第10話 絶対的な解決策3
プロフェッサーの判断は早かった。
「キューティクル!ドア閉めて!」
「え?ああ!分かった!」
すぐにドンとドアを閉めるのを確認もせず、プロフェッサーは3階に駆け上がった。
廊下の片隅に続く3階のバルコニーに駆けつけ、すぐにバルコニーにいつも設置されている狙撃銃に手を伸ばした。
案の定だろうか。
プロフェッサーの私有地鉄条網の周辺にユーザーたちがぶらぶらと集まっていた。
「くそが!よりによってここに逃げるとは!」
「ここは何ですか? とりあえず入りましょうか?」
「このあほ!止まれ! みんな一旦停止!」
古参ユーザーが私有地の正体を一気に把握し、冷や汗を流しながら他のユーザーたちを呼び止めた。
この私有地は難攻不落という言葉でも不十分な危険地域。
その君臨者でさえ大規模な討伐作戦を行い、莫大な人命被害だけを残して敗退したという、そんなところだった。
「ここはプロフェッサーの私有地だ! 絶対に鉄条網を越えるとか、何も考えずに入るな!」
「えい、そうしても一介請負業者ではないですか? こちらは頭数もあるのに…」
「このポンコツめ! その君臨者たちも同じことを言って3ヶ月間あの邸宅に足もつけず死体で散漫して逃げたところだ!」
「うそ?!」
軽率な態度を見せる新人を怒鳴りつけて静かにさせた後、古参はひとまず自分の補助役であるユーザーに自分の武器を全部任せた。
「行ってくるから、ここでみんな待機していろ。 余計に這い込んだりすると俺が死ぬから、無駄なことをしたやつは銃殺だぞ。」
「は、はい!」
ファーザー・マスカレードの幹部は覚悟を決めて小道を歩き始めた。
遠くの邸宅のバルコニーに見慣れた黒い形が見えた。
このサーバーでほぼ唯一、数年間も確固たる中立を守りフリーランス請負業者として活動している人物。
十分に近づいたと思った幹部はバルコニーから銃を持ったまま見下ろしている彼に向かって叫んだ。
「おい!戦うつもりはないぞ! 1階で話をしたい! 大丈夫かな?」
「……」
しばらく周りを見回していたプロフェッサーがすぐに銃を持って邸宅の中に消える。
幹部は乾いた唾を飲み込み、徐々に開く出入り口を眺めた。
最初に確認したのは、シスター・グレーブがあるかどうかだった。
入ってくる速に左右に目を通し、彼女の跡があるかどうかを調べたが、何も見つからなかったため、奥歯をかみしめ、応接室のソファに座った。
まもなく上の階から降りてきたプロフェッサーが向かい合うと、幹部は単刀直入に口を開いた。
「もしかしてここに…シスター・グレイブが訪れたりしなかった?」
「……」
返事がない。
隠そうとしているのだろうか。
それとも本当に邸宅までは訪ねてこなかったのだろうか。
「プロフェッサー。頼む。 事実通りに答えてくれ。」
「…どうして急に俺から彼女の行方を探すのか?」
自分はわけがわからないように首をかしげる様子。
幹部は疑いを抱いて再度質問した。
「私たちが追撃していた彼女がこちらに逃走するのを確認してね。 もし確保したら身柄を…」
プロフェッサーはヘルメットをいじくりながら、少したるんだ口調で答えた。
「だから、君の話をまとめると、『武装したまま』追撃されていたシスター・グレイブがここに逃げてきた。 ということなのか。」
「そ、そうだね。 どうかな?もしかして屋敷に変な兆候とか見つけてないかな?」
プロフェッサーはくすくす笑いながら首を横に振った。
「君、もしかして忘れてないか? この私有地に入るための規則を。」
「……?!」
「彼女は『武装したまま』ここに飛び込んだ…それなら、真っ先に起こることは何だと思うか。」
幹部ははっと気ついて窓越しの森をにらんだ。
ここに武装して入ってくると、森の中にある各種無人兵器が集中砲火をしてしまう。
それなら…
「し、失礼したね。 本当に面目ないことをした。」
すぐに席を蹴って立ち上がり、腰を下げて挨拶した幹部が急いで邸宅を出てきた。
もし彼女が無人兵器に遭ったら、おそらくリスポーン場所であるマリア・チャイルドの都市旅館でリスポーンになるはずだった。
*
幹部が私有地を離れるのを見守っていたプロフェッサーは静かに2階に上がった。
最初にシャドウの部屋を3階にしたが、同じ3階にあるプロフェッサーの部屋と近いのが気にかけて彼女の部屋を2階に下げた状態だった。
シャドウの部屋のドアにノックして開けて入ると…
