第八話 RPGでおなじみの、あのモンスター②
モンスタールーム。特定の魔物が四方八方から断続的に大量に出現する、危険な空間だ。
モンスタールームには絶対に入ってはいけないとは、冒険者間での常識だ。
とはいえ、ここ一階層のモンスタールームにはスライムしか出ないと地図に記されているけど……。
「コル、ここに来てどうするの? 今日は二階層のゴブリンを倒したいんだけど……」
周りに他の冒険者が多くいるので、僕は声を潜めてコルに尋ねた。
が、コルは何も言わない。「いいからさっさと進め」と言わんばかりに、一度大きくポーチを揺らした。
「……わかったよ」
渋々僕はモンスタールームへと続く道を歩き始めた。
両壁に体をこすりつけながら細い道を抜ける。その先には、体育館ほどの空間が広がっていた。
「うわ……」
僕は思わず声を漏らす。目の前には、何千匹かもわからないスライムが元気に跳ね回っていたからだ。
これはちょっと気味が悪い。丸いボディで人気の高いスライムだけど、こんなにうじゃうじゃいられたら可愛いよりも不気味が勝る。
「もう、コル……こんな光景を僕に見せたかったの?」
「コル! コルル!!」
僕がぼやくと、コルがウエストポーチの口から飛び出してきた。僕の頭の上にまで上って、のしのしと前足で叩いてくる。
「もっとよく見ろ」ということだろうか。仕方なくスライムの群れを見た僕は──大きな衝撃と共に瞳を見開いた。
広間の中央。スライムの壁の向こう。
そこに、黒い光沢をもつスライムを発見したからだ。
「まさ、か……まさかまさかまさか──!」
その姿には、見覚えがあった。
ネットで画像つきで、「みつけたら絶対に倒せ‼」と言われているのを、見たことがある。
それは、相模原ダンジョンでの出現は確認されていない。それが出現するダンジョンは、日夜人が押し掛ける。ある意味冒険者の間で大人気のレアモンスター。
「エクススライム……⁉」
その名前を呟き、僕は無意識のうちにダイアウルフの短剣を抜いていた。
エクススライム。スライムのレアモンスター。
その魔物が人気なのは、光沢のあるボディが高級感にあふれてカッコイイから──ではない。
並の魔物を凌駕する、膨大な経験値を内包しているから──!
「……コル、あれがいることに気付いていたの?」
「コル!!」
エクススライムを倒したら、さすがに僕のレベルも上がるかもしれない。
コルはそう考えて僕をここに導いてくれたのだろう。
「……ありがとう、教えてくれて」
「コ~ルル」
僕がお礼を言うと、コルは満足したのか僕の足元に飛び降りた。
「……けど、どうやって倒そう」
エクススライムはただの経験値袋じゃない。
とてつもない防御力と素早さを持っていて、しかもとても臆病なのだ。
なので、せっかくエクススライムをみつけても倒せず逃げられ血の涙を流す──そんな冒険者は星の数ほどいる。
幸い、普通のエンカウントとは違ってこのルームには出入口が一つしかない。ここを塞いでおけば、エクススライムは逃げられない。
けれど、そうなると僕はここから動けず、エクススライムに攻撃を当てられない。
さらに、他のスライムが邪魔だ。エクススライムと戦っていたら横槍を入れられそうだし、他のスライムに紛れて姿を見失ってしまう可能性だってある。
「──コル!」
悩んでいると、コルがてしてしと尻尾で脚を叩いてきた。その大きな黒瞳には、戦意がみなぎっている。
「もしかして……露払いをしてくれるの?」
「コル!」
「──わかった。暴れておいで、コル!」
「コル! ──コルルァアアアアアアアア!!」
僕の合図とともに、コルが地面を蹴りぬいて駆け出した。その速度の勢いのままスライム達をなぎ倒していく。
「うわ、すご……」
コルの戦闘を見るのは今回が初めてだけど、こんなに強かったんだ。出会いが出会いだったから、てっきり弱い魔物だと思っていた。
「──コル!」
「っ!」
コルの声で、僕ははっと意識を戻す。
コルが暴れたことにより、エクススライムが動き出した。
体をたわませ、攻撃の動作を──
「──ぐぅっ!」
──とったと思ったら、すでに僕の体にぶつかってきていた!
速い、早い、迅い!
目で追えたのは点ではなく線だった。咄嗟にダイアウルフの短剣で防げたのは、奇跡に近い。
倒せるのか、僕に──?
冷汗が頬を伝う。ただのスライムとはわけが違う。防御と敏捷だけじゃない──攻撃も、十分に脅威!
時間がゆっくりと流れる。短剣にはじかれたエクススライムが、ゆっくりと宙から落ちていく。
今のうちに、逃げ──
「──コル! コルルァ!」
「っ‼」
怯む僕の耳に、コルの鋭い声が届いた。逃げるなと、そう言われた気がした。
そうだ、ここで逃げてどうする。すぐ逃げる自分の性格を直したいから、冒険者になったんじゃないのか!
