第十二話 クラスで一番の美少女と同い年の義妹が修羅場にならない

 いや、何故というか、それはもちろん僕が呼んだからなんだけど。コルの話をするには人目を避けたいし、さらに言えば監視カメラとかない場所がいいし、お互いの家が近いから、と提案してしまったのだ。


 女の子を自宅に呼ぶというとんでもないことをやらかしたことに気づいて後悔しても、もう遅かった。

 緊張で手のひらに汗が滲んでいる。


「お~ここが進藤の家か~人の家って自分ちと全然匂いが違って、なんかいいよね」


 そんな僕の緊張をよそに、我妻さんはリラックスした態度で家の中を見ている。


「に、義兄さん。友人が来るとは聞いていましたけど、それが女性だなんて聞いてませんよ……⁉」


 ガチガチになる僕の隣で、負けないぐらいに緊張しているのは美晴だ。


 今日は前田夫妻はドライブに出ていて家にいない。なんでも遠方のホームセンターにガーデニング用の苗を買いに行くらしい。


 昨夜僕が友達が来ると伝えると、慌てて中止してもてなそうとしたので必死に止めた。

 代わりに、美晴が一緒に出迎えるということになったのだ。


「あの、義兄さん。もしかしてよからぬことを……」

「し、しないしない! そんなことできないよ!」


 とんでもない疑いを駆けられ、僕はぶんぶんぶんと首を振った。


「まあ義兄さんがそんなことをするとは思いませんが……」


 だったらそんなことを聞かないでほしい……。


「えっと、進藤の妹さん? 初めまして。同級生で冒険者の同期の我妻愛稲です」

「あ、初めまして。前田美晴です」


 我妻さんと若干人見知りを発動している美晴がお互いに頭を下げる。


「妹……っていっても、僕の誕生日がちょと早いだけの同い年なんだけどね」

「……進藤ってなんか漫画の主人公みたいな生活してるね」

「そうかな?」


 主人公というガラではないと思うけど。


「我妻さんに同意します」

「えぇ……」


 うすうす勘づいていたが、今日は僕に味方がいないらしい。


「それじゃあ美晴。僕と我妻さんは部屋で大事な話をするから」

「えっ⁉」


 我妻さんを二階に案内しようとすると、美晴がとても大きな声を出した。


「待ってください義兄さん。まさか自室で二人きりになるということですか……?」

「え、うん。そこは我妻さんにも了承をとってるよ」


 美晴がそわそわし出す理由が僕にはわからないが、我妻さんは察したらしい。「あー」と一人で納得したようにうなずいている。


「美晴ちゃん、大丈夫だよ。そういうのじゃないから」

「そ、そうなんだ……」


 美晴って、両親以外にもタメ口で話すんだな……どうして僕には頑なに敬語を使ってくるんだろう……ちょっと寂しい。


「……二人の合意であれば、私からは何も言いません……義兄さん。私はリビングにいるので、何か困ったことがあったら呼んでください」

「ありがとう、美晴」


 美晴が理解のある人で良かった。

 美晴から麦茶とお菓子の乗ったお盆を受け取り、僕は我妻さんと共に二階に上がった。


「おー、殺風景だねー。男子の部屋ってこんなもんなのかな?」


 我妻さんは部屋に入ると部屋の中を見回した。なんだろう、この気恥ずかしさは。見せられないものは置いてないのに、なぜかドキドキする。


 我妻さんが「殺風景」と評す通り、僕の部屋には物があまりない。


 ベッドと、勉強机、それにタンスくらいだ。引っ越してから半年も経っていないのと、まだどうしても他人様の家という感覚が抜けなくて、物を買い足せないでいる。


「ほら進藤。美少女が部屋にいる光景に見惚れてないで、座ろうよ」

「あ、そうだね」


 我妻さんに促され、僕はお盆を机に置き、椅子を引き出した。


「僕はベッドに座るから、我妻さんはこれに座って」

「……ツッコミ待ちだったんだけど」

「……?」


 乙女心って難しい。


「──お、これって進藤の武器? 触ってみてもいい?」


