第七話 不動のレベル『1』
進藤行人
レベル1
攻撃:5→8 耐久:5→7 敏捷:14→18 器用:7→10 魔力:0
スキル:短剣術3 スライムハンター(数多のスライムを屠った証。スライム系の魔物と戦う際に全ステータスに微補正)
この世の終わりみたいな顔で、僕はギルドでステータス更新を終えた。
ステータスカードの数値は、ダンジョンの中でのみ上がる。故に、自分のステータスの変化はダンジョン内で都度確認できる。
なのにどうしてギルドで更新作業をしないといけないかというと、冒険者の能力をギルド──ひいては政府が知るためだ。
どの冒険者がどんなスキルを持っているのか、今後伸びしろはあるのか、そういったことをギルドが把握するためらしい。
噂では、この更新作業で早めに目をつけていた新人冒険者をギルド本部や国家中枢組織にスカウトしているとかなんとか……僕には縁遠い話だ。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~……まさか一度もレベルが上がらないまま一日が終わるなんて……」
ギルドからの帰り道、重い足取りで前田家へと向かう。
時刻は午後六時。約九時間ダンジョンに潜ったというのに、僕は結局レベル1のままだった。さすがにこの結果は堪えた。
ステータスはそれなりに上がった。わざと攻撃を受けて耐久のステータスを上げたり、短剣を使わず素手で戦ったりした。
そんなことができたのも、スライムを二百体ぐらい倒した辺りで発現した「スライムキラー」のおかげだ。
名前から予想できる通り、スライムとの戦闘時に能力が上がるというもの。
ネットだと「雑魚狩り専用スキル」と嘲笑されている、ちょっと不名誉なスキルだ。まあこれのおかげで後半の討伐速度が格段に上がったから、感謝はしてる。
「でもレベルが上がってほしかったなぁ~~~~~~」
もう何度目かわからないため息をこぼす。黄昏時の夕日が、目に眩しい。
「コルル……」
さすがのコルもちょっと同情しているようだった。
僕、こんな調子で強くなれるのかな……。
「──レベルが上がらない?」
帰宅後、芳樹さんに今日のことを話すと、温和な彼は少し目を丸くした。
「はい……スライムを五百体は倒したんですけど……一向にレベルが上がらなくて……」
「そんなことがあるのか……」
元冒険者の芳樹さんも初耳のようだった。まじまじと僕のステータスカードを眺めている。
「お父さん、それってそんなに珍しいの?」
ソファでくつろいでいた美晴が、芳樹さんに尋ねた。
「そうだね。スライムを五百体も倒してレベルが上がらないなんて、初めて聞いたよ」
「ご、五百体……」
美晴がちょっと引いてるのを横目に、僕は頷く。
「ですよね……もしかして、僕のレベルって1が上限なんでしょうか」
「いや、それはないよ。上限だった場合、レベルの横に『MAX』と記されるからね。それに、1どころか10でも20でも上限なんて聞いたことがない。どんな冒険者でも、レベルの上限は100なはずだよ」
芳樹さんは思案気な顔で仮説を述べる。そのおかげで、ちょっとだけ救われた。経験者の言うことなら、信じられる。
「じゃあ、きっと義兄さんはびっくりするぐらいに大器晩成なんですね。きっと、地道にやっていたらレベルなんてすぐに上がりますよ」
義妹にも励ましてもらえたので、明日からも頑張ろうと思えた。
「うん……ありがとう、美晴。芳樹さんも、変な相談に乗っていただき、ありがとうございます」
「これぐらい、全然いいよ。それより、ダンジョンに潜ってみて、どうだった?」
「まだスライムだけですけど、魔物との戦うスリルも、ダンジョンっていう不思議な世界の中を歩くことも、自分のステータスが上がることも、いつの間にかスキルを覚えていることも──新鮮で、楽しいです」
「うん、いい表情だね。夢中になりすぎて引き際を間違えないようにね」
「──はいっ!」
こころなしか嬉しそうな表情を浮かべる芳樹さんの静かな言葉に、僕は元気よくうなずいた。
「義兄さんを見てると、私もちょっと冒険者になろうかなって思ってきました」
美晴の言葉に、台所で皿洗いをしていた美紀子さんが反応する。
「もう、美晴まで。貴方は暗くて狭い場所が苦手でしょ。小さいころ、押し入れから出られなくなって泣きじゃくってたんだから……」
「お、お母さん! 義兄さんの前でその話はしないでよ⁉」
美晴が顔を真っ赤にして抗議する姿が、ちょっと可愛くて面白かった。
いつものように、前田家のリビングは笑顔とぬくもりに満たされていた。
寝る準備を終えて、自室へ戻ると──コルがベッドの上で寝転がっていた。
僕の入室の音を聞いてがばっと顔を上げたので、寝ていたわけではないらしい
「コル!」
「コル、家ではもうちょっと声を抑えてってば……なんでベッドの上に?」
床を見ると、帰りにコンビニで買った菓子パンはきれいに袋ごと無くなっていた。いや、袋は食べないでほしかったんだけど……。
「コル、コルル!」
「早く寝ろって? もう、心配性だなあ」
僕は君のお腹の調子の方が心配だよ。
