鏡よ鏡
「鏡よ鏡。この世で最も美しいのはだあれ?」
切れ長の目が特徴的。年頃の娘がいるにしては若々しい感があり、加えて妖艶な雰囲気を帯びている。この国の女王は人知れず鏡へ話しかけていた。気が触れた訳ではなく、確かに鏡からは声がするのだ。
「はあ、女王様。私はこの世の全てを見た訳ではありませんので、お恥ずかしながらその質問は答えかねます」
分かりやすく抜けた様子が女王の気に障る。それでも少しムキになっている所があるのか、癇癪はまだ起こさずに話を続けた。
「では、今から全ての人間をここに呼びましょう。それから判断なさい」
女王の知る由もないのだが、この時、鏡は露骨に嫌な顔をした。顔、とは言ったが、要するに鏡の隅を少し曇らせた訳だ。
「失礼ながら、女王。この世では毎日多くの命が産み落とされ、同時に多くの命が散っていきます。貴女でもそれはどだい無理な話です」
長々とそう語って見せたのはその意思の表れだ。ただ女王にそれが及ぶべくもなく、「本腰を入れて話に乗ってくれた」程度にしか思っていない。
「では、この国──いいえ、この城の人を全て集めましょう」
「いいえ、女王。城中の人を入れるには、この部屋はあまりにも小さすぎます」
「では──」
「女王、貴女はもっと素直になった方がよろしい。貴女と、白雪姫。どちらが美しいか知りたいだけでしょう?」
その言葉は正鵠を射たようで、女王の切れ長の瞳がいっそう鋭さを帯びる。兎くらいなら心臓を射止めかねないし、いずれは人間にも届いてしまいそうだ。
「可愛げのない鏡ですね。分かっているのなら早くおっしゃい」
「可愛げのない方はどちらでしょう──決まっています。白雪姫の方でございますよ」
その辺をよく了解した上で、鏡は切り込む。途端、立てかけられていた鏡は強引に捕まれ、投げられ──粉々に砕けた鏡がそこにあった。
「ああっ、痛い、痛い! なんてことをするのでしょう!」
「どうせそんなことだろうと思いました。あなたの生意気な態度にはもううんざりです」
踵を返して部屋に出てしまう──鏡は地面とにらめっこになるよう倒れたので、足音で察するしかなかったが──女王の様子を見てとると、少し慌てて声をかける。
「待って、待ってください女王。貴女は、自分よりも白雪姫の方が見てくれが美しい、そう言われてご立腹なされたのでしょう?それは大きな間違いです」
「何が言いたいのですか、あなたは!」
「私をもう一度ご覧になれば、その意味も分かるでしょう。ですから、とりあえず、振り向いてください」
女王は振り返った。大股で、ずかずかと鏡の元まで寄ると、それをむんずと取り上げる。
そこには、
顔に幾つも亀裂が走った、醜い女の姿があった。
❅
「お母様、今お庭で小鳥さんがお歌を歌っているの。綺麗だからお母様にも聞いて欲し──お母様!?」
女王の自室にノックも程々に現れたのは白雪姫だった。割れた鏡とそれを掴む母。ぎょっとして少女は駆け寄るが、女王は何でもないように振り返った。
「大丈夫よ。ちっとも痛くはないのだから」
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