカイン、でしょう? 今日一日で彼についての否定的な噂は嫌と言うほど耳にしたわ」
「それは……あくまで噂ですし。あの先生が利敵行為を働いていた、というのは信じられません」
「……なに、穏奈としてはあの美形の肩を持ちたいわけ?」
「そ、それは関係ないですよ!? わたしは正しい人が不当に扱われているのが許せないだけです!」
「ふーん……まあ、いいか。じゃ、ガラドリエル先生に会いに行きましょう」
そこまではまあ、よかった。
エフェメラは自分のいらだちに穏奈をつきあわせて悪いな……と、胸中謝罪の言葉など並べもしていたのだが。
「カインー、これは? 2000人で20000人を撃破だって!」
「覇城菘(はじょう・すずな)の桶頸狭間(おけくびはざま)の合戦か。実際兵力差はその通りだが、通説である奇襲戦というのはうそだな。これは伊那無涯(いな・むがい)が長く伸びた長蛇の陣を敷いているところに一極集中の魚鱗突撃を仕掛け、正面から正々堂々の戦で勝利したのだということはもう30年以上前の研究で言われていることだ。士気と陣形、地形と天候がハマればこの程度の戦果を挙げることは困難ではない」
「んん?」
向かった歴史編纂室から聞こえてくる浮かれた声に、穏奈の柳眉がピンと上がる。別に起こる理由もないのだが、握った手提げカバンの取っ手がグシャリとつぶれた。
「ちょ、シズナ?」
「はい? なんでしょう、エフェメラさん」
にこにこにっこり、莞爾とした表情で返す穏奈に、エフェメラは恐怖を覚える。穏奈はめったなことで怒らない温厚な少女だが、ひとたび怒ると激しいし長い。これは昨日、口説き文句にも似た言葉を吐いておきながらほかの女と楽しげに語らっているカインに責任を取らせるしかない。
歴史編纂室。アジュナーダイン地付きの人間にとってカイン・ガラドリエルは裏切り者の代名詞であり、近寄るものはいない。だから穏奈としてはそういう、村八分にされているカインを慰めてあげようという気持ちが多少なりとあったわけだが、いきなり初手でそれを潰されてしまったために黒い笑顔が浮かんでしまう。
引き戸を開けて、エフェメラばりに舌鋒冷ややかに一撃を加えようとする、その機先を制して。
「なによ、アンタ?」
少女の声が穏奈を打った。生まれついて人に指図することに慣れた、貴族の声。小柄な体にポンチョとツインテールという、幼い容姿のその少女は、カインと自分の蜜月を邪魔する穏奈に対して冷徹無比の視線を投げる。
それはさておき。
「やあ。よく来てくれた、獅堂さんにサイオンさんだったか」
少女を膝にのせていたカインは悪びれもせず太平楽に言って、二人を室内に迎え入れる。
「あぁ、アンタは知ってるわよ、2番の女」
少女は言って、エフェメラに小ばかにした視線を向けた。
「あ!?」
エフェメラも、幼女相手とは思えない過激な瞳を返す。
「そんな態度取れないでしょ、2番。あたしは1番なのよ」
「あなたが、ノエル・リウィウス公女……?」
穏奈が呟くと、ノエルは得々とした表情でうなずいた。
「そう。アンタたちが本当ならこの尊顔を拝することもできない、公爵家の令嬢よ」
大いに自慢げにそう言うノエル。それまでイライラと悔しげな表情だったエフェメラが、ふぅと肩の力を抜くと人の悪い笑みを浮かべる。
「ペーパーテストの成績は良くて、頭でっかちで、そのうえちんちくりんだったわね。お嬢ちゃん、お年いくつ?」
「アンタ……舐めてんの!? 同い年だっての!」
「ふーん。発育不全ね。かわいそうに」
「きーっ!」
「ふーっ!」
「エフェメラさん、そこまでです!」
「ノエルもやめておけ。挑発に乗ると余計子供にみられるぞ」
「ふう……ふう……そうね……まあ、下々の言葉にいちいち左右されるノエルさんじゃないわ」
と、ひとまず落ち着いて会話ができるかと思われたその瞬間。
引き戸をぶち破って人影が室内に突っ込む。
それは翠の髪に四枚の翼をもった天使だった。肉塊に触手が生えただけの下級天使とはわけが違う、妖精種以上に美しい肢体と美貌を持つその天使は、全身に小さな擦過傷ややけどを負ってダメージを負っていた。
「どうした!?」
「わ、わたし、錬金素材なんかにならないわよ!?」
「錬金素材?」
「こんな部屋に逃げ込むなんて……でも、カイン先生なら問題なしか。どーせみんな無視するもんね」
天使を追って入ってきたもう一人は、肉感的な(しかし胸部装甲においては穏奈に遠く及ばない)黒い魔女服の少女だった。瞳が赤いのは遠い昔の先祖が魔族であり、先祖返りでその力を復活させた証拠。魔力が消えうせたこの世界で彼ら彼女らが魔法を行使するには自らの生命力を触媒に使わざるを得ないのだが、命を代償としても得られる見返りは大きいらしい。
「君は?」
「アルティナ・カイロス。命乞いてしみる、先生?」
「いや。どうせならこれで勝負しないか?」
カインは部屋の奥に鎮座する巨大な筐体に手をかけ、スイッチを入れた。電源が入り、室内の雰囲気がまったく変わる。
「戦闘シミュレータ。所詮一人二人を相手にするのがせいぜいの魔法使いには荷が重いかもしれないが」
「……やすい挑発だけど、乗りましょう? ただしあたしが勝ったら、あなたたちは皆殺しよ」
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