第8話 竜の日常
青く澄んだ空のもと、青色や銀色に鱗を輝かせながら堂々たる竜影が這うように悠々と遊泳していた。水竜である。伝説上の竜種の一角であり、水中の世界で繁栄している。
この世界では竜種は強く賢き獣として知られており、国家を転覆しかねない脅威であるとされている。しかし、この竜に関してはそれほど大層なことは何もしていない。
この雌竜は、道に迷っていた。
このあたりにあると噂される貴重なブルーサファイアを探しているのだが、棲家から離れて彷徨いすぎた故にすでに方向感覚を失っていた。水竜はどこでも泳ぐことは出来るが、通常は自らの棲家の近くをそれほど離れることはない。彼らは水を浄化する能力を持ち、その中にはその能力を用いて水を薬に変え、あらゆる疾病を治癒させることが出来るものも存在する。そのため、この万能薬の恩恵を永劫受けることを望み水竜種を崇拝する者も見られる。この水竜は自身の姿を10歳ほどの見た目の可愛らしい少女の姿に変えることが出来るのだが、それ故、崇拝者たちはある特別な方法で彼女を崇めている。
「どうやって家に帰ればいいの……」
例の水竜はため息をついた。遠くへ、より遠くへと進むあまり彼女の棲家はもう見えなくなってしまっていた。
彼女は見たことのない異様な大地に向かって泳いでいた。そこは黒い土と火山で覆われていた。
「ここはどこだろ……」
水竜は少し不安になっていた。棲家に帰れないことは笑い事ではない。上位の竜に捕食されるかもしれないし、人魚に捕まってしまう危険だってある。もしくは、もう家に帰れなくなってしまうかもしれない。
その時、突然、甚く甲高い音が響いた。
水が沸騰するような音にも聞こえたが、何かもっと耳障りで恐ろしい音である。
彼女が音の源に目を向けると……
彼女の目には自身によく似ている生物が映った。昂然たる鱗と長く、巨大な尾を携えている。
自身との違いは、尾の先に炎が灯っていることである。
彼女は自分の目を疑った。
あれは伝説上の炎竜だ。世界を破壊してしまうほどの力を持つと言われる神話上の怪物である。
彼女は水竜の友人から炎竜に関しての話をいくつか聞いたことがあった。全くいい話ではない。この炎竜というものはいつでも好きな時に万物の存在を消し去ることができるという話で、水竜たちは震撼していた。
その炎竜は火山の上空を飛行しており、その首筋には何か赤く光るものが流れていた。
いや、「流れている」のではない。
水竜は、炎竜がその何かを「飲み込んでいる」のだということに気が付いた。
「何を飲んでるんだろ……マグマ、?」
一飲みごとに、一塊となったマグマがはっきりと喉に隆起して現れている。その隆起は次第に腹部へ雷のような沸騰音を立てて流れこんでゆき、大地を揺るがす嵐のような衝撃波を巻き起こした。
数回飲み込んだ後、耳を聾するような声が一面に響き渡る。その声は女性の声のような響きで、自身の友人の雌竜の声を彷彿とさせた。
「美味い!!」
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