第十七話 我妻愛稲のお願い
翌日の午前八時半。
ダンジョンに入る前の冒険者がたむろする食堂の一角で、僕と我妻さんは向き合って座った。
「ごめんね、こんな早い時間から」
「いつもこれぐらいから活動しているから、問題ないよ」
恐縮する我妻さんに、僕は首を振った。
これから僕達は相模原ダンジョンのボスに対するミーティングをする予定だ。
「今日は疲れているだろうから、詳しい話はまた明日するね」とあの後我妻さんに言われ、今に至る。
「それにしても意外だな……我妻さんが苦戦するなんて」
「うぅ……私も初心者ダンジョンのボスなんて余裕だと思ってたよ……」
珍しく弱っているみたいだ。
ボス──ダンジョンの最奥で待ち受け、他の魔物とは一線を画す強さを持つ魔物。それがボスモンスターと呼ばれる存在だ。
ボスモンスターはダンジョン最下層にあるボス部屋と呼ばれる空間で、冒険者を待ち構えている。
狙わなければ出会うこともないし、わざわざ強力なボスと戦う意味もない──というのは間違いだ。
ボスを倒すと、魔石とドロップアイテムの他に宝箱が確定で出現する。冒険者はボスが隠し持つ宝箱を狙って、危険な戦いに身を投じるのだ。
そしてもう一点──ボスを倒さないといけない理由がある。
それは、「ダンジョンオーバーフロー」と呼ばれる現象だ。
かつて、ダンジョンから魔物が溢れ出し、地球の人々を襲った大事件。
その原因は「複数のダンジョンで長期にわたってボスモンスターを討伐しなかった」ことにあるらしく、故にギルドはボス討伐を半ば冒険者に義務付けている。
閑話休題。
「ここのボスって、ロックリザード……だったよね」
「そう。このダンジョン唯一の属性持ち」
我妻さんはアイスティーを口に含んで頷く。
ロックリザード。岩をつなげて作られたような、巨大なトカゲだ。トカゲというより竜だろあれ、みたいな会話が耳に入ってきたことがある。
「私のスキルとどうも相性が悪いみたいでさー……」
「ああ……我妻さんのスキルって、雷属性しかないもんね」
「そうなんだよねー」
スキルと魔物には、属性を持つ物がある。その属性大体ほどんどが、炎、風、土、雷、水の五つに分類される。ゴブリンやスライムなど、相模原ダンジョンに生息する魔物は属性を持たない「無属性」だ。
中にはこの五属性のどれにも当てはまらない属性もあるらしいけど……今の僕達には無縁な話だ。
「ロックリザードは土属性の魔物……雷に強い」
「その通りでござんす」
我妻さんがお手上げ、といった風に両手を上げた。
属性には相性がある。炎は風に強く、風は土に強く、土は雷に強く、雷は水に強く、水は炎に強い。図に表すとちょうど一周する形だ。
そして、ロックリザードは土属性の魔物。雷属性からの攻撃を軽減し、逆に大きなダメージを与えることができる。
「一昨日進藤の家から帰った後、いけそうな気がしてロックリザードに挑戦したんだよね」
チャレンジ精神が凄い。
「でも、全く歯が立たなかった。こっちの攻撃を当てても涼しい顔をされて、向こうの一発でやられちゃった」
「やられちゃったって……よく無事だったね」
「ここは撤退が可能なボスだからね」
「あー確かにそうだった」
ボス部屋は撤退可能な部屋と不可能な部屋の二種類がある。前者は文字通り。後者はボスを倒さないと外に出ることができない。
出てくる魔物が弱く、階層の数も少ない初級のダンジョンは全てボス部屋から撤退可能だ。
「それで、昨日は朝からリベンジに燃えてたんだよ。絶対倒してやるぞーって」
我妻さんはアイスティーを一気に啜った。
「私はスキルの都合上、どうしても戦闘中に雷属性が付与される。だからあえて拳術以外のスキルは使わないで戦ってみたの」
そこでがばっと、我妻さんはテーブルに突っ伏した。
「いいとこまではいけるんだけどさ~~~! ロックリザードがピンチになると使う魔法はスキルを使わないと躱せなくて……それで毎回押し切られちゃうってわけ。十回挑戦したけど、全部ダメだった」
「すごいタフだね……」
十回負けたら、僕はさすがに心が折れる。
「もう正直、相模原ダンジョンだと物足りなくて、別のダンジョンにも行きたいんだけど……負けっぱなしは悔しいから、勝つまでずっと挑戦し続けちゃいそう」
「難儀だね……」
ただ、我妻さんの気持ちはわかる。僕も正直、レアモンスター以外の魔物には負ける気がせず、物足りない気分だった。
「ロックリザード戦での、あと一押し──決定打が欲しくて……そう思った時、進藤の顔が思い浮かんだんだ」
顔を上げた我妻さんが、僕の顔を見据える。
「昨日も言ったけど……進藤、私と一緒に、ロックリザードと戦ってくれないかな」
「うん、いいよ」
「これは私のわがままだし、正直進藤にメリットは──え、いいの?」
「うん。近いうちにボスに挑戦しようと思っていたし、ちょうどいいかなって」
我妻さんでも倒しきれないモンスターに、僕の力がどれだけ通用するかわからないけど……やる前から諦めたくはない。
ここまで色々僕に親切にしてくれた彼女の力になりたいとも思っているし。
それに……。
「ボスを倒したら、僕のステータスにも変化が起きるんじゃないかって、思ってるんだ」
「あっ……」
愛稲がはっと目を見開く。
「コルと一緒にいるために、早くテイムのスキルを覚えたいし、コルを狙う人から守れるぐらいに強くなりたい。そのカギはダンジョンのボスにあると思う……全く見当違いかもしれないけど」
ロックリザードを倒しても変化は起きないかもしれない。けど、やらないよりはマシだ。
だから、断る理由は僕の中にはなかった。
「一緒にロックリザードを攻略しよう」
僕は拳を突き出した。
我妻さんはそれを見て一瞬目を丸くして──
「──うん‼」
顔を綻ばせながら、僕とグータッチを交わした。
それからいくつか作戦を練り、明日さっそくボス部屋に行くことを決めて、僕達は解散した。
我妻さんは今日は用事があるらしく、ダンジョンには潜らないらしい。
「連携は明日確認しながら進めばいいよね」
と、ちょっと楽観的な感じだった。
彼女の足を引っ張らないためにも、少しでもいいから強くなろう。
「コルー!」
決意を新たにしていると、小声でコルが応援してくれた。ウエストポーチを撫でて、僕は今日もダンジョンへと潜った──。
◇
「あのガキ……やっぱり冒険者だったか……!」
食堂の隅。行人と愛稲が座っていた席の真後ろにあったテーブルで、男は爪を噛んだ。
真っ黒なフードを被った男性。その姿から、周囲から奇異の視線を向けられている。だが、そんなことは男にはどうでもよかった。
あの少年が、冒険者であったこと。会話の中に『テイム』というスキル名がでてきたこと。
それが男にとって何よりも重要だった。
男にはもう、後がなかった。
重要な商品を失った彼は、組織の頭に切り捨てられた。長年所属していた組織からは、自分の身の置き場所がなくなっていた。
『見つけられなかったら、命は無いと思えよォ? お前程度の冒険者、いくらでもいるんだからなァ?』
組織の親玉にそう凄まれ、風巻は危うく夜逃げしそうになった。
(それも全部、あのガキのせいだ……!)
男は血走った目で、少年の──行人の背中を睨む。
胸の奥からドス黒い感情が沸き上がり、今すぐあの呑気な背中を貫いてしまいたい衝動に駆られる。
(焦るな、落ち着け。ギルドの直轄で問題を起こしたら、すぐにバレる。やるなら──周囲の視線がない、ボス部屋でだ)
「くふっ、ふふふ、はははは」
独りでに笑い出す男。周囲の客は気味悪がって離れていった。
それすらも、今の男には全く関係のない話だった。
「ぶっ殺してやるよ……クソガキ」
彼の心は、固く重い殺意に塗れていたから。
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