第十話 尋問としか思えない

「エクススライムを倒した~~~~⁉」


 今朝と同じく換金所にいた女性職員は、僕の報告に仰け反った。


 彼女の声に反応した周囲の冒険者がざわつき始める。別に悪いことはしていないのに、僕は体を縮こまらせた。


「えっと……君、今朝ここにいたよね~? そのあとに、わざわざ『みなとみらいダンジョン』に潜ったの~?」


 この地域で一番近い、エクススライムが出現するのは横浜にある『みなとみらいダンジョン』だ。お姉さん──名前を確認すると指宿と書いてある──の言葉はそれを踏まえての問いだろう。


「あ、いえ。この相模原ダンジョンの一階層で……」

「ちょちょちょちょっとまって~~~~!」


 指宿さんは慌てて受話器を取ってどこかに連絡を入れる。

 これは長引きそうだ。僕はスマホを取り出して我妻さんにメッセージを飛ばした。


『ごめんなさい。ちょっと長引きそう』

『りょうか~い』


 簡素なメッセージと共に、スタンプが送られてきた。女性に大人気の『カーバンクル』のスタンプだ。我妻さんもこういうの好きなんだな……。


「ごめ~ん、進藤……くんだよね。換金の前にちょ~っと奥まで来てもらってもいい~?」


 妙なことに感心していると、指宿さんが背後のドアを指さした。


 おっとりした笑みは健在なのに、その瞳には有無を言わせない圧が宿っている。


「はい……」


 僕は小さくなりながら頷いた。



「──どうも。冒険者管理組合ダンジョン内部調査課課長の山田です」


 僕を出迎えたのは、身の丈が百八十センチはありそうな男性だった。黒髪をオールバックにして、銀縁の眼鏡をかけている。そのめつきは、鷹のように鋭い。


 僕はびくびく震えながら山田さんが差し出してきた名刺を受け取った。


「どうぞ、おかけください」

「し、失礼します……」


 今にも逃げ出したい気持ちを押さえつけ、僕は革張りのソファに腰かけた。逃げようにも、この部屋には小さな窓と一つのドアしかない。そのドアの前には指宿さんが立っているので、ここからの脱出は叶わない。


 気分は取り調べを受ける容疑者だ。今日は本当に、ロクなことがない。


 僕がそわそわと逃走経路を探していると、山田さんが「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」と口角を上げた。多分、笑っているんだと思う。


「進藤さん、あなたは何も悪いことはしていません。むしろ、全ての冒険者が躍進するような大きな発見をした可能性があるんです」

「は、はあ……エクススライムですもんね」

「はい。なので、どうか肩の力を抜いて、当時の状況を詳細に話してください」

「……わかりました」


 僕はダンジョンで使っていた地図をとりだし、山田さんに全てを伝え始めた。



「──と、いうことです。正直、きっかけは完全な偶然でした」


 コルが関わる部分は伏せて、僕は今日のことを余さず伝えた。


「なるほど……」


 山田さんは口元を手で覆いながら、地図を──そこに記されたモンスタールームの場所を凝視した。


「スライムのモンスタールームで極低確率──五百体に一体、エクススライムが出現するとは……そんなことがあるのですね」

「あ、あのもしかしたら、僕の勘違いかも……新種の魔物って可能性も……」


 正直、全くレベルが上がらないことからその線も考えていた。

 が、山田さんは首を横に振る。


「そっちの場合の方が重大ですが……進藤さんは確かにエクススライムを五体討伐しています。ステータスカードにも記録が残っていますし、進藤さんが持ち寄った魔石も、確かにエクススライムの物でした」


 じゃあなんで僕のレベルは上がらないんですか──その言葉をぐっと飲みこんで「そうなんですか」とだけ答える。


「しかし、そうか……モンスタールームには時折、その階層では出現しない魔物が出てくるということがわかっていたが……スライムしか出ない階層だと、ポイズンスライムでもマーブルスライムでもなく、エクススライムが出現するのか……いや、まだそうと決まったわけではないな……そもそも、0.2%はダンジョン確率論としても低すぎる……とにかくまずは他のギルドと情報共有を……」


