第十八話 レベルアップは遠い
◇
──翌日。
我妻さんと一緒に『相模原ダンジョン』に潜って、二時間が経過した。
──相模原ダンジョン第十階層。
「そこ──【ライトニングアロー】!」
『グギャアアアア!』
我妻さんの張り切った声と共に紫電が迸り、稲妻に胸を撃ち抜かれた魔物が断末魔の叫びを上げた。
「グギャルルルゥ!」
二メートルはありそうな巨大なオオカミがうなり声を上げながらこちらに突進してくる。
「──進藤、そっちいったよ!」
「うん!」
咄嗟の恐怖心を必死に抑え、僕に狙いを定めていたオオカミの魔物──ブラッドウルフという名前──の首筋を見据える。
「──シッ!」
右手に握ったダイアウルフの短剣を閃かせ、オオカミの分厚い毛皮に突き立てた。
「グギャァッ!」
急所を刃で裂かれた魔物は、痛みに啼いてから僕のすぐ側に倒れ伏した。
やがてブラッドウルフの体が光の粒子となって消え、指先サイズの魔石とドロップアイテムである『ブラッドウルフの毛皮』だけが残った。
「ふぅ……なんとかなった」
額の汗を拭いながらほっと息をついていると、我妻さんが背後から声をかけてくる。
「いいね、進藤! この調子でガンガンいこうぜ!」
「うん……我妻さんと比べたら、まだまだだけどね」
「まあ私は最強ですし?」
「あはは……」
ドヤ顔で胸を張る我妻さんに、僕はちょっと引き気味に笑い返した。
彼女の傲岸不遜さに──ではなく、周りの様子を見ながら。
我妻さんの周りには、都合十五体分のブラッドウルフのドロップアイテムと魔石が転がっている。
ブラッドウルフは七階層から十階層の範囲に出現する魔物で、基本的には十~二十体から成る群れを作っている。
上層のゴブリンは群れを作ってもせいぜい五体が上限──ゴブリンリーダーの場合を除く──なのに対して、武器を持っていないとはいえその何倍もの数で襲われるのは純粋な驚異だ。数の暴力。
僕達が十階層で遭遇したのは、『十六体』の群れだった。
で、僕が倒したのは先ほどの一体だけ。
あとのブラッドウルフは全部我妻さんがあっというまに倒してしまったのだ。
最強を自負する彼女をからかう気にもならない。同じ日に冒険者になったのに、とても大きな差が開いてしまった。僕なんかと彼女を比べるのは、おこがましいけれど。
「こんなに早く十階層まで来れたのは、我妻さんのおかげだね」
「いままで一人で潜ってたからね~こっちも討ち漏らしを進藤が倒してくれてるから、普段より楽だよ。ありがとう」
「いやいやいや……」
まっすぐな我妻さんの言葉に、僕は頬に熱が集まるのを感じながら首を振る。功績の比率で言えば、我妻さんが九割九分で、僕は残りの一分だけだ。
「コル、コルルア!」
僕のウエストポーチから飛び出てきたコルが、抗議するように僕の肩にぶつかってきた。
「わっ……そうだね、コルも活躍してたね」
「コル!」
満足そうに頷いて、コルは再びポーチの中に戻っていった。自由だなぁ……。
「なになに? なんか怒ってた?」
「俺の活躍をわすれるなーってところかな?」
「あはは! 確かにコルもこのパーティの一員だもんね」
実際、コルは道中で何度か僕達が見落としていた魔物を見つけて先制してくれたりしていた。……そう考えると、僕よりコルの方が活躍していたかもしれない。ちょっとへこむ。
「ソロに拘ってたけど、こうして仲間と一緒にダンジョンを攻略するのも悪くないね」
「……そうだね」
楽しそうな我妻さんを見ながら、僕は本心で頷いた。
それから更に一時間後。
僕達はあっという間に相模原ダンジョンの十二階層に到達していた。もう一度階段を降りれば十三階層──ボスであるロックリザードが待ち受けている階だ。
「ん~! 進藤の卵焼き、うま! 私、卵焼きはぜったい塩派なんだよね~」
