第16話 シスターの一日

イタリア北部のある田舎の地域。

聖堂の近くにこじんまりと位置した建物の周辺を囲んだ垣根には、『孤児院』という立て札がおとなしくかかっていた。


朝食を終えた子供たちが庭を走り回り、移植ごてで蟻窟を探すと大騒ぎしている時間。


孤児院の地下に設けられたバンカーにあるカプセルから、赤いくせ毛をさらさらとする女性がゆっくりと歩いてきた。


「今何時だろう…?」


体をあちこちストレッチした後、片方の壁に立てられたクローゼットを開けて、一つ一つ修道女服を探して着替えた彼女は、自分の頬を2回殴って正気に戻った。


「行ってみようかな。」


シスター·フェデリカ

ここの孤児たちが彼女を呼ぶ名前だった。


院長室の机の下に隠されたドアが静かに開き、はしごをつかんで上がってきた彼女が慎重に周囲を見回した。


窓越しに子供たちが遊んでいるのを見て安堵した彼女は、再び心を引き締めて院長室のドアを開けて出た。


ここは彼女が育った場所であり、彼女が守らなければならない場所だった。

彼女の変節によって地元のマフィアからにらまれているが,それに屈するつもりはなかった。


幼い頃、何も知らないまま孤児院に役に立つというねじれに陥り、マフィアの手に引かれてバチカンの修道女になるために神学校に入った彼女だった。


自分が地域マフィアのバチカンに植えられたスパイだという事実などは知らないまま、ただ彼らの言う通りに努力してバチカンに入ることまで成功した。


以後しばらくは元気に過ごしていたが、最近会った恩師に会ってからすべてが変わった。


「…ないよね?」


慎重に垣根の周りを回りパトロールをした彼女が手にしたデバイスから少し力を抜いた。


恩師の教えを通じて自分がしてきたことが醜悪なことであることに気づいた彼女は、直ちにマフィアの連絡係に抗議し、その道で彼らと縁を切ると宣言した。


すると彼らは卑劣にも彼女が育ったこの孤児院を放っておかないと脅してきたのだ。


恩師の助けでどうにか孤児院にむやみに手を抜かないように措置は取っておいたが、いつ彼らが棒を持って入ってくるか分からないことだった。


すでに、地域公安でさえマフィアから賄賂を受け取ったのか、事件が起きるまでは彼らをどうすることもできないという無責任なことばかり言っている状況だった。


不幸中の幸いといえば、旧時代のマフィアとは違って、現時代には民間の武器所持が本当に厳しく禁止されているという点だ。


マフィアとはいえ殴り合いや、うまくやってこそ鉄パイプのようなもので武装したくらいだった。


もちろん、それだけでも子供たちと奉仕する聖職者だけのここには十分脅威的だったが…


「シスター・フェデリカ!」


ここでボランティアをしている給仕が彼女に頭を下げて挨拶した。


「あ、給仕さん。 子供たちの食事はよく食べましたか。」

「もちろんです。シスターが頑張ってくれたおかげで、十分に食べています。」


彼女はゲームで稼いだお金のほとんどを孤児院の運営につぎ込んでいた。

本来は彼女をスパイに入れた代価として地元マフィア側から資金を出していたが、彼女が心変わりするやいなや資金を切った。


結局、あれこれ方法を探していた彼女はマフィアの勧めで始めたゲーム、ワースト・フィールドで万一の事態のために節約しておいた資金とアイテムを処分した。


数年間ファーザー・マスカレード側で苦労したおかげか相当なお金になり、当分孤児院運営が揺れることはない予定だった。


もちろん、それも今年までだったけど。


「ところで、大丈夫ですか? 確かにゲーム内でもマフィアの方々と…」

「ああ、それはやめました。」

「え?ゲームを?」

「いいえ。マフィアたちが運営するクランから脱退しました。 今は…フリーランス・チームにいます。」


彼女の返事に給仕の表情が少ししょんぼりした。

