第15話 忍者の日常
日本のどの都心部。
あるオフィステルの寝室のすぐ隣に設けられた小さな部屋に備え付けられたカプセルカバーが開かれ、長い黒髪の女性が躊躇なく歩いて出てきた。
「うぅ…疲れた。 とりあえずコーヒーを…」
夢うつつの状態でコーヒーから探していた彼女は、すぐ気がつくと、やはり食事からしようかと思いながら冷蔵庫を探し始めた。
ゲーム内でミスト・シャドウを自任して活躍していた彼女は、先日までは京都の観光ガイド会社の受付係の仕事をする平凡な会社員だった。
一方では、家門内の女性にだけ一人伝承と伝えられている霧影流忍術の継承者でもあったが、今の時代にそれを使うことはめったになかった。
仮想現実ゲームで腐っていた忍術の使いどころを探してダーク・ゲーマーに転職してまもなく3年近くになっていた。
「うん…」
目玉焼きとパン、ソースを添えた簡単なサンドイッチで、適当に食事を終えた後、待っていたかのようにコーヒーを飲んだ。
「ふぅ…やっと頭がすっきりしたね。」
もともとダーク・ゲーマーに転業した後、本当にほとんど飲食を全廃するようにゲームに没頭していた彼女だった。
現在はプロフェッサーを観察しながら、彼の生活リズムを参考にして、彼女も朝食だけは出てきて作る方向に変えているところだった。
「あれ、メッセージが来ていたんだ。」
台所のデバイスで点滅中のメッセージ表示に軽くタッチしてそれを確認した。
「ふーん…友達はまだ、仕事してるみたいだね。」
ほとんどは大丈夫だったが、たびたび対応しにくいほどの悪性顧客も少なくない顧客センター業務を容易に続けていた。
コーヒーを飲み終えた後、流し台にコップを置いておいて、数日間皿洗いをしていないことに気づき、一つ一つやってしまった。
「彼は今頃何をしているのだろうか…」
オフィステルの窓際に照らされる日差しを眺めながら考え込んだ。
プロフェッサーは今頃、現実で礼儀正しいことをしているのだろうか。
自分も轟龍会の親しい人たちだが、現在の請負業者チーム内では覆面は脱ぐ方だった。
プロフェッサーは同僚の前でも相変わらずヘルメットを固守していた。
彼女はもともと好奇心が強い性格だっただけに、そのヘルメットの中にどんな顔があるよりも、彼がそこまで徹底的にヘルメットに固執する理由がさらに気になった。
「うんー!」
精一杯伸びをした後、ストレッチを兼ねて簡単な体術動作を練習した後、大きく深呼吸をして体を完全に目覚めさせた。
「こうなったの、買い物にでも行ってこようか。」
ふと思い出した彼女が素早く駆けつけてベッドの枕元に充電中のデバイスを素早く手に取り、銀行口座プログラムを実行させた。
最近、轟龍会で苦労したことを補償するために、キューティクルに預けた新装備の代金を稼ぐために、本当に勤勉に仕事をしてきた。
忙しいため、いざ自分がいくら稼いでいるかを忘れていたのだ。
「……! 嘘だ! こんなにも?」
現実時間で約3週間で彼女の2年年俸を超える金額が口座に押されていた!
