第7話 アイナの本体

「アイナちゃん」

啓史はずっと言いたかった言葉でその沈黙を破った。

「はい……?」

「待ってください、何故私の名前をご存じなのですか、宮村様?」

「何故って、君がアイナだから?あれ、名前まだ聞いてなかったっけ?とにかく、啓史って呼んでってば!」

「あ、ごめんなさい、啓史くん!でもまだお伝えしていない気がするんですが……」

アイナは指で可愛らしく髪をいじって見せた。

「ああ!そうだ、知り合いに似ている人がいるんだよ、偶然だなあ。ははは……」

啓史はまたまごついた。

(こういう状況の時なんて言えばいいんだ?やばい、もう言っちまったよ!もう後戻りできないぞ……)

「お知り合い、ですか?」

アイナは再び指を唇に当てる仕草をした。

「いや、忘れて!何でもないんだ!」

啓史はすぐに言ったことを後悔した。アイナは鼻がくっつくほど顔を近づけ、

「それはどなたですか、啓史くん?」

と問い詰めた。

「……」

啓史は何も言えなかった。

「誰なんですか、啓史くん?何か私に隠してませんか?」

またまた「大胆な」アイナの登場である。

(こんなアイナゲームで見たことないよ……やばい!)

啓史は、目の前のアイナが自分の知らない意地っ張りな一面を持っていることを身に染みて感じていた。

啓史の負けである。啓史はすべてアイナに話すことにした。

ゲームのこと、それから、彼の知っている「アイナ」のこと。

「なるほど……そうすると、啓史くんの世界の中に、げえむ?という世界があって、その中で『アイナ』と好きなように色々できる……ということですか?」

「誤解を生むような発言はやめろぉ!エロゲじゃないんだから!」

「えろげ、って何ですか?」

啓史は自分の口を再び呪った。はぐらかそうとするとまた「大胆な」アイナが出現するであろうことは分かりきっていたので、もう一度すべて正直に話すことにした。

「つまり……えろげの中では……女の子と……その……破廉恥なことができる……ということですね。そして『アイナ姫を救え』はそのえろげではない、と。分かり……ました」

アイナは平静を装ってはいたが、明らかに赤面していた。

「……」

「でも、私は『アイナ』じゃありませんよ!!」

啓史はアイナからそんなきっぱりとした言葉を聞いて面食らった。

アイナは立ち上がり、手を後ろに組み少し前かがみの姿勢を取った。

「私はあなたの『アイナ』ではありません!ラスタリア王国の姫です!」

アイナは眩い笑みを浮かべてそう言った。

啓史は感心した。それと同時に、その言葉が彼の心にグサリと突き刺さった。

(ここは、俺の世界じゃない。本当に異世界に来たんだ。そして、俺の知っているアイナとこの子は別人だ。この子はもっと強くて、もっと眩しい。そして、俺の「アイナ」よりも素敵じゃないなんてこと、そんなこと全くない)

「嫁」と会うという夢が終わり、啓史は少し凹んだ。いや、そもそもそんな夢は始まってすらいなかったのである。

しかし、彼は嬉しさも感じていた。現実の、本当に実在する、ラスタリア王国のアイナ姫に出逢うことができたのだ。

(もしかすると、代わりにこの子と恋に落ちるかもしれないな)

啓史はそう思った。もしかするとゲームのアイナを忘れることができるかもしれないと、そう思った。

「アイナ」は彼女ではないのだから。

(俺の目の前にいるアイナは……リアルのアイナだ)

啓史はそういう結論に至った。

今日をもって、啓史の異世界での旅が華々しく幕を開けるのである。

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