第六話 RPGでおなじみの、あのモンスター

 翌日。

 早くに目が覚めた僕は、朝食を食べてさっそく冒険者ギルドに足を運んだ。


「よし、今日からほんとの本当に冒険者だ」

「コル!」

「ちょ、声を出さないでよ⁉」


 一人で意気込んでいると、ウエストポーチに入っていたコルが「やってやろうぜ」みたいな鳴き声を上げたので、僕は慌ててポーチにしがみついた。朝とはいえ、既に周りには同業者と思しき人がチラホラといる。

 幸い、声が聞こえるほど近くに人はいなかった。そのことを確認して、僕は安堵の溜息を吐く。


 最初はコルを家に置いていこうと思っていたけれど、コルがとんでもなくごねるのでやむなくつれてくることにした。

 家に置いていたら美紀子さんや美晴に見つかってしまうかもしれないから、こっちの方がいいとは思うけど……魔物を連れてギルドに入るのはとても緊張する。


 僕はコルがまた何かを言う前に、逃げるようにギルドの中に入った。


 時刻は午前八時──だというのに、ギルド内部は相変わらず人でごった返していた。


 人波を縫って僕は更衣室を目指す。

 冒険者は、ギルド内の更衣室で着替えることを推奨されている。街中で鎧やら剣やらを身に着けた人が歩いていると、民衆を引かせてしまうからだ。


 あくまで推奨なので、近くにギルドの無いダンジョンに行く場合や、単純に自分が冒険者であると見せびらかしたい人はその限りではないけれど。


「おぉ……冒険者っぽい」


 着替えを終えた僕は、姿見の前で瞳を輝かせた。


 黒いレザーアーマーの上に白銀の胸当て。腰にはポーションとコルを入れるためのウエストポーチと、反対側に短剣が二本入るホルスター。


 靴だけは普段使いの運動靴だけど、それを補って余りある「らしさ」だ。

 ダンジョンに入る前から高揚感に満たされた僕は、更衣室から出てレンタルブースに向かい、芳樹さんの言いつけ通り予備の短剣を一本レンタルした。


 レンタル料は一回千円。破損・紛失した場合は罰金一万円なので、注意しておこう。

 その後、内設された冒険者用の売店に向かう。

 長蛇の列に耐えながら、一番安いポーションを十本買った。

 これで準備は整った。


 人の流れに乗ってダンジョンの入り口へと向かう。

 しばらくすると、現代建築の中に、ぽっかりと空いた洞穴が現れた。

 それこそが、ダンジョンの入り口。夢と危険が渦巻く、冒険者の聖地へつながる扉。


 入り口前には、装備を整えた冒険者達がたむろしていた。仲間を待つ人、忘れ物に気づいた人、怖気づいてる人──その様子は様々だ。


「スゥー……はぁー……」


 一つ息を吸って、吐きだす。期待と不安で高鳴る心臓を抑える。

 人々の間を通り抜け、僕はついにダンジョンの中へと足を踏み入れた。


「っ──!」


 ダンジョンに初めて入った時、人は二種類に分けられるといわれている。


 ダンジョンの闇に恐れをなして、不安で顔を青ざめさせる人。


 ダンジョンの奥にある未知を思い、頬を紅潮させる人。


 どうやら僕は、後者だったみたいだ。


 眼前に広がるのは、巨大な洞窟。本来なら真っ暗なはずのその中は、黄色い光で照らされていた。

 その原因は、壁のいたるところに自生する苔だ。『ハッコウゴケ』と呼ばれるその苔は、魔素と呼ばれるダンジョンにしかない粒子を吸って光へと変換する。


 それだけで、十分だった。


「すごい……‼」

 僕を魅了するには、それだけでこと足りた。


 写真でなら、何度も見たことがある。けれど、実際に目の当たりにすると、画面越しではわからないダンジョンにしかない空気を感じられる。


 気温、湿度、地面の硬さ、臭い──ここは紛れもなく、非現実。

 その空間に足を踏み入れられたことが、たまらなく幸福だった。


「──よし、行こう!」

「コル!」


 コルの声を注意するのも忘れ、僕はダンジョンの中を駆けだした。

 まずは一階層を探索する。


 ここには最弱モンスターと笑われるスライムしか出現せず、まずはそれを相手にして体を実践に慣れさせたい。

 軽くランニングすること、十数秒。


「──いた」


 教室ぐらいの広さの空間に入った僕を、半球状のゼリーのような体をした生き物が待ち構えていた。

 スキルを得る前から人類に容易く討伐され、『最弱の魔物』という不名誉な称号をつけられた生命体──スライムだ。


 水色透明なその魔物は──どうやってかは知らないが──僕に気づき、その丸い体を震わせた。

 ホルスターからダイアウルフの短剣を抜き、僕はスライムと対峙する。


 辺りに人はいない。ポーチ内のコルを除けば、この空間にいるのはスライムと僕だけ。

 短剣を、ネットに上がっていたギルドの動画を真似て構える。


 不思議と、恐怖はない。まっすぐにスライムを見据える。


 一拍。


 同時に動き出す。瞬く間に彼我の距離が近づいていき──短剣の間合いに入る!