「プロフェッサー、どうなったの?」
「思ったよりもっとバカだったよ。 そのまま帰った。」
「ふぅ。」
包帯と医薬品を握って安堵するキューティクル。
シャドウのベッドにはシャドウの代わりにシスター・グレイブが体のあちこちに包帯を巻いて患者服を着たまま横になっていた。
「キューティクル。もう大丈夫ですよね?」
「峠は越えました。」
横から心配そうに眺めているシャドウ。
プロフェッサーはため息をつきながら首を横に振った。
シャドウとキューティクルの生きよいに負けて一旦送り返したが、まもなくシスター・グレイブがここにいることに気づくはずだ。
このまま彼女を保護することになれば、プロフェッサーが自分の命のように大切にする「機械的中立」が崩れてしまうことになる。
仕方ないので一旦治療まではしてあげるが、もしマスカレード幹部がまた訪ねてくれば彼女を出してあげるつもりだった。
もちろん、プロフェッサーの考えはキューティクルもかすかに知っていた。
措置が終わってシャドウに看病を任せて出てくると、キューティクルが低い声でプロフェッサーに質問した。
「プロフェッサー、やっぱり彼女は…」
「…論外だ。この邸宅のルールの中でも最も重要な部分が崩れるようにしておくことはできない。」
機械的で、行き過ぎの中立。
それがすべての勢力の依頼を受けてすべての勢力に銃を撃ち、爆破工作をしながらも、プロフェッサーがこれまでどの勢力からも討伐対象にならなかった理由だった。
もちろんそれでも懸賞金がかかってはいたが、少なくとも積極的に彼の首にかかった懸賞金を狙う勢力はなかった。
しかし、今回のことで彼の中立が崩れることになれば、直ちにクリムゾン・フード側の勢力が彼を放っておかないだろう。
「本当に方法がないの?」
「この邸宅でそのような感傷的な判断は不要だ。 気に入らなければ去ってもいい。 行くついでに彼女を連れて行ってくれたらもっといいし。」
「……!」
さりげなくキューティクルに去ってもいいと言って、上の階に上がってしまうプロフェッサー。
すでに何度も聞いた言葉だったが、その度に胸に釘が刺さる感じだった。
キューティクルの目つきが鋭くなった。
だからといってあきらめる彼ではなかった。
方法は確かにあるはずだ。
いつもそうやってプロフェッサーの堅苦しい方針を迂回して望むことを成し遂げたのではないか。
しばらく悩んでいたキューティクルは、すぐにドアを開けて2人の女性に向かった。
プロフェッサーの機械的中立に対する方針を崩さずに、シスター・グレーブを守る方法を見つけるために。
*
2日後、マスカレードの幹部が再び訪ねてきた。
彼の表情はかつてないほど固まっていた。
「プロフェッサー…俺に何か説明すべきことがあるんじゃないか?」
「…….」
「あなたの答え次第で、ファーザー・マスカレードはあなたと敵対することになるかもしれない。 慎重に答えるように。」
幹部の圧迫にもバイザーに触れるだけで、これといった答えを与えないプロフェッサー。
「プロフェッサー!シスター・グレイブはどこに隠したのか! 今すぐ答えろ!」
「…別に、隠さなかった。」
「今、言葉遊びをする状況だと思うのか?」
「……」
結局我慢できないのか、席を蹴って立ち上がった幹部が上の階に向かう階段の方に体を向けると、
「あなたが訪ねてきた当日は何も見つからなかった。」
「何を?」
「ちょうど昨日の明け方に、森の無人施設を整備していたところ、死にかけている彼女を発見した。」
「……!」
思ったこととは違う答えだったが、とにかく彼女がここにいることを確認した。
「それはよかった。 ぜひ彼女の身柄を引き渡してくれないか。 謝礼金は寂しくないように入れてあげるから、心配しないで渡してくれ。」
満足そうな表情で謝礼金の話までして、彼女の身柄を引き渡す名分まで作った。
プロフェッサーの機械的中立という方針を考えれば、彼がこの提案を断るはずはないだろう。
「さあ、どこにいるの? 2階?3階?」
「…彼女を引き渡す事は出来ない。」
「……?!」
予想外の答えに幹部の眉が震えていた。
「プロフェッサー…今、君、何を…?」
「シスター・グレイブの身柄を引き渡すことはできない。 俺にそんな権限がないからだ。」
「権限?権限だと?! いったい何の詭弁を並べているんだ?!」
プロフェッサーは黙って立ち上がり,指で邸宅の床を差した.
「昨日の明け方から、シスター・グレイブはこの邸宅…正確には俺が結成したフリーランサー請負業者チームに正式に雇用されたからだ。」
「何っ?!ちょっと待って! それなら社長である君の権限で…!」
「残念だが、結成しただけで、厳密に言えば各請負業者は独立したビジネス関係だ。」
「くぅ…!」
幹部は歯ぎしりしながらプロフェッサーのヘルメットをにらんだ。
「プロフェッサー!今、その発言がどのような結果をもたらすかは知っているか?!」
「…あなたこそ、今この状況で俺のチームを敵対するということがどういう意味かは知っているか?」
「何?!」
プロフェッサーの対応に幹部は一瞬立ち止まった。
あのプロフェッサーの性格上、中途半端な実力の請負業者を集めたはずがない。
おそらくプロフェッサーに匹敵する、プロの中のプロを集めたはずだ。
もしそんな豪傑たちが5人以上でもいるとしたら…
ファーザー・マスカレードくらいは数日で全滅させることもできるはずだ。
「き、貴様! クリムゾン・フードを相手にもそんな…!」
幹部が歯を食いしばってマスカレードの上位クランであるクリムゾン・フードに言及して圧迫しようとするが…
「あなたたちが俺の機械的中立を害したいのなら…かつて君臨者がやられたことを君たちに経験させるしかないな。」
「何?!」
プロフェッサーは親指と人差し指を合わせて輪を作ってくすくす笑った。
「別名『オープン・シーズン』…知らないとは言わないよね? 君臨者がどんな目にあったのか…」
「くぅ…この卑劣な…!」
オープン・シーズン
請負業者の間でトレンド・メーカーとしても有名なプロフェッサーが宣言する、特定勢力に対するあらゆる依頼割引イベント。
行事期間中には該当勢力の依頼に対するプロフェッサーの料金が独自相場から一般的な請負業者相場に下がってしまう。
さらにマスコミに大々的に広告するため、他のフリーランサー請負業者やPK専門ユーザーたちまで該当勢力を攻撃することが流行のように広がっていった。
その結果。
当時、この紛争区域のサーバーで最大の勢力を享受していた君臨者があっという間に辛うじて巨大勢力の地位を維持する危ういな立場に墜落した。
その後、君臨者はプロフェッサーに飽きるほど飽きて、次の公式戦シーズンでサーバー内の領土を必死にプロフェッサーの私有地から遠いところに移したほどだった。
「そうでなくても公式戦シーズンのせいで不景気だからね…たまには安く、たくさん働くのもいいと思う。」
「うぅ…うぐぐ!」
結局、幹部は階段を上るのをあきらめて出入り口に向かった。
「このことは覚えておくからな…!」
「いくらでも、望む結果を出せなかったのは残念だと言っておく。」
「くぅ…!」
平然と礼を言っているプロフェッサーの無邪気さに歯ぎしりしながらも、仕方なく出入り口を蹴って出る幹部だった。
すぐに階段の上から小声が聞こえてきた。
「…行った?」
「…ああ。」
- つつく-
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