 山田さんはぶつぶつと独り言を呟き始めた。


「あ、あの……?」

「あ~そうなった課長はしばらく周りの音が聞こえないからそっとしておいた方がいいよ~」


 おののいていると、後ろから指宿さんがのんびりとした声をかけてきた。いつの間にか持ち場の扉の前から離れて、僕の隣に立っている。


「それにしても、君スライム倒しすぎじゃな~い? 単純計算でも二千五百体を今日だけで倒したんでしょ~?」

「あ、いえ、一体目はすでにモンスタールームにいて二体目はすぐに出てきましたし、実際に倒したのは千八百ぐらいかなと……」

「いやいや~それでも十分やばいって~よく一人でそこまで倒せたね~」

「あ、えーっと……スキルです。スライムハンターのスキルが発現していたから……」


 本当はコルという心強い味方がいたからなのだが、そんなことを言えるわけもなく、僕はしどろもどろになりながら説明した。


「あ~そういえばあったね~そんなスキル~」


 幸いにも、指宿さんは僕の態度には触れず、納得してくれた。内心でほっと胸をなでおろす。


「──すみません、自分の世界に入っていました。集中しすぎると、独り言がどうにも多くなっていけない」


 山田さんが独り言を中断して僕に話しかけてきた。


「あ、いえいえ……えっと、もう僕の役目は終わりましたよね?」

「ええ。貴重な情報を提供してくださったこと、感謝します。最後に二点だけ、お願いがあるのですが……」

「はい、なんですか?」


 僕が尋ねると、彼は真剣な顔で語り始める。


「まず一つ目。今日のことは、他言無用でお願いします。むやみに話を広めると、相模原市内だけでなく他所から冒険者が殺到してしまう可能性もあるためです。冒険者の間で噂が広まるくらいなら、十全な調査をした後でギルドから公式発表をしたいと思っています」


 確かに、エクススライムが出現するダンジョンはそれだけで人気になる。規模としては小さい相模原ダンジョンに人が殺到したら、混乱は避けられないだろう。


「それに噂が広まると、新発見をした進藤さんに付きまとう者が出てくる可能性が出てきます。進藤さんとしても、それは避けたいことでしょう?」

「そう……ですね」


 目立つのは好きじゃない。今までの人生で悪目立ちしてばかりだったから。


「というわけで、我々が情報を発表するまでは誰にも──たとえ家族にも、このことは口外しないでください」

「は、はい!」


 一瞬すごい圧を感じて、僕は居住まいを正した。


「ご協力、感謝します。それと二点目。申し訳ありませんが、当分の間はこのモンスタールームには入らないでください。というか、ギルドの職員が調査するため入れなくなります」

「あ、それはそうですよね……わかりました」


 少し残念だが、どうせエクススライムを倒してもレベルが上がらないのだから、わざわざあの部屋に行く意味もそんなに無い。

 明日からは二階層に潜るつもりだったので、山田さんの頼みを断る気にはならなかった。


 けれど、一つだけ問題が……。


「あの、一つだけいいですか?」

「なんでしょう?」

「その……僕が換金所でその話をした時、指宿さんが大声で反応してしまって……」

「ぎくぎく!!」

「──……ほう」


 隣で頬を強張らせる指宿さん。

 銀縁の奥にある山田さんの鋭い目が、固まる彼女の姿を射抜く。


「……うちの職員が無礼を働き、大変申し訳ありませんでした。今後、何か困ったことがあったら遠慮なく伝えてください。進藤さんが持ち帰ったものは、別の職員が対応いたします。今日は本当にありがとうございました──指宿、君はここに残れ」

「ひぃ~ん……」

「あ、えっと、失礼しま~す……」


 山田さんの言葉は、最後の一節だけ声の温度が氷点下に下がっていた。

 涙声の指宿さんの視線から逃げるように、僕はそそくさと部屋を出た。


 尋問終了──そして、この後にまた尋問が控えている。そう思うと、なんだか胃がきりきりと痛む気がした。

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