とはいえ、今日は人生で一番活動をしたといっても過言ではなかったので、さっさと寝てしまいたい。
「って、コル。真ん中にいられたら僕が寝られないよ」
「コ~ルル」
抗議の声を上げても、コルは尻尾をぱたつかせるだけで動く気配はない。
どいてほしいならお前が動かせ、ということなのだろう。仕方ないので僕はコルの体を抱き上げた。
「……あれ? コル、なんか大きくなってない?」
そこで僕は違和感を覚えた。
なんだかコルの体がほんの少しではあるが成長しているような気がしたのだ。
「コル?」
コルがきょとんと首を傾げる。本人(?)は気付いていないみたいだ。
でも、確かに手から伝わってくる重量も昨日より増している気がする。うーん、気のせいかも……? まさか、昨日の飴玉で太ったんじゃ……。
「……明日は、ヘルシーなご飯にしようか」
「コルッ⁉」
多分高カロリーなものが好きな魔物は、僕の言葉に衝撃を受けて固まった。
──翌日。
昨日と同じ時間に僕はギルドに赴いた。目標はレベル2。なんとも低い志だけど、上を見すぎて足元を掬われては元も子もない。
ダンジョンに潜る前に、僕はギルドの換金所へと向かった。
レベルが上がらなかったショックでしそびれていた、昨日手に入れた魔石とドロップアイテムを換金するためだ。
「すみません、換金をお願いします」
「は~い」
のんびりした声の受付の女性に、諸々の戦果が入った袋を二つ渡す。
片方には魔石。もう片方にはスライムのドロップアイテムである『スライム粘液』が入っている。
「おぉ~随分とため込んでましたねえ。何日ぐらいスライムを狩ってたの?」
「あ、一日です」
「逆に苦行じゃな~い?」
受付のお姉さんは、僕の返答に苦笑を浮かべた。
「──あ〜クエストでも受けてたの〜?」
『クエスト』とは、企業や個人がギルドを仲介して冒険者に依頼する仕事のようなものだ。
「〇〇ダンジョンの第何階層までソロで行け」や、「指定の魔物のドロップアイテムを持ち帰れ」や、「指定の鉱石を採ってこい」や、「一般人のダンジョンツアーを護衛しろ」などその内容は多岐にわたる。
報酬がもらえる上に、ギルドや依頼主からの覚えがよくなるので、積極的に受けるのが吉──と、ネットに書いてあった。
とはいえ、昨日の僕はクエストを受けてない。
「いえ、そういう依頼は受けてないです」
「なるほど~修行僧だ~」
そのことを伝えると、お姉さんはさらに頬をひきつらせた。
「相模原ダンジョンは一階層ごとに出現する魔物がガラッと変わるから、自信がついたら下に潜ってみるといいよ~」
「あ、はい」
お姉さんの言葉に僕は何とも言えない感情と共に頷いた。
昨日のスライム狩りで手に入れた諸々は、合計一万二千円になった。
魔石が一粒十円で、スライム粘液が一つ百円だった。
ダンジョンに潜っていた時間で割ると、神奈川県の時給をちょっと下回るぐらいだ。う~ん、億万長者にはまだ遠い。なりたいわけでもないけど。
前田家に恩返しするのはもう少し先になりそうだ。
現金かステータスカードにチャージするかと聞かれ、僕が首を傾げると、お姉さんが丁寧に教えてくれた。
ギルドの手によって電子部品を埋め込まれた──初日に冒険者登録のために機械に通されたときだ──ステータスカードは、電子マネーを入れておけば様々な場所で使えるらしい。てっきりステータス更新ができるようになっただけだと思っていたけど、そういう恩恵もあったのか。
話を聞いて、僕はチャージを選んだ。現金で持っていると、万が一鷲崎に出会ったときカツアゲされてしまいそうだし。
収入を得た僕は、今日も短剣をレンタルしてダンジョンの中へ向かった。
これを壊すと、昨日の稼ぎが殆ど吹き飛ぶんだよな……大事に使おう。
今日は二階層に潜るつもりだ。レベル2を待っていたらいつになるかわからないし。
道中現れるスライムを叩き倒しながら進んでいると、ウエストポーチがぶるるっと震えた。
「……コル?」
「コル、コルル」
「わっ⁉ ちょ、ちょっとコル! どうしたの?」
ポーチの中にいるコルが、ぐんぐんとポーチごと僕の体を引っ張る。すごい力だ。腑抜けているように見えても、さすがは魔物。
ただ、ポーチに引っ張られる冒険者という、見るからに怪しい行動はマズい。誰もスライムに見向きもしないため一階層は人が少ないけど、それでもゼロじゃない。
こんな姿を見られたらまずい。
「コル、ちゃんとついていくから、もうちょっとゆっくりでお願い」
「コル」
引っ張る力が百から十くらいに弱まって、僕は小さく息を吐いた。
それにしても、どうしたんだろう。昨日はこんなことなかったのに。
疑問に思いながらも、コルに引かれて歩みを進める。
そうして歩くこと、数分。
当初の目的であった二階層に続く階段からかなり離れた場所で、コルは引っ張るのをやめた。目の前には人一人がようやく通れそうな細い道が伸びている。
「──コル」
「この先って……モンスタールームじゃないか」
ギルドが無料で配っているダンジョンの地図と照らし合わせて、僕は息をのんだ。
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