いや、これはあくまでクレジットで受け取った金額だけを含めた金額だった。
ゲーム内通貨であるポイントで受け取った細かい依頼の報酬まですれば、これのほぼ2倍になるはずだ。
「やっぱりこのチームに入ってきたのはいい判断だったね。」
デバイスを握りしめながら、彼女は勝利の笑みを浮かべた。
あとはプロフェッサーに関する情報を何でも手に入れること。
それが将来のプロフェッサーとの関係で彼女の主導権を握る鍵になるはずだった。
「本当に、彼がヘルメットをかぶった木石のようなものでなければ、少し楽だったのに…」
霧影流忍術は忍者の技とはいえ、厳密にはそんな狭い意味ではなかった。
処世術のような生き方にも根強く位置している、文字通り彼女の家門の家訓のようなものだった。
そして、そのような技術の中には当然美人系も堂々と一つの位置を占めていたのだ。
プロフェッサーは一応音声変調で本来音声を隠しているが、キューティクルの話もあり体型を見れば男性であることは確かだった。
ただ、普段彼女が密かにアピールしているのに反応が全くないのを見ると…
「いや、まさか…」
首を横に振りながら必死に否定してみるが、なぜか疑問が強く湧き上がる彼女。
今度接続して話す機会があれば、それとなく聞いてみようと思った。
準備をしてオフィステルのすぐ隣に位置している大型ショッピング・モールに入ってきた彼女が見たのは、大型広告スクリーンから出てくるWFNチャンネルだった。
[今回の事態でガイア・リジョンは本当に大きな被害を受けたようですね。]
[はい。実際にガイア・リジョン関連企業の株価が2パーセントから4パーセントほど下落したそうです。]
シャドウ、いや霧影舞香は、なんとなく顔がくすぐられるのを感じながら、努めて画面で視線を集めた。
彼はいつもこんな気持ちを味わっていたのだろうか。
[まさかあのプロフェッサーがチームを組んで動くとは…鳥肌が立ちますね。]
[私が驚いているのは、高額なプレミアム相場にこだわるそのチーム全員を一気に雇った轟龍会側の決定です。]
[確かに、お金がたっぷりあることで有名なクランではありますが、こんな風に外注人材に大金を使うのは果敢ですね。]
誰が撮影したのか分からない当時の状況がスクリーンに出ていた。
プロフェッサーが機関室を占拠したまま対物狙撃銃を撃つ瞬間の写真、そして彼女がリージョンユーザーのあごを柔らかい動作で蹴り、列車の窓に突きつける写真まで。
「…~!」
顔が熱くなるのを感じながら慌てて食材を売っているマーケットに向かって素早く歩いて入る彼女だった。
[ちょっと待ってください。 このユーザー、どこかで見た記憶が···]
[あ、私も見たことあります!きっと轟龍会所属だったはずです!]
「くぅ…!」
どうか調べる人がいないことを願って野菜を選んでいた。
周りの視線がなんとなく意識されて頭を下げて思わず何でも手に取るのですが、
「あ。」
すぐに自分が持ち上げたのがピーマンであることに気づき、慎重に下ろす。
「…ピーマンはいらない。 ピーマンは…」
やっと人の視線を避けてショッピングを終えて入ってきた彼女がソファーに倒れるように横になった。
プロフェッサーがヘルメットをかぶっているのが少しは理解できる気分だった。
「確かに…プロフェッサーはすべての勢力ユーザーを相手に銃を撃っていたから…」
ゲームでの恨みを現実から晴らそうとする話は、現在でもたびたび起きている事件だった。
ほとんどの場合、公安に引っかかって警棒に殴られて連行されるのが普通だったが…
「私も、何かしなければならないのかな? それでもどうせ轟龍会で知っている人は知っている顔なので意味はないかも。」
しばらく食材を冷蔵庫に片付けた後、再び寝室の方を眺めた。
そろそろまた接続してみようかと思いながら寝室に入った瞬間、デバイスから通知が鳴った。
「うん?」
台所側のデバイスに行き、発信者を確認した彼女の表情が歪んだ。
かつて会社員顧客センターの上司であり、轟龍会内でも何度か面識があった内田という男性だった。
噂によると、飲み会で女性社員に手をつけようとして、よくない話を聞いているという作者だった。
よかったというか末端職員だった彼女とは接点が少なかったんですけれども。
受けないかと思って、とりあえず話くらいは聞いてみようかと思ってタッチすると、
[こんにちは。ミスト・シャドウさん。]
「……」
[おっと、今もらったんだよね?テレビ通信じゃないから全然不便だね。 どうして音声オンリーにしておいたの? 久しぶりに顔を見て話したいんだけど…]
あからさまなニュアンスで話す姿に首を横に振った。
やはり切ろうかと閉じるボタンに触ろうとした瞬間、
[あらら、轟龍会でこの話知ってるんだよね…そうでしょ?]
何か弱点を握っている口調に彼女の眉がぴくぴくした。
「…あなたが何の関係があるんですか?」
[いや、あなたが轟龍会を『裏切り』して出て行って、そんな誰かも知らない奴の下についたということを、うちの轟龍会の偉い方々がまだ気づいていないのか-と思って…]
内心ため息をつきながら彼を情けないと思う彼女だった。
「…変な話ですね。 裏切りだなんて。ちゃんと幹部の方に相談してやめたんですけど?」
[確かにそうだね。 私もそれは聞いた…ところでね、単純に辞めることまではいいよ。 ところで、よりによってそんな何だか分からないやつの下に入る? それは違うよ…うん。問題が多い。]
「あまり轟龍会と敵対してもいません。 それに前回の依頼は轟龍会側の依頼だったし。」
男は諦める気がないのか、再度ねっとりとした態度で話を続けた。
[確かに!この前の依頼はすごかったと聞いたよ。 うん。それはすごいよね…ところで、きっとあのプロポフォールかプラスチックかというやつは、お金さえもらえばどこの誰でも銃を撃つ無頼漢じゃないか?]
