第十三話 嵌められた冒険者

 翌日。

 僕は相模原ダンジョンに赴いて、一階層を駆け抜けた。


「おお、ここが……」


 ゴール地点に辿り着き、僕はごくりと生唾を飲み込む。

 眼前には巨大な階段。先は闇に沈んでいて、何も見えない。


 第二階層に続く階段を、緊張した面持ちで降り始める。

 やがて、開けた場所に出た。


 周囲の風景は一階層となんら変わらない、二階層に降り立つ。スライムしか出なくてスルーされがちな一階層とは違って、たくさんの冒険者が広場にたむろしていた。


「……よし、いよいよ本当のダンジョン攻略の始まりだ」

「コル!」


 ぐっと両手に力を込めていると、ウエストポーチからコルの小さな声が聞こえてきた。


 相模原ダンジョン第二階層には、スライムの他にホーンラビットとゴブリンが出現する。


 前者のホーンラビットは名前通り額に一本の角が生えたウサギで、洞窟内を跳ね回って初心者を苦しめる魔物だ。戦い方はスライムに似ているけど、スライムより素早くスライムより攻撃力が高い。


 ゴブリンは人間の子供ほどの大きさで、全身緑色をした、武器を持つ魔物だ。大体はこん棒を持っているらしい。このダンジョンで出てくる最初の二足歩行の魔物であり、初心者はゴブリンで戦い方を学ぶことを推奨されている。


 今日はそのゴブリンを倒すつもりだ。早く終わったら、三階層に足をのばし、そこに出現するファングスパイダーを倒そうと思う。


「──コル、コルル」

「──っと、いるね」


 コルの声に前を注視すると、くらがりに浮かび上がる一つのシルエット。


「キュキュ」


 現れたのは、ホーンラビット。苔の明かりを反射した硬そうな角が、きらりと光を放つ。

 レンタルした短剣を握り、僕は身構えた。


「キュ──!」


 ホーンラビットが跳躍する。スライムとよく似た行動。けれど、速度は段違い。

 しかし──。


「遅い!」


 エクススライムと戦い、敏捷が大きく伸びた僕には、止まって見えた。


 一閃。

 レンタルナイフが、狙いたがわずホーンラビットの首と胴を切り離す。


「キュ……」


 ホーンラビットは静かに絶命した。地面にスライムの物より僅かに大きな魔石が落ちたのを確認して、拾い上げる。

 初見の魔物との戦闘は、数秒で終わった。ダイアウルフの短剣を使ってもいないのに。


「……レベルは上がってないけど、確かに強くなってる」


 確かな実感を抱いて、僕は呟いた。


 それから僕は魔物を狩り続けた。

 二階層や三階層の魔物ではもう物足りない。四階層で出てくるマンドレイクも、レンタルナイフの一振りで消滅した。


 ゴブリン、ファングスパイダー、ホーンラビット、マンドレイク──目に入った魔物をすべて蹴散らして、僕はぐんぐんとダンジョン内を突き進み──そして、いつの間にか第五階層に辿り着いていた。


「……まさか、こんなに早く来れるとは思わなかったな」


 もしかしたら、僕はレベルの数字に囚われて、必要以上に慎重になっていたのかもしれない。


「けど、ここから難易度はぐっと上がるから気を引き締めないと」


 この五階層には、三つの新要素がある。


 一つ目は魔物の集団。ゴブリンやホーンラビットなど、上層に出現する魔物が一気に複数体で現れる。二、三体ならともかく、五体以上の群れなどに遭遇したら逃げた方がいいだろう。


 二つ目は空を飛び、遠隔攻撃をしかけてくる魔物。ジャイアントバット、というモンスターは空中から冒険者を襲い、さらには超音波で聴覚にダメージを与えてくる。遠距離攻撃手段のない僕には、難しい相手だ。


 そして三つ目が──。


「あ、ゴブリン」


 考え事をしながらダンジョンを歩いていた僕の前に、曲がり角からゴブリンが現れた。


「ゲギャッ⁉」


 ゴブリンは僕に気付くと、慌てて転身し元来た道を引き返す。

 魔物の中には、強い冒険者を見ると逃げ出す個体が居る。エクススライムはその究極みたいなものだ。


「レベル1の僕からも逃げるんだ……上の階ではそんなことなかったけど」


 疑問に思いながらも、僕は逃げていったゴブリンを追いかけた。レベルを上げるため、新スキル──特にテイムのスキル──を覚えるために、出会った魔物は全て倒すようにしている。


