三文小説

君にモテたい男

 これは全くの自慢だが、オレはモテる。


 この世に生を受けて十五年と少し。晴れてオレは高校生となり、中学の時と大して変わらない学ランに袖を通した。ゆえに、オレは高校生になってもモテそうだ。いや、モテた。


「前田くんって物知りね~」


「いや、オレは全然だよ。それより君のことが知りたいな。漫画とか読む?」


 入学して二ヶ月ほど経過したが、オレは程よくクラスのみんなと馴染めている感触があった。話題の中心にはいつもオレの語りがあって、喋り終えた後も沈黙で微妙な空気になることもない。


 今日もオレは、クラスの女子との放課後トークを華麗に決めていた訳だ。が、視界の端に「彼女」を捉えて、オレはすぐに立ち上がる。


「……あ、やっべ、オレ今日塾だったわ」


「マジ? もう間に合わなくない?」


「どうだろ……ごめん、また明日!」


「んー、またね」


 その場で適当に言い訳を繕ってオレは教室を後にする。廊下の角を曲がって「彼女」を見つけると、


「ね、一緒に帰らない?」


 佐倉ちゃん。目下最優先ターゲットの肩に手を置いて、オレはいつもの「モテる微笑み」を繰り出した。


 ❅


 クラスの人気者の名を戴いて久しいが、それでもオレになびかない女子もいる。それが佐倉ちゃんだ。人形みたいな端正な顔立ち、ガラス細工みたいな瞳、きゅっと結んだ桃色の唇。まあ──かわいい。オレでさえ認めざるを得ない。


 入学初日から彼女にはアプローチを仕掛けていたが、いつも会話は必要最低限に留まるばかり。モテるオレに、全くモテない。


 女子は集団で情報共有しがちだから、数人の女子にさえ良い振る舞いをすれば、良いイメージが独り歩き……だなんて話を聞きかじったが、全くそんなことはなかった。


 だから、振り向かせようと決心したのだ。オレと佐倉ちゃんは帰る方向が真逆なので、校舎から校門前を、わざと遠い道に先導する。


「部活とか入った?」


「いや。しんどそうだし」


「漫画とか読む?」


「読んでない」


「よく図書室行くよね。何読んでるの?」


「ドストエフスキーの『罪と罰』」


「どすと……ど、す……エフ?」


 強い。オレの振った質問のことごとくを最小の労力で弾き返してくる。流石のモテるオレでも今回は参ってしまうが、諦めない。やはり小難しい文学が攻め所らしいので、どす、どすと、ドエフ何某氏から話題を広げていこうと思う。


「オレ小説とかあんま読んだことなくてさ、良ければオススメとか」


「前田くん」


「ん?」


 突然話を遮られたが、それはそれ。彼女から話しかけてくるのは良い兆候だ。そんなことを思って続きを促し──


「──こっちおいで」


「へっ」


 ぐぃ、と。佐倉ちゃんとの距離が不意に縮まる。人形みたいに端正な顔立ち、ガラス細工みたいな瞳、きゅっと結んだ桃色の唇──


 はっと思い直していると、間もなくして後ろから鈍い音がした。


「ボール、飛んでたよ」


 首を回せば、音の出処には野球ボールが転がっていた。ホームランボールがここまで飛んできたのか。もし佐倉ちゃん……佐倉さんが引き寄せてくれなかったら。僅かに肩が震えた。それでも彼女を前にかっこ悪い所は見せられないので、何でもない風に振る舞う。


「あっ……ぶねー……。はは、当たったら大惨事だっての」


 その調子で野球ボールを拾おうと膝を曲げ、その拍子にがくんと体のバランスが崩れた。


「どうしたの?」


「はは……待ってやっば、腰抜けた……」


 やばい。

 死ぬほど顔が熱い。

 うつ伏せなので顔が見えないのが不幸中の幸いだ。もうどうしようか、仕切り直そうか。頭の中でぐるぐると思考を回していると、「ふふっ」と押し殺した声が聞こえる。


「びっくりしすぎでしょ……あははっ」


 オレは初めて、佐倉さんが笑っている姿を見た。学校ではどこか浮世離れして、孤高で、綺麗な感じがして──それだけじゃなかったんだ、と。


「立てる?」


「う、うん。……ありがとう、佐倉さん」


 貸してもらった手を頼りに立ち上がり、一度コケた振りをして、もう一度手を握る。何度だってコケても良かったが、手汗が心配だったので次はちゃんと立ち上がった。


「前田くんは今みたいな、弱々しい感じの方が親しみやすいよ。高校デビューで張り切りすぎた?」


「──え、あ、いや僕……オレは全然、そんなこと」


「図星すぎ」


 そう言い残して歩き始めた背中にやっぱり見惚れて、言い返したくて、腰抜けだけど振り向かせたいから、自分に言い聞かせる。


「オレはモテる」


 君はどうだろうか。小声だけど、聞こえていたらめちゃくちゃ恥ずかしいな、とか思いながら。

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