第三話 ステータスカード
──それから、僕と我妻さんは色々なことを話した。
学校のこと、勉強のこと、夏休みのこと、課題のこと、冒険者になったら持ちたい武器のこと、行ってみたいダンジョンのこと。
我妻さんから拳で戦うつもりだと聞いた時は度肝を抜かれた。僕が短剣で戦うつもりだと言うと、彼女は「インファイター同士で、お揃いだね」と笑った。
我妻さんの人柄とトークスキルのおかげで、彼女との会話はずっと楽しかった。
そうして気が付けば、僕たちは長い蛇腹列の先頭にまでやってきていた。
「あれ、いつのまに……」
「ね、話してたらすぐだって言ったでしょ」
得意げな我妻さんに僕は同意を込めて首を縦に振った。
「進藤は、今日すぐにダンジョンに潜るの?」
「いや、今日は登録だけのつもり」
「そか。じゃあ登録が済んだらお別れだ」
「……だね」
一抹の寂しさを、一丁前に覚えてしまう。せっかく親しくなれたのに、おそらく僕と彼女の時間が交わることは、もう殆どない。
「──じゃあ今のうちに、はいこれ」
軽くナーバスになっている僕の前に、我妻さんがスマホを差し出してきた。画面には、何かのQRコードが映っている。
「……えっと、これは?」
「私の連絡先。夏休み中、一緒にダンジョンに潜りたいから」
「えっ……」
「次の方、どうぞー」
何を言われてるかわからないで固まっていると、職員の女性が呼ぶ声が聞こえてきた。我妻さんの番が回ってきたのだ。
「わ、ちょっと進藤早く!」
「ああごめん!」
慌ててトークアプリの「マイン」を開いて、QRコードから我妻さんの連絡先を登録する。
「よし、バッチリ! ──またね、進藤!」
我妻さんは満足そうに笑って、扉の奥へと小走りに進んでいった。
……今度は、僕も「またね」って言いたい。
そう思いながら、僕は自分の番を待った。
職員に呼ばれ我妻さんが入っていったのとは別の扉から室内に入り、そこに居た男性職員と書類のやり取りをして、またしばらく待つこと数分。
「お待たせしました。奥の部屋へどうぞ」
職員の人が背後の扉を開け、僕はその奥へ入る。
「これが……」
広大なドーム状の部屋に置かれた、巨大な機械──いや、魔道具と呼ばれるもの。
半透明の球体の中に、宇宙のような空間を内包している。星図の光は揺れて瞬き、まるで生きているかのようだった。
人類にスキルを与える装置──アークだ。
「進藤さんですね。こちらへ」
「は、はい!」
現実離れした光景に緊張しながら、僕はアークの前に立つ。
「こちらの台に手をかざして下さい」
言われるままに、アークに触れる。
すると、星々の煌めきがより一層強くなった。
瞳を焼かれるような光量に目を細めていると、「カシュッ」と軽快な音が響く。
「はい、お疲れさまでした。こちらが貴方のステータスカードになります」
こんなにあっさり終わるものなのか。拍子抜けしながら僕は女性の職員から一枚の板を受け取った。
黄色いアクリル板みたいな手のひらサイズの札。これこそが、僕のステータスカードだ。
進藤行人
レベル1
攻撃:3 耐久:5 敏捷:10 器用:6 魔力:0
カードには、ゲームのような文字が記されている。
これが、冒険者の卵である僕の初期ステータスだ。
「さすがに、最初からスキルは持ってないか」
僕はちょっと肩を落としながら出口へと向かった。
才能のある冒険者や、大きな功績を残す冒険者は、冒険者登録をした時から特別な力──スキルを持っている人が多い。
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ期待していたのだけど、まあことはそう上手く運ばないよね。
「ステータスカード発行、お疲れさまでした。こちらでギルドのデータベースに登録させていただきます」
アークのおいてある部屋から出ると、機会に囲まれた男性が声をかけてきた。
言われるままに僕が職員にステータスカードを渡すと、彼は慣れた手つきでそばにある巨大な機会に僕の魂の情報を押し込んだ。
冒険者は一応国家に雇われる身なので、こうして情報を管理しなければいけないのだ。
あと、様々な機能を付けるマイクロチップを埋め込んだりするらしい。
「……はい、登録完了です──冒険者の世界に、ようこそ」
それを言う決まりなのだろう。
男性職員は表情を変えないまま、僕にステータスカードを返した。
「は~~~疲れた~~……」
ギルドの建物を出て、僕は大きくため息をついた。
登録すること自体よりも、待ち時間で大分体力を消費してしまった気がする。というか冒険者の登録ってこんなにあっさりしてるんだな……。
なにはともあれ、これで晴れて冒険者の仲間入りだ。早速明日からここ相模原ダンジョンに潜ろうと思う。
未来のことを考えると、ワクワクして自然と足取りが軽くなる。
相模原のギルドは最寄りの隣駅なため、電車で帰ろうと思っていたけど……なんか無性に歩きたい気分だ。体力も付けたいし。
そう思い立ち、僕は県道沿いの道を一人で歩き始めた。
歩くこと十五分。最寄りの麻生台駅へ到着した。結構汗をかいてしまった。夏のこの時期に歩く判断をしたのは、ちょっと間違っていたかも。
時刻は午後五時ちょうど。日の入りにはまだ時間はあるが、街の色に赤が混じり始めている。
無人の工事現場に置かれた百円自販機で、僕はスポーツドリンクを買って一気に呷った。
ミネラルその他もろもろのなんかいい感じの栄養素が、乾いた体にしみわたっていくのを感じる。
半分ほど一気飲みして、ペットボトルを入れようと鞄の口を開いて──
「──コルッ」
足元から響く、不思議な声を聞いた。
「え……わっ⁉」
姿を見ようとする前に、何かが脚から腰を伝って鞄の中に入ってしまった。
「え、なになに、なにこれ?」
「コルゥ……」
鞄の中からか細い鳴き声が響いてくる。
怯えている……? まるで、何かから逃げてここに隠れたかのようだ。
「──あークソ! どこに行きやがった!」
戸惑っていると、苛立ちをにじませた声が聞こえてきた。
慌ててバッグの口を閉めて、体の後ろ側に回す。
「やべえ、マジでやべえ……ボスに殺される……!」
現れたのは、人相の悪い長身の男性だった。ウルフカットの頭を忙しなく揺らし、辺りをきょろきょろと見まわしている。
不良っぽいな……正直、関わりたくない。
どうやら僕のことは視界に入ってないようなので、今のうちに逃げよう。
「──あ、おい坊主。ここらでまも……ああいや、でかいトカゲを見なかったか?」
当然、そんな上手くいくはずがない。すれ違おうとしたところで、男性が僕の肩を掴んできた。
呼び止められた僕は苦笑いを浮かべながら首を横に振る。
「え、いや……見てないです……」
「ああそうかい。クソ、あっちの方か……?」
男は舌打ち交じりに呟いて、駆けていった。
それを見届けて、僕は彼とは反対方向に走り出す。
すれ違う人の奇異の視線も、肩をぶつけてしまった人からの怒声も、置き去りにして。
──やってしまった。
そんなことを思いながら。
僕は家まで逃げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます