第15話 プッタネスカ

葉月が驚いて顔を上げると、そこに立っていたのは黒いエプロンをした羽生だった。


「え…なんで…はにゅうくん…?」


葉月の驚いた顔に、羽生は“やれやれ”という溜息をいた。

「とりあえず入れば?」

羽生に促され、葉月はよくわからないまま裏口から建物に入った。

「顔大丈夫?ひとまず氷当てときなよ。」

羽生が冷凍庫から氷を取って袋に入れた。

「ありがと…」

「もう少し早く声かけたら叩かれなかったよな、ごめん。」

葉月は首を横に振った。

「メガネもダメになっちゃったみたいだし、本当に警察に行ってもいいと思うけど?」

葉月はまた首を横に振った。

「いい。私も挑発するようなこと言っちゃったし…もう、別れると思うから。」


———はぁ…


「言いたかったこと言えて、ちょっとスッキリした。」

葉月は笑って言ったが、その目には涙が浮かんでいた。

「さすがにちょっと怖かった…」

葉月は“えへへ”と力なく笑ってみせた。

「落ち着くまでここにいて構わないから。」

「…てゆーか…ここって…?そういえば羽生くん、エプロン…」

葉月は周りをキョロキョロと見回した。飲食店の控え室のようで、冷蔵庫のほかにキッチンもある。

「俺の親がやってる洋食屋。」

「え!?」

(…羽生くんの料理の謎の答え…?)

「え、てゆーか、洋食屋さん…?リトルガーデン…?」

「あれ?知ってんの?」

「えっと…食べに来たことはなくて、今日行きたいって思ってて、それでケンカになっちゃって…」

羽生は小さく苦笑いをした。

「うちの店が原因かよ。」


———ぐ〜…


葉月のお腹が鳴った。

「あ…最悪…」

葉月の顔が赤くなるのを見て、羽生は笑った。


晃一こういち、その人誰〜?」


部屋の入り口の方から、幼さの残る声がした。

見ると小学生くらいの男の子が立っている。

(…君こそ誰…)

「あ、侑輔ゆうすけ。ちょうどいいところに来たな。」

「ねぇ、誰?」

侑輔と呼ばれた男の子がまた質問する。

「荻田、なんか食べたいものある?うちの店で食べたいもの決まってた?」

「え…?えっと…パスタ食べようと思ってたの。」

「種類はなんでもいい?」

「え、う、うん、え?でも…」

「侑輔さ、今一番得意なパスタ何?」

「プッタネスカ!」

侑輔が自信満々に答えた。

(…なにそれ…)

「荻田ってアンチョビ…えっと、イワシとトマトとオリーブ大丈夫?」

「う、うん…」

「じゃあ侑輔さ、このお姉さんにプッタネスカ作ってあげて。俺と侑輔の分と3人分作ろうか。」

(え!こんな子どもに…?)

「え!いいの!?やった〜!」

侑輔は嬉しそうに答えると、冷蔵庫を開けて材料を取り出した。

———トントントン…

———ザザ…

———シュ…シュ…

小学生とは思えない手際の良さで、あっという間にパスタを完成させてしまった。

「はい!どうぞ!」

葉月の目の前に置かれたそれは、店で出されてもおかしくないような見事な一皿だった。

「じゃあ食べようか。」

羽生が言った。

「「いただきます。」」

「え!嘘!超美味しい!」

見た目だけでなく、味も店で出せるレベルに思えた。

「やったーーー!」

侑輔はピースをして喜んでいる。

(かわいい…)

「パスタがちょっと柔らかいかな。」

羽生が言った。

「だって3人分だから動かしにくかったんだもん。」

「他はバッチリ。美味い。」

「やったー!」

「…で」

葉月が口を開いた。

「え?」

「誰?」

「お姉さんこそ誰?」

二人のやりとりを見て、羽生は笑った。

「侑輔、この人は荻田 葉月さん。俺のクラスメイト。」

羽生が葉月を紹介した。

「で、こっちは俺の弟の侑輔、小3だっけ?」

「小4!」

「弟…小学4年…で、この料理?」

「うん。で、お弁当の“かわいい子”の正体。」

羽生がニコッと笑って言った。

「………え?」「え」「えぇ!?!?」

葉月のリアクションを見た羽生は、いつになく大きく「アハハ」と笑った。

「えー!だっていつもエビフライとかハンバーグとか、すごく豪華じゃない?プロみたいな…」

「ほんとよく見てんな。」

羽生は少し驚いた顔をした。

「侑輔の弁当がすごいって。」

「ほんと!?葉月ちゃん良い人だね!美人だし!」

侑輔がニコニコしながら言った。

(葉月ちゃんて…これは確かにかわいい…)

「じゃあいつも付いてる手紙は?」

「ああ、あれは…」

「葉月ちゃん見たい?じゃ〜ん!」

侑輔が棚からファイルを取り出して、葉月の前に開いて見せた。そこには手紙のようなものが一枚ずつファイリングされていた。


【6月2日 水よう日】

【今日のじしん作:ハンバーグ】

【ポテトサラダ】

【にんじんのグラッセ】

子どもの字で、お品書きのようなものが書いてある。

その横に「10点」「9点」「7点」という点数と

【ハンバーグはバッチリ!お父さんにもまけてない。ポテトサラダはきゅうりの水切りをもう少ししっかりできれば10点。にんじんはもっとていねいに切らないと、お客さんがガッカリする。】

と、大人の字で書いてある。


「晃一が点数つけてくれるんだよ。」

「え!すごい!」

(羽生くんて…)

「超優しい兄ちゃんでしょ?」

侑輔に言われて、葉月はうんうんとうなずいた。

「本当に優しいね。」

「パスタ冷めるよ。」

羽生はどこか照れ臭そうに話題を切り上げた。

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