第18話 葉月

【侑輔 ステッカーめちゃくちゃ喜んでて】

【一番大事なレシピノートの表紙に貼ってた】

【ありがとう】

羽生と出かけた日の夜、早速羽生からLIMEのメッセージが届いた。

レモンのステッカーが貼られたレシピノートの写真つきだ。


【そんなに喜んでくれたなんてうれしい】

【かわいすぎる♡】

喜ぶハチのキャラクターのスタンプをつけた。


(羽生くんて、LIMEとかするんだ。ほんとに全然知らなかったんだな、羽生くんのこと。)


間を置いてまたメッセージが届いた。

【彼氏大丈夫?】

【なんかあったら言って】


(…そう、私が今考えなきゃいけないのは翔馬くんのこと、だ…) 

現実に引き戻された葉月は溜息をいた。


【明日 会って話すことになってる】

【大丈夫だと思うよ】

【ありがとう】

ぺこりとお辞儀をするハチのスタンプを送った。



翌 日曜日

葉月は令和通りのカフェで翔馬と待ち合わせをした。

今日もメガネをかけている。

(羽生くんがバイトしてるかもしれないって思うと気まずいな…)


(けど、いつも行ってたのに今日だけ断るのも変だったし…)


羽生がいるかもしれない、と思えばどこか心強い…と思うことにした。


「お待たせ。入ろうか。」

「うん…。」


いつも通りのこの店のアイスティーは今日も味がしない。

「え…」

「だから、昨日のことは俺が悪かったって思ってるからさ、別れるのは無しにしようよ。旅行もあるしさ、仲直りしよ?」

翔馬の言葉に耳を疑う。

「葉月の意見も聞くし、あんな風にケンカにならなければ、もう叩いたりもしないよ。展覧会とかも付き合うからさ。」

「………」

「葉月?」

「無理だよ…」

葉月の鼓動は緊張で早くなっている。

「え…」

「昨日のことだけじゃなくて…翔馬くんだって“思ってたのと違う”って何回も思ったでしょ?今日だって、メガネで嫌だなって思わなかった?」

「それは…」

「翔馬くんには理想の歳下の彼女像があるけど、私はそれにはなれないから…“まだ高校生なんだから”が、“まだ学生なんだから”になって、その後も“歳下なんだから”で、ずっと押さえつけられちゃうんじゃないかなって想像しちゃった。」

「そんなのただの想像だろ?わかんないじゃん。」

「…それに、翔馬くんはちょっと叩いただけって思ってるかもしれないけど…私は怖かったよ…」

「………」

「多分一緒にいたらずっと思い出す。だから無理なの。」

「………」

「家庭教師の翔馬先生と生徒の葉月に戻ろ…?」

「………わかった。ごめん。」


翔馬が会計を済ませて先にカフェを出ることになった。

(“ごめん”て言ってくれて良かった…ギリギリ嫌いにならずに済んだ…)

まだ少し早い鼓動を感じながら葉月はアイスティーを口にした。



月曜日

「…昨日、カフェのバイトだった?」

葉月が羽生に聞いた。

「さあ?」

「………」

羽生が否定しないことで、昨日カフェで働いていたことと葉月たちがカフェにいたのに気づいていたことを察する。

(羽生くんのことだし、あえて触れないでいてくれてるんだろうな…)


「なんでハチ?」

「え?」

「LIMEのスタンプ。」

そんな質問をされるとは思わなかった。

「8がラッキーナンバーだから、ハチのモチーフとかイラストも好きなの。かわいいのもリアルなのも好きだよ。」

「へぇ。…荻田って8月生まれ?」

「え?なんでわかったの?」

「なんでって…名前が—」


「葉月」


羽生が急に名前を口にしたので、不意を突かれたように葉月の心臓が跳ねた。

「え、あ…う、うん、そう…8月の昔の言い方…よく知ってるね…」

(名前言われたくらいで何動揺してるの私…)

「…前にロゴのラクガキの感想言ってくれたときにも思ったけど、羽生くんていろんなことよく知ってるね。マニッシュとか…フランスっぽい文字の雰囲気とか…」

「言葉とか空気感とかは、料理のネーミングとか雰囲気作りに役に立つから覚えるようにしてる。」

「そこも料理?」

葉月は笑った。

「何日?」

「え…」

「誕生日、8月何日?」

「えっと…8日…」

「すげーな、8ガールじゃん。」

「何ー?8ガールって!ダサ!」

葉月はまた笑った。

「あれ?8月8日って…」

「そうだよ、避暑キャンの日。」

葉月たちの高校では、2年生の夏休みに長野県に避暑キャンプに行くことになっている。それが今年は葉月の誕生日だ。

「羽生くんは行かなそうだよね。」

「んー…サボるつもりだったけど…行こうかな。荻田の誕生日なら。」


(……え?)


「行って欲しい?」

羽生がいたずらっぽい笑顔で言った。


(…またからかわれてる…)

葉月は眉間にシワを寄せた。


「行って欲しいよ。」

「お」

「だって、席で班決めるって言ってたから、羽生くんがいなかったらうちの班のカレーのクオリティが下がるでしょ。」

「そこは普通の高校生のカレー作るけど。」

羽生は笑って言った。

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