 けろりと表情を変えた我妻さんが、ベッドボードの上に置かれたホルスターと、そこに収まるダイアウルフの短剣に興味を示す。


「あ、いいよ」

「ありがと~ってこれ、めっちゃいいナイフじゃない? 買ったの?」

「あ、それは芳樹さん──前田家のお父さんから貰ったんだ。昔は冒険者をやってて、そのころ使ってたんだって」

「ヴィンテージ物だ~身内に冒険者が居るのっていいな~」


 我妻さんは興味深そうにダイアウルフの短剣を色々な角度で眺め──


「──いや、そうじゃないよね」


 急にスン、と冷めた表情を浮かべた。


「もう……今日ここに来たのはもっと重要な話をするためでしょ」

「そ、そうでしたね……」

「進藤と話してると、どんどん話が脱線しちゃうなぁ。まあいいけど。それで、その後ろにあるのが、昨日使ってたウエストポーチだよね?」


 我妻さんが僕の背後を指さす。ベッドの隅には、こんもりと膨らんだ鞄が置いてあった。


「……その、何が出てきても、大声は出さないでほしい」

「わかった」


 我妻さんが頷くのを確認して、僕は鞄の口を開けた。


「──コル!」


 我妻さんが来た時からずっと身を隠してもらっていたコルが、勢いよく顔を出した。


 時間が停止した。コルは僕以外の人間に出会って瞳を輝かせ、我妻さんはそんなコルを見て目が点になっている。


──やがて、我妻さんが固まったまま、唇だけ動かす。


「……この子ってさ」

「うん」

「魔物だよね」

「魔物……だね」

「だよね」

「うん」

「…………」


 すぅうううううう──と我妻さんが深く息を吸った。


「はぁああああああああああっっっ⁉ 進藤、やばすぎるでしょ⁉ なにやってんの⁉」

「コル⁉」


 そして至極ごもっともなことを叫んだ。

 反論の余地はない。これが当然の反応だ。


「あ、我妻さん……声抑えて……!」


 あまりの声の大きさに、コルは怯えて僕の背中の陰に隠れてしまった。正直、僕も怖い。


「義兄さん⁉ 我妻さんの凄い声が聞こえてきたのですが⁉」

「本当に大丈夫だから、今は入ってこないでぇ⁉」


 前田家は一時、狂乱に包まれた。


「──ごめん、大きい声出しちゃった」

 我妻さんは小さくなりながら頭を下げた。

「いやまあ、これは誰でも驚くと思うよ……」


 苦笑いを返して、僕は膝に乗ってるコルの体を撫でた。コルはこちらの気も知らないで、のんきな顔でお菓子を食べている。


「正直、魔物か何かを連れ帰ってるんじゃないかって予想はしてたんだよね」

「あ、そうなんだ」

「そうでもないと、ダンジョンで会った時に進藤はあんなに取り乱さなかっただろうし」

「確かに……」


 我妻さんの言う通り、昨日の僕は滅茶苦茶焦っていた。誰がどこからどう見ても「隠し事をしている」とわかるくらいには。

 だからこうして問い詰められているわけだ。


「でも、精々スライムだと思ってたんだよね、よくある話らしいし……まさか、こんな見たこともない魔物を匿っていたなんて……」

「やっぱり、我妻さんもみたことがない?」

「実際にも、ネットの画像でも見たことはないね」

「そっか。僕も調べてみたんだけど、それらしい魔物は見つけられなかったよ」


 空いてる時間にそれっぽい単語で検索をかけてみたが、結果は芳しくなかった。


「となるとこの子は……新種の魔物ってこと?」

「やっぱり、そうなるかな」

「コル?」


 コルは呑気な顔のまま、僕と我妻さんを見比べた。よくわかっていなさそうな顔に、緊張感が削がれそうになる。


「それにしても……こんな珍しい魔物、どこでみつけたの? 相模原ダンジョン?」

「ああいや、この子とはダンジョンの外で出会ったんだ」


 僕は我妻さんに経緯を説明した。

 コルと偶然出会ったこと、コルを追っていた男の人がいたこと。


「……うわあ、追われていたこの子を助けるためにって……ほんとに大胆なことしたんだね」

「僕もそう思う」


 あの日は色々なことが起きすぎて、正常な判断ができていたとは正直思えない。


