第6話 ウィス-キース1

現れたのは彼女と現実でも面識のある、彼女の孤児院運営を助けたマフィアの一員だった。


「…その辺にしておけ。」

「くぅ…!」

「君も知っているはず。 これ以上無駄に暴れるとどんなことが起こるのか…」


余裕を持って胸から葉巻を取り出して口にくわえた彼がライターに火をつけた瞬間、

涼しげな銃声とともに彼の体が倒れて分解した。


「え?!お、おい?!」


驚いた彼女が見上げたところには、平然と狙撃小銃を突きつけているプロフェッサーがいた。


「お宅の事情は俺の知ったことではない。 時間が進んでいる。 シスター・グレーブ」

「あの人は私に…!」

「それは俺の知ったことではないと言った。 俺にとって重要なことは、あなたを引っ張って逃げるまであと25分ほど残っているという事実だけだ。」

「……!」


もう取り返しもつかなくなった。

彼女は下唇をじっとかみしめて覚悟を決めた。

彼女が何よりも大切にしている故郷のような孤児院を守るためにできることは何でもするつもりだった。


「どちくしょ…!こうなった以上、やけくそだ! みんな死ねっ!」

「区、くそたれ! 誰かあの女をどうにかしてくれ!”

「うぅ、うわぁ!」


耳が詰まるほどの機関銃の撃発音が周囲を揺るがし、四方から警備NPCとファーザー・マスカレードのユーザーが蜂の巣になって消える。


彼女の無慈悲な機関銃の洗礼から逃れるために壁と建物の中に隠れ始めると、待っていたかのように彼女は銃を持った手の指で修道女服のわき腹をなでる。


カチッという音とともに、中から何かが床に落ちてきた。

あるユーザーが何かと窓辺で顔を上げてみると、


「スー、手榴弾?」


一見すると5~6個はありそうな手榴弾が大量にピンが抜かれて床を転がっていた!


当然だが、3~5秒後には爆発する危険な物を、彼女は平気で自分のスカート下に落としたのだ。


「ほれ!」

「え?!」


覇気あふれることに、その手榴弾をいちいち蹴り、ユーザーたちが隠れた建物と壁に向かって飛ばした!


「ヒ、ヒィィッ!?」

「シ、シールドだ! シールドをつけろ!今すぐ!」


恐ろしい爆音と共に建物の片方の壁が粉々になって剥がれ、ユーザーたちが手榴弾の爆発に巻き込まれて大量に死亡処理された。


「く、くそ!こ、このくそあまが…!」


がれきに敷かれて生き残ったユーザーがかろうじて拳銃を取り出して彼女を狙ってみるが、そんな彼の目の前には重機関銃の銃口が突きつけられていた。


「おやすみ。」

「お、お前!こんなことをしてボスが見逃してくれると…!」

「…覚悟ならできているよ。」


撃発音と共にそのユーザーまで死亡処理させた彼女が、建物のいくつかをさらに手榴弾で半壊させた後、長くため息をつき、一層落ち着いた態度でプロフェッサーの前に立った。


「…行こう。」

「気分はよくなったみたいだな。」

「…そう。」


囚人たちが暴れている間、都市郊外の空き地に移動した2人が発見したのは、かなりの改造が加えられているA3のハンビー系列の戦闘車両『ハンマード』だった。


「おい、仕事だ。」


運転席側の窓にノックをして到着を知らせると、すーっとスライドで降りた窓越しでなぜか半分居眠りしている、誰が見ても未成年であることが確実な美少女が手を振って見せた。


「…あなたがドライバーなのか。」

「…は-い…くぅ…」

「…仕事だ。 起きろ。」

「…う~ん…」

「おい。」


なぜか不吉な予感が脳裏をかすめたプロフェッサーが搭乗をためらう間、シスター・グレイブは特に疑いなく後部座席に着席した。


「起きろ、仕事だってば。」

「心配…しないで…ください…仕事は…確かに…んにゃ….」

「くぬぬ…」


今回のことはどうしてこんなにも変な女たちがこじれるのだろうか。

プロフェッサーは内心ブツブツ言いながら助手席のドアを開けて着席した.