「プロフェッサーです。 そして、彼は依頼を選り分けます。 何の依頼もてきぱきと受ける三流ではないんですよ。」
[ふーん…最後まで引き離す心算か。]
「…あなたがどんな謀略をしても構いません。 もしかしたら、轟龍会がその謀略を信じてプロフェッサーに触れるのも気にしません。」
[ホホ!大きく映ってますね。 そんなにあの男を信じるのか。 まさか好きな仲とか?]
のろのろとした態度で話す男性の声に一瞬立ち止まった。
好きなの?彼のことを? まさか。
しかし、信頼していることは確かだった。
「……そうですね。しかし、一つは断言できます。」
[何を言ってるんだ?]
「数年前、彼を討伐すると軍林者が出たことがあります。」
[…あ?]
「その結果、どんなことが起こったのか、その時の記録を見て、もう一度話をしましょう。」
堂々とした彼女の態度に戸惑ったらしく、どもった内田の声が低くなった。
[あなた…本当にこれていいと思う?]
「こうもなにも、あなたが何をしても変わることはありません。」
[くぅ…!]
歯ぎしりの音が少し聞こえていた通信が先に途絶え、彼女はにやりと笑った。
チーム・アブソリュート・ソリューションは、現在請負業者チームの中で最強を走るチームだった。
一人でも君臨者を阻止したプロフェッサーに錚々たる女傑が3人もついているのだ。
もはやいかなる勢力も無視できない存在であることは確かだった。
「よいしょ。接続してみようかな。」
さらりと振り払った彼女がカプセルに近づいた。
*
接続すると、最近慣れてきた部屋の風景が目に入った。
プロフェッサーが出してくれた2階の廊下から階段に一番近い左側の部屋。
部屋の中は完全に彼女のものだから勝手にしろと言ったプロフェッサーの言葉通り、彼女は轟龍会で自分が使っていた部屋の物を全て運んできた状態だった。
あちこちにかわいい人形が飾られ、一方の壁には日本刀を長さ別に3本置いてある。
反対側の壁には装備を入れておくクローゼットが置かれており、クローゼットの横のベッドのすぐそばにテレビなどを見ることができるスクリーンがあった。
部屋のドアを開けて階段を駆け下りると、いつものように筋肉質にメイド服姿のミセス・キューティクルが迎えてくれた。
「あれ、もうお入りになりましたか。 シャドウさん。」
「簡単に食事と買い物ばかりしました。 ところで、プロフェッサーは?」
「ふむ…多分今日は現実の時間で夕方になってようやく入ってくると思います。 普通2、3ヶ月に1回、こんなに長く出かけている日があるんですよ。」
「本当ですか?」
「はい。今までずっとそうやって過ごしてきたので、よくわかります。」
確かに今まではプロフェッサーに対する情報を掘り起こすには本人よりはキューティクルの方が有効だった。
彼女はすぐに彼のパンケーキの皿を受け取り、応接間に向かい合った。
「それでは何をしているのかも知っていますか?」
「そりゃ…聞いたことないですからね。」
「ええ…」
「聞いても答えはもう決まっているでしょうし。」
肩をすくめている彼の姿に彼女は小さくため息をついた。
長く過ごしたというキューティクルだが、彼もプロフェッサーについては知ることが多くなかったのだ。
「そういえば、シャドウさんはプロフェッサーにひときわ興味がありますね。」
「え?」
小さく驚いた彼女が目を大きく開けると、キューティクルは指をカチカチさせながら彼女を追及した。
「なぜそこまで彼のことを知りたがっているのですか? もちろんヘルメットの中の顔は気になるかもしれませんが…」
「ああ、それは別に…」
手を振った彼女はしばらくパンケーキをもぐもぐしながら答えた。
「ただ、一体なぜゲームにまでそんなに徹底的に正体を隠そうとしているのかが気になりまして。」
「ああ、それはそうですね。」
うなずいて納得するキューティクル。
それから彼女は彼を見つめながら質問した。
「じゃあ、キューティクルはどうして今までそれを聞かなかったんですか?」
「…あまり興味がなかったですからね。」
「え?」
にやりと笑ったキューティクルは、シャドウのパンケーキにソースをかけながら話を始めた。
二人の男が出会った話を。
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