第20話 迷子

———カーンッ…

———カーンッ…

「上手そうな予感はしたけど…」

「こういうのすっげー得意。」

夕飯で使う薪は自分たちで用意することになっている。葉月たちの班は羽生が次々にきれいに割っていく。

また女子たちが遠巻きにざわついている。

(薪割りで黄色い声って…)

「羽生って腕にいい感じに筋肉ついてるよな〜。筋トレしてんの?」

同じ班の男子が言った。

「いや、べつに。」

「嘘つくなよー」


(料理人だから、フライパン振ったりして自然にたくましくなったんだろうなー本当に全部料理でできてるな、羽生くんて…)


真面目男子だったときは誰とも連んでいなかった羽生だが、気づけばクラスの男子とも仲が良さそうに話すようになっていた。

(男子にもモテるのか…)



夕飯調理の時間

「あれ?羽生くんは?」

葉月が同じ班のクラスメイトに聞いた。

「あれ、そういえばいないね。トイレとかじゃない?」

「ふーん…」

(料理の時間にいないなんて…どうしたんだろ…)

「で、カレーって何からやればいいんだっけ…?」

クラスメイトが固まっている。

「えっと、野菜切ろうか…ジャガイモの皮むかないと…えっとピーラーがたしか…」

「かして。」

頭上から声がした。

「羽生くん!どこ行ってたの?」

「ナイショ」

羽生はにっこり笑って言った。

「…?」

「ジャガイモむいとくから、タマネギとニンジン切っといて。」

「うん。」

羽生が包丁で器用にジャガイモの皮をむいていく。

「よく包丁でできるね。」

「慣れたら包丁の方がラク。」

そう言って羽生は小さく笑った。

(…料理してるときが一番楽しそうで、一番かっこいい…)


「普通の高校生のカレーって言ってたけど…たしかにカレールーの味だけど…なんかレベルが違う気がする…」

食事の時間に葉月が言った。

「羽生くん、本当に料理上手だね。」

「だから、焼きそばとかカレーで料理上手って…」

羽生が眉を下げて困ったように笑った。

「ま、荻田のバースデーディナーが美味いなら良かった。」

(あ、そっか…誕生日に羽生くんの料理食べられてちょっとラッキーかも…)



「荻田さん、お風呂の時間だって。」

「あ、ごめん!準備できてないから先行ってて。」

避暑キャンプといってもテントに泊まるわけではなく、合宿むけの宿泊施設に泊まっている。入浴時間は班ごとに決められている。


(えーっと…あれ…?降りるところ間違えた?)

一人で浴場に向かう葉月は、建物の中で案内表示を見失い迷子になっていた。

(ヤバい…時間なくなる…)


「なにやってんの?」


辺りをキョロキョロ見回す葉月に、誰かが声をかけた。

振り向くと、羽生がいた。

「羽生くん。お風呂どこだっけ…」

「迷子かよ。あっちの階段降りてくとあるよ。」

「ありがとー。羽生くんはこんなところで何してるの?」

生徒の宿泊フロアではないため、他には誰もいない。

「ちょっとね。」

「…?」

「風呂って結構時間短くない?大丈夫?」

「えっあ!そうだった!いかなきゃ。じゃあね!」


(このフロアって、たしか先生たちの部屋のフロア…?“ちょっと”ってなんだろう…?)



「なんか男子の部屋にみんな集まってるらしいよ。葉月たちも行こうよ。」

風呂上がり、クラスの女子が葉月たちに声をかけた。


(あ…)


——— 夜罰ゲームでテキーラショットな。女子も呼んでさ〜


(んー…さすがにそこまでヤバいことは起きないかな…いやでも、テキーラって…これ、先に先生にチクッてもいいやつ…?でもお酒の持ち込みってどれくらいの罰になるんだろう…運動部の子とか部活停止だったり…?うーん…私が呑まされたら嫌だし…)


「あ、私は—」

関わらないのが安全だと思った葉月は「遠慮しとく」と言うつもりだったが

「羽生くんもいるらしいよ。」

「行く…。」


(羽生くんて、そういうの参加しなそうなイメージだったけど…?)

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