第6話 魔法陣

気まずい時間が数秒流れた。

「ええっと……ここは君の部屋なのか、アイナ?」

甘く女の子らしい香りが部屋に漂っていることに加え、こんなに可愛らしいおもちゃや人形は男の子の部屋にしては可愛すぎると啓史は感じた。それに、アイナに他の男の部屋であんなに気持ちよさそうに眠っていてほしくはなかった。

「ええ、私の部屋ですよ、勇者様。自分の部屋で男の子と話すのはそんなに変でしょうか?」

「あ、いや変ってわけじゃないんだ。どのみち君とは何回も話してるし……」

(ゲームの中で、ね)啓史は心の中でつぶやいた。

「勇者様、何とおっしゃいましたか?ごめんなさい、よく聞こえませんでしたので……」

「いや……何でもない、気にしないで。ところでその、君の国の女の子はみんなそんなに……大胆なのかい?」

アイナは首を傾げ、可愛らしい小さな指を唇に当てた。

「大胆……ってどういう意味でしょうか?」

「その……知らない男の子と寝るというか……」

啓史は変な含みを持たせてしまったことに気づき、すぐに言ったことを後悔した。幸運にも、アイナはそういったことは何も読み取ってはいなかった。

「ああ、そのことですか。本当にびっくりしたんですよ。勇者宮村様がこの世界に来られてから、すぐに丸太のように倒れてしまわれたんですから。本当に心配したんですよ!もしあなた様が死んでしまわれたら、誰が我々の国を守っていただけるというのですか?」

(ああ、彼女は彼女の国をただ守りたいだけで、俺のことは何も気にしてないのか……ちょっとでも俺のことを心配してくれてると思ってたんだけどな……)

啓史は少しがっかりした。

(俺は本当にそんな感じで女の子の前でぶっ倒れたのか?なんて恥ずかしい……それで、彼女は彼女の国を救うために俺をこの世界に呼んだのか?)

「そして何より、あなた様は我々の大事なお客様なのですから。本当に、本当に丁重におもてなししないと!私がお側にいる限り、伝説の勇者様を死なせるなんてさせません!」

「お客様……」

啓史はアイナの言葉で少し落ち込んでいたが、もう回復した。今はもう上機嫌である。

(お客様、か……悪くないな)

「そうです、あなた様はとっても大事なお客様です!ここでの新しい生活をどうかお楽しみくださいね!」

アイナはまたあの太陽のようなまぶしい微笑みを見せた。

(ああ、本っ当に好きだ。君が好きだって今すぐ言いたいよ!でも、できない!)

啓史は自身の湧き上がる欲望と葛藤していた。

「それでその、あなた様がお眠りになっていた間に手を握っていたのは、恥ずかしがってたからというわけじゃないんですからね……?ただあなた様が消えてしまってはどうしようかと思ってただけで……この世界に来られたのは私のせいですし……異世界からこの世界にお連れしたのはあなた様が初めてでしたので、ちょっと不安になっていただけなんですからね……?」

アイナは少し頬を赤らめ、可愛い兎のように頭をぐるぐると回した。

(ああ、可愛すぎる!ここは天国か?アイナはこの世で一番だ!死ぬほど待ち望んでいた瞬間だよ!)

啓史のオタク魂は最高潮になっていた。まるで天にも昇るような気持ちである。可愛い「嫁」が現実に存在して、目の前で可愛い仕草をしている。誰が抗えるというのだ?

「何故笑っておられるんですか、勇者宮村様?」

「いや、何でもないよ!本当に何でもない!それはそうと、『勇者宮村様』は長いし、何か変な感じがしない?シンプルに啓史って呼んでくれると嬉しいんだけど、ダメかな?」

ゲームでは、啓史は自分の名前をそのまま「ケイシ」と設定しており、ゲームの中のアイナはいつも彼のことを「ケイシ」と呼んでいた。アイナと打ち解けてきたこともあり、啓史は「ケイシ」と呼ばれる感覚をもう一度味わいたいと思ったのだ。

「そんな、本当によろしいんですか?」

「もちろん!」

「そうおっしゃるなら……啓史くん」

アイナはそう口にしたとき少し戸惑いを見せた。それが啓史にはたまらなく可愛らしく思えた。

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