 ゴブリンの逃げた先には宝部屋があるというのも理由の一つだ。


 宝部屋とは、文字通り宝箱のおいてある部屋だ。宝箱の中には、ポーションや装備品などが入っている。宝箱は中のものを取り出すと自動的に消え、しばらくすると同じ場所にまた現れるらしい。


 まあ、定期的にリポップするとはいえ、人気のダンジョンの宝箱は大体他の人にとられてしまうらしいけど……ついでに確認するのも楽しみの一つだ。


 曲がり角を曲がると、ゴブリンの背中が遠くに見えた。


「──ふっ!」


 その先にある大広間の中央にゴブリンが辿り着いたところで、僕は握っていたレンタルナイフを投げつけた。


 ジャイアントバットの対策で考えていた「ナイフ投擲」を試すためだ。


「グギャ⁉」


 脳天に命中した短剣が、ゴブリンの命を奪う。

 武器を投げて攻撃するのは、あまり推奨されていないけど、僕のメイン武器はダイアウルフの短剣なので、まあセーフだろう。


 ゴブリンの遺体が消え、レンタル短剣が地面に落ちる。

 大広間に入り、近付いてそれを拾い上げた僕の視線の先に──簡素なつくりの箱が見えた。


「あった……! 宝箱だ!」


 ツイてる。こんなに早く宝箱に辿り着けるなんて。

 喜色の笑みを浮かべ大広間の奥に進み──背中にざらりとした嫌な予感が走った。


「っ──!」


 背後から気配を感じ、慌てて身をよじって地面を転がる。


 ズガァンッ!! と、先ほどまで僕が居た場所に巨大な棍棒が振り下ろされた。


「ゲギャギャアアアアアアアアアアアアア!」


 不意打ちが空振りに終わったその魔物は、苛ただし気に声を上げた。

 その正体を見て、僕は息を呑んだ。


 五階層から現れる、三つ目の要素──レアモンスターの出現。


 一階層のモンスタールームで出てきたエクススライムは例外で、本来はこの階層から強力な魔物が偶に出現するようになる。


 その内の一体であり、一番危険な魔物──『ゴブリンリーダー』が、僕を見据えていた。


 ゴブリンリーダー。初心者殺しとも呼ばれる危険な魔物だ。その真価は──統率。

 大量のゴブリン従えて、冒険者を袋叩きにする。

 視線を走らせると、周囲はゴブリン達に囲まれていた。その数は、三十体以上。五階層の常識をはるかに超えた数字だ。


「ゲギャギャギャ」


 ゴブリンリーダーはその緑色の顔をゆがめ、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 あのゴブリンは、斥候──いや、囮だったのか……!


 餌で冒険者をおびき寄せ、所定の位置に隠れていたゴブリンリーダーとその部下達で奇襲をかける──なんて狡猾なのだろう。


 冷汗が頬を伝う。


 出入口は遠い。ゴブリンの壁ができていて、無理やり突破できそうもない。

 戦うしか──ないのか?


 ゴブリンリーダーを始めとした三十体のゴブリンの群れを、範囲攻撃のスキルを持っていない僕が倒すのは難しい。そもそも、魔物の群れと戦うのもこれが初めてなのに。


 呼吸が浅くなる。後ろが気になって仕方ない。いつ背後から襲われるかわからない。

 ──僕の心が、不安で押しつぶされそうになった、その瞬間。


「コル!」


 ウエストポーチから飛び出してきたコルが、僕の背後に立つ。


「っ……うん、そうだね。コルがいてくれるなら、負ける気はしない!」


 僕は一人じゃない。コルがいる。それだけで、勇気が湧いてくる。

 コルと一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がする。


「後ろは任せたよ、コル」

「コル!」


 頼もしい味方の返事を聞いて、僕はゴブリンリーダーに向かって駆け出した。

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