「ふっ──!」

「ッッ‼」


 僕の短剣とスライムの体が激突した。


 それで終わりだった。発声器官のないスライムは、悲鳴を上げることもなく光の粒子となって消えた。消えゆく灰の中で、爪先でつまめるような極小の欠片が落ちた。


「本当に、最弱なんだ……」


 想像以上にあっけない終わりを迎えた初陣になんとなく不足感を覚えながらも、僕は足元に落ちた欠片を拾う。


 魔物は死体を残さない。絶命すると今のスライムのように光の粒子となって消える。

 彼らの遺体の代わりに遺されるのが、今回は出なかった『ドロップアイテム』と呼ばれるものと、僕の持っている『魔石』だ。


 最弱のスライムの魔石はこんな感じで石とは呼べないぐらいに小さいけれど、たとえば竜の魔石なんかは両手では抱えられないぐらいに大きく、売れば数億円になるらしい。


「……まあ、小さなことからコツコツとやっていかなきゃね」


 砂粒みたいな魔石を袋に入れながら、僕は自分に渇を入れた。

 ──ぼとり。


「っ!」


 背後から何かが落ちる音が聞こえて、とっさに振り向く。

 そこには、新たに生まれたスライムが居た。


「二体目……今度はこっちで」


 ダイアウルフの短剣はしまって、レンタル短剣を握る。ダイアウルフの短剣と比べると、妙に重くて手触りもあんまりよくない。贅沢を覚えるといけないな。


「はっ!」


 先手必勝。僕は生まれたばかりのスライムに肉薄し、短剣で切りつけた。


「えっ⁉」


 が、消えない。スライムは涼しい顔でぶるりと体を震わせた。

 丸い体が、たわむ──


「がっ⁉」


 直後、僕の胸に衝撃が走った。スライムが、その小さな体を余すことなく使って体当たりをしてきたのだ。


 幸い、プレートメイルのおかげで痛みはない。怯みそうになるのをこらえて、僕は体当たり直後のスライムの体にもう一度短剣を食らわせた。


 今度こそ、スライムは粒子となって消え、後には魔石だけが残った。


「なるほど……レンタルした短剣だと二発当てないとだめなのか」


 ダイアウルフの短剣が高スペックなのもあるけど、これは僕の貧弱なステータスが原因だろう。


 攻撃:3 耐久:5 敏捷:10 器用:6 魔力:0


 攻撃の平均的な初期ステータスは「6」だ。それに対して僕は「3」。一般的な冒険者の半分しか威力を出せない。

 それ以外のステータスも軒並み平均を下回っていて、唯一上回っているのが敏捷の「10」だけ。


「……先が思いやられるなあ」


 僕は独りぼっちの空間でダンジョンの天井を仰いだ。


 その後も、僕は一階層にとどまりスライムを狩り続けた。

 正直、経験値や魔石での稼ぎを考えれば二階層以下に潜って他の魔物を倒した方がいいんだけど、ステータスの件もあって尻込みしている状態だ。


 ダイアウルフの短剣は意図的に封印して、レンタル短剣でスライムと戦いまくった。

 スライムの攻撃を食らったのは二体目の時が最初で最後だった。一発で倒せないことと攻撃前の予備動作さえ把握すれば、あとは半ば流れ作業感覚で倒すことができた。


『最弱』と呼ばれてしまうのもわかる気がするな……。


