第8話 トエの学習教室

 午後の夕方。

 月、水、金の3回は、修道院の礼拝堂に集まって、宗教のお勉強をする。

 簡単に言えば、神様の御噺をするのだけど、教訓的なものとか。


「神は言いましたわ。人類はみな平等であると」

「院長先生! あの……失礼しますにゃ。獣人は人類に含まれないのでしょうかにゃ?」


「いい質問ね。ミリアさん。私たちの崇拝している神様はスエルメティス様ですけれど、実は穏健派のアドラシル派というものと、過激派、本人たちは崇高派と呼んでいますがヨインバイル派とに分かれてます。ここまでは、いいですか」

「はい」

「私たちはアドラシル派です。私たちは獣人さん達も人類に含まれると考えています。しかしヨインバイル派の人々はそうではありません。人族こそが、ただひとつ人類である、という考えなのだそうです」

「へぇ」

「私たちの国、ストラーダリス王国は全域がアドラシル派ですね。西隣のメリス王国はヨインバイル派なので、もし行くことがあれば、注意はしたほうがいいでしょう。ただ遠いですから、よほどのことがないと行く機会はありませんね」


 ふむ。なんだか眠くなってきた。

 まあとにかく、そういう話が夕食前の1時間くらいある。


「あぁ終わったぁ、終わったぁ」

「そうですね、うふふ」


 私はサエナちゃんのあからさまな態度に笑ってしまう。


「ねぇねぇ、トエちゃんは読み書き計算、できるんだよね?」

「はい、一応は」


 前世知識もあり計算は元からできる。この世界の数字も覚えたので使える。

 優秀なメイドさんに懇願して、読み書きも覚えた。


「いいなぁいいなぁ、私も覚えたい!」

「そうですか、では夕食後に少し、勉強会をしましょうか」

「いいねそれ!」

「……いいね」

「あぁ、あぁ、あのね、私も参加したいにゃ」


 シリスちゃんとそれから、ミリアちゃんも声を掛けてきた。


 ミリアちゃん。私と同じ8歳。

 背丈は私より少し小さい。

 それから短い黒髪、黒目、そしてそして、猫耳が生えている。

 猫人族なのだ。


 先ほども説法であった通り、ヨインバイル派というものがあり、獣人は純然たる人類には含めないとする人々がいる。

 この国はアドラシル派が多数を占めるけれど、全員というわけではないため、獣人差別自体は、この国内にも残念ながら、しばしばみられる光景だった。


 うちの伯爵家でも獣人メイドは普通のメイドより下に見られていた。

 うとまれていた私には専属メイドに獣人の子が宛がわれていて、それが孤児院に来た時にも付き添ってくれたイリヤだった。

 イリヤは兎耳族で、白髪赤目のウサギさんだ。


「うん、みんなで勉強しよう! ミリアちゃんも」

「やったにゃぁ」


 孤児院でもミリアちゃんは、別に差別されているわけでないのだけど、差別されるのを恐れてか普段はあまり、人に近づかないタイプだったのだ。

 そんな彼女がこんな風によろこぶのは、なかなか見ない。


 みんなで夕ご飯を食べる。

 ほんの少しハムが増量されている。みんなで銀貨を出し合った結果だ。


「さて、それじゃあ勉強しよっか」

「はーい」


「なになに、お勉強? なんの勉強をするの?」


 年長の子も興味を持ったみたいだった。


「読み書き計算です。まずは読みからかな」

「ふーん、いいね。私たちも読み書きできないんだよねぇ」

「ならさぁ、食堂でみんなでやろっか」

「いいねぇ」


 話がどんどん大きくなっていく。


 ということで本当はアイテムボックスに入っているのだが、部屋に戻って筆記用具と紙の束を持って戻ってくる。


「じゃあ、エー、ビー、シー、ディー、イー、エフ、ジー、復唱してね」

「「エー、ビー、シー、ディー、イー、エフ、ジー」」


 アルファベットのようなものを順番に大きめに書いていく。

 それを掲げて、みんなに見せる。


「これが基本文字だよ。全部で26個あるの。あと普段使うのは数字が1から9と0で10個だね」


 英語に非常に似ているが文字自体は違う文字体系だ。

 その関連性について書くと、論文になってしまいそうだから自重するけれど、この世界の成り立ちに地球世界とを繋ぐ神様が関わっていそうな気配を感じる。

 あまり深く探ると、宗教的問題も関係してくるので、スルー安定である。


 こうして文字の読み方を勉強する。

 みんなにも書いて覚えてほしいところだけど、筆記用具が人数分ない。


「本当はペンで書いてほしいけど、ないから指で文字を書いたつもりでお願いします」

「「はい」」


 とまあこんな感じで進めていく。


 文字そのものの紹介が終わったら、飽きちゃわないように今度は数字だ。


「次は数字。知ってるとは思うけど、おさらいね」

「「はーい」」

「1、2、3、4、5、6、7、8、9、0。それで9の次は10と書いて『じゅう』だよ」

「「ふーん」」

「10、11、12っていって18、19、次が20。21、22、29、30、同じように進んで……」

「「うん」」

「98、99、100だね。101、102で109、110、111、112、という感じ」

「「うんうん」」

「数字を並べるのを桁といって、10から99が2桁、100が3桁だね」

「「あ、うん」」

「1、10、100、1,000、10,000、100,000って大きくなっていくの」

「ちょっと待って、そんな大きい数使う?」

「え、ああ、使うこともある、かな?」

「そうなの?」


 どうだろう。前世だと10万くらいまでは、使った記憶がある。

 国家予算とかの話になれば一兆ぐらいまでは使った。

 まあ10万くらいでいいよね。


「1+1=2。1+2=3……」


 あとは足し算、引き算だ。

 九九と同じで、全部の数の組み合わせは覚えてもらおう。

 これは絶対に役に立つ。

 掛け算の表は後で用意しよう。割り算は、無理だな今は。


 目標は簡単な割り算までかな。

 本当は小数、分数、確率、割合、概数とかも勉強したいところ。

 考えてみると、いろいろあるよね。


 前世はどうだったんだろう。女子高生までの記憶はあるけれど、卒業した記憶がない。



 予定をオーバーして、勉強会は大盛況だった。

 それから毎日、夕食後の時間は、トエの読み書き計算教室となるのであった。


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