第17話 距離感

「この後どうする?メガネ直ったから帰る?」

羽生が言った。

「あの、羽生くんがもし時間大丈夫だったら…」


30分後、二人は美術館にいた。

「お母さんにチケット貰って、明日までなんだけど…今日行こうと思ってて…」

「“一澤いちざわ 蓮司れんじ展”」

羽生が入口のポスターの文字を読み上げた。

「えっとすごくカラフルで大胆な絵を描くアーティストでね、お花とかフルーツとか最近は猫も—」

「荻田のスマホケースの絵。」

「え」

確かに葉月のスマホケースは一澤 蓮司のデザインだ。それを羽生が知っていることに驚く。

「自分だけが観察してると思ってた?」

羽生がいつもの不敵な笑みで言った。

「え!?」

(…どういう意味!?)

「そんなに気ぃつかわなくていいよ。嫌だったら来てない。」

羽生は葉月が、誘った手前 気を遣って説明しようとしていることに気づいていた。


会場に入ると、羽生は熱心に絵を見ながら時折何かを考えているようだった。

ときどき羽生が葉月に質問をしたり、葉月が好きな絵を羽生に紹介したりもした。

「家族にお土産買いたいから、ちょっと待ってて。」

展示を見終わると、葉月はミュージアムショップに向かった。


「カフェでも入る?」

美術館から出ると羽生が言った。

「あ、うん…」

「完全にデートコース…」と思いながら、葉月は羽生に付いてカフェに入った。

「結構おもしろかった。絵がでかくてびっくりしたし。」

「ねー!私も原画は初めて見たから大きくてびっくりした。あとね、デジタルかなって思ってたから、絵の具で描いてあったのも意外でびっくりだった!」

葉月はニコニコとした笑顔で興奮気味に話した。

「羽生くん、何か考えながら見てたよね。」

「ああ、うん。あのくらいビビッドな色のデザートソースとかおもしろいだろうな、とか、あの絵みたいにわざと平面ぽく見せる盛り付けありかもな…とか考えてた。」

「え、こんな時も料理のことばっかりなんだ。すごい料理バカ…」

葉月はアハハと笑った。

「でもその料理見てみたいかも。」

予想外の答えではあったが、羽生が展示を楽しんでいてくれたらしいことが嬉しかった。

今日のアイスティーは格別においしく感じる。


「…翔馬くん…えっと…昼間の彼はね…」

葉月はポツリポツリと話し始めた。

「最初は展覧会も楽しいって言ってくれてたんだけど…最近は“もっと高校生らしい遊びしようよ”ってよく言ってたの。ボウリングとかゲーセンとかかな。私、そういうの好きそうに見えるみたいだし。」

「………」

「でもね、私は私で“大学生で20歳なんだから、もっと大人っぽいデートしてほしいな”とか思ってた。」

「………」

「翔馬くんは歳下の従順な彼女としてだけ私を見てたし、私は歳上の大人な彼氏としてだけ翔馬くんを見てたんだよね。もともと家庭教師と生徒だったし。だから、お互い様なの。理想を押し付け合ってたから上手くいかなくて当然、て感じかな…って、展示見ながら考えちゃった。」

葉月は眉を下げて、笑ったようにも泣きそうなようにも見える表情かおをした。

「俺からしたら、男女問わず手あげるヤツは最低だけど、荻田はそうやって思いやれるんだから優しいよな。」

羽生が言った。

「全然、優しくなんか…」

葉月は首を振った。


「今日、助けてくれてありがとう。パスタ食べてる時すごくホッとした。羽生くんとユウスケくんとご飯食べてるって不思議な感じだったけど。」

葉月は思い出して「ふふっ」と笑った。

「あ、そうだこれ…」

葉月はバッグからミュージアムショップの袋を取り出した。

「家族のお土産?」

葉月はまた「ふふ」と笑った。

「違うよ。」

そう言って葉月は袋を開けると、厚みのない何かを取り出した。

「ステッカー?」

「うん、一澤 蓮司のね。これ…大したものじゃないけど今日のお礼に。羽生くんの分とユウスケくんの分…と、私の分も買っちゃった。」

葉月がテーブルに並べたのはイチゴと洋梨とレモンのステッカーだった。

「お礼なんていらないけど、侑輔がすっげー喜ぶと思うから遠慮なくいただきます。ありがとう。」

「うん、好きなの選んで。」

葉月は両手で頬杖をつきながら笑顔で言った。

「じゃあ…洋梨とレモン。」

「じゃあ私はイチゴだ。どこにつけようかな…」

「これ、侑輔が家族以外に料理出して初めて貰った報酬。」

「え!報酬って言うには安すぎるよ…普通にお金払いたいくらいだった。」

「プロじゃないから、こういうのがありがたい。」

羽生は手に持ったステッカーをながめながら言った。

「羽生くんは?」

「ん?」

「羽生くんはお店で料理出したりしてるの?」

「たまにね。まだ全然だけど。」

「あんなに上手なのに。」

「父さんの味にはなかなか追いつかない。荻田も今度ちゃんと食べにおいでよ。」

「…うん…。」


「そうだ荻田、LIME教えてくんない?」

別れ際に羽生が言った。

「う、うん…」


(なんか今日…羽生くんとの距離感がバグってる…)

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