短剣を強く握る。地面にまもなく降り立つその黒い体を見据える。
「はぁあああああああああ!」
気炎を吐いて、僕はエクススライムに攻撃を叩きこんだ。
エクススライムはガイン、ガインと地面をはね、制止する。
粒子にならない。まだ生きている。また攻撃がくる。
怖い──けれど、このまま何も得られない方が、もっと怖い!
だから──
「──ここは通さない!」
「──」
エクススライムが体を弾ませた。僕に向かってじゃなく、天井に向かって。天井を弾いて、今度は壁へ、地面へ、壁、地面、天井、壁、壁──
「っ──!」
目にも止まらない縦横無尽の跳躍。時には同じカテゴリのスライムさえも足場にし、弾き飛ばしながら、エクススライムはルームを跳びまわる。
速すぎる──!
そして──ガヅンッ! と。
「ぎっ」
戦慄する僕の側頭部が凄まじい力で殴られた。
違う、殴られたんじゃない。エクススライムに激突されたのだ。
視界が明滅する。ぶつかった場所から、熱いなにかが流れ出すのを感じる。体が、倒れる──
「ま、だだあああああああああああああ──!!」
砕けそうなほどに歯を食いしばって、途切れそうになる意識を必死で繋ぎとめて、空中のエクススライムを見る。
弾くものが何もない空中では、そのスピードも活かせない。絶好の好機。
けれど、僕の体も今の一発で大きく消耗した。
ここが最後のチャンス──!
「あぁああああああああああああああ‼」
咆哮。
逆手に持った短剣をエクススライムの硬い体に突き立てた。
「──」
エクススライムが遠くに飛んでいく。
「──ダメ、か……」
光の粒子にならない。まだエクススライムは死んでいない。
けれど、僕はもう先ほどの攻撃を防げないし、躱せない。
──詰みだ。
絶望する僕の視界の先で、エクススライムが地面にまさに着地しようとして──
「──コォオオオオオオオオオオオオオルゥウウウウウウウウウウ‼」
その背面を、コルが思い切り尻尾で殴り飛ばした。
「っ!」
エクススライムが、再び、ゆっくりと、こちらに飛んでくる。
攻撃の予備動作を、エクススライムは取れない。降ってわいた、エクストラターン。
コルが作ってくれたこのチャンス──絶対に無駄にしない。
ホルスターからレンタルナイフを引き抜いて、左手に装備する。
質ではなく、量。
一発のダメージが足りないのなら、手数を増やすしかない。
一本の武器で足りないのなら、二本に増やすしかない!
「終わりだぁああああああああああああ──‼」
連撃、連撃、連撃。
両手の短剣を振り回しながら、エクススライムの体に叩き込む。
吹っ飛ばしたらもう掴まえられない。だから、ダイアウルフの短剣で右から切りつければ、レンタル短剣で左から殴る。
逃げられないように、斬撃の檻に閉じ込める。
止めない、止めちゃいけない。オーバーキルだってかまわない。
倒せなかったら、終わりだ。
「ぁああああああああああああああ!」
そうして、双剣での連撃が二十回を超えた頃──
「ぐっ、はあ、はあ……!」
僕の体力が尽きた。がくりと膝を折る。いつの間にか地面にはいくつもの血痕が付着していた。
「たのむ、終わって……」
祈りながらゆっくりと顔を上げると──エクススライムの体が輝いた。
「っ……」
発光するエクススライムはやがて、光の粒子となって消えていき──魔石を残して、完全に消滅した。
カラン、と魔石が地面に転がる音が響き渡る。
──討伐成功。
「やっ……た……!」
強敵の撃破を実感した僕は、思わず頬を綻ばせた。
「コル~~~!」
「コル……ナイスアシストだったよ」
「コル、コルルルル! コル!」
「そんなことより回復しろ、ばか」とでも言うかのように、急いで近付いてきたコルはウエストポーチからポーションを咥えて僕に押し付けてきた。
「あはは、確かに、まずは回復だね」
コルからポーションを受け取って、一息で飲み干す。栄養ドリンクのような味わいの液体が喉を通って体へと流れていく。
するとまもなく側頭部の痛みがひいた。まだちょっと痺れているけど、先ほどまでの重傷感はない。
体力も戻った気がする。僕は立ち上がってエクススライムの魔石を拾い上げた。
コルが頑張ってくれたのか、あんなにいたスライムは大分数を減らしていた。もう少しすれば、また新たに生まれるのだろう。
「はぁ……」
今になって怖くなってきた。その場の勢いとはいえ、とんでもなく危ない橋を渡ったな、自分……。
けれど、確かにエクススライムを倒した。きっと僕は大量の経験値を得られたはずだ。
「コル、ステータスを確認したいから、一回通路に戻ろう」
「コル!」
コルの元気のいい返事を受け、僕はモンスタールームを後にした。
「──……な、なんで?」
ワクワクしながらステータスカードを眺めていた僕は、わなわなと体を震わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます