第19話 8月8日

———葉月


羽生が口にした自分の名前が何日も耳から離れない。


(会話の中で出ただけなのに…)


(翔馬くんにだってずっと呼ばれてたのに…)


葉月は熱くなった頬を両手で抑えた。


(………)


自分の気持ちにはとっくに気づいている。

翔馬と付き合いながら羽生に惹かれてしまっていたことも、翔馬との関係にケリをつけた今は否定しない。

だが


———でも俺、今あんまり誰とも付き合う気ないんだよね


(はっきり言ってたし、実際フラれた子の噂も聞いたし(噂になるとか最悪))


(…羽生くんに付き合う気があるかないか以前に、今の羽生くんのスペックに追いつけてないけど…)


(…真面目男子だった頃がもはや懐かしい…)


——— かわいいな、荻田


(いや、あの頃からおかしかった…)


(沼が深すぎる…)



8月8日

「葉月〜ハピバっ!」

「っわ!」

茅乃が葉月の後ろから抱きついた。

「写真撮っとこ!写真!」

「え〜ここでー?」

「何言ってんの!今しかできないこの感じがエモいんじゃん♪」

葉月たちはクラスメイトたちと、バスの駐車場にいた。全員Tシャツにジャージという出立いでたちだ。

葉月はバスの前で茅乃とピースをして写真を撮った。

「えー何?葉月誕生日なの?おめでとー!」

「セブンティーンだ〜!おめでとー!」

「ありがとー」

「みんなで撮ろうよ。」

クラスの女子たちが葉月を囲んでワイワイと盛り上がる。

「てゆーかさー、今日の羽生くんもヤバくない?」

「わかるーTシャツヤバイよねー」

「こういう系の行事に参加すると思わなかった〜どうする?今日泊まりだよ?」

「だから何ー?あはは」

羽生は葉月に言った通り、サボらずに参加していた。


———行こうかな。荻田の誕生日なら


葉月は羽生の言葉を思い出した。

(………)


「ねえねえ葉月ー!羽生くん大丈夫?ガチで告ろうとしてる子もいるっぽいけど?」

茅乃がこそっと、葉月にだけ聞こえるように言った。

「え…」

「葉月って羽生くんのこと、マジな感じで好きでしょ?」

「え!!」

「バレバレだよー。本人も気づいてるかもね〜。」

「えー…」

「羽生くんも葉月のことはちょっとトクベツって感じじゃん?今日誕生日なんだからさーいっちゃえば?」

「いっちゃうって…だいたいたまたま隣の席ってだけで…」


本当は葉月も、羽生が他の女子より自分と親しいとは思っている。

(真面目男子時代から話してたし、この前は一緒に出かけたし…たまにLIMEもしてるし…)

だからこそ、誰とも付き合う気がないと言っていたことに臆病になってしまう。今の関係を崩したくはない。


バスでの移動中、同じ班の葉月と羽生の座席は近かったが、隣同士ではなかった。羽生はずっと寝ているようだった。


「なー、持ってきた?」

後ろの方の席で男子が何やらコソコソ話している。

「ビールとテキーラ持ってきた。夜罰ゲームでテキーラショットな。女子も呼んでさ〜」

こっそり持ち込んだ酒の話だ。

「つーかマジでばれないように隠し場所決めようぜ。」

「なんか今日荻田の誕生日らしいからさ、バレても荻田の誕生祝いで調子乗ったって言えば鈴Pなら許してくれそうじゃね?」


(…聞こえてるんですけど…ひとの誕生日、変なことに利用しないでほしいなぁ…)

男子の企みに巻き込まれそうな葉月は、少し憂鬱な気持ちになっていた。

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