「よかった。美紀子さんに報告しておくよ。我妻さんのからあげも、美味しいよ」
「冷凍食品を解凍しただけだけどね~」
間近に控えたボス戦のために、僕達は小休憩をとっている。
コルが見つけたこの小部屋は、ダンジョンにいくつか存在する『レストルーム』だ。ここでは魔物が生まれず、こうして休憩をとることが出来る。
現在時刻は正午。というわけで僕達は壁に体を預けながら昼食用の弁当をつついている最中だ。非日常の中で食べると、いつもと同じ筈の弁当が、なんだか普段よりずっと美味しく感じるから不思議だ。
「コル!」
「はいはい、コルにもあげるよ」
あぐらを掻いた僕の太腿あたりをペシペシと尻尾で叩いてきたコルにも、卵焼きをわけてあげる。
「コルル~」
綺麗な薄黄色の塊をはぐはぐ食べながら、コルは満足そうに一鳴きした。
相変わらず、この謎の生き物が何を食べても良いのかわからないけど、満足そうなのでこれでよしとしよう。
「──それで、進藤はレベル上がった?」
おにぎりを飲み込んでから、我妻さんがそんなことを訊いてくる。
「えっと……してないね」
ステータスカードを見たが、レベルは1のままだ。
進藤行人
レベル1
攻撃:58→58 耐久:41→41 敏捷:101→107 器用:52→53 魔力:0→0
スキル:短剣術15 スライムスレイヤー 双剣術15
道中は我妻さんに任せっぱなしだったので、ステータスは殆ど上がっていない。というか、昨日からステータスもあまり変わらなくなってしまったのだ。
ステータスまでなくなったら今度こそ冒険者を諦めることになりそうだ。
「ふぉっふぁー」
二個目のおにぎりを咀嚼しながら我妻さんが頷いた。彼女のお弁当はそれが最後の一品で、もう完食している。は、はやい……僕なんてまだ半分は残ってるのに。
「ごめん、急いで食べるよ」
「ゆっくりでいいよ。運動部にいた頃の名残で、早食いなんだ。体に良くないから直そうと思ってるんだけどね」
たはは、と我妻さんが頭を掻く。
それにしても、レベルアップか……一体どんな感覚なんだろう。
「レベルアップしたときの感覚?」
「うん、どんなものか知りたくて」
「う~ん、気付いたら勝手に上がってたって感じだったからわかんないかな~」
「そっか……」
「わーうそうそ! ちゃんとあるよ、特別な感覚! もう、進藤って騙されやすいなあ」
我妻さんが苦笑いを浮かべた。僕って騙されやすいのか。
「……っと、冗談は置いておいて、レベルアップの感覚だけどね。ダンジョンに潜ってる最中に、急に体が軽くなった気になったりするんだよ。魔物を倒した後、へとへとな筈なのに力がみなぎってきたり、戦闘中に急に相手の動きがよく見えるようになったり」
「へー、そんなに違うんだ」
「もう全然違うね。で、その感覚があったときは必ず、ひゃくぱー、絶対に、レベルアップしてる」
「そうなんだ……」
凄いな。そんなに変わるものなのか……。
「それにしてもここまでレベルが上がらないとは……大器晩成──いや、超超超大器晩成だね、進藤は。きっと、レベルが一つ上がるだけですっごい強くなっちゃうかも」
「そ、そうなのかな……」
自分としては、このまま一生レベルが上がらないんじゃないかとたまに不安になるんだけど……我妻さんは僕の可能性を信じてくれているらしい。
「私は、進藤がすごいことになるって信じてるよ。この前ステータスを見せてもらったときから」
「買いかぶり……にならないように、頑張るよ。早速、ボス部屋までは僕が前衛を担うってことでいい?」
「お、その意気だ! もちろんいいよ!」
「コル! コルル!」
我妻さんとコルに励まされ、照れくさくなった僕は弁当の残りを掻き込んだ。
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