たとえ醜いことではあったとしてもマフィア・クランで稼いだお金は相当なものだと聞いたので、今後またそのようなお金に触れる余地がなさそうだったためだった。


そんな給仕の表情にフェデリカは特有の爽やかな笑みを浮かべた。


「心配しないでください。リーダー…というか、性格がちょっと合わないやつがいるからであって、金儲けは結構いいからね。」

「本当ですか?」

「もちろんです。まあ、することはマフィアの奴らと働いていた時と大きく変わらないというのが少し悲しいですが…」


まったく同じではなかったが、結局ゲーム上で彼女がすることは一つだった。

敵陣の前に駆けつけて、現実で溜まったストレスを解消する勢いで重機関銃を乱射するのだ。


「まあ、フリー・ランス・チームなので、お金さえ出せばどこの依頼でももらえるから、近いうちにファーザー・マスカレードのやつらの顔に一発食べさせてあげられるかも。」

「それは…いいことですね。」


逆にマスカレードの依頼を無理やりにでも受けてしなければならないかもしれないという事実には努めてそっぽを向いた。

いや、プロフェッサーのチームはチームとはいえ、それぞれ独立した権限を行使しているだけに、彼女が適当な口実をつけて断ることはできるはずだ。


「とにかく、遅くなりましたが、私も食事をしなければなりませんね。」

「あ、そういえば。」


給仕の案内を受けて食堂に向かった。

ちょうど孤児院の院長も手を洗って出てくる時に会って慎重に挨拶した。


「今日も表情が明るいですね。 シスター。」

「はい。いよいよ悪業から抜け出せそうです。」

「それも聖母の導きでしょう、 続けて堂々と歩くように。」

「ありがとうございます。」


食事を終えたフェデリカは土遊びに余念がない子供たちを少し離れたところで見守りながら周囲を見回した。


プロフェッサーも何か用事があって接続をしないようなので、今日は彼女も孤児院の仕事に集中するつもりだった。


別の修道女が洗濯物を干すのを手伝ってくれた後、午後になって買い物に出た。


もし商店街でマフィアたちがのぞけば、それでも対処できるのはマフィアたちの勧めで鍛えた経験のある彼女ぐらいだったから。


久しぶりに子供たちにミートボールが入ったパスタを作ってあげたくて、マートでミートボールを作るのに使う肉を選んでいたところ、横に慣れた気配が感じられ手が止まった。


「……」

「よう。」


見つめなくても分かった。

幼い彼女をマフィアの端に連れてきて育てた幹部だった。


「……」


相手が言葉の通じる作者であることを知った彼女は、内心安堵しながら再び肉を選ぶことに熱中し始めた。


「冷たいね、フェリー。」

「…その名で呼ぶな。」

「…くん、そんなに冷たくすることはないじゃないか。 俺たちの間に…」

「…黙れ。」


やはり彼はシスターをどうにかするつもりはないようだった。

純粋に対話で懐柔でもしようとしているのか、ただそばに立って話しかけているだけだ。


「あなたのおかげで俺もかなり怒られたよ。 俺の顔を見てでも何とかならないか?」

「…いや。」

「くぅ…」


彼は困っているように後ろ髪を掻きながら、視線を彼女が選んでいる肉に向けた。


「こっちのほうがいいだろう。」

「……」


彼は厳密には悪人ではなかった。

ただ、彼の父親の仕事を引き継いだだけの、そんな男。

しかし、家庭を築いているにもかかわらず、組織の命令どおり、フェデリカのような孤児たちを何人も叱り、組織の仕事に動員した男でもあった。


「他の子供たちのせいだよね?」


知っているかのようにフェデリカが打ちつけると、男の体が一瞬ビクッとする。


見るまでもなくフェデリカの離脱で、これまで組織が育ててきた他の子供たちも動揺しているだろう。

組織の子供たちの中でもフェデリカはリーダーに近い位置だったから。


「知ってるくせに、お前も悪女になったんだな。」

「…あなたはそんなことを言う資格があるのだろうか?」