「知っているだろう。 マリア・チャイルドの都市まで俺たちを連れて行かなければならない。」

「…うんにゃ…」


自分の胴体ほどのハンドルを抱いて眠ってしまった運転手を眺めながら、プロフェッサーは振ってでも起こさなければならないのかと悩んでいたその時だった。


バックミラーにファーザー・マスカレードのユーザーたちがこちらに来ているのが見えた。


「こっちだ!こっちに逃げたんだ!」

「見つけ出せ!絶対に逃げさせるな! 時間を稼がないと!」


見たところ、公式戦ユーザーたちが一部でも戻ってくるまでシスター・グレイブを捕まえておく心算のようで、死を覚悟した目で歯を食いしばって走ってきていた。


「頭が痛くなってきた。 おい!ドライバー! 起きろって!」

「うん…行くの?」

「そう、今すぐ! 早く起きろ!」

「分かりました…分かったから…」


その時になってようやくゆっくりと体を起こした彼女は、ハンドルは見ずに前の座席中央のギアボックスから不審な金属製の水筒を取り出してふたを開けた。

そこから漂う臭いを感知したプロフェッサーが阻止しようとしてみるが…


「お、おい。まさかそれアルコール…!」

「ウウン。」


勢いよく一気飲みをしてしまった少女は、酒の勢いが回り始めると目つきが一変し、ハンドルを握った手に力が入った。

同時にギアを後進に追い抜き、アクセルを踏み込んだ。


ブアアアン-!


「あそこだ!あの車がきっと…!」

「うわぁぁ!?」

「こ、こっちに来るぞ?! よ、避けて!」


追い上げてきたマスカレードのユーザーたちを無慈悲に踏みつぶした!


「ハハハハッ!このお馬鹿やろども! どこで私の愛馬に銃を撃とうと! あと10年練習してこい!」


先ほどまで垂れ下がっていた少女はどこへ行き、まるで世紀末のありふれた略奪者を連想させるファンキーな態度で窓の外に向かって中指まで突き出す少女。


「おい…」

「ああ!分かったんですって! マリア・チャイルドまで安全にお送りすればいいじゃないですか。」

「…飲酒運転で安全にとは…」

「…シートベルト、締めておいてくださいよ。 舌を噛きたくなければ☆」


挑発的な笑みを浮かべて見せる少女から決して半端ないことを感じたプロフェッサーは黙々とシートベルトを締めていた。


まるでレース用の車に似合いそうな6点ベルトを締めた後、待っていたかのように彼女はアクセルを蹴るように踏んで急発進した。


「くぅ…!」


何か言ってあげたくても舌を噛むかと思ってどうしても話もできずにいるのに、後ろのシスターは気に入ったのか歓声を上げていた。


「やっほー!」

「くぬぬ…!」


少女の運転は驚くべきレベルだった。

明らかに泥酔状態で行う、道さえもカーブの至る所にある容易ではない道路を荒々しいが確実な動きで走破していた。


問題は時速120キロで暴走しドリフトまでするので、プロフェッサーはなかなかしなかった酔いになりそうだったということくらい。


「く、くそ…運転をも少し…!」


やっと口を開けて不満を吐き出そうとしたが、すぐに急加速に押されて口を閉ざさなければならなかった。


一般的な運転なら3時間の距離を彼女は1時間40分程度に短縮させた。

おっとっとしている間に到着したとマリア・チャイルドの市役所駐車場にぶつかる勢いで押し入り、正確に駐車した。


「ご利用ありがとうございます。 お客様?☆」


到着してから特有の世紀末の雰囲気を少し脱いで、それなりに愛嬌まで披露する要望の姿。

しかし、プロフェッサーは首を横に振るだけだった。

喜ぶシスター・グレイヴと違って、プロフェッサーはよろめいていた。


マリア・チャイルドの幹部と話を終えたドライバーが車を運転して風のように消えると、プロフェッサーはシスター・グレイブを連れて幹部の前に立った。


「本当によくしてくれたね。 まさか装備品まで全部着けてくるとは…」

「成功率100%は見栄ではない。 どんな依頼でも何の欠点もなく完全に処理するから100%なんだ。」

「…神父様!」


あれほど願っていたマリア・チャイルドに到着したにもかかわらず、彼女の表情は明るくなかった。

すぐに現実で神父の肩書きを持った幹部のところに駆けつけ、裾をつかんで崩れ落ちた。


プロフェッサーはその光景には興味がないかのようにすぐに立ち去った.

この依頼が後日彼にどんな結果をもたらすかも知れないまま。


*


バス停に向かって歩いていると、道路沿いに駐車していた見慣れたハンマートからラッパの音に似た雄叫びが響いた。


「ほら!そこ!」

「…….」


プロフェッサーが通り過ぎようとすると、窓の外に腕を伸ばして捕まえようとまでする!