「──ただ」

「ただ?」

「あの日コルを助けたことを、間違っているとは思いたくないかな」


 必死に逃げて、逃げ込んだ鞄の中で小さく震えていたコルのことを、僕は何度だって助けると思う。


「……そっか。とはいえ、進藤がやってることって明確な違反行為だよね。この子──コルがダンジョンの外に持ち出された要因は別だとしても、数日匿っていたわけだし」

「うっ、そうだよね……」

「早くギルドに報告しないと、冒険者の資格をはく奪されるかも……」

「うぐぐ……」


 わかってはいた。覚悟もしていたつもりだった。

 けれど、改めて第三者に言われると、結構堪えた。


 我妻さんに見つかってから、こうなることは予想していた。

 コルと別れることを──。


「コル……?」


 コルは不安げな瞳で、僕を見上げてくる。


「ごめんね、コル。僕がテイムのスキルを覚えられないばっかりに……」

「コルゥ?」


 自分の情けなさに、体が震える。一緒に居ようと決めたのに、その約束を守り通す力が僕にはない。


「──でも、人助けならぬ魔物助けっていうのは、私は結構好きだな」


 俯く僕に、そんな明るい声が投げかけられた。


「え──?」


 顔を上げると、我妻さんがこちらを見て微笑んでいる姿が目に入る。

 その瞳には、非難や糾弾の色はない。驚くほどに、優しく澄んでいた。


「その子を守りたいから、怖い人から隠して、どんなことをされるかわからない施設には預けないようにしたんでしょ? 自分勝手な行動だったら、引き摺ってでもギルドに連れて行こうと思っていたけど……そういう理由なら、私は良いと思う」

「え、そ、それじゃあ……」

「ギルドにはなにも言わない。今日ここで見たこと、聞いたことは、なにも──私が、共犯者になってあげる」


 我妻さんは微笑みを崩さないまま、頷いた。


「っっ──ありがとう、我妻さん」

「コル!」


 僕が頭を下げると、コルが我妻さんに跳びついた。


「わっ! ほんとに人懐っこいね。魔物とは思えないや」


 我妻さんは驚きながらもコルを受け入れ、鱗を優しくなで始める。コルも気持ちよさそう。というか、僕の時より顔が弛緩してる気がする。


「あ~これは絆されるのもわかるな~私にもコルみたいな魔物が現れないかな~」


 すっかり我妻さんはコルの虜になってしまったみたいだ。

 全部丸く収まってよかった。我妻さんを巻き込んでしまったのは、少し申し訳ないけど。


「コルのためにも、進藤はレベルだなんだ言ってないで、とにかく早くテイムのスキルを覚えなくちゃね」

「そ、そうだね。テイムを覚えるコツってわかる?」

「わかんない。私も覚えてないし」

「そうだよね……」


 がくりと肩を落とす僕を見て、我妻さんは何故かとても楽しそうに笑った。


「──じゃ、今日はお邪魔しました。また何かあったら連絡してね。美晴ちゃんにもよろしく」

「こちらこそ、色々とありがとう」


 二時間ほど滞在して、我妻さんはコルとひとしきりじゃれあってから、「なんかダンジョンに潜りたくなってきたかも」と言い出した。


 驚いたけど止める理由もなかったので、僕は玄関先で彼女の背中を見送った。

 凄い行動力だ……僕は緊張がほどけて疲れが押し寄せてきたので、正直ちょっと休みたい気分なのに。


「──まあ、これで一件落着、ってところかな? あとはコルを追っていたあの男の人に見つかる前に、テイムのスキルを覚えるだけだ」


 改めて目的をはっきりさせた僕は、明日に備えて体を休めようと家の中に戻って──


「──それでは義兄さん。部屋で何をしていたかちゃあんと教えてもらってもいいですか?」


 ──待ち構えていた美晴に捕まり、涙目になるのだった。

 コルのことは伏せて、僕達の関係などを説明していると、いつの間にか夜になっていた。

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