第十一話 尋問からは逃げられない!
換金を終えた僕は、内設されたカフェテリアへ急いだ。結局三十分もかかってしまった。我妻さん、帰っちゃったかもな……。
「あ、進藤。こっちこっち」
僕の懸念を吹き飛ばすような明るい声が、カフェテリアの奥から聞こえてきた。
目を向けると、ガラス張りの壁のすぐそばの席に座っている我妻さんが、こちらに手を振っている。
「──我妻さん、ごめん! すごい待たせちゃったよね……」
「ほんとだよ~ラージのシェイク飲み終わっちゃった」
我妻さんの近くには、空っぽになったグラスが置かれていた。
「新しいの何か買ってくるよ。本当にごめん」
「いやいや、そこまでしなくてもいいよ流石に」
「今日、結構稼げたんだ。だから、これでチャラにさせてほしい」
「ふふ、進藤って真面目だね~。じゃあ、アイス抹茶ラテのМサイズをお願いしちゃおうかな。あとあと、ガトーショコラ!」
「あはは。わかった、買ってくるね」
僕はいったん席を離れ、レジに並んだ。
我妻さんに言ったことは嘘ではない。今日の収入がかなり良かったのだ。
占めて百三十万円。エクススライムの魔石が一個十五万で、それが五個で七十五万。大量のスライム魔石と粘液が全部で五万で、残りの五十万が──今日の情報料らしい。
入金されたステータスカードを見て固まっていた僕に、指宿さんとは別のしっかりとした雰囲気の女性職員が丁寧に内訳を教えてくれた。
なんでも情報料には迷惑料も含まれているとか……。指宿さんの無事を祈るのは、告発者の僕には許されないだろう。
ともかく、いつか鍛治スキルを持ってる冒険者に使ってもらうために残した『エクススライムの硬皮』を除いてもこの金額。
今の僕はちょっとしたセレブ気分だ。カフェスイーツを奢るくらい問題ない。
我妻さんの分のラテとガトーショコラ、それに僕の紅茶を受け取って、席に戻る。
「ありがとう。ダンジョンに潜るようになってからお腹が空きやすくて~」
「確かに、僕も食べる量が増えた気がする」
昨日はご飯をお代わりして、美紀子さんに驚かれたっけ。
「こうして高カロリーを摂取して、ダンジョンでそれを消費する……永久機関だね」
「確かに……」
真剣な顔で頷くと、我妻さんが「真面目か」ところころ笑った。結構本気で関心したんだけどな……。
「我妻さんは今日は一人で潜ってたの?」
「うん、そうだよ。というか、今日も昨日も一昨日もずっと一人」
「そうなんだ。ちょっと意外だね」
「相模原ダンジョンくらいは一人でクリアしたいなって思ってるからね」
凄い志の高さだ。友達がいないから仕方なく一人で潜っている僕とは大違いだ。まあ、僕にはコルがいるんだけど。
「ねね、どうしてこんなに遅くなったの? なにかやらかした?」
「えっと……ごめん、ちょっと教えられない、かな。悪いことはしてないよ」
山田さんの言いつけ通り、我妻さんの質問には答えない。破ったら僕も指宿さんと同じ目に遭いそうだから。「ちぇー」と我妻さんは口を尖らせた。
「やらかし、じゃなかったら進藤が何か大きな発見をしたとか……?」
ぐ、鋭い……。
「……ノーコメントで」
「なるほどね~」
わかりやすく目を逸らしてしまい、そんな僕を見た我妻さんの面白そうな声が聞こえてくる。
「それにしても、発見か~。ユニークスキルが発現したとか?」
「まさか。ユニークスキルどころか、レベルは1のままだよ」
僕が自嘲気味に答えると、我妻さんは目を丸くする。
「そうなの? あ、もしかして今日初めてダンジョンに潜ったとか?」
「いや、一応昨日から潜ってる……」
「え~? ほんとぉ?」
「本当だよ。はいこれ、僕のステータスカード」
信じられないと目を細める我妻さんの前に、僕はステータスカードを置いた。
ぎょっと我妻さんが目を見開く。危うくガトーショコラの刺さったフォークを落としそうになっている。
「ちょちょちょ! 他人にステータスカードを見せるなんて、そんな簡単にやっちゃだめだよ! 授業で習わなかった⁉」
「え、いや、そんなにダメ……?」
ところでなんの授業なんだろう。
「ダメだよ。だって、冒険者の命とも言えるステータスが記されてるんだよ? 製作方法が企業秘密の秘伝のタレみたいなもんだよ」
「そ、そう言われてみると確かに……」
今更になって、自身の行動の軽率さに気付いた。とはいえ……。