「やめろ。仕事なら終わった。」

「えい、そんなこと言わないでよ! ちょっと話しましょう!」


彼女の聖火に勝てず助手席に座ると、彼女はにこにこ笑ってさっと何かを差し出した。


「何だ…?」

「名刺です☆」


彼女が差し出したのは、カードの形になっている名刺兼カードだった。

請負業者たちがよく持ち歩いている物で、依頼金を入金する際にこの名刺カードを掻けば、その請負業者の口座にお金が入る仕様だった。

プロフェッサーも常連たちによく渡す品物だった。


「…これをどうして俺に?」

「へへ、コードネーム・プロフェッサーといえば、このサーバーで指折りの有名な請負業者でしょ? もしドライバーが必要なことがあれば利用してほしいということです。」


一言で言って営業か。

プロフェッサーは首を横に振った。

これまで彼はドライバーが必要なほど大きな依頼は引き受けていない。

彼が成功率100%を維持する方法は、最初から100%確信のない依頼を受けないことだったから。


「俺には要らないことだ。」

「では、なぜ今回の仕事は使ったのですか?」

「俺ではなくマリア・チャイルドが雇ったのだから利用しただけだ。」


再び名刺カードを返そうとすると、彼女は首を横に振りながら受け取ろうとしなかった。


「こんな風に出くわしたのも縁だから、それは受け取っておいてくださいよ。」

「…….」

「おまけに、エスコートしましょうか?」

「……!」


不吉な感じがしたプロフェッサーが慌ててドアを開けて飛び出そうとすると、彼女はそんな彼の裾をつかんで引っ張りながら頬を膨らませてみせる。


「どこに行くんですか?! こんなかわいい美少女がせっかくドライブに付き合ってくれるのに!」

「飲酒運転じゃないか! 断る!」

「イイッ!おとなしく乗りなさい!」


しばらくの間のいざこざの末,プロフェッサーは助手席に座り,彼女に道案内をしていた。

仕事の性格上、周りの視線を集めるのが極度に嫌いなプロフェッサーにとって、運転席に座った美少女と言い争うのはとてもつらいことだった。


「本当に中立地域でしたね。 よく今まで討伐を受けずに生きていたようですね?」

「ふん。そんなに粗末にしておかなかったからだ。」


プロフェッサーのようなフリーランスの請負業者はめったにいなかった。

特に紛争地域であるこのサーバーで巨大勢力のような背景もなく請負業者の仕事をするということは危険極まりない。


することが仕事なので、必ずある勢力とは敵対関係を負うことになりやすく、そうすると敵になった勢力が随時請負業者を狙って攻撃してくるためだ。


結局、適当な勢力に身を寄せて彼らの依頼を中心に処理していくのが一般的だった。


しかし、プロフェッサーは中立地域に巣を作り、安定的にフリーランサーの地位を何年も維持していた。


「ここで止まれ。 車では行けない。」

「え?なんでですか?」

「…対戦車地雷に車と一緒に飛び上がったければ止めないが。」

「……?!」


到着したところは木が鬱蒼とした低い野山を後ろに挟んだ小さな森だった。

森と山の間に空き地があり、そこに3階ほどの規模の丸太で建てられた形の邸宅が建てられていた。


森の周辺には高圧電流が流れる鉄条網が張り巡らされており、邸宅までの道は3メートル程度の幅を持つ曲がりくねった小道が全てだった。


車から降りたドライバー、コードネーム・ウィス-キスの目に入ったのは大きな石板だった。


「この石板は…?」

「…ルールだ。」

「ルール…?」

「そう、プロフェッサーに依頼するためのルール。」


[以下の事項を遵守すること。]

1.依頼者は必ず単独で来る。

2.進入路は小道に制限する。

3.一切の武器所持を禁じる。

4.遵守しない者は射殺する。


「よ、よくもこんなふうに営業をしてきましたね…?」

「もちろんだ。俺のフランチャイズを知っている奴らなら。」

「うわぁ…」


止められないかのように首を横に振る彼女を放っておいて、プロフェッサーが小道を歩き始めると、彼女もついて行こうとするかのように足を踏み出そうとすると、


「…そこまでだ。」


プロフェッサーは突然振り向いて彼女を止めた.

ウィ-キスはでこぼこした表情で、


「どうしてですか?せっかくドライブもしてくれたのに、お茶一杯もだめなんですか?」

「…今、石版を読んでいるはずだ。」

「それが何か?」

「小道に1人以上が動いていると…」


プロフェッサーの警告を無視して一歩踏み出すと、森のどこかからピピッという警告音とともに銃弾が舞い込む!


- つつく-

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