「ふぅ……最弱相手とはいえ、それなりに疲れるなあ」


 スライムを百体ほど倒した後、僕はレストルーム──階層ごとに複数存在する安全地帯──で休憩をとることにした。

 ギルドに来る前に買っておいたおにぎりを緑茶で流し込んで、自分のステータスカードを眺める。


 進藤行人

 レベル1

 攻撃:3→5 耐久:5→5 敏捷:10→14 器用:6→7 魔力:0→0

 スキル:短剣術1(短剣装備時、攻撃と敏捷に補正。補正値はスキルレベル依存。スキルレベルが上がるにつれ、武器を落とす確率が低下)


 攻撃を食らっていないので、当然耐久のステータスは上がっていない。魔力を必要とするスキルも持っていないので、魔力も据え置き。器用がわずかに上がって、攻撃は未だ平均値に届かず。敏捷だけなんだか大きく上がってしまった。


 僕は敏捷特化型なのだろうか。メイン武器が短剣だから、合っているといえば合っているけど……。

 けれど、ステータス上昇以上に大きな収穫があった。


 スキルだ。武器系統スキルという非常にオーソドックスで基本のスキルだが、冒険者といえばスキル、と思っているので素直にうれしい。

 それに、このスキルが発現してから、レンタル短剣でもたまにスライムを一度で倒せる機会ができた。


 今の僕には地味だけど大きな一歩だ。


「──でもなあ……」

「コル?」


 僕が肩を落とすと、横でおにぎりを頬張っていたコルが首を傾げた。

 僕が落ち込む原因は、レベルだ。


 ステータスは実践を積むことで、そしてその実践での戦い方によって上げることができる。けれど、それ以外にもステータスを伸ばす方法がある。

 それが、レベルを上げることだ。


 レベルが上がると、多少の差はあっても全てのステータスが上がる。人によっては、一気に二桁も上がるなんて話もある。

 ステータスが低い僕は、せめて自分のレベルが上がってから次の階層に行こうと思っていたのだ。

 なのに……。


「スライムとはいえあんなに魔物を倒したのに、まさかレベルが上がらないなんて……」

 僕のレベルは、依然「1」のままだった。正直かなりびっくりした。事前に調べた情報だと、スライムを多くても十五体ほど倒せばレベル1からレベル2に上がるとあったからだ。

 三桁倒しても上がらない僕のレベルって……。


「コル! コ~ルル!」

 ずーんと重い空気にうなだれていると、コルが尻尾で僕の足を叩いてきた。「きにすんな」と言っているようだった。


「……だね。大器晩成型だと思って頑張ろう」


 コルに励まされ、僕は立ち上がった。

 さすがにレベルが1で頭打ちなんてことはないと思うし、地道に続けていけばきっとレベルは上がるだろう。


「よし、午後も頑張るぞ!」

「コルッ!」


 コルの声援を受けながら、僕はスライムを探しにレストルームから駆け出した。

 自分の中に、大きな力が眠っていると可能性を信じて。


 ──けれど。

 それから何度も、何時間も、何体もスライムを倒しても──


 ──僕のレベルが1から上がることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る