「我妻さんは他人じゃなくて知り合いだし、それに言いふらすような人じゃないと思っているから……いいよ」
「……進藤ってさ、割と人タラシだね」
「えっ⁉」
何故かジト目を向けられてしまった。
「まあ見せてくれるっていうなら見るけどさ……うわ、本当にレベル1だ。でもステータスは伸びてるんだね。っていうか敏捷すご。レベル12の私と大差ないじゃん。っていうか器用は一緒か~武器を持たないからしょうがないけど~。短剣術のスキルも高いんだ~」
我妻さんは逐一僕のステータスへの感想を並び立てる。小声で周りには聞こえないように配慮してくれているみたいだけど、なんかちょっと恥ずかしいな。
というか我妻さん、もう12レベルなのか……すごいな。
そう思っていると、すっと一枚のステータスカードが僕の前に置かれた。
僕のもの──じゃない。我妻さんの、ステータスカードだ。企業秘密の秘伝のタレだ。
「ちょ──⁉」
「これでお相子。まあ私も進藤が言いふらすような奴じゃないって思ってるから」
「僕は言いふらすような相手がいないだけなんだけどね……」
「悲しくなるようなこと言わないでよ……」
乾いた笑いで我妻さんのツッコミを流して、彼女のステータスを確認する。
我妻愛稲
レベル12
攻撃:76 耐久:55 敏捷:91 器用:31 魔力:124
スキル:雷神の加護(雷魔法、雷光纏身、麻痺耐性のスキルを複合している。これらのスキルの使用時、威力に補正がかかり、消費魔力も軽減される)
雷魔法(状態異常魔法のショックボルト、攻撃魔法のライトニングアローなどを使える。スキルレベルが上がるほどに、消費MPが軽くなり、威力と効果が上がる)
雷光纏身(魔力を消費し、稲妻のごとき速度で戦場をかけることができる)
拳術14
凄まじいステータスだった。スキルの『雷神の加護』なんて、字面がもう強い。器用が著しく低いけど、それ以外はレベル12の中でも上澄みなんじゃないだろうか。
一通り眺めて、僕たちは互いのカードを返しあった。
「我妻さんって、今どこまで行ってるの?」
「今日は八階層まで」
「すごい……」
明日ようやく二階層に挑戦する僕とは大違いだ。たった三日で、一人でこの攻略速度は素直に感動する。
「進藤は?」
「僕は、一階層で足踏みしてる……明日は二階層に挑戦するつもりなんだけど、レベルが上がらないのが不安で」
「そっか……まあでも、そんなに重く考えなくてもいいんじゃない?」
「えっ……」
あっけらかんと言い放った我妻さんの顔を、思わず凝視する。彼女も、僕の視線をまっすぐ受け止める
ガラスの向こうから届く日差しが、彼女の顔を照らしていた。
「もしかしたら、進藤は特異体質で、スライムではレベルが上がらないのかもしれない。それか、ダンジョン一階層ではレベルが上がらないとか」
「そ、そんなことあるのかな?」
「わかんない。聞いたこともないし」
「だ、だよね……」
「でもね。その可能性はゼロじゃないよ」
「っ!」
我妻さんの言葉に、下げかけていた首を持ち上げる。
「ただでさえわからないことが多いダンジョンと、ステータスなんだから──今まで誰も知らなかったことが起きることだって、あるんじゃない? その『未知』を探るのも、ダンジョン攻略の一興だと思うよ」
「……確かに、そうだね」
ああ──本当にすごい。同じ日に冒険者になったのに、我妻さんはもうそこまで考えられるようになっているんだ。
……僕も、負けていられないな。
「……ありがとう、我妻さん。明日からも頑張れそうだよ」
「うん、よかった。同期が諦めちゃうのは悲しいからね」
そう言って、我妻さんはまばゆい笑みを浮かべた。
それから雑談を交わした僕達は、六時になったところでギルドを出た。
「それじゃあ、また今度ね。我妻さん」
「うん。お互いに頑張ろうね、進藤」
夕日を背に、僕と我妻さんは笑顔で手を振って別れた。
「──って、ちょおおおおおおっとまったああああああ‼ あのことについてまだ何も聞いてないんだけど⁉」
やっぱり駄目かぁ。
我妻さんに背中をゆすられ、僕は遠い目をした。
そして翌日。
「おじゃましま~す」
「い、いらっしゃい、我妻さん……」
──何故か我妻さんが僕の家に来ていた。
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