第12話 メロディーたん
「触ってねえよ!」
啓史は危うく「本当は触りたいけど……」と付け加えかけた が、何とか自制した。
「啓史くんは私に触れていませんよ、メロディーたん!勇者様はそんなことしません!彼をいじめるのはやめなさい、メロディーたん!」
啓史はアイナがこのゴタゴタで自分を庇おうとしてくれていることに感銘を受けた。
(メロディーたん?しかしすげえ 可愛い名前だな。お前のキャラにしては少し可愛すぎるんじゃないか?)
啓史は、メロディーの性格はおそらくかなり たちが悪く、名前のように可愛いものではないのだろうと思ったが、何とか寸前で声に出さずに持ちこたえた。
「……どちらにせよ、あのような汚らしい男は姫様に近づかせてはなりません」
「汚らしい?勇者様はついさっき異世界から来られたのですよ?少し汚れているのは当たり前です。いや、そんなことを話している暇はないのです!私は今から勇者様をお父様と宮宰にお通しすしなければなりません!」
「それはこの男が穢れを異世界からこの世界に持ち込んできたということでしょうか?」
「いやいや、ちょっと意地が悪すぎないか?形だけでももうちょっと親切にもてなしたらどうなんだ?」
そんな抗議の叫びが啓史のほぼ喉元まで出かかっていた。
(こんな扱いを受ける筋合いはない。この女は思った以上にたちが悪いな)
そう啓史は思った。
啓史のイラつきはよそに、アイナはそのメイドの言葉にクスクスと笑っていた。啓史は今まで聞いたことのないほど可愛らしい「嫁」の笑いに悶えたが、それでもアイナが自分の側に付かなかったことにムッとした。同時に、この二人の女の子はかなり近しい関係だなと言う感覚も覚えた。
「そんな目で私を見つめないでください、汚い勇者様。あなたは明らかに汚れています。においますから」
メロディーは啓史の近くに歩み寄り、においを嗅いだ。
ちょうど一時間前に女性と鼻を突き合わせる貴重な体験をしたものの、啓史は女の子の間近にいることに慣れたというわけではなかった。彼はまたトマトのように赤面していた。自分の身体を隅々まで嗅ぎ回っているメロディーを前に彼は無力であった。アイナが「メロディーたん!そんなことしないで!失礼でしょう!」と言っているのが聞こえてはいたが、啓史は頭の中がぼんやりとしていた。
「ああ、ここにありました、汚いもの。何か男性の唾液のようなにおいがしますね」
メロディー は女の子の形をしたものを何か啓史のポケットの中から取り出した。
アイナのフィギュアである。
異世界に行く前に何とかポケットの中に戻していたのだ。
「あら!これは……私ですか?」
アイナはそのフィギュアをメロディーから奪い取り、驚きとともに見つめていた。
「これとっても 可愛いです!ね、そう思うでしょ、メロディーたん?」
アイナはぐるりとそのフィギュアを観察した。啓史は嬉しくはあったが、何か変な感じもしていた。アイナは下のアングルからもフィギュアを観察している。ゲームのアイナのスカートや華奢な脚が覗いている。
「わあ、ここなんかすごくよくできています……色は違いますが」
啓史とメロディーは同時に笑い出した。
アイナも、気づかぬうちに笑い始めていた。
彼らは皆同じ事を考えていた。
(こんなに他の人と自然に笑いあったのは何年ぶりだろうか。まるで幼馴染みたいだ)
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