「うっ。」


しばらく悩んだ末、やむを得ず彼が選んでくれた肉を手にした彼女は、その時になってようやく彼と目を合わせた。


「……!」


彼の顔に明らかにあざがあちこちに入っているのを見ると、フェデリカのことで目上の人たちにかなり苦しめられた模様。

だからといって彼を許せるわけではなかったが。


ため息をついた彼女は黙って買い物かごから生卵を一つ取り出して彼のあざの上にこすりつけながら、


「あなたも何とか手を洗って農業でもするのはどう? いつまでそんなに気をもんで生きていくつもりなんだ。」

「……」


彼女の応酬に彼は首を小さく振り,自分の手で卵を取り,こすった。


「知ってるじゃん。私はもう…」

「……」


同情心はほんの少しあったが、結局彼の業歩だったので、これ以上慰める気はなかった。

彼女は首を横に振った後、そのまま彼を通り過ぎていった。


その様子を横目で見ていた男性は、あざができたまぶたから涙を流していた。


*


食材を給仕に渡し、自分も台所の仕事を手伝うことにした。

久しぶりにエプロンをかけたら変な気分だったが、子供たちのためであることを思い出させて気合を入れた。


買ってきた肉と野菜を細かく刻んで固まり、パスタを煮た。

完成した料理を子どもたちに渡すと、子どもたちは『久しぶりの肉』と歓声を上げて喜んだ。


「わあ!肉だ!肉!」

「あ!ジュリアンのだけ肉がもう一つ多い!」


肉がもう一つ多いと指摘された子供は、すぐにミートボール一つを口に入れてしまい、もう同じになったと言い張って、喧嘩しようとする2人の子供を止めるために冷や汗をかかなければならなかった。


「お前ら、本当にこんなことで戦う? 聖母様が悲しむよ?」

「でも…!」

「たまには無理でも美味しいものを食べられるように聖母様に頼んでおくから。 これからは食べ物で争うな。 分かった?」


彼女の言質におとなしくなる二人の子供。

しかし、別の子供がフォークを持ち上げて反論してきた。


「嘘!聖母様は私の祈りを聞いてくれなかったんです!」

「それはまた何の話?」

「…お母さん、お父さん、帰ってこなかったんだから。」

「……」


ぎょっとした彼女が下唇を噛んでこみ上げるのを我慢した後、努めて笑みを浮かべながらその子供に近づき、自分の皿にあったミートボールを一つ渡した。


「きっとご両親は何か大事なことがあって遅く来られるにしがいないよ。」

「うそ!」

「まさか、私の祈りもこんなに通じたんじゃないか。」

「……」

「聖母様はきっと両親が努力することを応援してくれてここに帰れと言えずにいるんだ。」


やっと大人しくミートボールをもぐもぐさせる子供を見て、彼女は歯を食いしばった。

何があってもこの子供たちを守らなければならなかった。


その夜。

子供たちに良いものを食べさせることにしたので、孤児院にもう少しお金を入れることにしたフェデリカ。

寝室で自分のデバイスを持って口座を確認すると…


「……ヒック?」


あり得ない金額に目を丸くしてぱちぱちしていた彼女はしゃっくりまでしながら指で何度も0の個数を数えてみて、


「……プロフェッサー奴、たまには挨拶ぐらいは…ちゃんとやってあげようか。」


あの機械の塊みたいなやつもたまには…とつぶやきながら、彼女の表情が柔らかくなった。


この程度の金額なら、肉のおかずほどではなく、子供たちに新しい服を着せてあげても余裕があった。

たとえ望んで入ったチームではなかったが、結果的に良いことになった。


「これも全部聖母様の恩寵かも…」


たとえゲームだとしても、白丁のように銃を撃つのが心が楽ではなかった彼女だったので、眠る前にデバイスをぎゅっと抱きしめたまま真心を込めて祈りを捧げた。


- つつく-

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